57:解放
~ウィルナルド~
「やっほー。生きてる? ご飯持ってきたよー」
お昼、約束通り食事を持ってアグリルを訪ねてみた。
「……まったく、物好きだねキミも。聞きただしたいことがあるなら拷問でもなんでもすればいいじゃないか」
お、まだ生きてた。何より何より。
「前に言ったじゃない。君を害する気なんてないって。ただ話がしたいだけなんだけど、まあこの状況じゃあね」
「あー、いいさもう、なんでも聞いてよ。どうせ死ぬんだしあいつらに一泡吹かせられるなら魔族でもなんでもいいや」
「本当かい? とはいえ何から聞こうか考えてなかったんだけど。そうだな……まずは君のことを聞かせてよ」
「ボクのこと? また変なことを聞くね。別にいいけどさ」
ぶつぶつ言いながらも自分のことについて語り始めるアグリル。ひょっとしたら、一人でいることに不安を感じ始めているのかもしれない。
「ボクは元々この世界の人間じゃないんだ。10年くらい前かな? いきなり呼び出されて、『世界を救ってください』ときたもんさ。最初は良かったよ。ボクの世界とさほど変わらないし、魔法もそのまま使えたからね」
アグリルが語るところによると、人間たちの国では勢力を増強するために、異世界人の召喚を試みているところがいくつかあるそうだ。
アグリルもそうして呼ばれた中の一人だったみたいで、彼女の前後にも何人かの異世界人が呼ばれているらしい。おそらく、現在進行形で召喚を繰り返しているだろうとのこと。
必要な魔力量が尋常ではないこと、魔導書が少ないことからそこまで頻繁には行えないみたいだけど、それでも何人かの召喚には成功しているらしい。
召喚された人間は、例によって特殊な能力を手に入れることが多い。アグリルは元の世界でもそれなりの戦闘力があったようだけど、召喚されてからは更に磨きがかかったそうだ。
アグリルに限らず、異世界人は強い力を有している。となれば、まず最初に懸念するのは異世界人による反乱だ。一人ならまだしも、何人かの同類が集まればそこにはグループができあがり、組織となる。
戦闘向きの能力を得た異世界人が数人集まれば、国を一つ落とすことなど容易いだろう。
そうならないため、人間たちは考えた。どうすれば強い力を持った異世界人を使役することができるのかと。
答えは単純明快。相手以上の力で押さえつければいい。その結果が、今アグリルを苦しめている、胸に刻まれた魔方陣なのだろう。
アグリルの知っている限り解除の方法は無く、発動させれば魔方陣が光り輝き、数秒後には爆発して死に至るそうだ。
遠隔操作が可能な上、ある程度爆発の威力も調整できるみたい。便利なものを考え出すものだね人間という生き物は。
かつての世界で友人だった者、こちらで仲良くなった者、共に自由になろうと誓い合った者。何人もの異世界人が殺されるのを、目の前で見てきたらしい。
呼び出しては殺してを繰り返してようやく、人間に逆らわない優秀な駒を手に入れたんだね。
「わかった? あいつらに必要なのは、自分たちに忠実な駒だけなのさ。任務に失敗するような不良品は用済みってね」
「世知辛いね。でもそれならなんでまだ無事なのかな」
「昨日も言ったろ? タイミングを見計らっているのさ。市中引き回しにされたあと公開処刑されるあたりを狙ってるんだろうさ」
「はー……人間って怖いんだねえ。魔族の方がよほどシンプルだよ。でもそのタイミングってどうやって見ているの?」
「簡単だよ。自分たちならどうするかを考えるのさ。魔族を捕らえたら、拷問にかけた上で晒し者にして処刑するだろう? それと同じだけの時間を待てばいいのさ。今頃、舌舐めずりしながら発動の瞬間を見計らっていると思うよ」
そういえば人間の言葉を話せる魔族がいるっていうのは、あまり知られていないんだっけ。
それならアグリルが殺された、或いは捕らえられた時点でその身体が辱しめられるのは目に見えている。
あとは最も被害が大きくなるであろうタイミングで発動させるだけか。えぐぅ。
「どこかで見張られてるわけじゃないなら、ずっとここにいてもいつかはやられちゃうんだね。さて困ったね」
まあこの部屋は頑丈に造ってあるし、魔法も防ぐように結界を張ってあるから大丈夫だろうけどさ。
「だからどうしようもないんだって。気にしてくれるのはありがたいけど、助かる方法なんて無いんだからさ。悪いことは言わないから早く逃げた方が……あ……ああ……」
突然言葉に詰まるアグリル。見ればその胸元から何かの光が生じているように感じる。
言うまでもない。人間たちが魔法を発動させたのだ。
このまま数秒もすれば、魔方陣に込められた術式が発動して、アグリルごと周囲を吹き飛ばすのだろう。
人間たちの都合の良いように。
そうはさせてたまるか。
「アグリル! こっち来て! はやく!」
胸を押さえたまま動かなくなってしまったアグリルに呼び掛ける。
「あ……や……やだ……」
僕の声は果たして届いていないのか。アグリルの表情がどんどん歪んでいくけど、体が動く様子はない。
「アグリル! あぁもう!!」
じれったい。むこうから来てもらうのは諦めて、檻の扉を開けてこちらから向かう。
動かないアグリルに手を伸ばし、急いで詠唱を始める。
まずは魔力、続いて物理的な衝撃を防ぐ結界魔法を重ねがけしていく。幾重にも幾重にも、時間と魔力の許す限り結界を重ねる。
その間もアグリルは言葉にならない声を発していたけど、多分こっちの行動を理解はしていないだろう。完全に狼狽していて、心ここにあらずといった感じだ。
数えるのも億劫になるほど、結界を重ねた。魔力もかなり消費しているように思う。
ほんの数秒のはずが、何時間も経っているように感じたけど、ついにその時が訪れた。
アグリルの胸元で輝いていた光が弱くなっていき、消える。
服の襟元から覗いていた魔方陣も、光の消失と共にその姿を失っていた。
爆発は……起きていない。
魔法で発動させるのなら魔力を遮断すればどうにかならないかなって思ってたけど、どうやら上手くいったみたい。
部屋の結界だけじゃ足りなかったのかな。光だしたときはちょっと焦ってしまった。
まあ結果が良ければ問題ないよね。
「アグリル、終わったよ。もう大丈夫」
依然として固まったままのアグリルの肩を叩いてみる。
「やだ……やだよぅ……やだぁ……」
まるで幼い子供のように顔を歪めて同じ言葉を繰り返している。まだ現状が掴めてないのかな。
「アグリルー。おーい。もう大丈夫だって。魔法は解けたよー」
「やだぁ…………え……?」
肩を掴んでゆさゆさと体を揺すってあげると、ようやく気付いてくれた。
その視線は胸元に注がれ、今まで自分を苦しめていた魔方陣の存在を確認している。
服の外から確認し、服を捲ってその中を確認し、更に手で胸元を触ってみて確認する。
ややあって、本当に消えていることを理解したのか、表情が目まぐるしく変化していった。
初めは驚き。そして歓喜の表情へ。と思えば次の瞬間にはまた顔をくしゃっと歪めて泣き出してしまった。
「あ……ああああ! うわあああああ!!」
うわどうしよう。目の前で女の子が号泣しているんだけど。
他種族とはいえ、流石に女の子を泣かせるのは気まずい。どうすればいいのか困りあぐねた結果、とりあえず頭を撫でてみた。
そしたら凄い勢いでタックルされてしまった。
押し倒そうとしたわけではないようで、そこまで力は込められていなかったけど、僕の胸元に顔を埋めてわんわん泣いている。
「うああああ! ご……ごめっ……ごめんなさいぃぃぃぃ!」
謝られた。泣きながら謝られた。
その姿から、先日エティリィと死闘を繰り広げた相手とはとても想像できない。
まあ何にせよ、無事でよかったね。
よしよしと頭を撫でながら、彼女が落ち着くまではこのままにしておこうと思った。