45:ダンジョン攻略①
~トール~
眼前に広がるは深き洞窟。
精霊の力をもって生み出されたその洞窟は、最奥部まで到達した者に巨万の富を与えるという。
前人未到の地ではあるが、冒険者達はその魅力に逆らうことができなかった。
幾多の試練を乗り越えた先に、いったい何が待っているのか。ともすれば、冒険者達が求めているのは富ではなく好奇心なのかもしれない。
数多くの英傑が挑み、破れ去っていった未知の領域に、今日もまた、新たな挑戦者が現れようとしていた。
「待ちに待った時が来たのだ!多くの英霊が無駄死にで無かったことの証の為に……再び俺達の理想を掲げる為に!ダンジョンよ! 私は帰ってきた!!」
「何言ってんのトール。来たの初めてだよね」
「いや、これは言っておかないと駄目かなって思って」
シーナには冷静に突っ込まれるし、サイードやメリアードに至っては突然のことに意味がわからないといった顔をしている。
くそう、ロマンの分からない奴等め。
ウィルさんが無性に恋しい。ダンジョンの悪夢とか呼んでくれるかもしれない。おや、何か別物みたいになるな。
ともあれ、ダンジョン入口までは特に問題なく到着することができた。と言っても、街を出てから数分しか歩いていないのだが。
近いとは聞いていたが、まさかここまでとは。
昨日のうちに購入できた内部の地図は地下10階まで。そこから先は手探りでの探索となる。当然、情報の無い魔物や罠も出てくるはずだ。シーナの探査能力に期待だな。
ダンジョンは経験があると言っていたし、何故か本人も自信あるみたいだから任せることにしよう。
「よし、準備はいいな。野郎共行くぞ!」
このパーティーにおけるリーダーは俺。シーナは仕事で忙しいし、残り二人は新入社員のため除外。
つまり指揮官は俺しかいないということで、攻略檄を飛ばす。
先頭に立ってダンジョンの入口寸前まで進んだところで、立ち止まる。皆が先に入るのを確認してから俺も入場。だって俺最後尾なんだもの。
隊列は前からシーナ、サイード、メリアード、俺の順。
シーナが策敵しながら進み、魔物が出たらサイードと交代。背後からの魔物には俺が備えるといった形になる。
特に打ち合わせをするでもなく、満場一致でこの隊列は決まったのだ。怖いがバックアタックにはしっかり対応しないとな。
魔法もあるしルナもいる。いざとなればブラック・デスイーターだってある。ウィルさんからもらった左腕は問題なく動いているし、相手が魔法でも撃ってきたらその幻想をぶち壊してやる。
この日のために新しい魔法も練習したんだ。
精霊魔法に続いて水魔法をいくつか使えるようになり、今や俺の戦闘力は2200を越えている。
努力が数字に表れる世界っていいね。モチベが違うってもんだ。
ダンジョンの中はやはり暗い。
ランタンや松明といった灯りの類は余裕を持って準備しているが、全員が持つといざ戦闘の際に手が塞がってしまうため、先頭のシーナと中間のメリアードだけが持つようにしている。
「情報通りなら5階までは魔物も出ないらしいけど、一応油断はしないようにね」
先頭を行くシーナから注意が飛ぶ。わかってはいるつもりだが、これが人生初ダンジョンなのだ。正直どこに気を付ければいいのかわからん。
時折背後を振り返りはするものの、何かが這い寄ってくる気配はない。触手うねうねの邪神も、銀髪の美少女の姿もなかった。
「しっかしアレな。トールは剣士じゃあねえのな。その見た目で魔術師たぁ誰も思わねえだろうよ。杖はどうした杖は?」
平和な道程に早くも飽きてきたのか、サイードが雑談を始める。
「色々事情があるんだよ。杖を使わない魔術師がいてもいいと思わないか? ちなみに剣でまともに戦ったことはないから、そこは期待しないでくれよ」
「杖は魔力を安定させてくれるんですよ? 増幅の効果も勿論ありますけど、杖が無いと発動に失敗したり、そもそも魔法が使えなくなる人だっているんですから」
信じられません。と言いながら自らの杖を掲げて見せるメリアード。
そう言われたって、使える物は使えるのだから仕方がない。
「トールはちょっと変わってるからねー。いい年してお酒だって飲めないしさ」
「まだ19だから飲めなくていいんだよ俺は。シーナこそ、子供のくせに酒ばっか飲んでるから大きくならないんだぞ」
胸が。と小声で付け足す。
「あ! 今言っちゃ駄目なこと言った!? 聞こえてんだからね! あたしらはこれからなんだから! まだ夢も希望もあるんだからね! だよねメリアード!?」
ちい聞こえていたか。そのでかい耳は飾りじゃないな。
急に話を振られたメリアードは慌てて返事を返す。
「へ!? そ、そうですね! でも、大きくても邪魔にしかならないと思うんですが……」
恥ずかしそうにそう呟くメリアードも、シーナといい勝負ができそうな大平原の持ち主だ。
シーナと違って露出の少ない、だぼっとした神官服を着ているせいで正確なところはわからないが、とても飛び出しているようには見えなかった。
ふっ……負け惜しみか。可愛いもんだな。
「それでも無いよりはあったほうがいいの! いつか悩殺ボディになって、トールをぎゃふんと言わせてやるんだからっ!」
「はっはっは。胸なんか無くったって、その耳と尻尾を触らせてくれたら俺の心はイチコロだぜ?」
「ふぎゃっ!? 変態変態!」
サイードの発言を皮切りに、雑談に興じる興じる四人。おかげでいい感じに緊張もほどけてくれた。
シーナは話しながらも油断なく周囲を見回しているが、それでもその表情は柔らかい。
もし、意識してこの空気を作り出したのだとしたらサイードは尊敬に値する。俺も見習わないと。
攻略は順調に進み、5階に降りる階段まで到着した。
このダンジョン、広さはかなりあるようだが、地図があるため最短ルートを進むことができている。正確な地図を作ってくれた先人に感謝だな。
「とりあえずここまでは情報通りだね。魔物も出なかったし、罠も大したことはなかったけど、次の階からは魔物も出てくるはず。結構いい時間になってるけど、トールどうする?」
暗に、ここで休憩するか? と聞いてくる。
確かに階段前は広い空間があるためテントを広げることができる。また、移動と警戒で疲れているのも事実だ。
俺以外のメンバーは体力に余裕もありそうだが、もやしっ子の俺はしんどい。無理して進んで、疲れた状態で魔物に出会うのは危険だし、ここで野営するのもいいだろう。
「そうだな。比較的安全なここで今日の攻略は終わりにするか」
シーナの気遣いに心のなかで感謝しつつ、終わりを告げる。
同時に道具袋から野営グッズを次々と取り出していった。こんなときのために買い揃えた道具が、遂に役立つときがきたな。
初日ということもあるし、今日の夕飯はちょっと豪華にいこう。
肉の焼ける音がする。
メニューはゾーア肉のステーキとパン。あと野菜を煮込んだスープ。
地下にあるダンジョンで火を使うのもどうかと思ったが、どうもこのダンジョンは空気の流れがあるらしく、肉を焼く煙も滞留せずにどこかへと消えていった。
俺は全く気にしていなかったのに、シーナはその辺もちゃんと確認しながら動いていたようだ。
しかしよく考えれば至極当然の流れでもあるな。地下深い洞窟なんて、空気が対流するように作っておかないと攻略どころではない。まず酸欠で全滅する。
自然に作られたダンジョンであれば話は別となるが、人為的に作られたものなら、そこは考えて設計するのだろう。
ご都合主義にも感じられるが、今はそれがありがたい。
「いやー。まさかダンジョンの中でステーキが食えるたぁな。これはトール様々だわ」
「かなり多めに用意したからなあ。簡易冷凍庫もあるとはいえ、足の早いのは先に食べておかないとな」
「ダンジョンに冷凍庫なんて発想が、通常なら出てきませんよ。やはりトールさんは少し変わってるのですね」
「ほら、やっぱトールが変なんだよ。自覚しなよ」
「誉められてるんだよな? 今一応誉められてるんだよな?」
人間、美味い飯を食えば元気が出るというもの。
塩は高級品であまり買えなかったものの、他の香辛料はふんだんに揃えてある。今後も過不足無い食事を期待していいだろう。
ちなみに、冷凍庫は俺の発案。
大きめの箱に魔術で作られた氷を大量に投入した簡単なものだ。貴重な塩も少しかけて温度を下げてある。
道具袋内の環境がわからないため、いつまでもつかはわからないが、無いよりはマシだろう。
できればまともな食事が残っているうちに帰還したいが、さてどうなるか。
堅いパンと干し肉だけの食事とか辛すぎるからな。
食事の片付けが済んだら全員でテントへ。勿論例の魔物サーチャーも起動させている。
今のところ反応はないが、もし近付いてきたら教えてくれるはずだ。
やはり体は疲れていたのか、特に話をするでもなく、目を閉じたらすぐに意識が遠くなってきた。
明日からは魔物も出てくる。気を引き締めないとな。