4:パペマペ
やっちゃった。
目を覚ましたとき、最初に浮かんだのがその一言だった。
「おはようございます。ますた」
昨日まではいなかった存在が声を掛けてくる。
腰まで伸びた赤い髪。スラリと伸びた肢体にやや控えめの胸。気の強そうなつり目は髪と同じ色をしていた。
やっちまった。
改めてそう思う。
あの子をイメージしたのは確かだけど、あまりにも似すぎている。というより表情が無いことを除けば本人にしか見えない。
もう会うことはないと思っているものの、これ本人に見られたら誤解されそう。もしくは物凄く怒られそう。
ていうか城で見たパペットと全然違うんですけど。
「うん、おはよう。言葉は通じてる? 自分の名前はわかるかな?」
「はい。わたしの名前、エティリィ、です」
んん? なんかおかしい。
言葉は通じてる。会話も可能。
なのになんだろう。話し方がたどたどしく感じる。
発言に慣れていないというのもあるだろうけど、声に起伏がないというか、機械的というか。
……あ。
あー。やらかしちゃった。
そういえば、能力と容姿の設定にいっぱいいっぱいで、感情だとか性格だとか、その辺はまともに調整できていなかった。
そのせいでどうにも大人しい性格になってしまったみたい。うん。大人しい性格。そういうことにしておこう。
調子に乗って魔力注ぎ込みすぎたからなあ。ちゃんと最後まで調整しきれなんだ。
中途半端になってしまってエティリィに対しても申し訳ない気持ちになる。
まあ倒れるくらい魔力を注いだだけあって容量にはまだまだ余裕がありそうだし、そのうちなんとかなるでしょう。
マジカルパペットは名前を刻まれた時点で魂が定着して一つの命となる。
魔道具よりも魔物としての扱いとなり、学習能力を持つようになり、自分の意思で行動できる。
調整不足は否めないけど、今後に期待ということで。
それよりも今は確認すべきことがある。
「とりあえず魂の定着には成功したみたいだね。ところで、僕はどのくらい寝ていたのかな。あとどうして裸なのかな?」
「ますた、寝てました。2日間、くらいです。あと、服、着てます」
「あぁ質問の仕方が悪かったね。僕じゃなくてエティリィがどうして裸なのかなと」
「私、パペット、です。魔族、人間違います。服、着ますか?」
はい、エティリィさん素っ裸です。
見知った顔の女性が目の前に裸で立ってます。さっきから目のやり場に困ってます。
というか2日間も寝ていたのか。そういえばお腹もすいている。
しかし、倒れる前と周囲の様子が全く変わってないということは、この状態のままずっと見られていたのだろうか。寝続ける男の傍に立ち続ける無表情の女性。しかも全裸。なにそれこわい。
「そうだね。普通の女性は裸でいることに恥じらいを覚えるものなんだよ」
「恥じらい、わかりました。……きゃー恥ずかしいー」
「すいません僕が悪かったです勘弁してください」
無表情のまま抑揚のない声で恥ずかしがるエティリィに、見ているこっちのほうが恥ずかしくなる。
「その辺も含めて、追々勉強していこうかね。とりあえず今は服を着てください。衣装棚にそれなりのがあるはずなので」
「わかりました。服、選んで、きます」
エティリィが戻ってくるまでの間、荷物の山から一冊の本を手に取る。
さっき……まあ2日前になるけど、役に立つものを探している間に、凄い物を見つけてしまっていた。
この本は、いつも読んでいる漫画やラノベではない。こちらの世界で書かれた魔道書だ。
魔道書は、主に2つの種類に分類される。
まず、最も多く出回っているのが、魔術の理論について書かれたもので、優れた魔術師が自分の研究成果を後継者に伝えるために執筆される。
読む人が読めば中身は理解できるし、そこに書かれている魔法を再現することも可能となるだろうが、一般人にはあまり意味を成さない。
もう一方は、読むだけで誰でも魔法を発動させることができる魔道書だ。
魔術が封印された魔方陣と、その解放のための呪文が記されており、書かれた呪文を読めば封印された魔術を発動させることができる。
魔術の解放に必要な魔力量が普通に魔術を発動させるよりも多く必要になる問題はあるが、魔術の構造を理解していなくても発動させられるメリットは大きい。
また、魔方陣は使い捨てで、一度解放の呪文を唱えると成功の如何に問わず二度と使えなくなる。具体的には魔方陣が消える。つまり、本に残っている魔方陣の数イコール残りの使用可能回数となる。
どちらもその価値は様々で、町の商店に置いてあるような物から、国が秘蔵して管理しているものまで存在する。
ちなみに僕が見つけたのは後者のほう。
しかもとびきりの価値を持つ物だった。タイトルは『ゴブリンでもできる英雄召喚』著者はマルジール・クレイパーとある。
なんとも巫山戯たタイトルである。
人間の魔術師に関しては詳しく知らないため、この著者の実力は定かではないが、中身を読んでみるに本物の召喚術が封印されている可能性もある。
というのも、既に何度か使われた形跡が残っていたからだ。
パラパラとページを捲ってみる。
『王国歴◯◯年 ◯月×日 かの高名な冒険者アグリルの一行がマルジールの名前で書かれた本を持ち込んできた。国王より特命を与えられ、異世界からの英雄召喚を試みる。
筆頭宮廷魔術師 エド・サイモン』
『△月×日 記念すべき初の英雄召喚は失敗。それも散々な結果となった。
国王の御前で魔方陣を解放したところ、一瞬で意識を喪失。丸1ヶ月は目を覚まさなかったらしい。
幸いにして筆頭の座を降ろされることはなかったが、このままでは私の沽券に関わる。次は下準備を怠らないようにする』
どうやら魔方陣の消えたページをそのまま研究記録として残していたらしい。更にページ捲る。
『△月◯日 魔方陣解放のための人数を増やして挑戦したが、結果は失敗。
宮廷魔術師5人掛かりでも召喚魔術の解放には至らなかった。次々に意識を失っていき、最終的には全員が寝込んでしまった。
人数を増やして個々の被害は少なくなったためか半月程で目を覚ますことができた』
ページを捲る。
『×月◯日 魔力ポーションを大量に用意して再挑戦するも結果は失敗。
失いそうになる意識を抑えながらポーションを飲み続けたが、そもそもあんなドロドロしたものそんな沢山飲めるはずがない』
捲る。
『×月△日 もう嫌だ。成功する気がしない。
ついに国王が召喚に立ち会わなくなった。気楽にはなったが弟子たちの視線が辛い。
このままでは無能のレッテルを貼られてしまう。どうにかしなくては』
『□月◯日 魔族との戦争が始まった。英雄の召喚を急ぐように言われてしまった。どうしよう。
体調は整えた。朝の御祓もした。トイレも行った。事前にポーション飲みまくった。嫌いな人参も残さず食べるようにした。だから神様、召喚を成功させてください。
□月×日 神様なんか嫌いだ』
段々と雰囲気が怪しくなってきた。ページを捲っていく。
『□月□日 召喚失敗したあともそこまで寝込まなくなってきた。ひょっとして私の魔力量が増えてきたのだろうか。
□月△日 有名な旅の魔術師ケールがやってきた。国王に頼まれて私の代わりに召喚を決行することに。これで成功されたら私の立場がない。失敗しちまえ。
□月◇日 ぷー! ざまあみろ失敗しやがった!
皆の前で糞尿垂らしながら失神してやんの!
あれ? もしかして私もいつも漏らしてるのだろうか。やべえ死にたい』
『◇月◯日 魔族との戦争は激化の一途を辿っている。戦況はこちらが不利らしい。召喚を急がないと本当にまずい。
召喚を繰り返す度に魔力量が増えていく。これは大きな発見だった。ひたすら回数をこなすことにしよう。
相変わらず意識を失ってしまうが、形振り構っている場合では無くなってきた』
『◇月×日 召喚が成功しない。
この本の研究を始めてから家に帰れていない。敗戦が濃厚となってきていて、城下町の治安が悪くなってきているらしい。家族は無事だろうか。
余りにも失敗が続いているせいか、城内を少し歩いただけで周囲から蔑んだような視線が飛んでくるように感じる。ただの被害妄想ならいいのだが。
こんな本を持ち込んだアグリル一行をぶん殴ってやりたい』
『◯月×日 ついに王都が魔族軍に包囲されてしまった。
これが最後の召喚になるだろう。成功すれば英雄の力で反撃に転ずることができる。
もし失敗したならば私が目を覚ます前に国は滅ぶことになるだろう。
もしかしたらこの本は召喚魔術の本ではないのかもしれない。途中で何度も頭によぎった言葉ではある。
しかし私はここまで魔力を消費する魔術の存在を他には知らない。であればこれはきっと本当に召喚魔術なのだろう。
魔術師ケールですら発動できなかった召喚魔術。是非私の手で成功に導きたかったが、時間がそれを許してくれそうにない。
これが最後の召喚になると思うと怖くなる。
英雄を召喚できなければ魔族が王都に雪崩れ込んでくることは想像に難くない。当然城下町は蹂躙されてしまうだろう。
家族に会いたい。叶うなら、全てを投げ出して家族の元に戻りたい。
しかし筆頭宮廷魔術師として、国を守る者としてここを去ることができない。
不甲斐ない父を許してほしい。家庭を省みることのできなかった父を許してほしい。大切な家族すら守ることのできない父を許してほしい。
ソーニャ、エルサ、カティ。愛している。
次にこの本を手にした者に頼みたい。この本はもう残り回数があまり残されてはいない。可能な限り高い魔力を持った人物にこの本を渡してほしい。
私の遺志を継ぎ、これが本当に召喚魔術であったと証明してくれることを、切に願う』
記録はここで終わっていた。
この先が無いということ、そしてこの本が魔王城にあったということは、最後まで召喚は成功できなかったのだろう。
この本が魔族である僕の手に渡ったことに因果を感じてしまう。
本の使用可能回数は残り5回。迂闊に使うことはできないが、今度試すだけ試してみよう。
一冊の本に人生を狂わされてしまった宮廷魔術師の冥福を祈りながら、そっと本を閉じた。
ややもすると、エティリィが戻ってきた。
うん、ちゃんと服を着てきた。
着てきたんだけど……うーん、ぬののふく?
大きな袋に頭と手を出せるように穴を開けて被ったような、そんな服だった。腰のところをベルトで締めているけど、何か意味があるのだろうか、
丈の長い服で、膝上までは隠れているもののズボンとかは履いていない。下着を着用しているかまではわからないがまさか服を捲るわけにもいかないので気にしないことにする。
「ますた。服、着ました」
「はい、おかえり。しかしまあよくそんな服があったね。なんというか……」
奴隷みたい。そんな言葉が浮かんだけど言わないほうがいいだろう。
でも実際、この家はかなり高価な魔道具なのになんでこんな服が入っていたのだろう。
もっといい服も沢山あると思うのだけれど……。
「この服、動きやすい、です。外、活動、できます」
「まあエティリィがいいならいいんだけど……他のがよくなったら着替えてもいいからね?」
「はい、ますた。ありがとう、ございます」
「ようし、じゃあ早速食事を用意してもらおうかな。2日も寝込んでたせいかお腹がすいたよ」
「了解、しました」
数十分後、エティリィの出してきた料理はこの世の物とは思えない味がした。
これはしっかりと教育をしないといけない。