53:勇者襲来
~ウィルナルド~
報せは唐突にやってくる。
良い報せ、悪い報せは関係無い。
さて、今日の報せはいったいどちらに分類されるのだろう。
「殿下! やりました! ついに見つけましたよ!!」
いつものように自室で漫画を読んでいると、階下からセティリアの声が聞こえてきた。
資金調達のために、と送り出してから約15日。もう帰ってきたんだ。
勢い勇んで帰ってきたものの僕が居間にいないことに気付いたのか「殿下ー。殿下ー」と騒ぎながら僕のことを探し回っている。
まだ読み途中だけど仕方がない。顔を出すことにしよう。
「お帰りセティリア。今行くから待っててー」
「あ、殿下。お部屋においででしたか。では、居間の方でお待ちしてます」
その声は誇らしげ。どんな報告かはわからないけど、悪い報せではなさそうかな。
「勇者アグリル一行の動向を掴みました!」
席に着くなり、セティリアは話を切り出してきた。
よほど興奮しているのだろう。鼻息が荒い。
「おお、凄いじゃない。実は結構近くにいたの?」
「はい! どうやら全員別々に行動していたようですが、最近になってまた召集されたとのことです」
最近になって召集……ということは、原因はやっぱりあれなのかな。先日襲いかかってきた人間の冒険者が思い出された。
「それで、勇者の現在地は?」
「ええ……と。勇者アグリルとその一行は、ここから徒歩で5日ほどの所にある人間の街にいました。といっても、実際にこの目で確認したわけではなく、我々が到着した時は既に出発した後だったようです……?」
何故に疑問形?
「ねえセティリア。情報収集に大切なことって何かわかる?」
「はいっ! 情報は鮮度が命ですっ!」
「そうだね。あと正確さね。これ重要だから覚えておいてね」
「はいっ!」
褒めて褒めて、と言わんばかりに期待に満ちた顔でこちらを見てくる。
わかってない。これ絶対わかってないよ。
まあセティリアにはそこまで期待してなかったから良しとしよう。その辺はテュールの担当だ。
そういえばテュールはどうしたんだろう。一緒に出掛けた筈なのに。
「ところで、テュールはどうしたの? 一緒に帰ってこなかった?」
何か問題が発生して残ったりしているのか、それとも人間にやられてしまったのだろうか。
一抹の不安がよぎるけど、確認しないわけにもいかない。
「テュールは現地に残してきました。もう少し情報を集めてくるそうです。転移魔法も限定的に使えるようになったのでじきに戻ってくるでしょう」
なるほど。無事ならそれでいいや。転移魔法も覚えられたみたいだし、今後も色々と活躍してもらおう。
さてそうなると今できることは……。
「状況はわかったよ。それじゃ、ガンドさんとエティリィを呼んできてもらえる? テュールが戻る前に、今後の動きを決めておこう」
「了解しました! すぐに呼んで参ります!」
跳ねるように立ち上がって走り去っていった。
元気よく出ていくのはいいけど、二人がどこにいるかわかってるのかな。
セティリアのことを信用していないわけではない。ほんの一年足らずで僕の居場所を突き止めたわけだし、そういう意味では優秀と言ってもいいはず。なのに普段のセティリアを見ていると不安しか感じないのは何故だろうか。
小一時間後、セティリアがガンドさんとエティリィを伴って戻ってきた。二人とも街の外で練兵の最中だったらしい。エティリィもいつの間にか教える側に回っているみたいだ。兵士たちともうまくやっている様子。
トールから貰った服に付いた汚れや傷が、訓練の激しさを物語っていた。
まあ明日には全部元通りに修復されてるんだろうけどさ。
「ご苦労様セティリア。じゃあ、来て早々で申し訳ないけど、今後の相談といこうか」
そんな三人を出迎えるのは僕とテュール。
実はセティリアが二人を迎えに行っている間にテュールも帰ってきてたのだ。先に少し打ち合わせておこうと思っていたけどこれは好都合と、せっかくだから全員が揃ってから報告を聞くようにした。
概要は先に聞いちゃったけどね。詳しい話をしてもらおう。
最早すっかり見慣れた景色。エティリィの淹れてくれたお茶を飲みながらの会議。
皆それぞれ言いたいことはあるだろうけど、僕が口を開くのを待ってくれている。
「さて、それじゃ始めようか。話を聞いているかもしれないけど、どうも勇者の一行がここに向かってきているらしい」
「なんと。ヴォルヴィエルグの仇が自ら飛び込んで来おるのか」
「あれ? ここに来る途中でセティリアから聞いたりはしてませんか?」
「うむ。呼び出しの理由を聞いても『いいから早く来てください。殿下がお呼びです』の一点張りでな。いかなる緊急事態かと、とにかく急いで参上した次第よ」
「戻ってきてみれば、マスターは特に慌てた様子ではなかったので安心しましたが、何事かと思いましたよ」
まさか説明も無しに連れてくるとは思わなかった。結果的に早く来てくれたから、その点では良かったかもしれないけど情報伝達の必要性をもう少し知ってもらう必要があるかな。
「そっか。それなら最初から説明してもらおうか。テュール、よろしく」
「はいよ。時間的にはまだ余裕があるだろうが、ざっくりといくぞ。まず、俺とセティリア先生が二つ目に寄った街で、勇者の情報を手に入れた。というより、街中がその話題で持ちきりだったな。嫌でも耳にする羽目になったよ」
軽い前置きの後、テュールが話を始める。
「噂の内容は、先代魔王を倒した勇者が新たな魔王討伐に向かったってものだった。元々別の場所にいたらしいが、魔王復活の報せを受けて召集されたんだと。魔王の名前はグレースウッド。マスターの兄貴のどちらかとも思ったが、この近くに呼ばれたってことはマスターの事だよな? もう魔王として認識されてるとか、いったい何をやらかしたんだよ」
「あー……こないだ人間の冒険者が来てさ。追い返したんだけど、そのときに魔王とか言われちゃってたかもしれないな」
「マスターは何もしていませんよ。私がちょこっと反撃はしましたが、あれは正当防衛です。こちらに非はありません」
こないだの人間が帰った後にどう報告したのかは知らないけど、仲間の3人は死んじゃったものね。あれを僕らのせいにされてたら悪い噂が立っても仕方がないかもしれない。
「まあいいや。とにかく、魔王討伐と題して勇者が出立したのが3日前らしい。人間の足ならここに辿り着くまであと7日程度はかかるだろうな。メンバーは4人。アグリル、ヒュエット、セナ、マーハ。勇者、剣士、剣士、神官だ。全員、先代魔王と戦ったときのメンバーらしいぜ」
聞き覚えのある名前がいるな。
ヒュエットだっけ? 多分前に来た人間だよね。
剣士って言ってるし、あってると思う。
アグリル以外の二人は知らないけど、ヒュエットと同じくらいの実力なら相手にならないんじゃないかな。
「あの時の人間共が4人か……。若、儂に任せてはもらえんだろうか。一網打尽にしてくれよう」
「いやいやいやいや、ガンドさんの気持ちはわかるけど落ち着いてください。僕の最終目的は話してありますよね? ここで皆殺しにしちゃうと、それこそやったやり返したの世界になっちゃうんですよ」
「ぐ……ぬ……。若の理想は理解しておるが……」
怖いことを言い出したガンドさんに落ち着いてもらう。エティリィが凄い目で睨んでますよ。
当事者としては思うところがあるのだろうけど、いつか人間と共存するためには我慢しなくてはならないこともあるのだ。
僕からしても父の仇ではあるけど、実際その場にいなかった身としては複雑。仇というより、物語の中の人物といったイメージの方が強い。
父とは特に仲が良かった訳でもないし、正直なところ恨みの感情は持っていなかった。
今後のことを考えると、できるだけ仲良くしておきたい相手だ。勿論、向こうの出方にもよるのだけれど。
「今回、ガンドさんは街の防衛をお願いします。別動隊がいるかもしれないし、勇者とはまず話し合ってみたいので。それでこじれるようなら、その時はお願いします」
「致し方なしか……承知した。若の意思に従おう」
「ありがとうございます。テュール、他に報告はある?」
「いいや。大体こんなもんだな。あぁ、セティリア先生は人間の街に行くと目立ちすぎるから、今後は俺一人で動いた方がいいな」
テュールの言葉に、ビクッと震える動きが一つ。言うまでもなくセティリアだね。
先程までの誇らしげな表情はどこへやら。完全に固まって滝のような汗をかいている。
どうやら自覚はある様子。ここで追及するのは可哀想かな。今度個人的に聞いてみることにしよう。
「そっか。テュールも転移魔法を覚えたみたいだし、今後はそうしてもらおうかな。セティリアにはまた別の仕事を頼もうか」
責められないとわかったのか、明らかにホッとした空気が伝わってくる。
そしてテュールを睨み付けるセティリア。余計なことを言うなと、目で伝えているようだ。
でもセティリアとテュールって、帰ってきた時間は数時間の差だったよね。それにしては情報量が違いすぎるような……。
適材適所ってことかな! うん!
「それじゃ、今回の布陣だけど……。勇者アグリルと当たるのは、僕とエティリィ、セティリアの3人。ガンドさんとテュールは防衛を頼みます。何度も言うけど、まずは対話による解決を目指すからね。いきなり襲い掛かったりしないように」
「了解しました! マスターの指示があるまでは待機します。とはいえ、前回のように危険が迫った場合は別ですが」
「私は殿下の理想に賛同しています。悔しさはありますが、こちらからは手を出しません。そもそも言葉もわかりませんので」
「儂も異論はない。若の望む道に進むといい」
「俺も特に無いな。強いて言うなら、戦力としては期待しないでくれってことくらいか」
四者共言い方は違えど、僕の意思に従ってくれる。
「ありがとう皆。それぞれ思うところはあるだろうけど、今は僕についてきてほしい。いずれ必ず訪れる、平和な未来のために」
打合せを締め括る。
勇者が到着するまであと7日。準備する時間は十分にあるな。今度はどうやって出迎えようか。話の通じる相手だといいんだけども……。