39:旅立ちの準備をします②
「まったく、何事かと思ったぜ。いきなり助けてくれなんて言うからよ」
「すまん、助かった。まさか一人がここまで心細いとは思わなかった」
今俺は、村で偶然出会った二人と一緒に昼食をとっている。
異世界一人旅行はちょっと難易度が高すぎた。俺にはまだ早い。
天下の往来で挙動不審になっていた俺に声をかけてくれたシャイヤンとスニーオを、有無を言わせぬ勢いで店まで連れ込んだ次第です。
二人も丁度飯屋を探していた最中だったらしく、快く付き合ってくれた。ちなみに食費は俺持ち。
「で? 一人で何をしてたんだ。前に連れてた可愛い子ちゃんはどうしたんだ?」
「ああ、エティなら今ちょっと遠くにいる。今の相方とは夕方待ち合わせなんだが、それまで自由行動なんだよ。この村のこと、あまり詳しくないから困ってたんだ」
ちょっとぼかしながら事情を説明する。
「この村だったら案内してやろうじゃんか。なあスニーオ?」
「いいんじゃない? トールには大きい借りもあるから少しでも返さないとね」
渡りに船とはまさにこのこと。地元民……かどうかはわからないが、この二人がしばらくここを拠点にしていることは知っている。当然、色んな店にも詳しいはずだ。
「すまん。正直助かる。悪いけどお願いしてもいいか?」
「いいってことよ、心友。で、どこに行きたいんだ? 先に行っておくが観光名所なんて無いからな」
「あったとしても、男三人でそんなとこ行きたくねえよ。 とりあえず服を買いたいんだ、服。」
「あ、服なら僕の従兄弟が出してる店がこの近くにあるよ。安くしてもらえるかもしれないし、行ってみようよ」
スニーオがナイスな提案をしてくれた。ありがてえありがてえ。
他人の奢りだからといって遠慮しないのが冒険者なのか、お代わりの上にデザートまできっちり食べてから店を出る。
「ここ。この店だよ」
スニーオの言う店は割と近くに存在した。
やはり店の中は確認できないが、看板から察するに確かに服屋だろう。
そして俺はこの店に覚えがあった。というか、数十分前に来たチャラい店だった。
「ここがスニーオの親戚の店とな……」
「そうだよ。従兄弟が一人でやってる店だけど、結構繁盛してて、この辺では有名なんだぜ?」
自慢気に胸を張るスニーオ。冷や汗が止まらない俺。何も考えてなさそうなシャイヤン。
俺、二度と来るなって言われたんだけど入ってもいいのかな……会った瞬間襲われたりしないだろうか。
「どうしたのさトール、そんなに汗かいて。早く行くよ」
言いながらドアを開けて中に入ってしまう。
こうなっては仕方がない。俺も覚悟を決めてついていくことにしよう。
多分さっきのは機嫌が悪かっただけなんだ。もしくは俺じゃなくて俺の背後霊に怒ってたんだ。そうだ間違いない。
「ヘラッシェー。あン? なんだスニーオじゃねーか。また模型の作り方でも教わりに来たか? それとも俺のフェラリン号でドライブでも行きたいのか?」
「久し振りスニキチさん。今日はそういうのじゃなくて、友達が服を欲しがってるから紹介したんだよ」
突っ込みどころ満載な会話だが、その前に紹介されてしまった。スニーオは体を半分ずらし、後ろの俺がチャラい店員、もといスニキチさんの視界に入るようにする。
「あ、ど、どうもこんにちは……」
ここまで来て逃げるわけにもいかず、まずは挨拶。落ち着け俺。まだ慌てる時間じゃないぞ。
スニキチさんは俺の姿を認めるや、さっきまでの友好的な表情はどこへやら。阿修羅のような顔に変化していった。
「てっめ! モッニドックッナッチェッタラーガー!」
最早それは人間の言葉ではない。
こんなのどうやって返せばいいのか。
「ッダッチェッタヒャッカシェッタラテッメッテンダラーナ!」
真っ赤な顔で唾を飛ばしながら謎の言葉を叫ぶスニキチさん。冷静なスニーオの親戚とはとても思えなかった。
というか、ここまで嫌われるようなことをした覚えがないのだが、何も買わずに店を出るというのはそんなに失礼な事なのだろうか。
謝っても許してもらえる気がしないなこれは。
逃げよう。もう逃げよう。俺は頑張った。だからもう、ゴールしてもいいよね?
「サッセンシタァー! シッツァレッシャーッス!」
呪文には呪文で返し、逃げるように店を出た。
あぁ。シャバの空気がうまい……。
いつもなら不愉快な人混みも、どこからか漂ってくる嫌な臭いも、今の俺には救いに感じる。
自由。そう、俺は自由なんだ。あんな狭い店内で未知との遭遇をする必要なんてないんだ!
「いったいどういうつもりだよ! いきなり出ていくなんて!!」
店から逃げ出したあと物陰に隠れていたら、スニーオに見つかってしまった。
俺の潜伏を見破るとは、なかなか良い眼をしている。
「いやだって見ただろ? いきなり怒鳴られたのはこっちなんだぜ」
「それは確かにそうだけど……スニキチさんがあんなに怒ってるのなんか初めて見たよ。トール、前に何かあったの?」
「それが全然まったくさっぱりなんだよ。一度店に入ったらやたら絡まれたから、そのまま逃げ出したくらいだ」
「うーん……そのくらいじゃ流石に怒らないと思うんだけどな……まあ仕方ない。後で僕から事情を聞いておくよ。スニキチさんはああ見えて顔が利くから、仲良くしておいた方がいいと思うよ」
気持ちはありがたいが、あれと仲良くなれる気がしない。感謝の意だけ述べておこう。
「もっと他に、店員があまり声をかけてこないような服屋ってないのか? ゆっくりざっくり選んで買いたいんだが」
「なんだ、そういうのがいいなら俺に任せとけよ!」
「おお、シャイヤンいたのか!」
ずっと黙っているから気付かなかった。こんな巨体が近くにいるのに気付かないとは、俺の頭も未だ混乱から抜け出せていないらしい。
「いたのか、とは随分なご挨拶じゃねえか。まあいい。簡単に服を買うならいい店があるぞ。俺もよく行くとこなんだよ」
「でかいのしか置いてないとか、そういうオチはいらないからな?」
「お、おう当たり前だろ。任せとけよ」
任せとけとは言うものの、その笑顔は怪しい。頬に流れた汗を俺は見逃していない。きっと舐めたら嘘をついている味がするはずだ。
「俺が悪かったよ。頼むから普通の店を紹介してくれ」
「なんだ、普通の服がいいの? 魔法耐性とか、水をはじくとかの効果がついてないやつでいいの?」
「そうそう。そんな特殊効果はいらないんだ。汚れたら洗うから普通の服でいいんだよ」
ようやくわかってもらえた。というか、さっきの店はそんな特殊な服を扱っていたのだろうか。
少し興味はあるが、もうあの店には行けないし、諦める他ない。
「ここなんかはどう? ただの服なら腐るほど置いてあるけど」
次いで案内して貰ったのは、まさに大衆用の服屋。広い店内には服がみっちりと並べられ、用途別に分類されている。
店員は元気な声をあげているが必要以上に客に絡むこともなく、店内を見廻り、客から声をかけられた場合にのみ対応を行う。
そしてまた服の値段が安い。シャツは大体が銅貨五枚から十枚といったところで、下着なんかは三枚セットが銅貨十枚で売られているほどだ。
また、服がメインであることは確かだが、店の奥では寝具や子供用の玩具なんかも展示されている。
服の種類も豊富だ。産まれたばかりの赤子用から、御老輩の方用まで様々。おはようからおやすみまでお世話になります。
俺の理想とする服屋のイメージそのままだった。
「これ! これだよ! こういうのを求めてたんだよ!!」
「そ、そう? それならよかった。ここは僕のパパが経営してる店の一つだから、少し位はおまけしてくれるかもよ」
「え、スニーオって実はいいとこのお坊ちゃんだったのか?」
「言ってなかったっけ? 僕のパパは世界中で展開してる衣服店『とりむら』の経営者だよ」
こんなファンタジーの世界で全国チェーン展開。それに店の名前と、このレイアウト。
何よりもこいつらの名前。
もはや疑う余地もない。
「俺は確信したぞ。お前の親父さん、異世界人だろ」
「え!? えーと……」
返答に困ったか、シャイヤンを見上げるスニーオ。それは正解ということでよろしいか。
視線を送られたシャイヤンは少々曇った顔をしている。やはり異世界人というのはばれたらまずいことなのか。シーナからの忠告が思い出される。
シャイヤンは腕を組み、暫くの間思案していたがやがて諦めたように溜息ひとつ。
「まあばれたらしゃあねえな。トールの言うとおり、俺達の親は異世界人だ。両親ともニホンって国から来たらしい。色々あって、姓は変えたみたいだけどな。元々の名前は俺達も知らん」
物憂げそうに肩をすくめて説明してくれる。
「例によって特殊な力があったらしくてな。一時期は四人で冒険者をやっていたみたいだが、俺らが産まれるのを機に引退したらしい。スニーオの親なんか家族揃って召喚されてるんだぜ。どんな規模の召喚術だってんだよな」
どうやら俺以外にも日本人は何人か存在しているようだ。いったいどんな立場で呼ばれ、どんな能力を保持しているのだろう。一度会って話をしてみたい。
ともかく、シャイヤンは自分達の身の上を話してくれた。俺だけ隠しておくのはアンフェアというものだろう。
シーナからは秘密にしておけと言われたけれど、この場合は構わないよな。
「両親が日本人ってことは、この言葉はわかるのか?」
試しに日本語で話し掛けてみる。
シーナが来てからずっとこちらの言葉を使っていただけに、なんだかずいぶん久し振りに話した気がした。
俺の言葉に、シャイヤンとスニーオは面食らった表情。
珍しい名字というのは前に言われたが、まさか日本人とは思っていなかったらしい。両親の名字も知らないみたいだし、そんなものか。
「それ、ニホンゴってやつだよな。ということはトールの親もニホンジンなのか?」
「いや、俺が日本人だよ。召喚されたんだ。俺」
驚きを隠せないといった様子の二人に、俺の事情をかいつまんで説明する。
森のなかで呼ばれたことや、ここ以外の人里を知らないこと。これから外の世界に旅に出ることまで。
念のため、ウィルさんの名前や魔族であることは伏せておいたが。
「ははあ……苦労したんだなトールも。だから着替えも持っていないのか」
「そうなんだよ。金だけはそこそこ余裕あるんだが、使える店がわからないと意味が無くてな」
「事情はわかった! 俺達にできることならなんでも協力するから、いつでも言ってくれな!」
「すまん。ありがとうな」
シャイヤンの優しさに少し目頭が熱くなってしまう。
まさかこんなところで日本の関係者に会えるとは思ってなかったからなあ。
そのまま二人の両親の話や俺の話をしながら服を探して回る。
下着含めて一週間分くらいあれば十分だろうか。洗って干すこともできるしな。ついでにタオルなんかも多めに買っておこう。
精算するためレジに向かうと、スニーオが店員に何やら耳打ちしていた。一体何を話したのかは不明だが、何故かすべての商品が九割引に。
御曹司のコネ力、マジパネェっす。
「早速助けてもらっちゃったな。ありがとうな」
「いいっていいってこのくらい。それより、トールはこれからどうするつもりなの?」
「んー。行方不明になった友人を探して回る予定だけど、まずは相方の故郷に行こうと思ってるよ。場所は知らん」
「そっか。もし王都リザニアに寄ることがあったら、僕らの実家にも顔出してみてよ。それなりに有名だから、力になれると思うよ」
「そうだな。そうさせてもらうよ。日本の話もしてみたいしな」
挨拶を交わし、店の前で別れることにした。
日も傾いてきてることだし、俺も宿に戻るとしようか。荷物を纏めて夕飯。そして明日はついに出発だ。
シャイヤン達も旅をして回っているようだし、またいつか会うこともあるだろう。得難い友人に感謝し、帰路についた。