56:勇者の実情
~ウィルナルド~
こっちは方がついた。
セティリアのほうはどうなっただろう。
どうやら戦闘はまだ継続中の様子。
苦戦はしていなさそうだけど、殺せない縛りがある分攻めきれていない感じがする。
手足の二、三本くらい切っちゃえば大人しくなるのに、優しいなあセティリアは。
仕方がない加勢するか、と思って近付くと、向こうの人間の方がこちらに気付いたみたい。
「おい! なんでてめえがこっちにいるんだよ! アグリルはどうした!?」
詰問の声には答えない。代わりに親指を立ててアグリルの方を指してみせる。
「なんだと……マジかよ……くそが! アグリルの奴やられやがった!!」
おお焦ってる焦ってる。
まあ勇者がやられた時点で勝ち目は無いものね。
でもさ、この戦いは君たちから仕掛けてきたものなんだよ。撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけなんだよ?
命を奪う気は無いけど、ある程度は痛い目にあってもらわないとね。
「さて、小便はすませたかい? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする準備はオーケー?」
僕が近付くにつれて三人とも小刻みに震えだしている。最早戦意喪失は明らかだ。
いつの間にか戦闘も中断してセティリアもこっちを見ているし、あとは全員捕まえればお仕舞いかな。
そう思ってドセイさんにこっちもお願いしようとしていると。
「あああああっ! くそっ! くそがっ! やってらんねええええええ!!」
突然、頭を掻きむしりながらわめき散らす男剣士。
「ああくっそ、割にあわねえ! 俺は帰るからな! くそっ!」
吐き捨てるや否や、懐からスクロールを出して詠唱開始。あっという間に姿を消してしまった。
前に来たときも思ったけど、怒りっぽい性格なんだね。お魚食べようよ、お魚。
「勇者はやられて仲間は逃げた。さあ君たちはどうするんだい?」
残された二人。女剣士と男神官に問い掛ける。
できれば残って話を聞いてくれるのがベストだけど、もう面倒だし逃げてくれるならそれでもいいや。抵抗するのだけは勘弁してもらいたいかなあ。
僕の願いが通じたか、残った二人もすぐにスクロールを取り出して転移していってくれた。
うんうん。それでいい、それがいいよ。
頼りにしていた勇者が呆気なくやられたわけだし、これで暫くは大人しくなってくれるかな。できれば和解に向けて進めていきたいところだけどね。
時と場所を移して地下牢。
「おはようアグリル。気分はどうだい?」
目を覚ましたアグリルに向かって問う。
彼女は牢の内側のベッドの上。僕は当然外側で、椅子に腰かけたまま話しかけている。
人間たちが撤退した後にアグリルを助け出してみたらばっちり気絶していたので、身ぐるみ剥いでからとりあえずここまでお連れした次第です。あ、服は脱がしてないからね?
僕の問い掛けには応えず、暫くぼーっとしていたアグリルだけど周囲の環境を見て、ようやく自分の置かれた現状を理解したみたい。
「……ボクをどうする気……?」
思いっきり睨まれちゃった。
「どうもしないよ。ただ話をしてほしいだけさ。あ、悪いけど装備は預からせてもらってるからね」
「これだけ立場に差があって、話し合いも何もないだろうさ。はぁ……まあいいや。どうせもうじき死ぬ身だし、好きにしなよ」
あれ? なんだか思っていた反応と違う。
もっと思いっきり暴れまわるものだと思っていたのにちょっと拍子抜けというか、なんというか……。
ただ、そんなことよりも気になる発言が。
「もうじき死ぬって何故だい? 僕に君を害する気は無いんだけども」
「キミに無くても、ボクを召喚した連中には有るの。魔王討伐に失敗して捕らえられた時点で、もう人間爆弾程度にしか考えられてないだろうさ」
「え、どういうこと?」
「だからっ! ボクの胸にはあいつらに刻まれた魔方陣があるんだよっ! 素直に従っているうちはいいけど、少しでも反抗したり任務に失敗したりしたら、いつでもボンッ! てなるんだよ!」
なにそれこわい。人間爆弾ってそういうことか。
「勇者程の実力者ですら使い捨てにされるってこと? そんなに戦力に余裕があるの?」
「知らないさそんなこと。あいつらにとって重要なのは、『使えるか、使えないか』だけなのさ。実際、反抗して爆発した人を何人も見てきたよ……だから、もう放っといてくれないか。一緒にいるとキミも巻き添えを食うよ」
そう言うと、会話は終わりだとばかりにこちらに背を向けてきた。ベッドの上に三角座りになって俯いてしまう。
それからは何を聞いても答えてくれなくなってしまった。
仕方がない。今日のところはこれで引き上げよう。明日また来るまで無事にいるといいんだけども……。
「それじゃあ、今日は帰るよ。ご飯は置いておくから食べてね。毒なんかは入れてないし、美味しいよ。また明日ね」
最後に言い残して地下牢を後にする。
どういう魔方陣なのか、仕組みが解ればまだ対処できるかもしれないけど、そういえば僕の陣営に魔法に長けてる人材っていないな。
「と、いうことがあったんですよ」
明くる朝、ガンドさんに相談してみた。彼は魔法は使わない主義だけど、長生きしているだけに何かしら知っている可能性はある。
「ふむ。人間共は召喚した相手をそのように縛るのか。無粋なものよ」
「ガンドさんなら過去にそういった魔方陣について見たことがあるんじゃないかと思いまして。どうでしょうか?」
「確かに聞いたことはあるな。いつだったかは忘れたが……対になる魔方陣に魔力を送り込むと、もう一方に何かしらの影響を及ぼすものだったはずだ。発動にはいくつか条件があったはずだが、専門外故な、そこまでは覚えておらなんだ」
「いえ、十分です。ありがとうございます」
やっぱり存在は知っていたみたい。後はその発動条件が解ればどうにかできそう。
「しかし、若は本当に人間との共存を考えておるのだな。父親の仇でもある勇者を救おうとするとは……」
事後策について考えていると、ガンドさんが苦笑まじりにそんなことを言ってきた。
「まあ確かに仇ではありますけど、個人的に恨みは無いですから。それに僕、魔王城から追い出されている間に人間の親友ができたんですよ。人間と敵対なんかして、万が一にも彼と喧嘩になるのは避けたいですから」
「ふむ……得難い友を見つけたか。それは重畳。大事になされよ」
勿論。と頷き返してからアグリルの元へ向かう。まだ生きてるといいんだけれど。
「おはようアグリル。気分はどうだい?」
あれ、なんかデジャヴ。
「また来たんだ……今この瞬間にも爆発するかもしれないってのに、呑気なもんだね……」
どうやらまだ生きていたみたい。
憎まれ口を叩いてくるけど、その声色は重く、暗い。
最期の時がいつ訪れるかわからないのだから、それも当然だろう。きっと眠れない夜を過ごしたんだろうね。
「その魔方陣だけどさ、発動させる条件とか方法とか、若しくは解除する方法とかについて、何か知らない?」
「詳しい原理なんて知らないさ。ただ、どれだけ離れていてもあいつらは好きな時に爆発させることができるってだけ。解除する方法を調べてる人もいたけど、ばれた時点でボンッ! だったさ」
「うーん……やっぱり情報は無しかあ……魔方陣に詳しい人がいればなんとかなったかもしれないけど、ちょっとわからないなあ……捕まってからもう2日も経つけど、未だに何もないのは見逃してもらえてるってことじゃなくて?」
「はっ。それはないさ。これを発動させるとき、連中はそりゃあもう楽しそうにしてるんだから。大方、一番効果の大きくなるタイミングを測ってるんだろうさ」
話を聞けば聞くほど人間が怖くなってくるなあ。
直接話を聞けるのは大きいし、アグリルにはできるだけ生き延びてもらって色々聞きたいところなんだけども……解除の仕方が解らないことにはどうにもならないな。
「この胸の魔方陣が光ったときが最期さ。そういうことだから、もう来ない方がいいよ。あ、ご飯はご馳走さま。美味しかったよ」
そして昨日と同じように背を向けて黙り込んでしまう。これはまた何を言っても反応なくなっちゃうかな。
「そっか。それじゃお昼にご飯を持ってくるよ。また後でね」
アグリルの背中に声を投げかけ、外に出る。
途中、背後から聞こえてくる嗚咽の声が、耳に残ってしまった。
勇者として気丈に振る舞ってはいるものの、やっぱり死ぬのは怖いのかな。今まで散々魔族の命を奪っておいて……とは思う一方で、このまま見捨てられない感情もある。
なんだか複雑な事情もありそうだし、その辺りも含めて一度ゆっくり話してみたいな。
解除の方法は見当もつかないけど、とりあえず諦めずに何か考えてみよう。