51:ダンジョン攻略⑥
~トール~
死を覚悟した直後、近くで熱風が吹き荒れた。
地面を溶かすほどの熱量がチリチリと体を灼いていく。
だかしかし、起こったのはそれだけだった。
あれほどの炎を浴びれば、人間の体など骨も残さず灰になってしまうはずだ。にも拘らず、その時は一向に訪れなかった。
何が起きたのかはわからないが、どうやら俺はまだ生きているらしい。
顔を上げて周囲を見渡すと、泣き顔でこちらに向かって手を伸ばしているシーナと、それを羽交い締めにしているサイードの姿が確認できた。その向こうにはメリアードの姿も見受けられる。
全員が全員、呆気に取られた顔をしていた。
ということは誰かが助けてくれたという訳ではないのか。
単純に直撃しなかっただけか? そう思いワイバーンに目を向けるが、火球を放ったワイバーン自身も、こちらの様子を伺うように攻撃の手を止めていた。
なんだこれ、どういう状況だ?
この土壇場で何かの特殊能力にでも目覚めたのか?
「トール……お前ぇさん、その腕ぁどうなってんだ……?」
腕……?
サイードに言われ、自分の腕を確認する。
な、なんじゃこりゃあ!? 手の甲に竜を模した紋章が浮かび上がってる! なんてことは特になく、いつもの通りだった。
「腕がどうした? というか、何が起きたんだ……? 完全に終わったと思ったんだが……」
「トール! 大丈夫!? ケガはないの!?」
シーナが駆け寄ってきて体に触れてくる。
目が真っ赤になってるよ。心配かけてすまんな。
「とりあえず怪我はない……と思うけど、何がどうなったんだ?」
「あたしもわかんないよ……火球が飛んできて、トールに当たりそうで……もうダメだって思ったのに、トールに当たった途端、いきなり火が消えるんだもん……」
「当たった途端消えた……?」
なんだろう……。
うーん……あ、あー……もしかしてこれか……。
「ひょっとしたら、この義手か? そういえば魔法耐性も付けといたとか、ウィルさんが言ってた気がする」
「なんにせよ、無事でよかったよ……ホント、もうダメかと思ったんだからぁっ!」
せっかく答えが出たというのに。また泣きじゃくりながら、今度は首に手を回してしがみついてくる。
「心配かけてすまん。大丈夫。もう大丈夫だから」
安心させるように背中を軽く叩いてやる。
今なら頭を撫でても許されそうな気がするが、グッと我慢。まだ目の前の問題が解決していないからな。
しかし攻略の糸口は見えた。
ウィルさんから貰った義手はやはりチート性能を備えていたらしい。これほどの威力を持つ攻撃をイマジンブレイクしてくれるだなんて。
そうとわかればもう火球は怖くない。いや、怖いけど死ぬほどではない。
俺が先頭になって進めば無傷で接近することが能うだろう。魔法の射程にさえ入ってしまえばこっちのものだ。
「サイード! メリアード! こっちに集まってくれ! 俺ならあの火球を打ち消せる! 一気に進むぞ!」
離れているサイードとメリアードを呼び集める。
シーナも落ち着いてきたようだし、離れてもらわないとな。そういうのは奴を倒してからだ。
「お前ぇさん、本当に大丈夫なのか?」
「直撃だったように見えましたが……」
「細かい説明は後だ。この義手は俺の想像以上に高性能だったらしい。全部弾きながら行こう」
心配してくれる二人を尻目に、自ら先頭に立ち、左腕を前に突き出しながら進む。
キュイイイイィィィィィ!
こちらの動きに対応してか、様子を見ていたワイバーンもまた、攻撃を再開してきた。
一直線に迫ってくる火球。
ひいい。怖すぎる!
かといって今更避けるわけにもいかない。
調子に乗って格好つけてしまったことを反省しながら、それでもなんとか逃げずに耐える。
俺達を灼き尽くさんとしていた火球は、俺の左腕に触れた瞬間、まるで初めから存在していなかったかのように掻き消えてしまった。
肌を焦がす熱風のみが、火球が先程まで確かに存在していたことを証明してくれている。
「よし、いけるな。このまま突っ走るぞ!」
内心ちびりそうになりながら駆け出す。
途中幾度も火球が飛んでくるが、苦もなく打ち消すことができた。立ち止まりさえしなければ、彼我の距離200メートルなど、有って無いようなものだ。
全力疾走とはいかないまでも、ものの1分もしないうちに魔法の射程内に納めることができた。
「ウォーターバレット! ウォーターバレット! ウォーターバレット!」
すぐさま水弾を連射する。
キィィェェェァァァ!!
狙い違わず、水弾はワイバーンの翼に命中。その薄い皮膜を貫くことに成功した。
「いよぉし! あとはオレらに任せとけ! メリ、行くぞ!」
「うんっ! 天土の力、父母の礎、今、時の鎖を断ち切らん、汝の姿、ここに現せ! アイヴィスバインド!!」
メリアードが呪文の詠唱に併せて何かの粒をばら蒔くと、そこから何本もの蔦が一瞬にして成長しまるで触手のようにワイバーンにまとわりついた。
赤子の腕程の太さを持つ蔦は、ワイバーンの体皮を幾重にも取り巻き、その動きを封じる。
キュウウウゥゥゥゥ
「お……らぁっ!」
最期の足掻きか、辛うじて開けた口から火を吹こうとするワイバーン。
それを待ってたとばかりに、サイードは手にした剣を、腕ごと口の中に突き刺した。
流石に口の中までは硬い鱗もないのだろう。剣は深々と刺さり、ワイバーンは炎の代わりに血の塊を吐く。
痙攣するように震えていたが、何度目かの後、ついに動きが止まった。
「お見事」
素直に喝采を贈る。
あんな鋭い牙が生え揃ってる口の中に、よく手なんか突っ込めるもんだ。
「一時ぁどうなるかと思ったが、なんとかなったな」
「いやー凄かったよ二人とも。特にメリアードの魔法は何だったの? 完全に動きを封じてたみたいだけど」
「あれはドリュアス族にだけ伝わる魔法です。わたしも普段は使わないようにしているんですが、もうばれてますしね。出し惜しみする必要も無いかなと」
種族の専用魔法とかもあるのか。
サイードの剣もかなりの腕前だし、ドリュアス族は温厚って聞いていたけど、戦闘向きの種族なのかも。
ワイバーンの亡骸から使えそうな部位を剥ぎ取った後、俺達の前にあるのは次に進むための扉。
奥に押して開くタイプであろう両開きの扉だ。やたら重厚、且つ華美な装飾が施されており、シーナ曰く鍵や罠といった物は無し。
こういったものはボスが鍵を落とすと決まっているはずなのに、怠慢か? ワイバーン無視して入ることもできたってことだろうか。
今更な話だな。誰も死なずに倒せたのだから無問題だ。この義手をくれたウィルさんには改めて感謝。
「じゃ、開けるよ? 何があるかわかんないから準備しといてね」
シーナの声に皆が頷く。武器よし、補助魔法よし、覚悟よしだ。
「ふ……んっ! むっ……ぬきぎ……! んぐぐぐ……! サイード! 交代!」
どうやら開かなかったらしい。重そうなのは見た目だけじゃなかったのか。
暫く唸りながら開けようと頑張っていたが、諦めてサイードと交代した。よほど力を入れていたのだろう、深呼吸しながら肩が大きく上下している。
「あいよ。よっ……と」
交代したサイードが押してみると、扉はいとも簡単に俺達を招き入れてくれた。これがステータス差か。多分俺がやっても全然開かなかったんだろうな。俺の力なんてシーナ以下だもの。
果たして扉をくぐると、そこは次に進む通路などではなかった。
ややこじんまりとした部屋。独り暮らしするには十分だが、二人で住むにはやや手狭といった広さか。そんな部屋の中に置かれている物といえば、机が1つに箱1つ。階段や扉などは見当たらない。どうやら本当にここが終着点のようだ。
箱の大きさはやや大きめで、シーナくらい小柄なら中に隠れられそうなサイズ。この流れであれば恐らく中身は財宝の類だよな。自然と興奮してくるのも仕方がないと言えよう。
そっちはそっちで気になるが、今はそれよりも机の方が大切に感じられた。
部屋の中央にぽつんと置かれた机。ペン立てどころか引き出しすらも無いただの机の上に、一通の手紙が置かれているのだ。
表には『ここまで到達することのできた、勇敢な冒険者へ』とある。
人間の言葉で書かれたそれは、やはりウィルさんの筆跡ではなかった。
そうだよなあ。突然いなくなってこんなところでダンジョンなんか作ってるはずがないよなあ……。
罠の無いことだけ確認して、中身を改める。
『勇敢なる冒険者諸君。君達がこれを読んでいるということは、私はもうこの世にはいないだろう。
できれば自らの口で伝えたかったが、どうやら私にはもうあまり時間が残されてはいないらしい。
ここまで到達できた君達に頼みたい。今、君達の目の前には、1つの箱が映っていると思う。その箱を開けてみてほしい。
箱には、この世の絶望が封じ込まれている。だが絶対に途中で閉じてはならない。どんな絶望でも、最後には必ず希望が残っているはずなのだから。
すまないがあまり詳しく書いている時間が無いようだ。
奴との戦いは予想以上に私の体を蝕んでいるらしい。筆を持つことですら、既に重労働に感じてしまう。
目も霞んできて……った……冒険者たち……を……けて……頼む……箱を……世界を……かゆ……うま……』
手紙はそこで終わっていた。
「おいなんだそりゃあ。結局、財宝ぁねえってことか?」
あまりの内容に、サイードが独り言ちる。
これだけ苦労して、その報酬が謎の手紙と怪しい箱とは。サイードでなくとも愚痴の一つも言いたくなろう。
「手紙はそれだけ? 他には何も入ってないの?」
「入ってたのは紙一枚だけだな。他は何も無さそうだ」
シーナに言われ、もう一度調べてみるが何も見つからない。
「トールさん。それ、裏にも何か書いてありませんか
?」
「へ? ……うお本当だ、何か書いてあった」
これは恥ずかしい。メリアードに指摘されるまで全く気付かなんだ。最期かゆうましちゃってたが、続きを書けたのだろうか。
何が書いてあるのかわからないが、とりあえず先程と同じように声に出して読み上げる。
『聡明なる冒険者達よ。
びびった?
ねえびびった?
ここまで頑張ったのにこの仕打ちかって思った?
うぷぷぷ。ざまあああああ!
さて話を戻すとしよう。
ここに辿り着くまでの君達の活躍は見させてもらった。実に興味深いものであり、楽しませてもらったと言えよう。
礼と言ってはなんだが、ちょっとした報酬を用意した。そちらの兄妹が真に望む物ではないが、それなりの価値がある物だ。旅の役に立てるなり、資金に変えるなり好きに使うといい。
目の前の箱に入れてあるので、確認してくれたまえ。なに、罠などは仕掛けていない。安心してくれていい。
諸君らの願いが叶うことを祈る。
マルジール・クレイバー 』
数秒の沈黙。
わずかな時間であるはずなのに、まるで時が止まったかのように感じられた。
「えーっと……なにこれ?」
最初に立ち直ったのはシーナだった。こちらを向いて聞いてくるが、こんなの俺に聞かれても困る、
「よくわからんけど……ダンジョンマスターには全部見られてたみたいだな。あと性格悪そう」
「わたしたちの事も知っているようですね。その上で、望む物ではないということですが……あとは性格が悪そうですね」
「とはいえ、攻略した報酬はあるんだろ? 確認してみようぜ。性格ぁ悪そうだかよ」
「そうだね。これだけのダンジョンを作れる人がそれなりって言うくらいだから、期待してもいいんじゃないかな。性格は悪そうだけどさ」
箱を開けることは満場一致で可決された。
シーナが調べたところ、本当に罠は仕掛けられていないらしい。ならば遠慮無く頂いていくとしようか。
「じゃ、いい? 開けるよー」
「おう、ばっちこい」
全員が覗き込むなか、シーナが箱に手をかける。
宝箱を開く瞬間ってわくわくするよな。
箱自体が古いのか、それともこれも演出のうちなのか、きしむ音と共に蓋が開けられる。
期待に胸踊らせながらその中身を確認すると……。
「……植木鉢?」
中にあったのは植木鉢だった。どこからどう見ても、植木鉢以外の何物でもなかった。
それも、小学生が学校でミニトマトを育てるような、そのくらいのサイズでしかない。
手に取ってみるも、やはりただの植木鉢。土すら入っていない。
大きい箱の中にこれだけかと思ったが、植木鉢の下にまた手紙が置かれていた。
『使い方☆
①土を入れます
②種を植えます(野菜でも花でもいいよ。種芋、球根も可)
③水をあげます(肥料はいらないよ!)
④だいたい1日あれば植物が育ちます(おいしいよ!)』
……うーん。
凄い……のか?
家庭菜園すらしたことのない俺にはこれの価値がよくわからない。
ただ、俺以外のメンバーは目を輝かせて植木鉢に見入っているようだ。
「なあシーナ、これってどうなんだ?」
困ったときのシーナえもん。
「実際試してないからわかんないけど、書いてあることが本当なら、凄いなんてもんじゃないよこれ」
「そのまま信じるのであれば、種と水さえあれば、いつでも新鮮なお野菜が食べられるようになるということですね。冒険中の食料問題がほぼ解決されるのではないでしょうか」
「持ち運びにも苦労するサイズじゃないしね。価値としては、トールの道具袋と同じくらいあるんじゃないかな」
おお、そんなに凄いのか。
確かに、いつでもどこでも新鮮な野菜が食べられるようになるのは嬉しい。今回みたいに長期に渡る場合はどうしても日持ちするものが優先になってしまうからな。
「これはこれで凄ぇが……オレらの土地を救う役には立ちそうにねえな……」
「そうだね……このマルジールって人に直接会えたらよかったんだけど……」
目に見えて落ち込むドリュアス族の二人。
やはりある程度の期待はあったのだろう。
「ま、仕方ねえやな! また次を探すとするか!」
無理矢理明るく笑うサイード。
うんうん。落ち込んでてもどうにもならんしな。
「それなりの収穫はあったわけだし、とりあえずは良しとしようか。さっさと帰って祝杯といこうぜ」
「さんせーい! もういい加減太陽が恋しくなってきたよ!」
帰りの行程は順調に進んだ。道は分かっている上に、産まれた魔物もまだ成長しきっていないためだ。
罠の場所も把握済みのため、特に警戒なく進むことができる。
結果として、2週間ほどで地上に戻ることができた。
途中、何人かの冒険者と擦れ違ったが、攻略が終わったことは伝えていない。明らかに身軽な俺達が攻略したと言っても信じてもらえないだろうし、道具袋の存在を知られても困るからだ。
「はーっ! 着いたぁーっ!!」
ダンジョンから出た途端元気になるシーナ。今にも駆け回りそうな勢いで叫びだす。
「やっぱ外の空気はうめえやな。暫くダンジョンは勘弁だわ」
「それについては同感だな。やっぱ太陽の下で生活するのが健康への第一歩だよなあー」
んーっと大きく伸びをして深呼吸。肺の中が新鮮な空気で満たされて心地好い。
その時、ふと視界の端に映るものがあった。
ダンジョン入口の脇。少し離れた所に、大きめの石が3つ重なって置かれている。
「なあシーナ、あの石って……」
シーナの肩を叩き、石の存在を指差し伝える。
「ん? ……ああっ!」
慌てて確認しに行く。
「やっぱりそうだあ……あの時の石じゃん……」
シーナの持つ石には、大きく①の文字が書かれていた。それが3つ。
前にテレポートの罠に投げ込んだ石が、まさかここで見つかるとは。
ふりだしに戻るの罠だったわけか……。
帰りは利用できたんだな。次があるかはわからないが、もしまた来ることがあれば使わせてもらうとしよう。
二ヶ月ほどの時を経てクレドールの街に戻った面々。
さあ宴会だと、街路を練り歩いていると、ある噂話が聞こえてきた。
「なあ聞いたか? また新しい魔王が誕生したらしいぞ。前魔王を倒した勇者もやられてしまったんだと」
「本当かよ。また魔族の進攻が始まっちまうのか。徴兵もあるかもしれねえな。新しい魔王の名前はわかってんのか?」
「ああ、なんつったかな。グ、グレ……思い出した。グレースウッドだ。魔王グレースウッドだとよ」
見ず知らずの冒険者達の会話。ただの噂に過ぎないその会話が、なぜかやたらと耳に残った。