表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/76

二人の少女


 ~エティリィ~

 

 夕食の材料を確保するため森を散策していると、突然強い魔力を感じました。

 マスター程ではないものの、この森にいる魔物でないことは確かです。

 ではいったい何者なのでしょう。マスターは問題としないでしょうが、トール様にとっては驚異となるおそれがあります。捨て置くことはできません。

 夕食の準備は一度諦めて、魔力を感じる方向へ。

 発生源はすぐに見つかりました。

 木漏れ日を浴びて輝く白銀の鎧。手にした槍は、まるで芸術品でもあるかのように、精巧な細工が施されています。

 全身に鎧を纏っていますが、そのシルエットから察するに女性なのでしょう。頭部まで覆う兜で表情を隠しているのはいただけませんね。

 一目見ただけで、只者ではないとわかりました。

 いざ争いとなれば、無傷で制圧することは能わないでしょう。 もっとも、私の敬愛するマスターは争い事を好みませんが。

 

「そこの方。この森では見ない顔ですが、どのような御用向きでしょうか」

 

 まずは対話により、相手の意図を探りましょう。魔物でないのなら、話が通じるはずですから。

 その方は私の姿を認めると、弾かれたように後方に跳躍しました。初対面の相手に失礼な方ですね。

 

「その反応……何かやましいことをしていたと判断しても、宜しいですね?」


 不審な相手はまず捕らえます。そのあとはマスターとトール様にお任せです。

 まあ、どうせ許してしまうのでしょうけど。シーナ様のときのように。

 剣を抜き、中段に構えると、相手から慌てたような声が聞こえてきました。

 

「ま、待て! 待ってくれ! その姿はいったい何だ! どうなっているんだ!?」

「何を仰っているのか、わかりかねます。釈明はマスターの前でなさってくださいませ」

 

 最早言葉は不要。あちらも槍を構えていますし、とりあえず捕らえてから考えることにしましょう。

 一息に距離を詰め、袈裟斬りに仕掛けましたが、この攻撃は軽く防がれてしまいました。

 おや、一撃で仕留めるつもりでしたが、思っていた以上の実力者のようです。

 こちらの剣を防いだ姿勢から軸足を切り替え、槍を繰り出してきました。一、二、三発。突き出しが速ければ、引き戻しも速い攻撃ですが、剣を使ってなんとか軌道を逸らします。

 マスターからいただいた魔剣でなければ、今の攻撃で折れていたことでしょう……あちらの槍も相当な業物と見えます。

 その後も幾度となく刃を合わせました。

 斬り、薙ぎ、突き、払う。

 攻防を重ねる度に、受け流しきれなかった槍の先で私の体に傷が増えていきます。致命傷になるような物ではありませんが、数が増えれば無視できる物でもなくなります。

 何より、マスターより賜ったこの身体。触れていいのはマスター以外にトール様のみです。

 貴女如きが気安く触れてよいものではありませんッ!

 さてどうしてやりましょうか。

 一瞬でも隙があれば、その細い体を鎧ごと三枚に捌いてみせるのですが、なかなかその隙が見当たりません。

 相手の突きを受け流した後、すぐに反撃しますがまた距離を取られてしまいました。

 強く睨み付けながら構えを直すと、ついにその時が訪れます。

 背後に、マスターの気配を感じたのです。

 こんなに接近するまで気付けなかったとは、集中していたとはいえ、迂闊でした。

 

「マスター!? なぜここに!? この相手は危険です! お下がりください!」

 

 マスターはフーセー様を従えておりました。おそらく、参戦なさるつもりなのでしょう。

 マスターの力を持ってすれば制圧は容易いことと思われますが、これほどの相手。万が一があっては困ります。

 マスターの出現に少なからず動揺しましたが、それは相手も同じだったようで。

 先程までの殺気が霧散し、その顔は私ではなくマスターに向けられていました。

 これ程の隙、見逃す手はありません。

 三枚に卸すべく、まずは最初の一刀を。背骨を避けつつ、縦真っ二つに斬り上げます。

 相手から見れば完全な不意討ちだったはずですが、私の一撃は回避され、兜を払うのみに留まります。

 兜を失い、その顔を晒した相手は、私に反撃をするでもなく、マスターに向かって叫びをあげました。

 

「ウィルナルド殿下! ああ! ようやくお会いすることができました!!」

 

 

 

 セティリアと呼ばれたその少女を、マスターは家まで招き入れました。

 私としては不服ですが、マスターの意向に逆らうわけにもいきません。ここは大人しく従いましょう。

 まあ、お茶なんて出しませんが。

 セティリアは正座させられたまま、話を始めました。

 魔王が崩御された。次の魔王を選出するために勇者を倒さなければならない。マスターにも勇者討伐に参加してもらいたい。

 マスターを魔王城から追放しておいて、その力が必要になったから戻ってこいと?

 なんと虫のいい話もあったものです。思わず殺してしまいそう。

 ここで処分しておけば、何も聞かなかったことにできるのではないでしょうか。

 マスターはここでの生活を大層気に入られてるはず。

 私としても、マスターやトール様、シーナ様との暮らしは大変有意義なものとなっております。

 下らないお家争いなどで失っていいものではありません。

 ましてや、マスターは争い事がお嫌いです。こんな話に耳を貸す必要すらありません。ご命令一ついただければ、即座にこの者の首をはねてみせましょう。

 しかし、その指示が出ることはありませんでした。

 それどころか、マスターは魔王軍に戻るとまで仰っていました。

 何故?

 納得できない私に、マスターは自分の考えを説明してくれましたが、やはり私には理解しかねるものでした。

 マスターが戦争を無くすために動くというのはわかります。また、トール様と御一緒であればそれが実現可能だということも。

 ですがそれは、今の生活を捨てるほどの価値があるのでしょうか。

 理解はできませんが、マスターの御意向には逆らえません。無理矢理納得することにしましょう。


 

 魔王軍に戻ることが決まり、準備を始めようとしたとき、突然、セティリアが呪文の詠唱を始めました。

 なんの呪文かはわかりませんが、とりあえず放っておきましょう。あまり積極的に関わりたくもありませんから。

 そして、放置したことをすぐに後悔しました。

 まさかこの女、トール様たちが帰宅される前に転移魔法を発動させるとは……。

 以前はマスターの御世話役をしていたそうですが、こんな無能で役に立つのでしょうか。

 あちらに残られたトール様の身が案じられます。

 シーナ様もついていることですし、とりあえずは大丈夫だと思いますが……。

 今は、こちらをどうにかしないといけませんね。

 どこまでもお伴いたしますよ。マスター。

 

 

 

 

 

 ~シーナ~

 

 トールがやばい。

 どのくらいやばいかって、今にも発狂しちゃうんじゃないかってくらいやばい。

 

 事の発端は、村でアナウンスが聞こえてきたこと。森で魔力反応があったとか。

 多分ウィルのことだろうなって、あたしは気にしなかったけど、トールとしては何か思うところがあったみたい。

 急いで家に帰ってみたら大惨事だよ。何が起きたのかわからないけど、家が丸ごと綺麗に無くなっちゃってた。

 ウィルやエティリィさんの姿も見当たらない。トールなんてその場に崩れ落ちちゃうしさ。

 そこからがやばかった。

 到着したのが真夜中だったし、その日はすぐに休むことにしたけど、朝起きてもトールの様子は変わってなかった。

 あたしが寝る前と同じように、座ったまま、ずっとぶつぶつと何かを呟いてるの。

 突然消えたウィルたちが心配なのはわかるけど、あたしとしてはトールの方が心配だよ……。

 こんな時、あたしはトールに何をしてあげられるんだろう。

 友達として、仲間として、家族として……女として。

 ……最後のは無しかな! うん!

 トールのことは嫌いじゃない。どっちかっていうと好きだと思う。

 見た目はまあ普通だけど性格は悪くないし、ちょっとスケベなところはあるけど、意外と頼りがいもある。

 異世界人だけあって能力も高いしね。精霊使いとか驚いたし、素直にすごいって思った。

 生まれてこの方、まともな恋愛なんて経験したことがないからわかんないけど、この人と一緒にいたいって気持ちはある。

 やたらとあたしの耳や尻尾を触ろうとしてくるけど、どこまで本気なんだろう。耳を触らせてくれなんて、獣人からしたらありきたりなプロポーズの言葉なんだけど……。

 多分、わかってないんだろうな。本当の意味を知ったらトールはどうするだろう。それでも同じ事を言ってくれるかな?

 もし本気で言われちゃったらどうしよう。断れる気がしないや。

 

 っと、あたしのことはどうでもよかった。今はトールだよね。

 このまま放っておくのはまずいと思う。顔色も良くないし、遠くない未来に心も体も壊れちゃうよ。

 外の様子も気になるけど、今のトールを一人にはできないな。どうしよう……。

 結局その日は何もできなかった。せいぜいが、トールが視界から外れない範囲でその辺を探索するくらい。

 手掛かりの一つも見つけられなかった。

 あ、それでも夜は頑張ったよ。

 ……変な意味じゃないからね?

 ずっと動かないトールをなんとか説得して、布団に寝かせた。

 横になってすぐに寝息が聞こえてきたから、ちゃんと寝てくれたと思う。やっぱり疲れてたんだろうね。

 代わりにあたしはずっと起きて見張りをしておいた。

 入口を塞いだとはいえ、何が起こるかわかんないもん。

 

 そして異変が起きた。

 最初は灯り。次は空気。そして水。

 その順番で、精霊の力が消えてしまった。

 トールはまだ寝てるから、あたしも騒ぐわけにはいかない。

 なんとか闇に慣れてきた目で、荷物からランタンを取り出して準備する。

 まだ灯りはつけないでおこう。トールが起きてからでいいから。

 

 暫くするとトールが目を覚ました。それにあわせて、ランタンに灯をともす。

 どうにも頼りない灯りだけど仕方がないよね。無いよりは全然マシ。

 精霊の力が無くなった理由はトールにもわからないみたいだった。

 ルナを呼び出してようやく原因が判明。ウィルが解除したか、遠くに行ったか、死んでしまったか。

 力が消えるのには時間差があったから、死んでしまったというのは除外していいかな?

 解除にしても時間差をつける必要はないし、遠くに行ったんだと思う。

 生きているんなら探せばいい。トールも同じ事を考えてたみたい。

 まずはどこから行こうかな。トールは土地勘が無いだろうし、あたしが引っ張っていかなきゃ。

 噂を集めるなら、やっぱり大きい街に行くのがいいのかな。もしくは魔族も集まるような場所がいいのか……。

 あ……ちょっと閃いた。

 

「あ、じゃあさじゃあさ。あたしの故郷を目指してみるのはどう? そんなに遠くもないし、暫定的な目的地としてさ」


 提案したのは、あたしの故郷。飛び出してから暫く帰ってなかったし丁度いい。

 それに、目的はもう一つあった。

 

「それもいいなあ。シーナの故郷って、もしかして皆獣人だったりするのか?」

 

 思った通り、食い付いてきた。

 もう一つの目的。それは、トールの耳好きがあたしだけなのか、それとも獣人なら誰でもいいのか確認すること。

 

「冒険者とかも来るから全員ではないけど……住んでる人はほとんどが獣人かな?」

「よし行こう、すぐ行こう、今から行こう!」

 

 この男ッ!?

 あたしは特別だ、なんて淡い期待もあったのに、そうでもなかったかもしれない。

 故郷に着く前にちゃんと文化の違いを叩き込んでおかないと……。

 まあ何にせよ、トールが元気になってくれて良かった。

 今後ともよろしくね。トール。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ