49:ダンジョン攻略 一休み
~トール~
シーナの疲労が溜まっている。
それはそうだろう。最初と違って、即死する罠が増えてきたのだから。
自分が罠を見つけ損なったせいで誰かが命を落とす。そんな恐怖と戦い続けているのだ。
今のところ見落としは一つも無さそうだが、このままでは攻略が終わる前にシーナが倒れてしまうかもしれない。
彼女の働きは全員が認めるところであるし、感謝もしている。一度ゆっくり休めたらいいのだが……。
なんてことを考えていたら、地下15階で面白い部屋を見つけた。
広さはテニスコート程度だが、何故か植物が自生しており、何故か水の湧く泉があり、何故か日の光を感じられる部屋だ。
日光に感じられるのは天井にびっしりと生えた苔のせいらしいが、何故この部屋だけ外と錯覚させるような光景なのか。
一通り調べたところ魔物もいなければ罠も無い。水は次々と湧きだしているものの、溢れる気配はない。どこかに流れて循環しているのだろう。
そしてこの部屋で一番の謎。部屋の入口に刻まれた文字。
『休憩所』
これ自体が罠の可能性もあるが、ダンジョンマスターからのご褒美という可能性もある。
楽観視することはできないが、シーナは疲労困憊だし他の皆もここまででそれなりに疲弊している。
10階までで7日間。そこから先は1階進む毎に3日前後はかかっていた。この部屋に着いたのは出発から20日目になる。
そりゃ皆疲れるよな。シーナは本当によくやってくれている。
と、いうことで。
「今日は休みにします!!」
全員の前で高らかに宣言する。
こんな部屋を前にして休まないのは神への冒涜だ。
ダンジョンマスターが陰険な性格でないことを祈ろう。
念のため、二つある入口には重い荷物をまとめて即席のバリケードを設置する。
無論、逃げ場が無くなっては困るので内側からは簡単に崩すことができるようにしておくのも忘れない。
泉に魔物がいないのも確認済み。ついでに飲めることも調べてある。
「ねえメリアード。後で水浴びしない?」
テントを設置しながら、シーナがとんでもないことを言い出した。
「えぇ!? で、ですがその……殿方の目もありますし……」
「大丈夫大丈夫。トールに覗きなんてする度胸も甲斐性もないから。サイードも妹の裸を覗くような変態じゃないでしょ。ずっと濡れタオルで体を拭くだけだったし、気持ち悪くない?」
「それは確かに……。いえですが……うぅ~……」
こちらをチラチラ伺いながら悩むメリアード。
どうも俺が気になって思い切れないようだな。ここは年長者として、助け船を出してやらねば。
「安心してくれ二人とも。俺は子供に興味を持つような変態じゃない。仮に変態だとしても、変態という名の紳士さ。イエスロリータ・ノータッチの精神は忘れちゃいないよ」
両手を広げ、安心させるように懐を見せつけてやる。
まあ、ノータッチだが覗かないとは言っていない。覗きって英語でなんだっけ。
シーナはどうも俺の事を甘く見ているようだし、ここは男として器の違いを思い知らせてやらねば。
俺の言ったことを余り理解できないまでも、とりあえず納得したのか。
「はぁ。わかりました。確かに気持ち悪いですし、せっかくですから入りましょうか」
諦めたように嘆息し、水浴びを了承した。
クックック。チョロい。
「じゃあ男共はテント内で待機ね。覗けるもんなら覗いてもいいけど、あたしが不注意で見逃した罠に最初にかかるのは誰なのか、しっかり考えてね」
水浴びの準備をしながらシーナが警告してくる。
水着でも着るのかと思ったが、流石にダンジョンに潜るのにそんなものは準備していないだろう。
となれば裸か。R-18か。いや、幸いにしてここには光源があるから、神の光効果で少年誌でも掲載できるようにしてくれるはずだ。
水は冷たくは無いが、お湯というほどでもない。湯気様には期待できないだろうな。
無論、コミック版では加筆修正だがな。
「ガキと妹の裸なんざぁ見て何が楽しいんだよ。トールぁオレが押さえとくから、のんびり行ってこい」
「いやいやいや。押さえられなくたって俺も覗いたりしないよ? 本当だよ? もうちょっと大きくなってからなら話は別だけどな!」
「ふかーっ!」
威嚇されてしまった。乙女心はわからない。
大人しく俺達がテントに入ると、外から何やら楽しげな声が聞こえてくる。
「さーて、じゃあ早速入ろっか。裸の付き合いは大切だよねー」
「そ、そうですね……ちょっと恥ずかしくはありますけど……」
おっさんみたいな事を言うシーナに、メリアードが若干引き気味に答えている。
この薄布一枚挟んだ向こうには、無垢な姿の少女が二人いるわけだ。図らずも体が出口に向かってしまう。
「おっとトール、舌の根も乾かねえうちから行動とは、なかなかやるじゃねえの」
「ふわっ! あぶねえ体が勝手に!?」
無意識のうちに動き出していた俺を、サイードが制止してくれた。
危ない危ない。このままじゃ変態の烙印を押されてしまうところだったぜ。
俺達が出てこないことを確認したか、二人の足音が遠ざかっていく。
そして聞こえてくる水の音。
見ざる開けざる覗かざる。
だがしかし、耳を澄ませるのは禁止されていない!
一糸纏わぬ姿で戯れる二人の少女。
二人の話題は、現在気になっている男性についてだ。
メリアードは、兄であるサイードのことを誇らしげに語る。そこに恋愛感情は認められなかった。
そういう意味での気になる男性ではないとツッコミをいれるシーナ。
ではシーナさんは意中の殿方がいらっしゃるんですか? と聞かれ、一瞬固まった後、ぶくぶくと水中に顔を沈めてしまう。
やがて水から出てきた顔は、真っ赤に染まっていた。
自分から振った割には、あまりこの手の話題に慣れていないのだろうか。
あー。うー。と暫くの間言い辛そうにしていたが、ポツポツと話を始めた。
曰く、最近になって気になる男ができたとのこと。
余り俗世に慣れておらず、自分がしっかりと面倒を見てやらないとならない。年上なのに、まるで手のかかる弟のようでもある。と語る。
それでも、いざという時には本当に頼りになるのだと。自分もかなり助けられているという。
相手は普通の人間であり、自分は獣人。種族の壁はあるが、出来れば生涯を添い遂げたいと思っている。
初めから赤かった顔は、話終わる頃には更に赤みを増していた。湯気でも出てきそうなくらいだ。
それって、もしかしなくてもトールさんの事ですよね? と訊ねるメリアード。
それが止めとなったか、ふにゃっ!? と一声鳴いて、固まってしまう。
優しい微笑みを浮かべながらその様子を眺めるメリアードに対して、ようやく動き出したシーナは蚊の鳴くような声で、先程のメリアードの言葉を肯定した。
……はっ!
あれ!? 俺夢見てた!?
「なあサイード、今シーナが俺の事好きとか言ってなかったか?」
「いいや? お前ぇさん、いきなり固まっちまってたが今の一瞬で寝てたのか?」
まじかよ。妄想オチかよ……。
テントの外からは二人の楽しそうな声が聞こえてきていた。
「ひゃー! つめたーい! きもちいいー!!」
「本当に。ダンジョンにこんな部屋があるとは思いませんでしたよ」
「だよねー! ちょっとメリアード、なにそんな大きいタオル持ってんのさ! 女同士なんだから遠慮せずにさらけ出しちゃいなよ!」
「ちょっ! や、やめてくださいシーナさん! これはダメです! 本当にダメなんですってばー!」
はあ……。青春の一ページだなあ。
なんで俺はこんなところでテントに隠れているんだろうか。この向こうには夢の国が広がっているというのに。
「取ったーーー!」
「か、返してくださいよぅ~」
タオル争奪戦に勝利したのか、シーナの勝ち誇った声とメリアードの懇願する声が聞こえる。
「大体こんな大きいタオルで隠してるのが、胸に自信のない……しょ……う……こ……え?」
「あうぅ……ひどいですシーナさん……」
「ふにゃああああああああああ!!」
シーナの悲鳴が響いた。
「どうした! 魔物が出たか!?」
突然の悲鳴にテントから飛び出す俺とサイード。
武器を構え、周囲を見渡す。
「シーナどうした! 何があった!?」
「こっち見んなぁっ!!」
「ぐはあ!」
心配して訊ねる俺達への返答は、空飛ぶ石鹸だった。
シーナの手によって投げられた二つの石鹸は、俺達の顔面を正確に捉え……は、しなかった。
俺の顔面にはクリーンヒットしたのに、サイードの奴は飛んでくる石鹸を空中で真っ二つにしやがった。
理不尽だ!
「ハウス! 男共はハウス!!」
怒られてすごすごとテントに戻る俺達。
とりあえず何か事故が起きたとかではないようで一安心だ。
「うう……メリアードの裏切り者………」
「シーナさん、タオル返してくださいよぅ……」
背後から聞こえてくるのはシーナの恨みがましい低い声と、メリアードの泣き声だった。
その声を聞きながら、俺の脳裏には先程見たばかりの光景がサブリミナルのように浮かび上がっていた。
無い胸を必死に隠しながら石鹸を投げるシーナ。
その隣で、タオルを奪われて涙目のメリアード。
彼女もシーナと同じく胸を隠していたが、彼女の細腕ではとても隠しきれない大きさの双丘が隆起していた。
なるほど、着やせするタイプなんですね。眼福眼福。