58:魔王爆誕
~ウィルナルド~
アグリルが落ち着くまで、10分ほど必要だった。
さしもの勇者も、いつ死ぬか分からない恐怖は堪えたのだろう。
そんな彼女は現在、ベッドの上で姿勢正しく座っている。涙を拭っても目は真っ赤になってるけどね。
長い髪もボサボサになっちゃってる。まあこれは元々そこまで整えられていなかったようだけど。
「いやー。それにしてもよく泣いたもんだね。こっちに被害はないからそこまで謝らなくてもいいのに」
「ち、ちがくって……! その……キミは魔王なんでしょ……? てことはほら……前の魔王の……やっぱり関係者だったりするんでしょ……?」
「ああ、先代は僕の父だね」
俯きながら説明するアグリルに対してそう口にすると、びくっと震えて肩が強張るのがわかった。
別に気にしなくていいんだけどね。
「ご、ごめんなさい……ボクとんでもないことを……」
「いいよいいよ。事情があったんだろうし、これから気を付けてくれたら」
「あぅ……ごめんなさい……」
また小さくなっちゃった。
僕の言葉は本心からの物なんだけど、なかなか伝わらないもんだねえ。
でもまあ、エティリィと戦っているときの勝ち気な様子より、今の殊勝な感じの方が年相応で親しみが持てる。
ん……? あれ……? なんか引っ掛かるような……。
「年相応……年齢……? んん……?」
口に出てた。何気ない疑問だったのにアグリルの体が再び凍りつく気配がする。
「ええと……グレースウッド……さん? そういった話題はちょっと……」
「あぁわかった! 召喚されたのが10年前とか言ってたからだ! あーよかったすっきりしたよ」
「あぅ……」
元々戦うことができてたって言うのに、召喚されたのが10年前だもんね。見た目はシーナちゃんと同じくらいの年に見えるけど、僕らみたいに長命な種族なのかな。
年相応、って表現はあまり正しくないのかも。
あれ? なんだろう、アグリルが更に小さくなっちゃってるよ。
「あの……見た目が幼いのはこっちに来たときに変な特殊能力を手に入れちゃったせいで……えと……実際はその……今年で26に……」
「あ、そうなんだ。まあ僕なんてもう何年生きてるか数えてもいないし、歳なんてどうでもいいよね、うん。」
でもそうか。召喚された時点で16歳ってことかな。見た目が若い種族なんだねきっと。
「あの、ところでグレースウッドさん」
「ウィルでいいよ。どうしたんだい?」
「じゃあウィルさん……あの、ボクはこれからどうしたらいいのかな……」
「呼び捨てでも構わないのに。どうしたらって、好きにしたらいいと思うけど」
「流石に命の恩人を呼び捨てっていうのはちょっと。人間たちの中では捕らえられて死んだことになっているだろうし、迂闊に帰るわけにもいかないんだよね」
あ、なんか前にもあったなこういうの。
思わず苦笑してしまう。異世界には義理に厚い人が多いのかもね。
「まあ僕としては、魔族と敵対さえしないでくれたらあとは好きにしてもらって構わないよ。できれば僕の目的に協力してもらえるとありがたいけどね」
「ウィルさんの目的ってなんなのさ? 世界征服とか?」
「いやいやいや、そんな物騒なことしないよ! 逆だよ。僕はね、人間と仲良くしたいんだ!」
「え……」
なにその、「信じられない」みたいな顔は。
僕は温厚なエリート魔族なんだよ。争いなんて好まないんだよ。
戦いたくない! なんて言いながら相手をボコボコにしたりしないんだよ。
「その反応は心外だな。魔族と人間は友達になれないとか思ってる?」
「だって……! 魔族っていうのは好戦的で残酷で、強い力を持っていて人間のことを虫けらみたいに殺して遊ぶやつらだって……」
「ひどい偏見だなあ」
もう笑うしかないね。
魔族と人間は敵対関係とはいえ、ここまで嫌われていたとは。これは前途多難かもしれない。
「勿論、魔族の中には悪いやつらだっているよ。でもほら、僕らだってこうして一緒にいることができてるじゃないか」
「そりゃまあ、人間だってろくなもんじゃないし、ウィルさんが悪い人じゃないってことくらいはわかるけどさ……」
「でしょ? こうやってわかり合えるのなら、他の人たちだってきっと大丈夫だよ。時間はかかるだろうけどね。幸い、僕は魔族だし時間はいくらでもあるしね」
やっぱりそう簡単には納得できないのか、アグリルはしばらくの間腕を組んでうんうんと唸っていた。
そしてふと思い付いたように、首をかしげながら。
「ウィルさんがそこまでして人間と仲良くしたい理由ってなんなのさ?」
「そりゃ、のんびりだらだらしながらマンガとアニメを楽しんで過ごしたいからだよ」
「……え? ごめんもう一回言って?」
「のんびりだらだらしながらマンガとアニメを楽しんで過ごしたいからだよ」
「えっと……マンガってあのマンガ? 絵と一緒に異世界の言葉が記されているっていうあのマンガ?」
「そうそれ、そのマンガ。いいよねー。楽しいよねー」
「楽しいよねって言われても……字が読めないボクにはよくわかんないさ。むしろウィルさんはあれ読めるってことなの?」
「そりゃ読めるし書けるよ。日本語はばっちり勉強したからね。本物の日本人にだって通用したんだから」
「はぁ。まあいいさ。それで、マンガを読むことと人間と仲良くすることがとうやったら繋がるのさ?」
「ん? そりゃ戦争なんかしてたらのんびり読めないじゃない。それに人間の国にあるマンガを集めることだって大変でしょ? それなら仲良くなっちゃえば全部解決するじゃないか」
あ、納得してない顔してる。
それでも思うところがあるのか、また腕を組んで考え込んでしまった。
アグリルが目を瞑って考え出してから10分ほどが経過した。
余程深く考え込んでいるのか、微動だにしていない。
これは邪魔しちゃ悪いな。僕も黙って見守ることにしよう。
30分が過ぎた。
我慢。ここは我慢だ。
声を掛けたいけど途中で邪魔するのも悪い。我慢するんだ。僕は待てる子我慢の子。
長いよっ!
もう一時間くらい経ってるんじゃないだろうか。
ちょっと様子を観察してみると、口元に何か光るものが見えてしまった。
……うをい。
「アグリル、ねえアグリル?」
「うー。もう食べらんないよぅ」
ヤダ! この娘寝ちゃってる!
なんというお約束。
まあ、ここのところまともに寝られてなかっただろうし、ゆっくり寝かせてあげたいところではあるけども。
とはいえ、座ったまま寝るというのも体に宜しくない。とりあえず横になってもらおうか。
「アグリル、起きて。寝るんならちゃんと寝ないと。体悪くしちゃうよ」
「うー……ふぇ!? あ、あれ?」
目を覚ますなり周囲を見回す。ちょっと混乱している様子だね。
「おはようアグリル。寝るのはいいけど、ちゃんと横になったほうがいいと思うよ」
「ねねねね寝てないよ!? ボクちゃんと起きてたよ!? その証拠にほら! えっと……なんの話だっけ……?」
「寝てたね? 間違いなく寝てたよね? いいよいいよ。疲れてるだろうし、今日はゆっくり休んでよ。まだ寝るには早い時間だけど、まあいいでしょ。扉は開けておくけど、一応まだ外には出ないほうがいいと思うよ。アグリルの顔を知っている人も多いだろうから」
アグリルが仲間と一緒に父を倒してから、まだ日も浅い。
何十年か経てば記憶も薄れるだろうけど、何の対策も無しに今外に出るのは危険だろう。
結果的に閉じ込めてしまうことになるのは申し訳ないけど、今日は我慢してもらおう。
明日までに何か考えておかないとなあ。
「それじゃ、僕は一度戻るね。夜ご飯は必要?」
「うー、今日はいいや。このまま朝まで寝るぅ……」
言いながらベッドに倒れこんでしまった。
布団を被ると、すぐに寝息が聞こえてくる。
朝までって、まだ外も明るいんだけど何時間寝るつもりなんだろう。
まあいいか。ゆっくりおやすみ。
なるべく音を立てないように、帰ろう。
いつものリビング。いつものメンバー。
いつもと同じ会議が始まる。
「かくかくしかじかで、アグリルと仲良くなりました。帰る場所も無いみたいだし、僕としてはここに残って色々と手伝って貰いたいんだけども、皆はどう思う?」
今日の議題はアグリルについて。無事で済んだことと、彼女の抱えていた事情は説明してある。あとはこの後どうするかってところだね。
「私は異論ありません。マスターの御心のままに」
「心情的には反対したいところですが……殿下の意見には従いたいと思います」
「俺はどっちでも構わねえよ。個人的に恨みがあるでもないしな」
エティリィとテュールは問題なし。セティリアはやっぱり否定的だね。襲われた時現場にいたのだから仕方がないだろう。
あとはガンドさんか。
彼の方に目をやると、腕を組んだ状態で考え込んでいた。まさか寝てないよね。
ちょっと不安を覚えたとき、僕の視線に気付いたのかガンドさんが顔を上げた。
「儂は正直複雑だな。若の理想は理解しておるし、共に歩むつもりもある。しかして、この目で勇者の姿を確認したとき、正気でいられるかがわからん」
その口から語られたのはガンドさんの本心なのだろう。苦虫を噛み潰したような表情で、しかしはっきりと伝えてくれた。
「いや……すまぬ。若が耐えておるのに、儂が口を出すのは筋違いと言うものだな。相分かった、若の枷にはなるまい。儂もなんとか耐えてみせよう」
「すみませんガンドさん……ありがとうございます」
各々の考えはあれど、ひとまず全員の承諾を得ることができた。ここから先、受け入れてもらえるかは僕やアグリルの努力次第だろう。
「皆もありがとう。次の問題だけど、アグリルをここに置いておくとして、街中を歩くためには顔が知られ過ぎちゃってると思うんだ。顔を隠すのにいいものとかないかな」
「あ、マスターそれでしたら」
即座に提案してくれたのはエティリィだった。
「ん、なにか心当たりある?」
「はい。以前に倉庫の整理をしている時に見つけたのですが、丁度いい衣服がありました。トール様から薦められたラノベにも出てきていましたが、パーカーと呼ばれるものだったかと思われます」
「パーカー? どんなのだっけそれ」
「ええと……少々ゆとりを持った服で、首のところに帽子が付随しているような構造をしています。鎧を脱げば問題なく着られるでしょうし、帽子を目深に被れば顔はほぼ見えなくなるかと」
「そんなのあったっけ。ラノベに載ってたっていうことは日本の服なんだろうけど……ちょっと持ってきてもらってもいい?」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
かくして、エティリィが持ってきた服はマンガの中で見たことがあるものだった。
色は燃えるような赤。彼女の言っていたとおり、首の後ろ側に帽子が付いている。なるほど確かに顔を隠すことはできそうだ。服の正面には細かい金属が交互に取り付けられていて、噛み合わせることによって自由に開閉できるらしい。更に左右の腰にあたる部分には大きめのポケットが取り付けられていて、収納性にも優れているようだ。
「如何でしょうか。大きさ的にも、彼女に合っていると思うのですが」
「うん。いいねこれ。僕も着てみたいんだけど、もうちょっと大きいのって無かった?」
「申し訳ございません。サイズはこれしかありませんでした。ですが大丈夫です、マスターは今の服装が何よりも素敵ですので!」
エティリィが強く宣言してくれる。何故かセティリアもしきりに頷いているけど、君らそんなに仲良かったっけ。
「そっか。残念だけど無いなら仕方がないね。とりあえずアグリルには明日渡してくるよ」
これで話は纏まったかなと、会議を締め括ろうとしたら挙手が出た。セティリアだ。
「ん、セティリアから何か話がある?」
「はい。なんとなく流れてしまいそうだったので言わせてもらいますが、殿下は勇者アグリルを捕らえましたよね?」
「うん、そうだね」
「捕らえたということは、倒したと言っても過言ではありませんね?」
「まあ単純に倒すよりは難しいだろうね」
何かを確認するように質問が飛んでくる。一体何が言いたいのか。
「勇者アグリルを倒す最初の目的は覚えていますか?」
「そりゃ、仲間にして人間と仲良くするための繋がりに……ん? なんか違うな……」
「……魔王ヴォルヴィエルグの仇を討ち、新たな魔王として君臨すること。であるな」
「あ……」
忘れてた。もう完全に忘れてたや。
そうだ、魔王になって魔族が暴れまわるのを止めないといけなかったんだ。
「そうです。勇者アグリルを捕らえたのですから、殿下は大々的に魔王となることを布告するべきです」
「確かにそうだね。すっかり忘れてたけど、兄二人を止めないとだね。ありがとうセティリア。すっかり忘れてたよ」
「しかし、これで殿下が魔王になると思うと感慨深いものがありますね。幼い頃から世話役として仕えていた身として、これほど喜ばしいことはありません」
うん。君は世話役としてはろくな仕事をしていなかったと思うけどね。今は言わないほうがいいだろう。
さて、魔王となるならこれからの事も決めなくっちゃね。
「じゃあまずは兄二人に対して、僕が魔王となることを宣言しようか。その上で、略奪を止めて指示に従って貰わないといけないな。セティリア、テュール、お願いしていいかい?」
「了解しました! 居場所はわかりませんが、情報を集めながら進めばすぐに見つかることでしょう!」
「まあ、外に出るなら俺とセティリア先生が妥当だよな。どれだけかかるかわからんが、なるべく急いでみるか」
二人とも即座に了承してくれる。外に出てばかりで申し訳ないけど、転移魔法を使える人材が他にいないから仕方がないな。もっと増やしたほうがいいんだろうけど……
「ガンドさん。兵士の中から魔力の制御に長けた人を集めてもらえませんか? セティリアに付いていかせて転移魔法を覚えさせたいんですが」
「ふむ、了解した。転移の使い手は多いに越したことはないな」
「ええ、そういうことで宜しくです。さて、じゃあ僕はどうするかな……」
「魔王城!」
独りごちた僕に反応したのはエティリィだった。
「魔王城! 建てましょう!」
やけに鼻息が荒い。ムフームフーって感じ。
「魔王城かあ。確かに必要かもね。今の家じゃ部屋数も足りてないし、城があれば皆も一緒に暮らせるね」
「はい! なので是非ともお城を! 城壁よりも高く、天を貫く勢いの城を建てましょう!」
「示威行為にもなるし、人間が迂闊に攻めてこなくなるためにもあったほうがいいかな。でもなんでそんなに興奮しているの?」
「魔王様はお城に住むものなのです! 玉座に鎮座し、勇者を待ち構えなくてはなりません! そしてたどり着いた勇者にこう言うのです! 『もし、わしの味方になれば世界の半分をやろう』と!」
「なにそれ。一体どこでそんな知識を身に付けたの」
「トール様が仰っていました。様式美、というものらしいです」
トールったら僕にはそんなこと教えてくれなかったのに! 今度会ったら魔王の振舞い方を教えてもらわなきゃ!
「まあそれはさておき、城は建てることにしよう。場所はここで。家はまた箱に戻しておけばいいね」
「そうですね。思い出深い家ではありますが、またどこかで利用しましょう」
よーし方針は決まった!
他に何も無いことを確認して会議を打ち切る。
今日はアグリルを助けるのに魔力を使いすぎちゃったから、明日になったらドセイさんにお願いしよう。一気には無理かもしれないから、コツコツいこうかな。
勇者を捕らえたのはいいけど、これで終わりじゃない。
むしろ本当に忙しいのはここから始まるんだ。
夢のぐーたら生活のため、がんばっていきまっしょい!
こうしてウィルナルド君が魔王となりました。
ひとまずここで第二部終了です。
幕間を挟んで第三部へと続きますので、引き続きよろしくお願いします(´・ω・`)