55:捕縛
~ウィルナルド~
戦いの火蓋が切って落とされてしまった。
セティリアの方はまあ問題ないと思う。全員が勇者の仲間とはいえ、前に来た彼の実力から考えれば三対一でも遅れを取ることはないだろうから。
問題はエティリィの方。勇者アグリルは実力が全く読めなかった。
見た目は剣士のようだし、武器も両刃の派手な剣を使っているけど、他に何か隠し玉を持っているかもしれない。
今はお互いの隙を窺って睨みあっている状態だけど、油断だけはしないようにしなきゃね。
とりあえず僕は様子見。いよいよとなったら止めるつ準備はできている。まずは落ち着いてお手並み拝見といこうじゃない。
「せああっ!」
先に動いたのはアグリルの方だった。
剣を腰だめに構えたまま、真直エティリィに向かって突進する。
迎え撃つエティリィはその場を動かない。
「ふっ!」
強く息を吐くと、彼我の距離が縮まりきる前に手に持った剣を振り抜く。
当然そのままでは相手に届くはずもないが、エティリィの操る剣は普通ではない。
カシャカシャと、何かの外れる音と共に剣の長さが増していく。振り抜いた姿勢のまま伸長を続けた剣は、向かってくるアグリルを真正面から迎え撃つ。
「……っ!? 」
迫り来る致死の刃を、驚きながらも右前方に転がることで回避するアグリル。
しかしこの剣の本質は伸びることではない。エティリィが軽く腕を引くと剣はその軌道を変え、再びアグリルに襲いかかった。
咄嗟に剣で防御するアグリル。金属同士が触れ合うギャリギャリ、という耳障りな音が響く。
剣を構えている方向に転がったからこそ防御できたという感じかな。もし逆方向だったら今頃ノコギリのような刃にズタズタにされていたことだろう。
「なるほど。珍しい武器を使うもんだね」
「まだ修得して日は浅いのですけどね。なかなか面白いでしょう?」
冷や汗をかきながら軽口を叩くアグリルに、伸ばしきった剣をまるで縄か紐のように軽々と扱い、自らの体に巻き付けてみせるエティリィ。
その立ち振舞いは完全に悪役のそれだった。
意識してやっているんだろうけど、ノリノリだなあ。
痛くないんだろうか。
「下っ端だと思ってなめてたかな? 少し本気を出そうか」
宣言するや、何かの詠唱を始めたアグリル。
風に乗って流れてくる言葉は、僕の聞いたことのないものだった。
「サーロ・フィガレテ!」
魔法が発動すると同時に、土煙をあげてアグリルの姿が見えなくなった。
消えたわけではない。目に映らないほどの速度で移動しているだけだろう。実際、地面を蹴り飛ばす度に膨大な量の土煙が舞っている。
しかし、破壊力というのは握力×体重×スピードによって求められるという。この際握力はさて置くとして、スピードが増すということはそれだけ威力が増すということになる。
小柄なアグリルのこと。体重に関しては押して知るべしではあるけど、これだけの速度があればその破壊力はいかほどか。
すぐに攻撃を仕掛けるつもりはないのか、エティリィの周りを囲むように走り回っている。
「ほう。速度重視のスタイルですか。これほどの速度とは見事ですが、速いだけでは通用しませんよ!」
剣を元の長さに戻し、防御の構えを取るエティリィ。
一迅の風となって駆け抜けるアグリルを、音と気配だけでどうにか捉えようとしているようだ。
「そこですっ!!」
エティリィが剣を振り抜き、周囲の土煙を切り払う。
その動きにあわせて、僅かな金属音が聞こえた。アグリルの動きを正確に捉えたのかと思ったけど、そこにアグリルの姿は見つからない。
小さく舌打ちし、振り抜いた姿勢から無理矢理体を捻り、更に二度剣を薙ぐ。
キィンと、今度は先程よりも高い音が鳴った。
「へぇ……今のも防がれちゃうとはね」
声と共にアグリルがその姿を現す。
いつの間に持ち変えたのか、先程まで構えていた剣は鞘に戻され、両手にはそれぞれ短剣を握っていた。
「撹乱しての投擲武器とは、勇者と呼ばれている割には攻撃の仕方が姑息なのでは?」
「勝てば何をしても正義になるんだよ。魔族はボクに負けるから悪。それがルールなのさ」
エティリィの言った通り、アグリルは短剣を投げて攻撃していたらしい。今しがた聞こえた金属音は、それを弾いた音だったのだろう。エティリィの足元には弾かれた3本の短剣が突き刺さっている。
「とはいえ、このままじゃ埒があかないね。まだ先も残っているんだし、さっさと死んじゃってよ」
「そうは参りません。私の使命は敬愛するマスターをお守りすることですので」
「魔族のくせに人間みたいなこと言うね。それじゃ、そのマスターごと消えてもらおうか」
短剣を捨てて剣を抜き、再び詠唱を始めるアグリル。聞き取ることはできるけど、何を意味する言葉なのかまではわからない。どこの言葉なんだろうか。
「ヴォレアス・ファーロ!」
ゴウッ! とアグリルの全身が紫の炎に包まれた。
なんの自爆技かと思ったけど、そうではないみたい。炎はまるで意思を持っているかのように蠢き、凝縮していく。
密度を増した紫炎は瞬く間にその姿を変えていき、アグリルの身体の表面を覆う。鎧は勿論剣の先、髪の先まで炎を纏っている。
まるで変身ヒーローのようだった。超格好いい。
「この姿は燃費が悪いんだ。すぐに終わらせるよ」
「……琴線に触れる姿ではありますが……やられるわけにはいきません」
声に余裕を感じるアグリルと対称的に、エティリィは苦しそうな様子。
ここから見ているだけでもはっきりとわかる。アグリルは勇者と呼ばれるだけあって、かなり強い。
さっきの高速で動き回る魔法だけで、そこらの相手であれば余裕で勝利を収めることができるだろう。エティリィですら、ガンドさんから鍛えられていなかったらあれでやられていたはずだ。
そして今回の魔法は、その更に上を行く力を感じる。
ガンドさんが直接出てくるか、セティリアと二人で掛かればなんとかなりそうだけど、エティリィ一人ではちょっと分が悪そうだ。
セティリアはまだ向こうで戦闘中だし援護は見込めない。これは僕も動かなきゃ駄目かな。
「エティリィ、交代だよ。僕がやろう」
エティリィに声をかけて前に出る。
「い、いえマスター。ここは私が……!」
「エティリィ?」
食い下がろうとするエティリィを、「わかってるんでしょ?」というニュアンスを込めて見つめる。
「あぅ……申し訳……ございません……」
唇を噛んで、血が滲みそうなほど拳を握りしめながら、それでも納得して退いてくれた。
実力の差は明らか。万が一にでもこんなところでエティリィに離脱されるわけにはいかないもんね。今後まだまだ働いてもらわないといけないし、何よりトールに怒られちゃうよ。
「と、いうわけで選手交代。構わないかな?」
「ボクは構わないさ。キミを倒せば残りの魔族は潰し放題ってことだよね?」
「うん、それでいいよ。僕がこの街の代表だからね。僕に勝てたら好きにするといい」
まぁ実際は僕がやられてもガンドさんがいれば安心なんだけども。今それを言う必要はないかな。
さて、それでは先手必勝。
ドセイさん、スイセーさん出番ですよ。
出てくる前に精霊さんたちを呼び出して、こっそり隠しておいたのさ。
どんな能力を持っているのかわからないし、サクッと終わらせてもらうよ。
「んなっ! 精霊!? 魔族がっ!?」
都合の良いことに、驚いて動きが止まってくれている。この隙を見逃すほど迂闊ではないのだよ。
まずはドセイさん。アグリルの周りの地形を変換。地面を隆起させて、取り囲むように壁を組み立てる。最後にちゃんと蓋も閉めて、即席の檻を作った。
気密構造は完璧。このまま放っておけば窒息するだろうけど、相手は勇者アグリルだ。壁には厚みを持たせているとはいえ、窒息する前に突破されてしまうだろう。
そこでスイセーさんの出番。檻の中を水で満たしてもらう。中にあった空気? どこにいくんだろうね。不思議だね。
水で満たしてから暫く。中から物音は聞こえてこない。人間ってどのくらい呼吸しなくても平均台なんだろう。死んじゃう前に助けたいところではあるんだけども……。
まあ適当でいいか。何かあったらその時はその時で。
とりあえず脱出してくる気配もないし、ここは僕の勝ちでいいだろう。
勇者アグリル、君の敗因はたったひとつ。たったひとつのシンプルな答えだよ。
「君は僕を怒らせた」
よし、正義執行! 決まったね!