46:ダンジョン攻略②
~トール~
「トール! 右! 右から来てる!!」
「ええいっ! 落ちろっ! 蚊トンボ!」
天井から飛来するコウモリのような魔物を、魔法で迎撃する。
前方にいるスケルトンの群れはサイード任せだ。
スケルトンは大した強さがあるわけでもないし、サイード一人に任せてしまっても余裕だろう。むしろ問題はこちらのコウモリ。
なにせ、空を飛んでいるためまともな攻撃方法が無いのだ。
このパーティーで遠距離攻撃ができるのは俺しかいない。メリアードは魔法で防壁を作って突撃を防ぐ程度ならできるが、火力としては期待できないのだ。
よって飛んでいる敵は、俺が一人で叩き落とさなくてはならなかった。
そして、これがなかなか難しい。単発の水弾ではどうにも限界を感じていた。まさかこんな前半で苦戦するとは思っていなかったが、奥の手を使うときが来たようだ。
「ウォーターガトリング!」
ウォーターバレットとは違い、手を開き、指を全て相手に向ける。そうすることで、5本の指から水弾を連続して発射することが可能となった。その姿はまさにガトリングガン。
水魔法のバリエーションを増やすために考えた必殺技だ。
欠点としては、燃費が悪いことと、一発一発の威力が非常に低いこと。
コウモリに直撃したところで致命傷にはならないだろう。撃ち落とすくらいが精々だ。だが今はそれでいい。地面にさえ落としてしまえば、あとはシーナやメリアードが処理してくれる。
何せ、軽く踏み潰すくらいで息絶えるのだから。
ちなみにこの魔法はまだ開発段階であり、最終目標は全ての指で10個の魔法を同時に発動させることにある。そして全ての魔法を合体させると、オリハルコンすら貫ける魔法が完成するはずだ。はずなんだ。この世界にオリハルコンがあるのかは知らんが。
まあ目標はさておき、とりあえず今はこれでコウモリの数を削っていこう。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってな。
全てのコウモリを始末したとき、ちょうどサイードもスケルトンの迎撃を終えたところだった。前方一面に骨が散らばってて気持ち悪い。
まさか、5階に降りて早々にモンスターハウスとは思いもせなんだ。
今回はなんとかなったものの、これがもっと下層だったら危なかったかもしれない。こういうときの対処法も考えておかないとな。
周囲に魔物がいないことを確認し、ひとまず休憩をとることにした。
このダンジョン、5階は今までと雰囲気が変わっていた。
ずっとただの洞窟といった感じだったのに、5階への階段を降りると急に迷宮らしくなってきたのだ。
具体的には、床や壁が整備されていた。
土剥き出しではなく、壁には怪しい模様が刻まれ、地面はタイルのようなものが敷き詰められている。
ダンジョンを攻略しているという実感が沸いてくる光景だ。
そんな風景のなかで小休止。テントこそ展開しないものの、魔物サーチャーはばっちり起動させる。これ持ったまま歩ければいいんだが、でかいし重いんだよな。そもそも持ち歩くように設計されていないのだろう。
貴重な休憩時間。今のうちに聞けることは聞いておくとしよう。
「なあ、同じダンジョンなのに上層と下層で魔物が違うのはなんでなんだ? やっぱり下層のほうが強い魔物が出るんだよな?」
この世界に限らず、ダンジョンとは奥に進めば敵が強くなるものなのだ。日本にいる頃は、そういうものだと疑っていなかったがあれは所詮ゲームの世界。実在するこの世界では何かしら理由があるように思う。
「んー。トールはさ、成長した大人と産まれたての赤ん坊、どっちが強いと思う?」
俺の疑問に答えてくれたのはシーナだ。
シーナは聞けば大抵のことは教えてくれる。最早俺の先生みたいな立ち位置になっていた。
「そりゃ大人に決まって……。あぁ、そういうことか」
「わかってもらえた? 上層の魔物はすぐ侵入者にやられちゃうからね」
なるほど。つまり産まれた瞬間は同じなんだな。
下層まで到達する冒険者がいなければいないほど魔物は強く育っていくわけか。
しかしそうなるとまた疑問が出てくる。
「強い魔物は長生きってことか。あいつらって何食べて生きてるんだ? というか、そもそもどうやって産まれてくるんだ?」
「何をって……。まあ魔物の肉だろうね。他に食べるものなんてないし、そうじゃないと迷宮内は魔物の死体だらけで大変なことになっちゃうよ。産まれかたについてはいくつか説があるんだけど……。メリアードは知ってる?」
「わたしが聞いたことがあるのは、『魔力溜まり説』ですね。ダンジョン内には魔力の集まりやすい場所があって、一定の魔力が溜まると魔物として産まれてくる。という説です」
「それもあるね。他にも、『魂保存の法則』だとか、『生まれ変わり説』とか、『細胞分裂説』。面白いとこでは『異世界召喚説』なんてのもあるよ。ただ、どれもはっきりした根拠があるわけじゃないんだよね。だって、魔物が産まれる瞬間を見た人がいないんだもん。魔物はいつの間にか存在してるもんなの」
メリアードが、尊敬する眼差しでシーナを見つめる。
聞いていて面白い話だが、サイードにとってはそうでもないらしく、先程から暇を持て余している。
「まあ人間に解明できてないってだけで、実は魔族が何かしてる可能性もあると思うけどね。ウィルなら何か知ってるんじゃない? 頭良さそうだったしさ」
確かに、ウィルさんなら知ってそうな気もする。エティを生み出したのもウィルさんって言ってたしな。
再会したら聞きたい話がまた増えてしまった。
「そうだなー。ウィルさん見つけたら聞いてみるか。ここにいてくれりゃいいんだけど……」
「ここに? その、ウィルさんという方はダンジョンの奥まで攻略しているのですか?」
俺の呟きにメリアードが食い付いた。そういえば俺達の目的は話していなかったような気がするな。
まあ隠すようなものでもないよな。失言したらシーナ先生にフォローしてもらおう。
「あー。うん。奥っていうか、最奥部っていうか?」
不思議そうな顔をするメリアード。俺の言ったことが理解できていない感じか。
「このダンジョンは未だ攻略されていないと思っていたのですが……。そこまで攻略した方がいらっしゃるのであれば、もう魔道具は残っていないのでしょうか……」
途端に泣きそうになる。いや、既に目には涙を浮かべていた。サイードさん、俺を睨むのはやめてください。
女の子を泣かせるなんて俺の人生で経験したことがないため、対応に困る。どうしたらいいのかオロオロしているとシーナが助けてくれた。
「このダンジョンを作ったのが、あたし達の知り合いかもしれないんだよね。少し前に行方不明になっちゃったんだけど、土の精霊と契約してたはずなんだ。だから、最奥部にいるってのはそういうこと。攻略者はメリアードの言うとおり、まだいないと思うよ」
さすがシーナ先生。俺なんかとは潜り抜けた修羅場の数が違うってか。
「そうそう。ウィルナルドっていう人を探してるんだ。精霊使いで、凄い魔力を持った友達だよ」
ここぞとばかりに乗っかる。良かった、泣き止んでくれたみたいだ。
「せ、精霊使いのご友人がいらっしゃるんですか!? 何卒! 何卒紹介してはいただけないでしょうか!!」
泣き止むどころか、それどころか俺達の話に興味を引かれたようで、凄い勢いで食い付いてくる。今にも飛び掛かってきそうだ。
「おい! やったな! トールの友人ってんなら話も早え! さっさと攻略して会いに行こうぜ!」
「お兄ちゃん! これで何とかなるかな! 皆助かるのかな!?」
メリアードばかりでなく、話に興味が無さそうだったサイードまで騒ぎだした。
「いや、でもまだこのダンジョンを作ったのがウィルさんって決まったわけでもないしな……。何か重い事情がありそうだけど、あんまり期待しないほうがいいと思うぞ」
「なぁに言ってんだよ! 精霊使いがそこら辺にぽんぽんいて堪るかってえの! やー、まさかこんな早くにどうにかなるたぁ思ってなかったな!」
すいません目の前にも精霊使いが一人転がってるんです。すいません。
盛り上がってくれているところ申し訳ないけど、本当にウィルさん以外の精霊使いだったらどうするのだろう。俺、殺されるんじゃないか。
しかしこのはしゃぎ様を見ていると、とてもそうは言えない。普段大人しいメリアードですら、自分を抑えきれずに飛び回ってるのだもの。
詳しくは知らないが、よほどの事情があるらしい。せっかくのやる気に水を指すのもアレだし、このまま継続して進むことにしよう。
本当にウィルさんがいてくれたらいいんだがな。