60:元・勇者アグリル
~ウィルナルド~
「では殿下……いえ陛下、行って参ります」
「うん行ってらっしゃい。気を付けてね」
旅立つセティリアとテュールを見送る。兄二人の蛮行を少しでも早く止めるために頑張ってもらわないとね。
「あ、そうだ。もし途中で寄れそうだったら、僕の前の家にも行ってみてよ。トールがその後どうしてるかわかるかもしれないしさ。できれば本人も探してほしいところだけど」
「前の家……あぁ、了解しました。そのトールという方の特徴を伺っても?」
「うーん……特徴って言われると難しいなあ……異世界人で髪が黒くって、年は僕より若くて……あ、左腕が義手だよ」
「了解しました。その方についても情報を集めてみます。テュール、わかりましたか? 人間との交渉は貴方の仕事なのですから、しっかりやるのですよ」
「あいよ先生。その人間の左腕って、本来俺の腕だったやつだろ? なら多分見ればわかるだろうしな」
うん、これで少しはトールの情報掴めたらいいなあ。
できればここに招待したい。そしてまた一緒にアニメが見たいな。
トールならアグリルとも仲良くしてくれるだろうし、魔族に偏見も無いだろうからすぐにでも馴染んでくれそうだ。
「とにかく、最優先は兄二人の捜索と言伝。余裕があればトールの捜索ってことで宜しくね」
「あいよマスター。何か分かれば連絡は入れるようにしとくからな」
「では、今度こそ行って参ります。エティリィ、陛下のことを頼みますよ」
「言われずともです。安心して行ってらっしゃいませ」
こうして僕らの見送る中、二人は旅立っていった。
さて、残された僕らもやることやらなくっちゃね。
「ね、ねえウィルさん、ボク本当に外に出て大丈夫なのかな……」
「大丈夫大丈夫。顔はばっちり隠れてるし、まさか勇者がこんなところにいるなんて誰も思わないって」
「そうは言っても……うぅ……やっぱり罪悪感が……」
「過去のことはもう仕方がないって。それよりも実際に魔族と触れてみて、今後の身の振り方を考えてみてよ」
今日の目標はアグリルとお出かけをすること。魔族のことを知ってもらうことだ。
ちなみにアグリルの服装は昨日エティリィが持ってきてくれた赤いパーカーに、薄青のジーンズとかいうズボン。これも異世界の服らしく、エティリィがまた倉庫から見つけてきてくれた。
うん、どこからどう見ても勇者には見えない。まあこっちでは珍しい服装だから余計目立つ可能性はあるけども。
「よーし、それじゃあ行ってみようか」
アグリルと二人で街を練り歩く。
といっても特に目的地なんて無くて、ただうろうろするだけなんだけど。
街のなかは今日も平和そのもの。角や羽など、それぞれ魔族としての特徴を備えた子供たちが元気に遊び回っている。食糧なんかも行き渡ってきてるようで犯罪発生率も低いらしい。
自給率も上がってきているようだけど、不足している分は例の富裕層とやらが支給してくれているそうだ。
セティリアが前に持ち帰ってくれたおかげで現金も調っているし、そろそろ直接話をしておきたいところなんだけどな。
隣のアグリルは興味深そうに辺りを見回しているけど、その表情は優れない。
「あら、魔王様じゃないの。今日はいい果物が入ってるのよー。ちょっと見てってくださいな」
のんびり散歩をしながらアグリルの様子を伺っていたら、突然横から声をかけられた。
「あ、おばちゃんおはよう」
振り向いてみると、沢山のフルーツに囲まれた果物屋のおばちゃんが手招きしていた。
このおばちゃんは僕の帰還後すぐに戻ってきてくれたグループの一人で、エティリィ、セティリアに次ぐ古参メンバーだ。
家もうちの近くにあるため、出不精な僕が魔王だってことをしっているくらいには親交がある。おばちゃんで呼び方が定着しているせいで、本当の名前は知らないのだけども……。
独自の仕入ルートを持っているみたいで、移住当初から食糧問題に取り組んでくれていた。今では街の中に果樹園も設けたらしく、新鮮な果物を売ることができるようになったと喜んでいた記憶がある。
「あらあら? 今日はエティリィちゃんは一緒じゃないのね。そっちの子はどうしたんだい。なんだか浮かない顔をしてるじゃないの」
アグリルの顔を下から覗きこむようにして話しかけてくる。顔全体は見えてないはずなのに、よくわかるもんだなあ。
「ちょっと色々あって、うちで面倒を見ることになったんだけどまだこっちの言葉がわからないみたいなんだよね。多分緊張してるだけだと思うんだけど」
「おやまあ。慣れない土地で大変ねえ。ほら、これあげるからがんばりな」
適当な説明だけで事情を理解してくれたのか、それとも勘違いしちゃったのか、アグリルに向けて売り物のリンゴを一つ差し出す。
完全に理解していたらここまで友好的にはなれないだろうし、恐らく後者だろうけども。
突然リンゴを向けられたアグリルは混乱の極致にあった。まあ会話の内容がわからないのにいきなり何かを向けられたら驚くよね。
どうしたらいいのかわからず、困ったようにこちらを見上げてくる。
「君にあげるってさ。大変だろうけどがんばれだって」
人間の言葉とばれないよう、こっそり通訳するとアグリルははっとしたように顔を上げ、おばちゃんに向かって勢いよく頭を下げてリンゴを受け取った。
そして暫く手元を見つめた後、おずおずと口に運ぶ。
「~~~っ!」
一口をしっかりと味わってから感極まったように、再度おばちゃんに頭を下げていた。
「ありがとねおばちゃん。また今度エティリィに色々買うように言っておくよ」
「まいどどうも。じゃあね坊や、元気だしなよ」
「ぶっ」
坊や呼ばわりについ吹き出しながら、おばちゃんの店を後にする。
そっか坊やか。確かに体型がわかりにくい服装ではあるけども……本人には言わないでおこう。
次に現れたのはまだ幼い少女だった。
紫色の肌に白い髪、真っ赤な目を持った女の子は珍しい格好をしているアグリルに興味があるのか、近くに寄ってきてしきりに観察している。
少女の服は少し汚れていて、何度も使い回しているのがわかる。お世辞にもいい暮らしをしているようには見えなかった。
「あ、あの……? ウィルさん助けて……」
アグリルも対応に困っている様子。やれやれと苦笑して、少女に話しかける。
「お嬢ちゃん、あんまり人のことをじろじろ見ちゃいけないよ。お姉ちゃん困っちゃってるでしょ?」
「あ、ごめんなさい! あんまり見ない人だったからつい……」
「こっちのお姉ちゃんはまだ来たばかりでね、お嬢ちゃんの言葉がわからないんだ。だから、僕からちゃんと伝えておくね」
「そうなんだー。あたしもね、この街にはまだ来たばっかりなんだ。本当は前も住んでたんだけど、ニンゲンの勇者におうち壊されちゃったの。パパとママもそのときにいなくなっちゃって、今は友達と一緒に暮らしてるんだ!」
「ねえウィルさん、この子はなんて言ってるのさ?」
アグリルが通訳を求めてくる。
さてどうしたものか。そのまま伝えたら流石にまずいよなぁ……。
「えーと……この子も引っ越してきたばかりなんだって。孤児院で暮らしてるみたい」
「孤児院……? さっき人間とか勇者って単語が聞こえた気がしたんだけど、もしかして……ボクが……?」
ばれちゃった。
確かに名詞はどの言語でも似たようなものだけど単語くらいなら聞き取れちゃうのか。迂闊だったなぁ。
適当にごまかすことは簡単だけど、それは僕の信条に反する。何よりアグリルのためにも良くないと思う。
どう答えたものか考えている僕を見て察したのか、アグリルは顔を真っ青にして座り込んでしまった。
「あ……ボ、ボクは……ボクは……」
両手で顔を覆いながらうずくまる。
「お姉ちゃん大丈夫……? おなかいたいの? えっと、アメ、たべる? ひとつしかないけど……」
急に態度が変わったアグリルを心配して、少女が語りかける。
恐らく大切に取っておいたおやつなのだろう。少し躊躇いながら差し出されたアメを、アグリルは茫然と見つめていた。
やがて何を思ったか、アメは受け取らず、少女に手を伸ばしその体を抱き寄せる。
咄嗟のことに何が起きたのか理解できていない少女を抱き締め、「ごめん、ごめんね……」と言葉を繰り返す。果たして人間の言葉で綴られた謝罪は少女に届いたのだろうか。その顔は涙で歪んでいた。
「お姉ちゃんどうしたの? いたっ、いたいよ……」
言葉は通じずとも、少女が苦しんでることはわかったのか、「あ、ご、ごめん!」と両腕の束縛を解いた。
「お嬢ちゃんごめんね。このお姉ちゃんも辛い目にあってきたからさ、思い出して悲しくなっちゃったみたいなんだ」
これ以上ややこしくなるまえにとりあえず誤魔化そう。嘘は言ってないしね。
「そっか……お姉ちゃん元気だして。一緒にがんばろ、ね?」
そう言って少女は慰めるように、未だうずくまったままのアグリルの頭に手を乗せる。
自分の半分にも満たないであろう年の少女に慰められたことがよほど衝撃的だったのか、アグリルは目を丸くして少女の顔を見つめていた。
やがてきゅっと口を結び、不器用な笑顔を作ると少女の手を両手で包み込んだ。
「ありがとう。ボクのやったことは決して許させることではないけど、キミたちが幸せになれるように精一杯頑張るから。不安も、不自由も無い生活ができるように頑張るから。だから……それができたら……」
最後はうまく聞き取ることができなかった。
少女のほうも、何を言われているのか全くわかっていないだろう。
すべてを言い終えたアグリルは立ち上がり、こちらに目を向ける。
「ウィルさん、ボクは決めたよ」
先程までの泣き顔はすっかり影を潜め、フードの奥からしっかりと僕の目を見て。
「ボクは、ウィルさんの夢に全面的に協力するよ。いや、手伝わせてほしい。人間も魔族も変わらないんだって、わかりあえるんだってことを世界に伝えたい。今までを無かったことにはできないけど、子供たちが笑って暮らせる未来を作るために、ボクの力を使いたい」
決意を新たに、そう宣言した。