40:内政のターン
~ウィルナルド~
人が増えてきた。
かつて人間に襲われて、父と共に避難していた人達が、ここの噂を聞き付けて戻ってきているようだ。
毎日毎日、驚く程の人数が僕のもとを訪ねてくる。
彼等には各々で仕事に就かせて、街の発展に協力してもらうが直近的な問題が発生してしまう。
食料と、防衛設備だ。
僕らの目の届く範囲であれば守ることもできるけど、
街の規模が大きくなってくるとそうもいかない。
食料も同様に、エティリィがどこからともなく仕入れてくる魔物の肉では限界がある。
流通ルートの確保とか、色々やらないといけないことは残っているけど、まずはこの二点をどうにかしないとね。
外で特訓中の主要メンバーに集合してもらおう。
「と、いうことで現状問題となっている防衛設備と食料問題について意見を聞きたいと思う」
舞台を居間に移して会議を始める。
参加者は僕の他、ガンドさん、エティリィ、セティリア、テュールといったいつもの顔ぶれ。
全員席に座ればいいのに、エティリィだけはそれを良しとしなかった。こういう場面では、頑として僕の背後に立つことを譲らない。
ちなみにセティリアが書記として紙と羽ペンを用意している。
「ふむ。防衛についてだが、現状はまるで機能していないな。今再び人間共が現れたら一溜まりもなかろうて」
最初に意見を出してくれるのはやはりガンドさんだった。僕と同じように防衛については心配していたようだ。
「そうですね。それについて僕に考えがあるんですが、今のところ防衛に回せる戦力はどの程度ありますか?」
「儂直属の近衛が三十人。元軍属の者が百といったところだな。後者においては戦力として加えていいかわからん者もおるからして、実際には更に少なくなろうよ」
戦力としては心許ない。まともに軍として組織することはできないだろう。
でもまあ、防衛だけを考えたら十分かな。
「なるほど、それだけいれば十分ですね。防衛箇所を絞るため、街を城壁で囲んでしまおうと思います。ただ、どの程度の規模にすれば良いものか、意見を伺いたく」
「壁か……なるほど若であれば容易いことか。であれば、現状より一回り程度広く考えておけばよいのではないか。必要に応じて増やすことは可能なのだろう?」
「そうですね。魔力が持てば追加もできますし、とりあえずそのくらいにしておきますか。大した規模でも無し、城門は二つあれば足りますかね」
「十分であろうな。できれば見張り用の塔も用意して欲しいところだが」
「わかりました。用意しましょう。城壁構築後の配備と防衛に関してはガンドさんにお任せしても?」
「相分かった。次こそは確実に守りきってみせよう」
大きく頷いて了承してくれる。頼もしいね。
ガンドさんは元々魔王城の守護神とも呼ばれていた人物だ。守りに関して、これほど頼りになる人は他にいない。話もトントン拍子に進むし、一任してしまって構わないだろう。
「頼りにしてますよガンドさん。では続いて食料事情について、誰か意見はあるかな?」
見渡すが、特に誰からも意見の出る様子はない。ふむ困った。
「では、私から良いでしょうか」
後ろから声が聞こえた。手を上げたのはエティリィ。
積極的に参加するつもりはなかったけど、誰も意見がないなら自分が。といった感じかな。
ひとつ頷いて、続きを促す。
「外へ食料調達に行く際よく目にするのですが、一部富裕層による支援が行われているようです。現状で特に飢餓状態は感じられません。ですが、このまま頼りきりというわけにもいかないでしょう。マスターの食事に関しては私の命に変えても必ず用意しますが、一般市民の方までは流石に手が回りませんので、食料の自給が軌道に乗るまでは安定した仕入先を確保する必要があると考えます」
「一部富裕層? それは知らなかったな。今度話を聞いてみようかね」
一通り意見を延べた後、頭を下げて一歩下がるエティリィ。
食料についてはそこまで深刻でもなかったのかもしれない。富裕層というと貴族連中か商人の類だろうけどありがたいことだ。ただの親切とも思えないし、何かしら目的があるんだろうけどさ。
「食料については、その富裕層とやらから直接買い付けることができれば解決の目処がたつかな? となれば先立つものが必要になりそうだね。セティリア」
「ひゃ、はい!」
書記の役目を果たすべく必死に紙に向かっているセティリアに声をかける。
まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったのか、驚いたように顔が跳ねた。
「緊急で資金が必要になりそうなんだ。うちには財宝はあっても現金がないから、換金しないといけない。てことで、お使いをお願いしてもいいかな?」
こういった仕事は、片道とはいえ転移魔法が使えるセティリア向きだと思う。
「はい! ですが、この付近の村や街ではそれほどの資金があるとは思えません。少々長い買い物となりますが構いませんか?」
「まあ仕方がないね。別に魔族の街に拘らないで、人間のところに行ったって構わないよ。お金の価値は変わらないんだしさ」
「人間の街、ですか……しかし殿下、私は彼等の言語を理解できません」
「あー……それならテュールも一緒に連れていって。言葉はわかるだろうし、今後の予行練習ってことで」
「お、ようやく俺の出番か? セティリア先生のお守りってのが不安要素ではあるが、了解したぜ」
「お守り……ま、まあいいでしょう。交渉事は任せますよテュール」
不承不承といった感じながらも、指示には素直に従う二人。
「僕からはこんなところかな。他に何か気になっていることがあれば言ってほしい」
「一つ、よいか?」
声を上げたのは再びガンドさん。
「はい、お願いします」
「若の理想については以前に伺った。であれば、そこに至るまで、人間共と事を構えるつもりは無いと思ってよいのだろうか」
「そうですね。降りかかる火の粉は払う必要がありますが、こちらから積極的に仕掛けるつもりはありません。まあ勇者アグリルに関しては早急に接触する必要がありますけどね」
襲撃や略奪を行うつもりはない。例え飢えていたとしても、こちらから仕掛けてしまえば友好条約なんて言ってられなくなってしまう。
魔王軍の第一人者として常に人間と戦っていたガンドさんにとっては、生温いと言われても仕方がない。反対される事すら覚悟して、僕の考えを伝える。
「なるほど……本当に、彼奴等とは違うのだな……」
しかし、ガンドさんは特に責めるでもなく、むしろその傷だらけの顔に柔らかい笑みを浮かべながら、僕の話を聞いてくれた。
「若であれば可能かもしれん。その日が来ることを楽しみにしていよう」
僕の話を全て聞いた後、そう締め括ってくれた。
兄二人については、早めに動きを抑えなくてはならない。そのためにも急いで魔王とならなければ。
ここで街を興せば勇者の方から来てくれると思っていたけれど、少し甘かったかな。
「他には何かあるかな? 無ければお開きにするけども」
全員の顔を見渡すが、特に発言しそうな感じはしない。
「よし、ではセティリアとテュールは資金調達へ。倉庫から適当に持っていって構わないからね。ガンドさんはこの後城壁作りに付き合ってください。エティリィはいつも通りでよろしく」
「はいっ!」
「了解しました!」
「うむ」
「あいよー」
最後にまとめて指示を出すと各々から返事があがるが、全く統一性がない。どれが誰かは言うまでもないだろう。
なんとも締まらない終わり方だけど、まあいいか。
再建の進む街を歩く。まともに歩くのは初めてかもしれない。家建てるのはドセイさん任せで適当にやってたからなあ。
こうして自分の足で歩いてみると、思っていたよりも人が多いことに驚く。軽く数千人くらいは集まっているんじゃないだろうか。僕のところに顔を出していたのはほんの一握りに過ぎなかったらしい。
エティリィが言っていたように、特に飢えている様子は無さそうで、皆が精力的に活動しているように見えた。
というかドセイさんが作った以外にも結構な数の家が建っているんだね。木造建築がちらほら確認できた。
件の富裕層とやらを探しながら歩いたけど、どうやら今日はいなかったみたい。そのまま町外れまで来てしまった。このままもう少し進んだところが、城壁の建設予定地となる。
「いやあ、こうやって見てみると、復興も進んでるものですね」
「そうだな。若にはこれらの人々を守る責務があるということを、決して忘れてはならんぞ」
「はい。最善を尽くすつもりです」
さて、建設予定地に到着した。
いつものようにドセイさんに来てもらう。
「おうおうおう! 最近精霊使いが荒いんじゃねーのか!? 流石の俺も腹一杯になっちまわあな!!」
「アーッス! またオッシャーッス!」
「まあウィル坊の頼みならしゃあねえやな! 今日は何をさせようってんだい。また家が必要か? それともついに魔王城でも建てちまうか?」
ドセイさんは相変わらずの職人さんだ。自然、こちらの姿勢も変わろうというもの。
「家は少し落ち着いてきたんですが、今日は街をぐるっと囲む城壁をお願いしたいなと思いまして。ついでに見張り塔なんかもできれば最高です」
城壁のイメージや塔の数、位置なんかを伝えていく。ちなみに指示してるのはガンドさんで、僕は最早ただの通訳。
「なるほどな。こりゃウィル坊でなけりゃできそうに無い仕事だあな。かなり魔力を食うと思うが、構わねえかい」
「昨夜はしっかり寝たので大丈夫です! がっつり行っちゃってください!」
「いよっしゃ任された! 空でも飛べねえと入り込めない城壁に、どこまでも見渡せる見張り塔にしてやらあ!」
ドセイさんは全身に力を込めるように、ウヌヌヌと唸りだす。
やがてその体が光を帯びてきた頃、両手を地面について一言。
「ふんぬっ!!」
鼓膜が破れるんじゃないかってほどの轟音と共に、地形が変わる。
ゴウンゴウンッ! と地面から壁が次々と突き出してきて、街を外の世界と隔別していく。
壁は天に向かって成長を重ね、僕の魔力を恐ろしい勢いで消費する。
一瞬とも永遠とも感じられる時が経ち、そろそろ魔力の残量が怪しくなってきた頃、ついにそれらが完成した。
うーん。でかい。
前に地下室を作ったときもそうだったけど、ドセイさんは何をするにしてもスケールがでかい。
例の超大型巨人だって、この高さは覗きこめないだろうな。確かに空でも飛ばないと侵入は難しそうだ。
そして各所に建てられた見張り塔はそれ以上の高さだっていうんだから驚きを隠せない。交代のために昇降するだけで疲れてしまいそう。せめて内部にトイレだけでも設置してあげようかな。
塔の最上階には鐘がついていて、なにかを発見したらすぐに知らせることができる仕組みとなっていた。
試しに門から外に出てみる。
門の横に、なんかいた。
「ドセイさん。これは一体なんでしょうか」
「おう! いつものゴーレムさな! ウィル坊の魔力で動くようにしてあるから上手く使ってくんな!」
ドセイさんはどこまでも誇らしげな表情。
以前の地下室階段にもいた石像。それが2体、門を守るように配置されていた。
例によって精巧な造りで、それぞれ男女の騎士といった風貌をしている。剣と盾を持ち、鎧を纏い、頭には羽根飾り付きの兜。
見た瞬間に脱力して倒れ込みそうになったのは、魔力切れのせいだけでは無いと思う。
だってさ。でかいんだもの。
前に見た奴は僕よりも小さい、一般的な人形だったけど、今回はその十倍くらいある。
これ絶対あれでしょ。Xガンで覗いたら骨とか見えちゃうやつでしょ。
こんなん動かしたらどれだけの魔力を消費するのか見当もつかない。試す機会があればいいけど、さてどうなるやら。
明日になって魔力が回復したら結界もかけて頑丈にしなくっちゃね。