41:襲撃
~ウィルナルド~
城壁は建てた。防御結界も張った。見張り塔まで建てて、監視を配置した。
これでもう大丈夫だろう。どこかの吸血鬼みたいに戦闘機に乗って高高度から垂直落下とかしてこなければ。
そういえば吸血鬼って実在するんだろうか。逸話として残っているのならどこかの世界には存在してそうだけども……。もしいるのなら会ってみたいな。人間よりも魔族に近いだろうし、協力してもらえそうだ。
よし、今日は吸血鬼のアニメにしよう。
漫画は読んだけど、たしかOVAがあったはずだ。
いつものように発電機を起動し、テレビとその付随装置の電源を入れる。あとは光輝くディスクを入れたらあら不思議、これだけでアニメが見られるようになってしまう。トールは科学力と言っていたこの力は、どんな魔法よりも凄い力を秘めている。
なんでも地球には、星に人が住めなくするような武器もあるらしい。避けたら地球が壊れるぞ! ってやつかな。恐ろしいことだね。
おやつとお茶を嗜みながらのアニメ観賞。
僕にとって至福の時間ではあるけど、どうにも物足りない。
やっぱり一人で見ててもあんまり面白くないな。
またトールと一緒にアニメが見たいな。時々解説してくれたり、僕のわからない単語を説明してくれたり。
たまにネタバレされることもあったけど、それでも同じ趣味の友達と一緒に見るアニメは、本当に楽しかった。
トールは今頃何をしているんだろう。流石にあの洞窟にずっといたりはしないと思うけど……。
どことなくボーッとしながらアニメを眺めていると、僕のプライベート空間にエティリィが飛び込んできた。
いつもの笑顔とは違い、深刻な顔をしている。
「マスター、お客様です。冒険者らしき人間が四名、こちらに向かっています」
「……ついに来ちゃったかあ。勇者アグリルはその中にいるの?」
「いえ……勇者の姿は無いようです。ですが、先の戦闘の折に勇者と共にいた人間が混ざっているとのことです」
ふむ。待っていた相手ではなかったか。
とりあえず僕が出よう。話せるものなら話してみたい。
「僕が行くよ。今の状況はどうなってるの?」
「はい。既にこちらに負傷者が出ています。接近に気付いて呼び止めた門番が二名、会話の余地もなく斬られました。今はガンド様が対応しています」
状況はあまりよろしくないらしい。どうやらのんびりしている暇は無さそうだ。壁に掛けてあったマントを羽織り、玄関を飛び出す。急いで現場に向かわなくっちゃ。
フーセーさんの力を借り、空から城壁を目指す。
敵が近くに来ているというのに、門から出るなんて愚を犯すわけにはいかないからね。
「ウィルっち、着地の時は気を付けてよ。制御をミスって壁に直撃なんて笑えないからねー」
空を飛びながらフーセーさんの警告が聞こえてくる。
言われずとも、こんなところで壁ドンする趣味はない。速度を落とすのはフーセーさんが制御してくれるとはいえ、そこまで向かうのは自分の姿勢制御が大切だ。
ふわりと、特に問題なく城壁の上に着地する。隣を見やれば、エティリィも上手く辿り着けたようだ。
さて、戦況はどうかなっと。
ふーむ。
戦闘は門から少し離れたところで起きていた。
冒険者の編成は、男が一人に女が三人。男は動きやすそうな鎧を着こんだ剣士といった様相で、女の方は戦士に魔導師、司祭って感じかな。全員人間みたいだ。あくまでも見た目での判断だけど、バランスの取れたいい編成に見える。
対するガンドさんはいつもの黒鎧に先日のハルバート。気に入ったのかなあれ。今日は兜までしっかりと被っていた。
ここから見る分には、ガンドさんが押されているように感じる。攻撃を防ぐだけで手一杯なのか反撃に移れていない感じだ。人間達の実力は大したこと無さそうなんだけどな。連携も拙いし、そもそも個々の能力が圧倒的に低い。
普通に戦えばガンドさんが負ける要素は無いだろう。
となると考えられるのは……まあ手を抜いているくらいだね。
僕としてはどう動こうかな。
ここからフーセーさんの力を借りて瞬殺するのは容易い。おそらく彼等は何をされたかすら理解できずに死んでいくだろう。
でもやっぱり、できれば友好的に接したいよね。話し合いをして、その結果帰ってくれたらそれが一番だと思う。
素直に姿を現すことにしようか。
「フーセーさん、もう一度移動をお願いします。目標はあの戦闘のど真ん中で」
「はいはいよー! ウィルっちもいい趣味してんね!」
「ふっふっふ。愚かな人間共に、格の違いを思い知らせてやろうぞ! エティリィも一緒に行く?」
「勿論です! 私の役目はマスターをお護りすること。離れるわけには参りません!」
「よーし。じゃ、行こうか、なるべく派手にね!」
爆音が鳴り響く。
彼等からすれば、戦闘中にいきなり隕石でも落ちてきたのかと思ったことだろう。
残念! 僕でした!
戦闘の真上まで移動してから自由落下。ついでに着地前に地面に向かって空気の塊を放出。
その結果、突然地面が爆発、土煙が上がり、その中に突然、僕とエティリィが出現するという演出ができたわけ。
高笑いの一つでもあげてみたいところだけど、土煙が思ったよりも酷くて口を開けられない。というか、今も咳き込みそうなのを必死に我慢してたりする。
砂が目に入って痛い! こっそり拭ったけどばれてないよね?
ちなみにフーセーさんは土煙が晴れる前にお暇してもらった。精霊使いってばれると演出の意味が無くなっちゃうからね。
僕達の登場に、戦闘は一時停止した。ガンドさんに斬りかかっていた二人も一旦距離を置き、仲間の所まで下がる。
「我が名はウィルナルド・フォン・グレースウッド。やがて総ての魔族を征するものだ。人間の冒険者冒険者よ。汝らの名と目的を聞こうか」
こういうのは初めが大事。敢えて仰々しく語りかける。勿論、ちゃんと人間の言葉でね。
人間達は僕の出現に余程驚いたのか、言葉を発しようとしない。
それどころか、後衛の二人なんて腰が抜けたのか、地面に座り込んでしまった。僕が話すにつれてその表情は恐怖に染まっていき、足元に何らかの染みが広がっていく。
呼吸もまともにできなくなってしまったのか、ヒッヒッとえづくように空気を求めている。
ご、ごめんよ。そこまで怖がらせるつもりは無かったんだけど……。
女戦士のほうはなんとか耐えてるといった感じ。座り込みさえしなかったけど、その手は震えていて剣先が定まっていない。
男剣士は流石だね。僕に向かってしっかりと剣を構えて警戒している。この人が例の勇者パーティーだった人かな?
「さて……君がリーダーかな? 言葉は通じているよね。建設的な話をしようじゃないか。あ、ガンドはご苦労様。下がってていいよ」
「御意に」
あまり怖がらせても仕方がない。まだ話ができそうな男剣士に向かって問いかける。
今の状態を見ても、彼等が達人とは思えないな。ガンドさんはやはり手加減をしてくれていたのだろう。僕の理想を叶えるために。
ここからは僕の役目だ。なめられるわけにはいかないけど、話し合いの通じる相手だということは理解してもらいたい。
「お、俺はヒュエット。勇者アグリルと共に戦った六英雄が一人、閃光のヒュエットだ! この魔力、てめえが新しい魔王なのか!?」
うんうん。やっと返事をしてくれた。若干声が上擦ってはいるけど問題ないだろう。六英雄とか魔王とかいう単語は気になるけど、今はとりあえず流しておく。
「そうか。よろしくヒュエット。で、君達は一体何をしに来たのかな?」
「知れたこと! せっかく滅ぼしてやった魔族共の街が、また復活してるじゃねえか! しかたねえからまたぶっ潰してやろうと、この俺がわざわざ出てきてやったまでよ!」
「そっかそっか。僕としては、君達と争うつもりは無いんだけど、できればこのまま回れ右で帰ってもらえないかな」
「ハッ! 魔族が何をぬかしやがる! いいか、魔族ってのはな、人間様に媚びへつらってりゃいいんだよ! 生意気に人間の言葉を発してるんじゃねえ!」
おっと予想外の反応。雄叫びをあげながら斬りかかってきた。
僕は丸腰。流石に斬られたら痛いだろうし、避けるか受け止めるか迷っていたら、先に剣の方が飛んでいった。
弾き飛ばしたのはエティリィだった。僕の背後からスネークソードを伸ばして弾き飛ばしたようだ。ヒュエットの手首ごと。
「くあっ!!」
手首を吹き飛ばされた衝撃で仰け反るヒュエット。そのまま反動を利用して後ろに転がり、再び僕から距離を取る。
これが英雄ってものなのかな。片腕が使えなくなっても敵の前で狼狽えたりはしない。冷静に予備の剣を抜いて構え直した。
「わかったかい? 僕らは争いを好まないけど、決してか弱い存在ではないんだよ。その気になれば君達を帰さない事だって容易いんだからね?」
ヒュエットを睨み付けながら、改めて警告する。
勝ち目はないのだから、諦めて帰れと。
「ね、ねえヒュエット……こいつらやばすぎるよ……一旦帰ろうよ……転移魔法のスクロール、あるんだろ?」
震えながらヒュエットに懇願する女戦士。うん、それがいい。邪魔はしないからさっさと帰りなさい。
他の二人は女戦士の言葉に何度も頷いている。顔を真っ青にしてしまって可哀想に。
「ちっ。確かにこのままじゃ分が悪いか。おい! てめえ等集まれ! ズラかんぞ!」
ヒュエットもやっと諦めたか、逃げることに決めてくれたみたい。仲間たちを一ヶ所に集めた。
冒険者たちは皆、無事に帰れることに安堵の表情を浮かべている。完全に戦意喪失したものと見ていいだろう。できればもう来ないでくれるとありがたいんだけど。
そんな中でも只一人、ヒュエットだけは集めた仲間を満足げに眺め、二歩分ほど後ろに下がった。
訝しげな顔をする仲間たちに向けて一言。
「わりいな。このスクロールは一人用なんだわ」
手に持った剣を一閃。
そのたった一振りで、死体が三つ出来上がった。
正確に確認はしていないけど、首と胴体が離れたら人間は生きてられないよね。
「魔王グレースウッド! 名前は覚えたぜ! 次に来るときはこんな捨て駒共じゃねえ! 覚悟しておくんだな!!」
呆気にとられている僕らに向かって、ヒュエットは高らかに宣言する。そのまま空間転移のスクロールを発動させ、僕たちの前から姿を消してしまった。
「ええー……」
残されたのは僕とエティリィ、そしてガンドさん。あと人間の亡骸三つ。
これ、どうしろと……。
一人で逃げるにしても、殺すことはないじゃない。残しておいてくれれば仲良くなれたかもしれないのに。
口封じ? 人間ってここまでやるものなの?
「エティリィ、とりあえずこの娘たちは丁重に葬ってあげて。このままじゃ流石に可哀想だよ」
「了解しました。装備も大したこと無さそうですので、このまま三人一緒に埋葬してきます」
トール以外の人間とは初めて話したけど、なんとも言えない後味の悪さだけが残る結果となってしまった。
人間が皆ヒュエットと同じとは思いたくないけど、どうしても不安を拭い去ることはできなかった。