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残念魔王と異世界勇者  作者: 真田虫
第二部 それぞれの道編
57/76

54:勇者アグリル

~ウィルナルド~


 響く鐘の音が、勇者の到来を告げる。

 聞こえてきたのは街の南側。前回襲撃があったのと同じ方向から。

 対勇者の打合せから5日。テュールの予想よりも2日ほど縮めてのご到着となったみたいだ。

 テュールの見立てが甘いというよりも、勇者の実力の方を褒めるべきかなこれは。

 予定より早いとはいえ、準備は万端。そもそも特になにもしていないんだけどね。

 やったことといえば、ドセイさんと一緒にひたすら頑丈な地下牢を作っておいたことと、うまくいったときのためにご馳走を用意したくらい。

 エティリィ、セティリアは毎日ガンドさんと訓練していた。かなり強くなっているはずだけど、それでもガンドさんは高い壁として存在しているみたい。二人ともまだまだ延びしろはありそうかな。

 

 

 

 フーセーさんの力を借りて見張り塔まで一飛び。

 

「見張りご苦労様。よく報せてくれたね。勇者はどこかな?」


 見張りをしていた、年若い兵士の肩を軽く叩いて労いの言葉をかける。監視してるだけの仕事って大変だろうなあ。いや、楽な仕事なんてないんだろうけどさ。

 ところで勇者の姿が見えない。発見の報を聞いてきたのだけど、どこにいるんだろうか。

 

「はっ! 勇者一行はあそこに」

 

 そう言って指差す先に目をやるけど、ただ荒野の地平線が続くだけで勇者の姿は無い。

 

「何も見えないんだけど……」

「辛うじて見える程度の距離ではありますが……間違いなく、勇者一行の姿は確認できています。このままのペースであれば、あと3時間程で到着となるでしょう」

 

 説明されてもやっぱりわからない。

 とはいえ、嘘をついている様子もないし、理由もない。なら本当に見えているんだろう。

 

「そっか。早めに報せてくれてありがとう。随分と目がいいんだね」

「はっ! 視力には自信があります!」


 視力に優れていて、且つそれを活かせるだけの知識と経験を持っている。見張りとしてはまさに適材適所といえるだろう。

 こういう人材が増えてくれると助かるなあ。

 

「なるほど。これからも頼りにさせてもらうね。名前を聞いておいてもいい?」

「きょ、恐縮であります! 自分はアウザー・カルヌススであります!」

 

 カチコチしながら名乗ってくれた。そんなに緊張しなくていいのに。

 名前は覚えておこう。一芸に秀でた人材は大切だからね。

 しかしあと3時間かあ……勢い付いて出てきたものの、予想外に時間が余っちゃったな。精霊さんたちも呼び出して最終調整でもしておこうか。

 

 

 

 数分もしないうちにメンバーは集合した。といっても、エティリィとセティリアが見張り塔に上がってきたくらいだけども。

 テュールは街中待機。ガンドさんは北側の門にいるはずだ。精霊さんはすでに呼び出し済み。

 今回お願いするのはコーセーさんとフーセーさん。

 かくかくしかじか。勇者の到着前に最後の確認を行う。皆ちゃんとわかっているみたいで、本当に確認だけで終わらせることができた。

 あとは勇者が来るのをのんびり待つだけかなあ。

 

 

 

 本当に3時間かかりました。

 すっかり待ちくたびれた頃、ようやく勇者一行のご到着となったみたいだ。

 

「よし、それじゃ出迎えようか。なるべく派手に。もっと派手にね」

 

 

 

 最初の出番はエティリィとセティリア。フーセーさんの力で、爆音と土煙をあげながら着地する。

 前回の僕と大体同じだけど、違うのは着地地点。今回二人には、勇者一行の背後に回ってもらった。

 背後で爆音が響けば当然振り替える。その際に武器を抜いて戦闘体勢を取ったのは流石といえるだろう。

 

「そこを行く人間。止まりなさい」

 

 鈴を転がすようなエティリィの声が鳴る。

 

「この先には我々の街しかありませんよ。いったいどのような御用向きでしょうか」

 

 武器を構えたまま動けないでいる人間に対して問いかける。無論人間の言葉で、だ。

 

「てめえ! 前に魔王と一緒にいた奴だな!?」

 

 エティリィの問いには応えず、言葉を投げてきたのは以前襲撃してきた人間。名前はなんだったっけな。数日前に聞いたけどまた忘れちゃった。

 うひゃーとか、どっこいしょとか、そんな感じだったと思うんだけども……。

 

「その節はどうも。どうやら腕は治ったようですね?」


 エティリィが優雅に一礼。普段あまりしない行動だけど、魔族もコミュニケーションが取れる相手ということを理解させるため、敢えて大袈裟にしてもらっているのだ。

 エティリィの言うとおり、確かに両腕とも普通に機能しているように見える。

 

「おかげさんで、大金がかかっちまってんだよ! まあ、この分はてめえらをぶっ潰してからゆっくりいただくとするがなぁ!」

「それは災難でしたね。ですがあれは正当防衛というものではないのですか? 先に手を出したのはそちらだと記憶しておりますが」

「うるっせぇんだよ! 魔族風情がベラベラと屁理屈こねてんじゃねぇよ!」

 

 うーん。会話になってないなあ。

 エティリィも困ったように苦笑している。セティリアが無表情なのは言葉がわかってないからだろうね。理解してたらもう斬りかかっててもおかしくなさそう。

 人間が皆こんなだったらどうにもならないなあ。

 

「ヒュエット落ち着いて。ボクにもちょっと話させてよ」

 

 あぁそうだそんな名前だったね。どうして覚えられないんだろう。

 そんなヒュエットの肩を叩いて前に出てきたのは、彼より大分小柄な、明るい茶色の髪をした女の子だった。

 ぱっと見た感じ、若いというよりも幼いといった印象を受ける。剣士風の格好をしているけれど、まだ体に馴染んでいないのか、服に着られている感がある。

 その少女剣士が前に出てきた瞬間、セティリアの目の色が変わった。まるで視線で射殺すかのように、少女を睨み付けている。

 セティリアがそこまで怒るということは……。

 

「キミが魔王の側近かい? ボクはアグリル。一応勇者って呼ばれているよ。新しい魔王とやらはどこにいるのかな? 禍々しい魔力の流れは近くに感じているんだけどさ」

 

 やはり、この少女が勇者アグリルのようだ。こんな幼い少女が父を殺めたとは到底思えないけど、人は見かけによらないものだ。油断していいものでもないかな。

 

「いかにも。魔王様の側付きをさせていただいております。魔王様にお目通りしたいのですか? それならば、先程からそちらにいらっしゃるではありませんか」

 

 おっとついに僕の出番かな。

 予定通りに進んでいるとはいえ、待ちくたびれちゃったよ。

 エティリィがゆっくりと手を上げ、勇者に指を向ける。正確には、勇者の背後にだけど。

 驚いた様子で振り返るアグリル。首と視線を背後に向けながら、体はしっかりとエティリィを警戒している。

 そしてアグリルの目線の先。水堀にかかる橋のたもとには件の禍々しい魔力の発生源。つまりは僕の姿があった。

 

「やあ、はじめまして。僕はウィルナルド・フォン・グレースウッド。こんな辺鄙な所までご苦労様。一応歓迎するよ」

「キミ、いつからそこにいたの……? 気配はあったけど姿はなかったよね……?」

「ふふふ。見えたかい? 気付いたかい? これが僕さ。僕を探そうと思うなら、発想を四次元的にしないとね」

 

 どうやら完全に気付いていなかったみたい。

 種明かしをしてしまうと、最初からずっとここにいただけなんだけどね。コーセーさんにお願いして僕の周りの光を屈折させてもらったのだ。エティリィとセティリアが現れる前から、僕はずっとここにいたのだよ。

 ともあれ、この演出は成功だったみたいだね。

  

「やっぱりキミが魔王グレースウッドなんだね。悪いけど、世界の平和のために死んでもらう……よ!」

 

 あれ!? こっちも会話の余地がなかった!

 エティリィたちに向けていた体を翻し、一足飛びで距離を詰めてくる。

 しかし、その体は僕まで届くことはなく、途中で横からの攻撃を受けて弾かれた。

 エティリィだ。アグリルの殺気を感じ取ったのか、先んじて動いていたようだ。勇者一行を挟んで対角線側にいたはずが、一息に跳躍して頭上を飛び越えこちら側に来ている。着地の前に例の剣を駆使してアグリルの攻撃を防いだのだ。

 ヒュ……なんだっけもう忘れた。彼はエティリィの攻撃に反応できずに手首を落とされていたけど、勇者はしっかり反応して防げたみたいだね。不意討ちに驚いてはいるけど、特にダメージを負った風ではない。

 

「貴女のお相手は私が務めましょう。セティリア! そちらは任せますよ!」

 

 アグリルに向かって宣言した後、反対側のセティリアに魔族語で呼び掛けるエティリィ。

 その言葉を皮切りにして、待ってましたとばかりにセティリアも残された人間に向かって襲い掛かる。

 

「へえ、魔王じゃなくてキミが? まあいいよ。魔族みたいな危険な存在は皆滅ぼさないといけないんだからね。順番が前後するだけさ」

「大言壮語もほどほどにしないと、後で恥を掻きますよ?」

 

 エティリィ対アグリル、セティリア対その他三名の構図が出来上がってしまった。それも、全員が全員殺る気満々の状態で。

 これはまずい。非常にまずい。

 

「エティリィ、セティリア! 最悪の場合は仕方がないけど、なるべく殺さないように!」

 

 人間と仲良くするのはやっぱり難しいのかな。なんてことを考えながら、とりあえず二人に注意だけはしておく。

 はあ、最初からある程度仲良くできたトールが懐かしい。人間が皆トールみたいだったら良かったのに。

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