28:異世界生活二度目の人里満喫です ~榊原 透~
家を出てから二日目の夕方、なんとか暗くなる前に村に辿り着くことができた。
道中で魔物と出会うこともなく、平穏無事に着いてしまった。それでも前回より遅くなったのは、途中で色々な植物を採集していたせいである。
空間魔法のかけられた道具袋を持っていると知ったシーナが、食べられる野草や果物、クエストによく出される薬草などを片っ端から詰め込んでいったのだ。
運が良ければ多少の資金稼ぎができるだろう。
以前にエティと来たときも会話はしていたが、シーナもまたよく話す娘だった。こちらの常識を知らない俺に、あれこれ説明してくれる。
効率のいいクエストのこなし方、いい装備の選び方、手に入れたアイテムの捌き方などなど。
その殆どが、俺にとって有益な情報だ。エティといたときはお互い常識知らずで苦労したから、シーナの存在は非常にありがたい。
ちなみに、物品の相場の話になったとき、前回露店で販売したことを伝えたら盛大に馬鹿にされた。ウィルさんの家にある装飾品は安くても金貨四十枚くらいの価値があるらしい。まじかよ。
村に着いた俺たちは、とりあえず夕食をとることにした。場所はシーナお薦めの店。安くて早くて安心らしい。
どこかの水道屋さんみたいな謳い文句だな。むしろ安心じゃない飯屋もあるということなのか。
「よし、ここはお兄さんが奢ってやろう。好きなものを食べたまえ」
「おっ! トール太っ腹! じゃあ肉! 肉食べよう肉!」
俺の言葉に、なんの遠慮もなく肉を注文しまくるシーナ。別に安いから構わないんだけど、もうちょっと節度とか無いものかね君。
まあいいか。今日は肉パーティーだ!
ちなみにシーナが一番薦めてきたゾーアの骨付き肉は、表面がかりっと焼かれており、一口かじる度に肉汁が溢れて非常に旨かった。見た目は完全にマンガ肉だったけど。
「いやー。食べた食べたー! もう入んない。ごちそうさまっ!」
「本当によく食べたなお前。しかも途中から酒飲んでただろ。子供のクセに」
店を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
街灯に照らされた道を二人並んで歩く。
「へっへーん。あたしはもう15 だから、お酒くらい飲めるんですー。あれあれー? ひょっとしてトール君は飲めないんですかー?」
「15なんて全然子供じゃねーか。若いうちから酒なんか飲んでると大きくならないぞ」
「大きくならない!? ちょっとトール、今どこ見て言った!?」
おっといけない。自然と目線がそこに行ってましたか。
まあ今は確かにまな板……、もとい、品のある胸をしていらっしゃるが、まだ15歳。未来の希望を捨てる年ではないだろう。
「大丈夫だ。まだ希望はあるよ。夢を捨てずに頑張れ!」
「ふにゃー! それどういう意味!? 気にしてるのに! 気にしてるのにぃっ!!」
サムズアップで慰めてやったのに怒られた。女心は複雑だな。
そんな他愛ない会話をしながら歩いていると、宿屋に到着。ここも、シーナがこの村での拠点にしていたところだとか。
「おやシーナちゃん。久し振りだね。暫く見なかったから狼にでも食べられちゃったのかと思ってたよ」
シーナの姿を認めるや、随分な挨拶をしてくれる宿屋のおばちゃん。
「おばちゃん久し振りー。またお世話になりたいんだけど、部屋空いてるー?」
シーナの方も慣れているのか、特に気分を害した風もなく話を進めている。
「そうさねえ。今なら二人用の部屋と一人用の部屋が空いてるけど……」
そこまで言ってから、おばちゃんはよくやく俺の存在に気付いたのか、驚いたような表情を見せる。
「あらやだ。シーナちゃんが男連れで帰ってきたよ。そっちの狼に食べられちゃったってことかい?」
「ちょっ! 何言ってんのおばちゃん! 違うからね! そういうのじゃないからねっ! ちょっと、トールもニヤニヤしてないで否定して!」
どうしよう。他人がいじられている姿を見るのはとても面白い。
相手がエティだとちょっと緊張する俺でも、シーナ相手なら何故か遠慮せずに済む。ここはおばちゃんに加勢するのが正解と見た!
「おいおいシーナ。今更何を言ってるんだ。耳を触らせてもらった仲じゃないか」
「ふぎゃっ!? 」
「あらあらあら!? 獣人が耳を触らせるだなんて、もうそこまでの関係なの? あのシーナちゃんがねえ……」
「違うからっ! 確かに触られはしたけど、あれは事故みたいなもんだから! あぁ、もういいよ! 残った二部屋とも貸して! あたしは広い方貰うからね!」
「あらごめんなさいねシーナちゃん。たった今、広い部屋が埋まっちゃって、一人部屋が一つしか残ってないのよ。安くしとくからそこで我慢してもらえないかしら」
「ずっとあたしらと話してるのに、なんで部屋が埋まるのさー!」
シーナの叫びが宿屋にこだました。
結局おばちゃんの押しに負けて、一人部屋に二人で泊まることに。
事ここに至って、悪ノリしたことを反省していた。
日本でビジネスホテルに泊まったことはないが、こっちの世界の宿屋は狭い。ウィルさん邸にある自室と比べると四分の一くらいの面積しかない。ベッドが一つ置かれていて、あとは荷物を置くためのスペースが少々といった感じ。
シーナは部屋に入るなり、風呂に行ってくると言い残して出ていった。荷物を置いて、着替えだけを持って。
信用されているのかもしれないが、ちょっと不用心すぎやしませんか。
こちとら若くて健康な青少年。その目の前に、年下とはいえ、女の子の荷物。おそらく中身は着替えとか着替え。あと着替えとかも入っているだろう。
変態と言うことなかれ。男子たるもの、この荷物をスルーすることは本能的に不可能なのだ。
しかし待て、落ち着け。これは罠かもしれない。
シーナは風呂に行くといったが、部屋を出たところで待っていて、俺の動きを監視しているかもしれない。
それか、荷物の中身の配置を全て覚えていて、帰ってきたあとに確認するかもしれない。
もしくは、開けた瞬間に何か大きい音が鳴ったり、爆発するような仕掛けがあるかもしれない。
自動車の教習所でも習ったことだ。『かもしれない運転』で行くべきだろう。結局免許を取得する前にこっちに来てしまったけども。
まずは確認だ。ゆっくりとドアに近付き、開放する。
廊下に人の気配は無かった。外で見張っていることはなさそうだ。
となれば、本当に風呂に行っていることになる。暫くは帰ってこないだろう。
チャンスだ。これは全然もてない哀れな俺に、神様が与えてくれた千載一遇のチャンスだ。
もしかしたら、何も罠なんてないかもしれない。
全然警戒されていなくて、ただ荷物を置いていっただけかもしれない。
よし。もう罠があったら諦めよう。そのときはそのときだ。
きっとその中には男の理想郷が広がっているはずだ。
覚悟を決めて、荷物に手を伸ばす。
さあ、あと少しでパライソに到達できるぞというとき、夕食帰りのシーナの顔が思い出された。
楽しそうに話している顔。街灯に照らされた、お酒を飲んですこし赤みを帯びた顔。
……今俺、ひょっとして最低なことをしているんじゃないだろうか。
一気に冷静になる。危なかった。こんなところが見つかったら完全に嫌われてしまう。
何もせず、ベッドに転がって待つことにした。
暫くベッドで悶々としていると、シーナが風呂から帰ってきた。
「ただいまー。ここのお風呂、広くて気持ちいいよ。トールも入ってきたら?」
風呂上がりのシーナは、パジャマのようなだぼっとした服に着替えていた。よく見るとまだ髪が濡れている。
パジャマはともかく、濡れた髪と、どことなく漂う良い香りに少しドキッとしてしまう。
なんか急に恥ずかしくなってきた。
「お、おう。じゃあ俺も風呂行ってくるから、荷物番よろしく」
「あいよー。ごゆっくりー」
風呂に入って冷静になろう。
風呂から戻ると、シーナはまだ起きていた。
装備の点検でもしていたのか、ちょっと部屋が散らかっている。
「あ、おかえり。ごめんごめん、すぐ片付けるから」
慣れた手つきで荷物をまとめ、袋にしまう。
自身はベッドに横になり。
「さて、じゃあ寝よっか。トールはどうする? 一緒に寝る?」
そう言って、挑発的に笑う。
俺は試されているのだろうか。それとも、先ほど宿のおばちゃんと一緒にいじった仕返しなのか。
俺を甘く見ないでほしい。据え膳食わぬは武士の恥。
「おう。じゃあ一緒に寝ようか。今夜は寝かさないぜ子猫ちゃん」
なんて、とても言えません。無理です。
「俺は床で寝るので、ベッドはどうぞお使いください……」
引かれたら押せるのに、押されると弱い。俺はそんな現代っ子なんだよちくしょう。
野営のときは近くで寝てても平気なのに、密室で二人きりだとどうしても意識してしまう。
今日はもう寝よう。さっさと寝てしまおう。
で、明日からはちゃんと二部屋取るようにしよう。
「そっか残念。じゃあおやすみ。また明日ね」
「ん、おやすみ」
残念ってなんだよ!? 期待していいのかどうかわからないよ!
隣からシーナの寝息は聞こえてきたが、俺は最後の発言が気になって全然寝付けなかった。
明日は寝不足だな……。