二人の少女②
~エティリィ~
以前に手首を切り落として差し上げた殿方。彼が宣言通りに戻ってきました。
恥知らずにも仲間を連れて。
まあ彼については特に問題ありません。セティリアが対応してくれましたし、大した能力も持っていないようので。
問題は、彼が連れてきた仲間の内の一人。勇者アグリルにありました。
有象無象の対応はセティリアに任せ、私がアグリルに当たらせて頂きましたがこれがまた、思いの外高い実力を備えていたようです。
マスターの父君である先代魔王様を討ち取ってはいるものの、卑劣な手法を使った上での勝利と聞いていましたし、ガンド様も正面から戦えば負けるはずがないと仰っていました。
私自身、ガンド様から指南を受けて久しく、マスターやガンド様に次ぐ力は備えている自負がありましたが、勇者は私を軽く上回っていました。
通常時はさして驚異ではありませんが、どうやら異世界の魔法を操れるようで、自身の能力を向上させる手段を保有していたのです。
姿は見えなくなる、全身が炎に包まれるなど、聞いたこともない魔法でした。マスターの結界による強化とはまた異なる能力のようですね。
ともあれ、そんな勇者もマスターの敵ではありません。たったの一撃、ほんの一瞬で勝負はつきました。
私も強くなったつもりではいましたが、マスターに比するとまだまだですね。精進が足りません。
更にマスターはその勇者を懐柔せしめてみせました。勇者にも諸々の事情があり、居場所が無くなってしまったようですが、これは人間たちにとっては大きな損失となることでしょう。「まずは胃袋から掴むんだよ!」と言うマスターに従い、差し出す食事には気を配りましたが少しはお役に立てたでしょうか。
マスターが言うには、勇者アグリルを協力者として確保したいとのこと。おっと、もう勇者ではないのでしょうか。
まあいいでしょう。マスターの食客となるのであれば、敬意を払う必要がありますね。アグリル様とお呼びするべきでしょうか。
アグリル様を確保するのはいいとして、問題はその知名度。それはそうでしょうね。つい最近魔族の街を魔王様ごと滅ぼしたばかりなのですから。
顔を隠すために何かないかと考えておられましたが、そこはお任せください。こんなこともあろうかと異世界の衣装を用意してありますよ。
小さいサイズなので今までは着られる方がいませんでしたが、アグリル様でしたら丁度いいことでしょう。
色も赤なので、アグリル様にお似合いかと思われます。マスターにも喜んで頂けましたし、用意した甲斐があるというものですね。
今回も色々とありましたが、何より喜ばしいことはマスターがついに魔王となられたことでしょうか。
セティリアなどは泣きそうになっていましたしね。マスターとのお付き合いも長い分、思うところがあるのでしょう。
魔王といえば魔王城。すぐにでも設ける必要があります。当然、冒険者の侵入に備えて各所には罠を設置。途中には中ボスも配備しなくてはなりませんね。
最初のボスとしてセティリアが倒された後、私が現れてこう言うのです。「奴を倒したからといって調子に乗らないでくださいね。奴は所詮私たちの中では一番の小者ですから」と。
人間のお姫様でも誘拐して来ることができれば最高なのですが、それは高望みしすぎというものでしょう。
マスターに到達する直前のセーブポイントまで行ってから外に出れば隠しダンジョンへご招待、なんていうのも素敵ですね。
そういえば勇者は捕らえてしまいましたが、魔王様に挑戦してくる人間はいるのでしょうか。
トール様が仰るには、勇者がやられた場合はその子孫が新たな勇者となって冒険することになるそうですが……アグリル様は見るからにまだ幼いですし、子供なんていないでしょうね。
さてどうするのでしょうか。平和であればそれに越したことは無いのですが……。
とりあえずこちらは一段落と言っていいかもしれません。人間さえ攻めてこなければ、後はマスターのご兄弟と連絡を見つけ出して従えるだけで魔王軍の一統は能いますしね。
捜索にはセティリアとテュールが向かうようですし、私は暫く本業であるメイドに戻ることができそうです。
ガンド様に稽古をつけていただくのは継続することになるでしょうが、折を見てアグリル様にも加わって頂きましょうか。
遺恨の残るお二方ですが、アグリル様は見たところ真っ直ぐな性格のようですし、直接刃を交えれば少しは改善されるかもしれませんから。
何より、二人でかかればガンド様から一本が取れるかもしれませんしね。
マスターのお役に立つため、まだまだ頑張らなくてはいけません!
~シーナ~
いやー。久しぶりに潜ったけど、やっぱりダンジョンは疲れるなー。
ウィルに繋がる可能性があるから調べてみたいっていうトールの意見には賛成だったよ。たとえ、その可能性がゼロに近かったとしてもね。他に手掛かりがあるわけでもなかったしさ。
ただ、一月以上もかかるとは思わなかったなあ。
トールが便利な道具袋を持っていなかったら半分も行かずに帰ることになっていたと思う。
行軍中は全く気が抜けないけど、休むときはしっかり休ませてもらったしね。前に潜ったときよりは比較的楽ができたかな。感謝感謝。
トールがいてくれて良かったと思ったのは、何よりも食事。まさかダンジョンの奥まで行って野菜やらお肉やらが食べられるとは思ってなかったよ。普通はひたすら干し肉で耐えるものなのにね。それか現地調達。
氷を使って食材を腐らないようにするとか、氷に塩を混ぜると溶けにくくなるとか、そんなこと考えたことも無かった。異世界人の面目躍如ってやつだね。
結局帰ってくるまで氷は溶けてなかったし、あの袋の中ってどういう仕組みなんだろ。
ダンジョンといえばあれだね。15階層。
途中で休憩を入れながらとはいえ、探索中は神経を張ったままだから流石に疲れが出てきた所で見つけた部屋。入口に書いてあった『休憩所』の文字なんて信用できないし、どんな罠があるかわかったものじゃない。
普通なら訝しんで素通りするべき部屋にも関わらず、トールはそこで休憩を取る判断を下した。
その部屋に着く前からちょくちょくあたしのことを気にかけてくれる素振りはあったから、あそこで休憩を取ったのもあたしのためだったと思う。自惚れかもしれないけど、嬉しかったんだからそう思っておくくらいは許されるよね。
結果として仲間と思っていたメリアードに裏切られるわ、トールに裸を見られるわで散々だったけど、いい休憩にはなった。いや、メリアードのことは逆恨みだし、トールはあたしよりメリアードの胸に視線が行ってた気がするけどさ……。
なんか思い出したら腹が立ってきた。後でトールの夕飯からおかずを一つ奪ってやろ。
そうそう、トールの左腕。あれ何なの。
義手っていうのは知ってたよ。ウィルから貰ったってことも。
でもまさか、ワイバーンのブレスを防げるなんて思わないじゃん。
トール自身も驚いてたしさ。あれはもう本当にダメかと思ったよ。思わず駆け寄ろうとしてサイードに止められたけど、あの時はもう無我夢中だったなあ。
でもトールがやられちゃったら結局全滅していたんじゃないかな。よくよく考えるとさ、このパーティーってトールがいないと成り立たないんだよね。
勿論、サイードの剣やメリアードの補助魔法も凄かったよ。二人ともドリュアス族ってことを明言してからはそれまで隠してた技や魔法を使うようになったしね。
ただそれでも、トール無しじゃダンジョン攻略はできていなかったと思う。
道具袋もそうだけど、トールはなんせ攻撃力がずば抜けて高いもの。
ダンジョンの攻略が終わった時点で、トールの戦闘力は2500に届かないくらいだってさ。前に見せてもらったけど、トールってば魔力以外のステータスはからっきしなんだよね。それこそ、一般人より低いんじゃないのってくらい。
つまり魔力と魔法だけでサイードの倍以上の戦闘力ってことでしょ。どうなってんのそれ。
あたしの戦闘力とは……比べたくもないね。
ミノタウロスが即死とかあり得ないよホント。
サイードとまともに闘えば魔法も避けちゃうサイードに軍配が上がるだろうけど、トールには精霊魔法もあるからなあ。本気で命の取り合いになったらどうなるやら。
まあトールの性格からして、そんなことにはならないだろうけどさ。ヘタレで優柔不断でスケベでだらしないけど、優しいから。トールは。
うぅ~。なんか最近、前にも増してトールの事を意識するようになってる気がする。ダメダメ、ウィルを探すために旅してるんだから、そんな暇も余裕もないよ。それはわかってるんだけどね……。
そういえば最奥部で戦ったワイバーン。
かなり強かった相手だけど、トールに撃ち落とされてからはやけに大人しかったような気がする。
メリアードの捕縛魔法が強かったのかもだけど、ほとんど抵抗らしい抵抗もしてなかったと思うんだ。
なんでだろう。最後に口を開けたのも、ブレスを吐くっていうより何かを訴えかけるような声だったしさ。
途中のミノタウロスも死ぬ前は大人しかったような気もするし……うーん、わかんないね!
大型の魔物の特徴なのかもね。死ぬときは潔くって。
とにかく、誰も欠けずに攻略できてよかった。
結局ウィルの手掛かりは無かったし、サイードたちもお目当ての財宝は見つけられなかったけど、最奥部で手に入れた植木鉢だけでも一財産になるかな。
魔物から剥ぎ取った素材もあるから、労力に伴う利益は十分以上に稼げたはず。
儲けは山分けの約束だから大体は売り払ってお金に変えなきゃね。植木鉢はできれば売らずに残しておきたいところだけど、まあ仕方がない。
売ったお金で、別の良いものを買えばいいや。
サイードたちは二人合わせて一人分でいいとか言ってたけど、トールの事だからどうせ四等分でしょ。
あの植木鉢、ちゃんとしたところで売れば金貨20枚はくだらないはず。てことは一人につき金貨5枚。笑いが止まらないねこれは。
ところで、また新しい魔王が出てきたんだってね。
せっかく勇者が魔王を討伐してもすぐに次の魔王が決まるんだから、そりゃ戦争が無くならないわけだよ。
あたしは魔族に対して特に偏見は持っていないつもりだけど、いざ仲良くできるかって言われたらそれはまた別の話だし、やっぱり勇者に頑張ってもらいたいという気持ちもある。そもそも魔族は会話が通じないしなあ。
ウィルはちょっと特別だね。魔族が皆ああだったら戦争なんて起きないんだろうにさ。
大分暖かくなってきたし、そろそろアレの時期が来そうな感じがする。
ダンジョン疲れを癒すのも兼ねて、暫くこの街で休ませてもらおうかな。
アレが終わったらまたあたしの故郷に向かわせてもらおう。こんな凄い仲間ができたんだよって、皆に自慢しちゃお。
とりあえず今日は打ち上げだ!
思う存分飲みまくって、明日は昼まで寝るぞー!
あ、そしたらトールからおかず奪うのは明日以降にしなくっちゃね。