二人の少女
~エティリィ~
夕食の材料を確保するため森を散策していると、突然強い魔力を感じました。
マスター程ではないものの、この森にいる魔物でないことは確かです。
ではいったい何者なのでしょう。マスターは問題としないでしょうが、トール様にとっては驚異となるおそれがあります。捨て置くことはできません。
夕食の準備は一度諦めて、魔力を感じる方向へ。
発生源はすぐに見つかりました。
木漏れ日を浴びて輝く白銀の鎧。手にした槍は、まるで芸術品でもあるかのように、精巧な細工が施されています。
全身に鎧を纏っていますが、そのシルエットから察するに女性なのでしょう。頭部まで覆う兜で表情を隠しているのはいただけませんね。
一目見ただけで、只者ではないとわかりました。
いざ争いとなれば、無傷で制圧することは能わないでしょう。 もっとも、私の敬愛するマスターは争い事を好みませんが。
「そこの方。この森では見ない顔ですが、どのような御用向きでしょうか」
まずは対話により、相手の意図を探りましょう。魔物でないのなら、話が通じるはずですから。
その方は私の姿を認めると、弾かれたように後方に跳躍しました。初対面の相手に失礼な方ですね。
「その反応……何かやましいことをしていたと判断しても、宜しいですね?」
不審な相手はまず捕らえます。そのあとはマスターとトール様にお任せです。
まあ、どうせ許してしまうのでしょうけど。シーナ様のときのように。
剣を抜き、中段に構えると、相手から慌てたような声が聞こえてきました。
「ま、待て! 待ってくれ! その姿はいったい何だ! どうなっているんだ!?」
「何を仰っているのか、わかりかねます。釈明はマスターの前でなさってくださいませ」
最早言葉は不要。あちらも槍を構えていますし、とりあえず捕らえてから考えることにしましょう。
一息に距離を詰め、袈裟斬りに仕掛けましたが、この攻撃は軽く防がれてしまいました。
おや、一撃で仕留めるつもりでしたが、思っていた以上の実力者のようです。
こちらの剣を防いだ姿勢から軸足を切り替え、槍を繰り出してきました。一、二、三発。突き出しが速ければ、引き戻しも速い攻撃ですが、剣を使ってなんとか軌道を逸らします。
マスターからいただいた魔剣でなければ、今の攻撃で折れていたことでしょう……あちらの槍も相当な業物と見えます。
その後も幾度となく刃を合わせました。
斬り、薙ぎ、突き、払う。
攻防を重ねる度に、受け流しきれなかった槍の先で私の体に傷が増えていきます。致命傷になるような物ではありませんが、数が増えれば無視できる物でもなくなります。
何より、マスターより賜ったこの身体。触れていいのはマスター以外にトール様のみです。
貴女如きが気安く触れてよいものではありませんッ!
さてどうしてやりましょうか。
一瞬でも隙があれば、その細い体を鎧ごと三枚に捌いてみせるのですが、なかなかその隙が見当たりません。
相手の突きを受け流した後、すぐに反撃しますがまた距離を取られてしまいました。
強く睨み付けながら構えを直すと、ついにその時が訪れます。
背後に、マスターの気配を感じたのです。
こんなに接近するまで気付けなかったとは、集中していたとはいえ、迂闊でした。
「マスター!? なぜここに!? この相手は危険です! お下がりください!」
マスターはフーセー様を従えておりました。おそらく、参戦なさるつもりなのでしょう。
マスターの力を持ってすれば制圧は容易いことと思われますが、これほどの相手。万が一があっては困ります。
マスターの出現に少なからず動揺しましたが、それは相手も同じだったようで。
先程までの殺気が霧散し、その顔は私ではなくマスターに向けられていました。
これ程の隙、見逃す手はありません。
三枚に卸すべく、まずは最初の一刀を。背骨を避けつつ、縦真っ二つに斬り上げます。
相手から見れば完全な不意討ちだったはずですが、私の一撃は回避され、兜を払うのみに留まります。
兜を失い、その顔を晒した相手は、私に反撃をするでもなく、マスターに向かって叫びをあげました。
「ウィルナルド殿下! ああ! ようやくお会いすることができました!!」
セティリアと呼ばれたその少女を、マスターは家まで招き入れました。
私としては不服ですが、マスターの意向に逆らうわけにもいきません。ここは大人しく従いましょう。
まあ、お茶なんて出しませんが。
セティリアは正座させられたまま、話を始めました。
魔王が崩御された。次の魔王を選出するために勇者を倒さなければならない。マスターにも勇者討伐に参加してもらいたい。
マスターを魔王城から追放しておいて、その力が必要になったから戻ってこいと?
なんと虫のいい話もあったものです。思わず殺してしまいそう。
ここで処分しておけば、何も聞かなかったことにできるのではないでしょうか。
マスターはここでの生活を大層気に入られてるはず。
私としても、マスターやトール様、シーナ様との暮らしは大変有意義なものとなっております。
下らないお家争いなどで失っていいものではありません。
ましてや、マスターは争い事がお嫌いです。こんな話に耳を貸す必要すらありません。ご命令一ついただければ、即座にこの者の首をはねてみせましょう。
しかし、その指示が出ることはありませんでした。
それどころか、マスターは魔王軍に戻るとまで仰っていました。
何故?
納得できない私に、マスターは自分の考えを説明してくれましたが、やはり私には理解しかねるものでした。
マスターが戦争を無くすために動くというのはわかります。また、トール様と御一緒であればそれが実現可能だということも。
ですがそれは、今の生活を捨てるほどの価値があるのでしょうか。
理解はできませんが、マスターの御意向には逆らえません。無理矢理納得することにしましょう。
魔王軍に戻ることが決まり、準備を始めようとしたとき、突然、セティリアが呪文の詠唱を始めました。
なんの呪文かはわかりませんが、とりあえず放っておきましょう。あまり積極的に関わりたくもありませんから。
そして、放置したことをすぐに後悔しました。
まさかこの女、トール様たちが帰宅される前に転移魔法を発動させるとは……。
以前はマスターの御世話役をしていたそうですが、こんな無能で役に立つのでしょうか。
あちらに残られたトール様の身が案じられます。
シーナ様もついていることですし、とりあえずは大丈夫だと思いますが……。
今は、こちらをどうにかしないといけませんね。
どこまでもお伴いたしますよ。マスター。
~シーナ~
トールがやばい。
どのくらいやばいかって、今にも発狂しちゃうんじゃないかってくらいやばい。
事の発端は、村でアナウンスが聞こえてきたこと。森で魔力反応があったとか。
多分ウィルのことだろうなって、あたしは気にしなかったけど、トールとしては何か思うところがあったみたい。
急いで家に帰ってみたら大惨事だよ。何が起きたのかわからないけど、家が丸ごと綺麗に無くなっちゃってた。
ウィルやエティリィさんの姿も見当たらない。トールなんてその場に崩れ落ちちゃうしさ。
そこからがやばかった。
到着したのが真夜中だったし、その日はすぐに休むことにしたけど、朝起きてもトールの様子は変わってなかった。
あたしが寝る前と同じように、座ったまま、ずっとぶつぶつと何かを呟いてるの。
突然消えたウィルたちが心配なのはわかるけど、あたしとしてはトールの方が心配だよ……。
こんな時、あたしはトールに何をしてあげられるんだろう。
友達として、仲間として、家族として……女として。
……最後のは無しかな! うん!
トールのことは嫌いじゃない。どっちかっていうと好きだと思う。
見た目はまあ普通だけど性格は悪くないし、ちょっとスケベなところはあるけど、意外と頼りがいもある。
異世界人だけあって能力も高いしね。精霊使いとか驚いたし、素直にすごいって思った。
生まれてこの方、まともな恋愛なんて経験したことがないからわかんないけど、この人と一緒にいたいって気持ちはある。
やたらとあたしの耳や尻尾を触ろうとしてくるけど、どこまで本気なんだろう。耳を触らせてくれなんて、獣人からしたらありきたりなプロポーズの言葉なんだけど……。
多分、わかってないんだろうな。本当の意味を知ったらトールはどうするだろう。それでも同じ事を言ってくれるかな?
もし本気で言われちゃったらどうしよう。断れる気がしないや。
っと、あたしのことはどうでもよかった。今はトールだよね。
このまま放っておくのはまずいと思う。顔色も良くないし、遠くない未来に心も体も壊れちゃうよ。
外の様子も気になるけど、今のトールを一人にはできないな。どうしよう……。
結局その日は何もできなかった。せいぜいが、トールが視界から外れない範囲でその辺を探索するくらい。
手掛かりの一つも見つけられなかった。
あ、それでも夜は頑張ったよ。
……変な意味じゃないからね?
ずっと動かないトールをなんとか説得して、布団に寝かせた。
横になってすぐに寝息が聞こえてきたから、ちゃんと寝てくれたと思う。やっぱり疲れてたんだろうね。
代わりにあたしはずっと起きて見張りをしておいた。
入口を塞いだとはいえ、何が起こるかわかんないもん。
そして異変が起きた。
最初は灯り。次は空気。そして水。
その順番で、精霊の力が消えてしまった。
トールはまだ寝てるから、あたしも騒ぐわけにはいかない。
なんとか闇に慣れてきた目で、荷物からランタンを取り出して準備する。
まだ灯りはつけないでおこう。トールが起きてからでいいから。
暫くするとトールが目を覚ました。それにあわせて、ランタンに灯をともす。
どうにも頼りない灯りだけど仕方がないよね。無いよりは全然マシ。
精霊の力が無くなった理由はトールにもわからないみたいだった。
ルナを呼び出してようやく原因が判明。ウィルが解除したか、遠くに行ったか、死んでしまったか。
力が消えるのには時間差があったから、死んでしまったというのは除外していいかな?
解除にしても時間差をつける必要はないし、遠くに行ったんだと思う。
生きているんなら探せばいい。トールも同じ事を考えてたみたい。
まずはどこから行こうかな。トールは土地勘が無いだろうし、あたしが引っ張っていかなきゃ。
噂を集めるなら、やっぱり大きい街に行くのがいいのかな。もしくは魔族も集まるような場所がいいのか……。
あ……ちょっと閃いた。
「あ、じゃあさじゃあさ。あたしの故郷を目指してみるのはどう? そんなに遠くもないし、暫定的な目的地としてさ」
提案したのは、あたしの故郷。飛び出してから暫く帰ってなかったし丁度いい。
それに、目的はもう一つあった。
「それもいいなあ。シーナの故郷って、もしかして皆獣人だったりするのか?」
思った通り、食い付いてきた。
もう一つの目的。それは、トールの耳好きがあたしだけなのか、それとも獣人なら誰でもいいのか確認すること。
「冒険者とかも来るから全員ではないけど……住んでる人はほとんどが獣人かな?」
「よし行こう、すぐ行こう、今から行こう!」
この男ッ!?
あたしは特別だ、なんて淡い期待もあったのに、そうでもなかったかもしれない。
故郷に着く前にちゃんと文化の違いを叩き込んでおかないと……。
まあ何にせよ、トールが元気になってくれて良かった。
今後ともよろしくね。トール。