2:クラスチェンジ
おはようございます。
目を覚ますと森のなかでした。
正確には、森のなかにできた巨大なクレーターの中心部でした。
隕石か何かが落ちてきたのか、木々が吹き飛んであたりは大変なことになっている。
……うん。僕ですね。落ちてきたのは。
生身でメテオストライクかましてしまったらしい。ごめんよ森さん。
せめて落下地点に誰もいなかったことを祈ります。
さて状況を整理してみよう。
ここはどこ?
わかりません。どこかの森です。とりあえずあたりに誰かいそうな気配はありません。
私はだあれ?
大魔王ヴォルヴィエルグの息子、ウィルナルド殿下である。控えおろう。わははは。
……どうもまだ混乱しているらしい。
落ち着け。こんなときは素数を数えて落ち着くんだ。
素数は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字。わたしに勇気を与えてくれる。
2、3、5、7……駄目だよ素敵眉毛の神父さん。これあんまり意味ないよ。
まずは深呼吸。スーハスーハ、ヒッヒッフー。
よし落ち着いた。
落ち着いたならば今までの事を考えてみよう。
ステップ1、いつものように漫画を漁っていた。
ステップ2、父から呼び出された。
ステップ3、殴られた。
以上。
なるほど、全然わからない。
そもそも、たかが10年ちょっと引きこもってただけで処刑宣言とか厳しすぎる気がする。
そのくせ腹を守れだとか。とっさに反応できたからいいものの、あれ僕じゃなかったら普通に死んでると思う。
というか、一瞬のことすぎたから周りからしたら僕が殴られてそのまま爆発四散したようにしか見えなかったんじゃないだろうか。
ん? 父の目的はそこかな?
処刑したように見せかけて、その実ただの追放で済ませた?
なんでそんな面倒なことをするんだろうか。やはりわからない。
わからないけど、とりあえず僕はまだ生きている。生きているから歌うんだ。いや歌わないけどさ。
よし父の目的はわかった。わからないけどわかった。そして追放されたこともわかった。
家に帰ることはもう諦めるべきだろう。
となれば今後も生きていくために衣食住を確保しないといけない。
しかしここでまた問題が。
まず、ここが人間の領域だった場合。
現在魔族と人間は戦争状態にある。
つまり、下手に出歩いて人里に出ようものなら大混乱となる。最悪の場合は勇者だ英雄だのが呼ばれて襲ってくることになる。
応援を呼ばれる前に町全体を滅ぼすことも出来なくはないだろうが、結局は調査隊が送られてきて襲われるだろう。
というか、そもそも戦争とかしたくないし。僕は理性と慈愛の魔族なのさ。
次に、ここが魔族の領域の場合。
支配している魔族が身内であったなら父に通報されてしまうだろう。
そうなれば今度こそどうなるかわからない。殴られるくらいじゃ済まないことは確かだろう。
支配している魔族が身内でなかった場合は更に良くない。
そもそも、魔族同士は基本的に仲が悪い。お互い殺し合うくらい仲が悪い。
魔族と人間で戦争をしているが、魔族同士でも争いは起こっているのだ。
人間という共通の敵がいても、手を取って頑張りましょうとはならない。まあそれは人間も同じようだけども。
そんなわけで、もし敵対している魔族に見つかった場合は即襲われる。
それも一度見つかったら死ぬまで追われることになる。
万が一死なずに捕虜にでもなろうものならそれこそ想像を絶する未来が待っていることだろう。
あれ、この状況詰んでない?
城から出たのなんて初めてだけど、世の中ってここまで生きにくいものだったんだ……。
降りかかる火の粉は振り払うつもりだけど、できれば争い事は避けたいところ。
幸いにしてあたりに魔力や人間の気配は感じられないけど……。
よし、決めた。ここだ。この森に住んでしまおう。
外に出るのが危険ならこのまま引きこもってしまおう。
住む場所を探して森のなかをうろうろ。
小一時間ほど歩いたところで、いい感じの洞窟を見つけた。
近くに川も流れているおまけ付きで。
この川を辿っていけば村か街かがあるのだろうけど、別に僕は遭難しているわけではないので人里を目指すことはしない。
とはいえ生きていくためには水が必要なため、この洞窟をひとまずの住まいにしてみよう。
洞窟のなかは狭かった。
どれくらい狭いかって。中に入った時点で行き止まりが見えるくらい狭い。
奥に進むための通路があるでもなし、一目で何もないとわかってしまうくらいの狭さだ。
このまま住むことはできないが、誰かに見つかっても特に調べられそうにないこの洞窟は僕にとってうってつけだった。
「大地にあまねし土の精よ、我が求めに応じ、その姿を顕現せよ、我が名において命ずる、母なる大地を創造せよ」
僕の言葉に応じて、ポウッとした光が足元に灯る。
そちらに目を向けると、微かな光を纏ったちっこいおじいさんがいた。
見た目はほぼ人間のおじいちゃん。
違いと言えば、手のひらサイズであることと尖った耳をしている程度か。
精霊。それはこの世界のどこにでも存在し、自然の現象を司っている。
風が吹くのも、雨が降るのも、地震が起こるのも全て精霊の御業だ。
通常であれば人前に出てくるような存在ではないが、彼らの力を暫定的に行使してもらう方法がある。
それが今僕が使った精霊魔法だ。
普段は自然の中にある魔力を食事としている彼らに対して、術者の魔力を提供することにより仕事を依頼することができる。
とはいえ、精霊を呼び出すことは生半可なことではない。
そもそも呼び出すのに大量の魔力を消費する上に、仕事の代価としても魔力を求められるのだ。しかも精霊は基本的に頑固で我儘。更には快楽主義な上にあまり先の事を考えることをしない。
ついでに魔力にも味があるそうで、提供した魔力が気に入らないと適当な仕事をされたり、そもそも引き受けてくれなかったりする。
術者と精霊の関係は大体がその場かぎりで終わることになるが、稀に魔力の味を気に入った精霊の方から専属契約を持ちかけてくることがある。
お互いが仕事内容と報酬に納得できれば、ここで契約することによって次からも同じ精霊を呼び出すことができるようになり、晴れて精霊使いとして名乗ることができる。
同じ土の精だけでも無数に存在しているが、その中の1柱でも契約を結ぶことができれば人間の世界では生涯仕事に困ることは無くなる、らしい。
そりゃそうだよね。例えば水の精霊と契約すれば干ばつ知らずになるし、洪水や津波の被害も回避できるようになる。
これが火の精霊であれば戦争に大活躍だ。火の玉を降らすことや相手の足元をマグマに変えることすらできてしまう。
そしてそれが土の精霊ならば。
「おうなんだウィル坊じゃねえか。またしみったれたとこに呼び出しやがって! なんだどうした! 俺になにさせようってんだい!」
「ァーッス! ッシャーッス! オッシャーッス! いや実はですね。ここの地下に家を建てようと思いまして。是非とも先生にお力添えを頂けないかと」
腰を90度に曲げて挨拶と仕事を頼む。
この精霊は僕の契約している土の精霊、名前はドセイさん。土の精霊だから。
契約してからもう何年になるかわからないけど職人気質なドセイさんにはなんとなく頭が上がらない。
立場的に本来術者のほうが優位なはずだけどこればっかりはどうにもならないところだ。
「おっ。あの引きこもりのウィル坊がついにダンジョン建設ってか! よっしゃ俺が腕に縒りをかけて最難関ダンジョンを建ててやろうじゃねえか! そこにウィル坊の魔力があれば配備するモンスターも選り取りみどりってなもんさな! 来訪者を迷わせる複雑な構造! 緻密に配置された恐ろしい罠! おっと気を付けろそこの陰からモンスターがお前を見ているぞ! 一度入れば二度と太陽はおがめない、そんなダンジョンを見せてやらあ!!」
土の精霊の得意分野は地形操作。
地下室を掘るくらいなら朝飯前であり、この世界の各地に存在するダンジョンも彼らの作品である。
無論、ダンジョン作りには精霊術者の魔力が必要となるため、術者の力量によって難易度に差は出てくるのだが。
ところが今はそんなことをしている場合じゃない!
「いえ先生、今はまず僕の住むところを確保しなくてはならなくなりまして。地下にちょっとした空間と入口の擬装をお願いします」
「あぁん? なんでえダンジョンじゃねえのか! ちっ。せっかくウイル坊の魔力をたらふくいただける機会が来たと思ったのによお! ただの地下室なんてなんの面白味もねえな。ほれ、さくりとやっちまおうかい」
言うが早いか、ドセイさんの輝きが増していく。
「あっ。ちょっと待っ……」
「ふんぬっ!」
慌てて止めようとするが間に合わない。
まだ詳細も伝えてないのに!
ドセイさんの掛け声にあわせて目の前に階段が出現した。
「ふぅ。出来たぜウイル坊。中を確認してくんな」
「あ……あぁぁぁ……ええと……はい……お疲れ様です……」
胸を張ってどや顔のドセイさん。
結構な量の魔力を持っていかれたせいで体がだるいです。
精霊は仕事量に応じて魔力を消費するわけで。
魔力量に関してはそこそこ自信のある僕が気だるさを覚えるくらい魔力を吸われたわけで。
あぁ。なんかもう見るのが怖くなってきた。
かといって回れ右で逃げ出すわけにもいかないので、ドセイさんと一緒に地下に降りていく。
はい。階段長い。地下深い。
なにこれ全然たどり着かないんですけど。
ドセイさんあんた仕事しすぎだよ。どんだけ気合入ってるんだよ。
ちなみに地下に降りる時に契約している光の精霊を呼び出しておいた。
名前はコーセーさん。光の精霊だから。
コーセーさんに所々明りをつけてもらっているおかげで、外と変わらないくらいに視界は確保されている。
うん。明るい。おかげでよく見える。壁一面になんか彫刻されてるのがよく見える。
しかも等間隔で石像も置かれてる。全身鎧の騎士だったり、幼い少女だったり、魔族や人間がごっちゃになって統一性は無いけども、その全てが今にも動き出しそうなくらい精巧にできている。正直不気味。
これはどこの国の誰をモデルにしただとか、こいつは精霊の扱いが悪かっただとかいちいちドセイさんが説明してくれているのを聞き流しながら階段を降りていくと、ようやく地下室にたどり着いた。
「さあ到着だ。どうだい。俺の作品は? 自慢じゃないがここまでのものを作れる精霊は土の精霊でもそうはいないと思うぜ」
「どうだって言われても、向こう側が見えないんですけど。左右の壁も見えないんですけど。コーセーさん、ちょっと全体を照らしてもらっていいですか」
コーセーさんは一つ頷くと天井目掛けて飛んでいった。
光の球に目だけがついたようなコーセーさんは話すことができない。それでもこっちの言うことは理解してくれるので特に問題はないのだけれど。
ややあって、天井にたどり着いたコーセーさんが全体に光を灯してくれる。
するとようやく地下室の全体像が見えるように……見えるように……見え……。
結論からいうと、見えた。確かに全体が見えるようにはなった。でもね、なんか向こう側の壁がものすごーく遠くに見えるの。
「ドセイさん、あのあの。僕ちょっとした地下室をお願いしてたんですけども」
「おうよ。だからちょっとした城を建てられるくらいの深さと、ちょっとした城下町が収まるくらいの広さにしといたぜ? あぁ安心してくんな。この下に水路用の通路も通してあるから下水道も完備できてるぜ。あとは水の精霊でも呼んで水を張ってもらいな。契約してんだろ?」
どうやら見解の相違があったもよう。
まぁ出来ちゃったものは仕方がない。
このまま放置するわけにもいかないし、折角気合を入れてくれたドセイさんにも申し訳ない。
「うぅ。了解しました。ちょっと広い気もしますけどありがとうございます。あと入口の偽装の方はどうでしょうか」
「おう、それなら来る途中に終わらせておいたぜ。ウィル坊の魔力に反応して開閉できるようにしておいたから後で試してくんな。見た目には洞窟がここにあるなんて誰も気付かねえようにできたと思うぜ。あぁついでに途中にあった石像な、あれもウィル坊の魔力で動くようになってるからよ。いざという時に役立ててくれや。んじゃ、俺は帰るからよ。また何かあれば呼んでくんな!」
あ、あれ動くんだ。
動き出しそうで怖いと思ってたけどやっぱり動くんだ!
「アッザーッス! お疲れ様です! またオッシャーッス!」
例の如く90度の礼をして見送ると、ドセイさんはフワッとその場で消えていった。
精霊が普段どんな生活をしているかはわからないが、呼べば来てくれるということは割と暇を持て余しているのかもしれない。
さて、それじゃ寝床を確保することにしましょうか。
ウィルナルドの! 3分ハウジング!
まずはポケットから箱を取り出します。
おもむろに箱のなかに手を突っ込みまして、お目当ての材料を確保します。
材料を地面に置いたあと圧縮解除の呪文を唱えます。
はい。完成品がこちらにあります。
テッテレー。
どこかで読んだ料理本風にやってみたけど、10秒もかからなかった。
木造二階建ての我が家。玄関開ければ広めのホール。客室数はちょっと少な目の6部屋。あとは居間に台所。更には風呂トイレ付き。
でもまあ一人で暮らすには十分すぎる広さでしょう。
いやー、空間魔法って素晴らしい。僕もいつか覚えてみたいな。便利そうだし。
家のなかにも照明をつけてもらって、自由に明るさをいじれるようにしてもらってからコーセーさんにもお帰りいただいた。
家財道具一式揃っているのに、なんでランタンとかついていないんだろうか。謎だ。
ともあれ、実家を追い出されてから居場所を求めて幾星霜。
うん? 1日か? まあいいや。
ついに、念願の我が家を手に入れたぞ。
自室警備員から自宅警備員に転職だ!
なんだかんだで疲れたし、今日はもう休もう。
おやすみなさい。