59:打ち上げ
新章スタートです。
~トール~
「「「「かんっぱーーーい!!」」」」
盛大に声をあげながら、それぞれのグラスをぶつけ合う。響く音と共にグラスの中身が少しこぼれるが、そんなことは気にしない。
だって今夜はパーティーだ。好きなだけ飲んで、好きなだけ騒げばいいさ!
一時間ほど前。
ダンジョン攻略を終えた俺たちは、ひとまず宿を確保してから一っ風呂浴びた後、再度集合して打ち上げ会場へ。
場所は大衆的な酒場。派手に騒ぐなら高級店よりもこういう所の方がいいよな。
大きなホールにテーブルと椅子を雑に並べられており、空いてる席に勝手に座って勝手に注文すればいいだけのシステム。椅子が足りなければ他のテーブルから取ってくればいい。
せわしなく駆け回っている店員さんを捕まえて注文すれば、サラサラッとオーダーを紙に書いて机に置いていってくれる。あとは待ってればその紙と引き換えに食事が出てくるシステムだ。
料金は相変わらずの先払い性ということもあり、店員さんが食券器の役割も果たしている感じだな。
ちなみにサイードとシーナが飲んでいるのはビールに似た飲み物。味は知らないから見た目の話になるけども。
メリアードは流石にまだ酒は飲まないのか、果実のジュースをちびちびと舐めるように飲んでいる。
そして俺は……。
「ちょっとちょっとトール! 全然進んでないじゃん! 飲めー! もっと飲めー!」
「お前ぇさんは今回の立役者だからな! 潰れたら担いで帰ってやるから、さあ飲め飲め!」
そう、俺もついにアルコールデビューを果たしたのだ。
こっちの世界に来てから二年弱、ついに成人になってしまいました。ダンジョン攻略のテンションも相まって勢いでシーナたちと同じ酒を頼んだまでは良かったのだが……苦い。あと炭酸きっつい。
初めて飲むお酒は、あまり美味しくなかった。地球でいうところのカクテルみたいなお酒もあるようだし、さっさと飲んでそっちに行きたいのだが、なかなか減ってくれないんだこれが。
かといって、注文したものを残して次に行くのは俺の美学に反する。
そうした結果、こうして酔っ払い二人に絡まれてしまっているわけだ。
「俺は俺のペースで飲むから、そっちは好きに進めといてくれよ。無理して飲んで、急性アルコール中毒になったらまずいだろ」
「まぁた難しいこと言って~。いいから飲むの! そんで笑うの! それがお酒に対する礼儀ってもんでしょ!」
「つったって、今日がデビューなのにそんな勢いで飲めねえよ。つまみくれ、つまみ。唐揚げ!」
「はいどうぞトールさん。串焼きも食べやすいように串から外しておきますね。あ、お兄ちゃんお酒おかわりどうする? 同じのでいい?」
酔っ払いに絡まれる俺と、手際よく周りの世話をするメリアード。
飲み会は酔っ払った方の勝ちだなんて言葉を聞いたことがあるが、真理なのかもしれないな。
俺も早く酔っぱらってみたいところだけど、まだグラスは半分近く残っている。
覚悟を決めて一気にいってしまうべきだろうか。
ここまで飲んだ感じでは特に変わった様子は無いし、案外俺はアルコールに強いのかもしれない。
「なんだぁトール、難しい顔してよ。楽しめ楽しめ!」
ここは一つ、覚悟を決めるか。
「いよっしゃ! もう残り一気にいくわ!」
立ち上がって宣言すると、ヒューヒュー! と歓声があがった。勿論騒いでいるのは酔っ払いの二人だけだ。
メリアードは心配そうに見上げてくれている。
その視線に我ながら不安になるものの、男が一度宣言したことを撤回するわけにはいかない。
意を決してグラスを傾ける。炭酸が喉に大ダメージを与えていくが、無視して流し込んでいく。
「……プハァ! っしゃー! 飲んだー!」
「いえーい! お酒デビューおめでとうー!」
「いい飲みっぷりじゃねえの。さあ次だ次! どれにするよ!」
「ううーん! 甘いのお願いします! これはもうきっつい!」
シーナは背中をバンバン叩いてきて、サイードは早速次を飲ませようとメニュー表を差し出してくる。
一杯飲んで格好はついたはずだしジュースにしてもいいが……ここは気になっていた果実酒を頂くことにしよう。
出てきた果実酒は素直に美味しかった。さっきのビールもどきと比べて、お酒という感じがしない。
これ本当にアルコール入ってるのか? いくらでも飲めそうな気がするんだが。
やはり俺はアルコールに強い体質なんだな。
……そう思っていた時期が、俺にもありました。
「いえーい! かんぱーい!!」
新しく出てきた果実酒を高々と掲げて叫ぶ。
「ト、トールさん、もうそのくらいにしたほうが……」
意気揚々と果実酒をあおっていると、メリアードが心配そうに眉尻を下げて見つめてくる。
「だいじょーぶだいじょーぶ! 酔ってないよー。全然酔ってないよー。だってジュースだもんこれー」
これは本当に美味しい。こんなことならもっと早くから飲んでおけばよかった。
意識もしっかりしてるしぜーんぜん酔ってる気がしないな。さっきトイレ行ったら自分の席が見付からずに苦労したけど、ぜーんぜん酔ってない。
「メリアードも飲んでみなよ。ジュースだよおいしいよー」
「いえ、あたしはお酒はまだちょっと……」
「おぉ! トールに続いてメリアードもデビューってかあ!? いいぜオレが許す! 飲め飲め!」
「いいぞいいぞー。飲め飲めー!」
素面の俺が紳士的に誘っているのに、酔っ払い二人が絡んでくる。
「み、皆さんががそう言うなら……ちょっとだけ」
「一口飲んだらわかると思うよ。はいどうぞ」
飲みかけのグラスをメリアードに手渡すと、少し遠慮がちに受け取ってくれた。
一度全員の顔を見渡し、一呼吸だけ逡巡してから、グラスに口をつける。
「あ……美味しい……」
グラスの縁を舐めるように一口だけ飲んだあと、目を丸くして呟いた。
「でしょでしょ。俺も驚いたよ。どうする、まだ飲むか?」
「いえ、あまり頂くのも申し訳ないですから。その……自分の分で一杯だけ注文してもいいでしょうか」
「おお、いいんじゃないか。いいよなサイード?」
「んなもん、オレに聞くまでもねえやな。飲め飲め。飲めるならどんどん飲んじまえ」
「ねえねえトール、それそんなに美味しいの? あたしにも一口ちょうだいよ」
「おういいぞ」
「わーいありがと」
メリアードから戻ってきたグラスをシーナに渡すと、喜色満面で受け取り、一気にあおってくれた。
「っはー! 美味しいねこれ!」
「おまっ! 全部飲んだな!? どんな一口だよ! くそう、お姉さん、同じのおかわり!」
「あ、そしたらあたしも同じの!」
追加を注文する俺に併せて、ちゃっかり自分も同じものを頼むシーナ。
給仕のお姉さんに代金を支払うと、すぐにおかわりが三杯届く。
ここからが地獄の始まりだった。
「お姉さん、おかわり! おんなじの!」
「あ、あたしもあたしも、あーたーしーもー!」
「お二人とも、一体何杯飲むつもりなんですか? あ、わたしもおかわりお願いしますね」
「お前ぇさんらよく飲むなあ。んならオレもおかわり頼まあ!」
もう何杯飲んだのか覚えていない。
一杯だけと言っていたメリアードも結構おかわりしてるような気もするけど、気のせいかね。
新しいお酒が来る度にグラスをぶつけ合って乾杯しては飲んで、また次を頼むサイクルができあがっていた。
ちなみに乾杯する文化はこっちには無いらしいので、俺が教えた。
酔っ払いの皆さんには好評なようです。
「でさー、なんでメリアードはそんな立派な物を持ってんのさー。あたしよりも年下だよね?」
「いえいえー、シーナさん、これねえ、結構大変なんですよー? 汗かくしー。痛いしー。なんせ重いですしー」
「むきー贅沢な悩みをー! 半分でいいからわけてよおー!」
「あはははー。分けられるなら分けてあげたいくらいですけどー。でもー。シーナさんには素敵な耳と尻尾があるじゃないですかー。らいじょーぶですよー。それがあればあの人はシーナさんにぞっこんらぶですよー」
「なななななななにを言ってるのかなメリアードは! あの人って何さあの人って! ま、まあいつ何があってもいいように、毛並みはちゃんと整えるようにしてるけどさ……?」
「あはははー。シーナさん真っ赤ですよー。かーわいー」
「それでさー。トールってば、せっかく魔法の杖を持ってたのに、いつの間にか無くしてんだよねー。その上、無くしたことすら忘れてて杖無しで魔法の練習なんか始めちゃってさ!」
「なるほどな。だからトールぁ魔法使いなのに杖を持ってねえのか」
「わたしは杖無しで魔法が使えるなんてしりませんでしたよー。それもあれだけの威力ですからねー。すごいですー」
「まっねー! トールは凄いんだよ。ちょっと片寄りすぎてる気はするけどね!」
「だからな、オレぁ今でも反対なんだよ。こんないつ死んじまうかわかんねえ仕事ぁ、メリアードには向いてねえってよ」
「もぉー、またお兄ちゃんの心配癖がでたよー。わたしは大丈夫って言ってるじゃないですかー」
「どっちかって言うとサイードの方が一人にしたら心配だよねー。メリアードがついてきてくれて助かってるんじゃない?」
「あはははー。そうなんですよー。お兄ちゃんだけじゃ危なっかしくて見てらんなくてー」
なんか楽しそうな会話が遠くから聞こえてくる。
メリアードもお酒を楽しめているようで何よりだ。
え、俺?
トイレで絶賛フィーバー中ですよ?
暫く出られそうにありません。しかし、なんでトイレにいると外の声がよく聞こえてくるんだろうな。
会話の内容は全く頭に入ってこないけどな。あー気持ちわりい……。
よたよたとおぼつかない足取りで夜道を歩く。
聖職者に見つかったらゾンビと間違えて浄化されてしまうかもしれない。
おかしいな、飲んでる間は何ともなかったはずなのに、ちょっとトイレに行こうとして立ち上がったら一気にふらついた。
何より不思議なのは、同じくお酒デビューを果たしたメリアードが全然平気そうにしていること。
普段よりテンションが高そうに見えるけど、でもそれくらいだ。俺みたいに辛そうにしている風はない。
サイードの横を歩きながら、「お酒って楽しいねー」なんてお気楽な会話をしている。
「トール大丈夫? 飲みすぎた?」
「だいじょばない……うぅ……」
頭が重くて正面を見ることができない。足にも力が入らず、果たしてまっすぐ歩けているのかどうかすら定かではなかった。
「もぅ、しょうがないなあ。ほら、肩貸したげるからおいで」
「うぅ……いつもすまんとですおっかさん……」
「だれがおっかさんよ。全くもう、初めてなのに無茶するから」
「次からは気を付けるんだよ」と怒られてしまった。まあ飲む度に迷惑をかけるわけにもいかないし、自重しよう。
結局そのまま宿まで、というかベッドまでシーナに運んでもらってしまった。
風呂に入ってくると言って出ていくシーナを見送り、先に休ませてもらった。
今はもう何も考えたくない。とにかく目を閉じて寝てしまおう。
と思っていたらシーナが水とバケツを持って戻ってきてくれた。
「気持ち悪くなったら我慢しなくていいからね。吐いちゃったほうが楽になるときもあるから。それじゃ、おやすみ」
ありがてえありがてえ。