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残念魔王と異世界勇者  作者: 真田虫
第二部 それぞれの道編
36/76

33:いざ、冒険の旅へ

~トール~


 掛け金は、互いの命。

 場にカードは出揃った。これ以上のレイズはできず、勝負を降りることも叶わない。それは即ち、死を意味することなのだから。

 手札が揃えば、あとは勝負する他に道はない。自分の手札が相手のそれよりも優れていることを祈りながら。

 絶対に負けることの許されない戦いが、今始まろうとしている……。

  

 

 それは、まさに一瞬の出来事だった。

 旅に出ることを決意したその日、とりあえずいつもの村に行こうと移動を始めた直後。

 俺たちの目の前に、そいつが飛び出してきた。

 強靭な四肢は狙った獲物が逃げることを許さず。

 短く逆立った毛並みに分厚い脂肪は半端な刃物は通さない。

 口から飛び出す鋭い牙は、獲物の命を刈り取るに十分な切れ味と威力を備えている。

 そして……まるっこいシルエットと、つぶらな瞳は俺のハートをキャッチして離さない。

 うりぼう。猪の子供。

 都市部ではあまり見かけないが、場所によっては馴染みの深い、そんな動物。

 うりぼうの近くには必ず親猪がいる。そんなこと、都内で生まれ育った俺が知っているはずもなく。

 思わず飛び付いてしまいました。だって可愛いんだもの。

 

「シーナシーナ! 見てこれすっげー可愛いんだけど!」

「ん? 何見つけたの……って、ゾーアの子供じゃん! やばいよそれ、親が絶対近くにいるよ!?」

 

 ゾーア。聞き覚えのある名前だった。あぁ、よく店で食べてた肉か……あれ猪だったのか。ちょっと硬い豚肉だと思ってた。

 やばいと言われても、すでにうりぼうは俺の手中にある。短い手足をばたつかせて、ピィピイ鳴いているのがまた可愛い。

 

「え、これ魔物なの? 愛玩動物じゃないの?」

「バカなこと言ってないで、すぐ逃がした方がいいよ。親が出てきたら危ないんだか……ら……」

 

 シーナが言い終わるかどうかのタイミングで、俺の後ろからミシミシと、何かの軋む音が聞こえてくる。

 振り返ると、太さで直径1メートルはあろうかという木が、こちらに向かって倒れてくる所だった。

 視界から森が消え、代わりに倒れてくる木が大きくなっていく。

 慌ててシーナを庇おうとするが、とっくに安全圏に避けていた。

 俺も必死に転がって、危険範囲から脱する。

 転がった弾みで、抱っこしていたゾーアの子供が逃げてしまうが仕方がない。

 木の倒れてきた場所を見ると、親と思われるゾーアが俺の方を向いていた。

 見た目は猪。前に写真やテレビで見た、日本の猪とさほど変わらない。

 でもさ、決定的に違うんだよね。大きさが。

 俺の知ってる猪は、大きくても牛くらいのイメージ。

 目の前にいる親ゾーアは、象くらいでかい。なにこれ乙◯主? タ◯リ神?

 さっきのうりぼうが近寄っていくあたり、やはり親なのだろう。あんなに可愛いのに、大人になったら化物になってまうん?

 親ゾーアは俺を睨み付けながら後ろ足で地面を擦っている。完全に臨戦態勢だ。向かってこられたら逃げられる気がしない。

 

「シーナ、これってかなりやばくないか?」

「ああもうっ! だから言ったのに! ゾーアの子供を捕まえるなんて、トールってバカなの!? アホなのっ!?」

 

 ひどい言われようだが、これは言い訳できない。

 でも、まさか親が来るとか思わなかったし、しかもこんなでかいとか反則だろ。

 

「逃げられる気がしないな。やるしかないだろ」

「まあゾーアは元々、戦闘力600くらいあれば勝てる相手だけど……あたしは撹乱くらいしかできないから、期待しないでよね」

「600でいいなら楽勝だな。ついに俺の本気を見せるときが来たようだ」

 

 ルナにお願いできることを試してるうちに、俺の戦闘力は2000を越えるほどに成長していた。

 600でいい相手なら問題なく勝てるはずだ。でもウェルフは別。あいつに会ったら動けなくなる自信がある。

 

「よし、行くぞ。ルナー!」

 

 まずはルナを呼ぶ。俺とシーナだけでこんな化物勝てる気がしないもの。

 

「ん。トール呼んだ?」

「ルナ先生、あいつをやっちゃってください」


 親ゾーアを指差し、ルナに頼む。

 精霊使い。精霊に力を借り、その能力を引き出す者。

 とどのつまり、究極の他力本願職。

 ルナに魔力を提供するだけの簡単なお仕事です。

 暗黒空間にバラまいてやる!

 

「わかった。消すね?」

 

 ルナがゾーアに向けて手を向けると、その動きに反応したのかゾーアがこちらに向かって突進してくる。

 猪突猛進とはまさにこのこと。頭を低くし、障害物は全て薙ぎ倒すと言わんばかりの勢いで突き進む。

 うわああ! めっちゃ怖ええ!

 こんなのに踏まれたらひとたまりもない。戦闘力600とか絶対嘘だろ!

 まあ俺にはルナがついているからして、不安は全くないが。

 ルナが、ゾーアに向けた手を開く。すると、以前鎧相手に実験したように、ゾーアの全身が黒い霧に包まれた。

 この時点ですでに突進の威力は殺されている。

 そしてルナがその手を握ると、黒い霧は圧縮されていき、中の親ゾーアごと姿を消した。

 

「終わった。ごちそうさまでした。またね」

 

 闇に消えていくルナを見送る。

 かなりの魔力を持っていかれたため、気だるさが酷いがなんとか倒れずにすんだ。俺も成長したもんだ。

 

「いつ見ても怖い魔法だね……」

 

 隣のシーナが体を抱きながら呟く。

 確かに恐ろしい攻撃力だと思う。生き物相手に使ったのは初めてだが、中はいったいどうなってしまったのだうか。ルナは消滅させたとか言ってたが……。

 しかも対象のサイズ関係無しか。俺の魔力がもっと増えれば、町ひとつ神隠しとかできるようになったりして。やらないけどさそんなこと。

 

「さて、当面の危機は去ったとして、あのうりぼうはどうしようか」

「肉にして売ってもいいけど、子供は基本的にリリースでいいんじゃない? 育った方がもっと肉取れるようになるし。ていうか今の魔法だと何も回収できないね」

「ああ確かに。ブラックホー◯クラスターは最終手段にしたほうがいいかもな。俺の疲労も半端ないことになるし」

 

 俺がつけた技名に、なにそれ? みたいな顔をされる。ブラックホール技といえばクラスターだろうに。全く、ロマンのわからん娘ですよ。

 ウィルさんならわかってくれたかなあ。あ、でもゲームネタは通じなかったか。

 

 うりぼうもとりあえず逃がして大丈夫みたいだし一安心。正当防衛とはいえ、親を殺してしまった罪悪感はあるから、子供まで手にかけなくなかったのだ。元々はこっちが悪いわけだしな。すまんゾーア。

 しかしここで緊急の問題が。

 

「シーナさんシーナさん?」

「なんですかトールさん?」

「助けてください。歩けそうにありません」

 

 いやー、だめだ。倒れこそしなかったけど、とても歩けそうにない。

 腰が抜けた訳じゃないからね。魔力切れだからね。

 

「はぁ、仕方ないね。ほら、肩貸したげるから」

「サーセン。お世話になります」

 

 傍まで来て屈み込んでくれたシーナに遠慮なく掴まる。まさか女の子と肩を組める日が来るだなんて。しかも猫耳だぜひゃっほう! なんかいい匂いもするんだぜ!

 

「あ、先に言っとくけど、耳に触ったら捨てていくからね」

「お、おおう。安心しろよ。そんなことするわけないだろ?」

 

 あぶない。置いていかれるところだった。

 紳士。俺は紳士。紳士は我慢できる子。我慢できる子は耳触らない。

 オレ、ミミ、サワラナイ。


「どうしよっか。洞窟近いし、戻って一旦休む?」

「いや、あそこはもう戻らない方がいいと思う。少しでも村に近付いて野営しようぜ」

「あいよー。それじゃもう少し頑張りますか」

 

 旅に出ようと決心して飛び出したんだ。飛び出したその日のうちに戻るのは格好つかないし、置き手紙まで残したところに帰るのは恥ずかしい。

 肩借りてる立場で悪いけど、シーナにはちょっと頑張ってもらおう。

 

 

 今日はさっさと休むことした。

 野宿もすっかり慣れたもので、焚き火の灯りで本を読む余裕すらある。

 せっかく魔導書を買ったんだし、ちょいちょい読んでおかないと。

 早く俺も魔法を覚えていかないと、ルナに頼りっきりの戦闘じゃまたシーナに迷惑をかけてしまうしな。

 やっぱり頼れる兄貴としては、妹をおぶって歩くくらいの甲斐性を見せたいもんだ。おぶったところでシーナのスタイルだと楽しくないだろうけどね。

 おっと睨まれてしまったぞ。心が読まれたか?

 余計なことは考えないで本を読み進めよう。そんで落ち着いたら魔法の練習をしよう。

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