25:異世界生活家族が増えました ~榊原 透~
目の前には、エティによって簀巻きにされた少女が転がっている。
「洞窟に入ったところでうろうろしているところを捕らえました。外には誰もいませんでしたし、誰かと連絡を取っていた様子も無かったので、単独での行動かと思います」
侵入者はたった一人の少女だった。それも亜人の。
年は俺より下だろうな。倒れてるから正確にはわからないけど、背も俺の肩くらいまでしかなさそう。
まだあどけなさの残る顔で、短い栗色の髪の間から、亜人である証拠がこれでもかってくらい自己主張していた。
猫耳。ザ・猫耳。ネイティブに言うとジ・ネコミーミ。
簀巻きのまま涙を流しながら何事か呟いているが、俺の知らない言語なのか、聞き取ることができなかった。
なんか俺の方をチラチラ見ては眼を逸らしているように感じるんだか……。
「ウィルさん、何言ってるかわかります?」
隣で放心しているウィルさんに訊ねる。
「へ? あ、あぁ、そっかトールは初めてだもんね。この子はミケ族っていって、話してるのも亜人の間でよく使われている言語だよ。エティリィ、トールに通訳をお願い」
そう言って、エティに目配せする。
「かしこまりました。『つ、捕まってしまったニャ。ウチはこれからどんニャ目にあってしまうのニャ。きっととんでもニャい目にあわされるニャ。あんニャことやこんニャことや、この作品がR-15からR-18指定に変わってしまうくらい酷い目にあわされるのニャ。間違いニャいニャ。そこの人間のウチを見る目は尋常じゃニャいニャ。あれは間違いニャく変態の目ニャ。オラオラここがいいんだろう!? とか、口では嫌がっていても体は正直なもんだぜ! とか言うタイプの目をしているニャ。あぁお父さんお母さんごめんニャさい。ウチは親不孝ニャ娘です。こんニャ汚れてしまった娘でも、故郷に帰ったら、また娘として愛してもらえますかニャ……』です」
ちょっと引いた。
何?こいつそんな事言ってるの?
確かにピコピコ動く猫耳かわいいなーとか思ってたし、触らせてもらえないかなーとか考えてはいたけど、そこまで酷いことは考えてないよ。本当だよ?
ていうか、ニャとか言っちゃってんの?どうしよう萌えるんだけど。
「この子本当にこんなこと言ってるんですか?」
「うーん。まあ当たらずとも遠からずって感じかな」
ウィルさんは苦笑い。
ふと思ったけど、外から来たなら普通に人間語で通じるんじゃないだろうか。亜人以外とは交流が無いとかでなければ。
「えーと、聞こえてる? 言葉はわかる? もしもーし」
人間語で話し掛けてみた。
「はっ! こ、言葉通じるの? ずっと知らない言語で話しているからどんな野蛮人なのかと思ってた……」
普通に会話できちゃったよ。
日本語で話してたのが良くなかったな。
「通じてるみたいだね。俺はトール。君の名前は?」
「あ、あたしをどうする気? 言っとくけど、黙ってやられはしないんだからっ! 先に噛みちぎってやるからっ!」
フカーッ! とか言いそうなくらい威嚇してくる。噛みちぎるって何をだよ。
言葉は通じているのに会話にならない。
あれ、ニャとか言わないじゃん。
エティの方を見ると、舌なんか出して笑ってた。テヘペロってか。やってくれるじゃないか。
男のロマンを踏みにじられた気分だけどまあいい。
「変なことはしないから、質問に答えてくれないかな。君の名前と、どうやって入り込んだのか」
「な、なにもしない……? 本当に……? 縛り付けて動けなくしてからあんなことやこんなことをしたり、恥ずかしいことを言わせたり、散々楽しんだあと、最後には奴隷商人に売り払って見世物にしたりしない……?」
「うん、俺はしない。でもあまりしつこいとこっちのお兄さんが何かするかもしれないな」
「ええっ、僕!? ひどいよトール。僕は紳士だよ。そんな酷いことはしないよ」
「あ、それでしたら私が有効利用しましょうか? ちょうど、テーブルの下に敷く毛皮が欲しかったんですよー」
無茶振りに対応しきれないウィルさんと、怖いことを言い出すエティ。
脅しのつもりなんだろうが、目が本気だ。お願いしたら本当に毛皮のラグを作りかねない。
「ねえ亜人さん。あっちのお姉さんは本気っぽいから、そろそろ真面目に答えてくれないかな。俺も人の形をした毛皮とか見たくないんだよ」
「は、はいぃ! え、えっと、名前はシーナ。シーナ・ア・デレ・トロンです! 冒険者やってます! 好きなものはマタタビ! ここに来たのはギルドのクエストで調べてたからです! 特にパーティーは組んでません!」
エティの脅しが効いたか、聞いていないことまでベラベラ話してくれる。
ちらちらとエティの様子を伺いながら、機嫌を損ねていないか確認していた。
「ギルドのクエスト……。もしかして、森の異変調査ってやつ?」
「あ、そうそうそれです。そのクエストで森を調べてたんです。半年前に突然できたクレーターを中心に調査してたんだけど、ここの岩山がなーんかきな臭い感じがしたからちょこちょこーっといじくってたら、いきなり岩が動き出して、中に洞窟があるんだもん。驚いたよ」
話してるうちに落ち着いてきたのか、口調が元にもどっている。
軽く話しているけど、そもそもあの入口を怪しいと思うことが普通ではない。
あれ、そういえばこの子、洞窟の中に入ってよく平気だな。俺は結界で守ってもらっているけど、シャイヤン達はウィルさんが近付いただけで気絶してたのに。
「ん? あぁ、彼女ら亜人は魔力の動きに鈍感なんだよ。だから平気なんじゃないかな。その分魔法を使えない人も多いし、代わりに五感が優れているんだ。ここが見つかったのもそういう理由かもしれないね」
聞いてみるとそういうことらしい。
なるほど、敏感だから見つかって、鈍感だから助かったのか。
この家の意外な弱点を発見した。改善が必要だな。何か手伝えればいいんだが。
「でもトール、油断しちゃ駄目だよ。いくら鈍感だからって全く気付かないってわけじゃないからね。それなりの実力者と思っておいた方がいいよ。亜人は元々異世界人の家系だし、身体能力も優れているからね」
こっそりと忠告してくれた。
「あ、あのさ……。さっきから亜人、亜人っていうけどさ、その呼び方やめてもらえないかな。なんか人間と比べて見下されてる感じがして嫌なんだよね」
「あ、悪いそれは気付かなかった。何て呼んだらいい? デミちゃん?」
「デミチャン? かわいい感じがしていいけど、そうじゃなくてさ、普通に獣人って呼んでよ」
なにか拘りがあるのだろうか。個人的にはあまり変わらない気もするが、他の種族と区別できるし分かりやすいのかもしれない。
まあ本人がそう希望するのであれば、従うべきであろう。というかウィルさんの耳打ち、思い切り聞かれちゃってるな。本当に五感が鋭いようだ。
「亜人と呼んだのは謝るよ。ところでシーナ。僕は君の取り扱いに困ってるんだけど、どうするべきかな。このまま解放はあり得ないからね?」
「ひっ! なんでもするからっ! お使いでもトイレ掃除でも靴磨きでも! だ、だから命だけは……、あと耳と尻尾触るのだけは見逃してぇっ!!」
ウィルさんの言葉に平伏すシーナ。簀巻きのまま器用に土下座している。
「って言ってるけど、どうしようか。あ、ちなみにトール、彼女らの耳や尻尾に迂闊に触っちゃ駄目だよ。あれは伴侶となる相手にしか触ることを許さない物だからね。下手に触ると殺されるか、自害されるかのどちらかだよ」
そんなものを人目に晒しながら歩かないでください! 高まりつつあった俺のリビドーをどうすればいいんだ!
困った種族もいたもんだ。自慢しておいて触ったら殺しに来るとか、どこの食虫植物だよ。
「解放するとこの場所がばれちゃって困りますけど、こんな小さい子を殺したりするのは嫌ですよ俺は」
「ではやはり、性奴隷か毛皮のどちらかですね。私にお任せください。立派に仕込んで見せますので」
「ひうっ!?」
「エティ怖いから。本気で怖がっちゃってるから、あんまりいじめないであげて」
「ですが、家のことは私一人で事足りています。手伝いが欲しいとも思いませんし、他に何か役に立てますか?」
可哀想に。尻尾も丸めてプルプル震えてる。
エティはたまに怖い子になるな。こっちと日本では命の価値観に違いがあるのだろうか。
とはいえ、本当にどうしよう。このまま放っとくわけにもいかないし……。
「僕としても、名前を知ってる相手を処分するのはちょっと抵抗があるなあ。それもまだ子供だしね。トール、何かいい手はない?」
「うーん……、都合よく記憶を消す魔法とかあったりしないんですか?」
「あるにはあるけど、危険だよ?記憶は肉体じゃなくて魂に宿るから、迂闊に操作すると魂が抜けて廃人になっちゃうよ。試してみる?」
「やめましょう。それはやめときましょうよ。ねえ、シーナは冒険者なんでしょう? 一人で行動してるくらいだし結構強かったりするの?」
ちょっと思い付いた。もし冒険者としてそれなりの実力があるなら、俺の事手伝ってもらえないかなと。
いつかは本を探すために旅にでないといけないし、エティは家のことがあるから長期間留守にできない。
皆で行けたらいいけど、ウィルさんは外に出る気無さそうだしな……。
「戦闘は苦手だよ。得意なのは調べることと逃げること。あと食べることと生き抜くこと!」
「よくわからないな。冒険者カードを見させてもらってもいい?」
「いやっ! 変態! 乙女のプライベートを覗き見する気!?」
ここまでの会話で命の心配はないと判断したか、何故か強気に出てくるシーナ。
このままでは埒があかないし、エティ先生お願いします。
俺の視線に気付いてくれたか、エティは一つ頷いて屈みこむ。ちょうどシーナの顔の上辺りで囁くように。
「ねえシーナさん。私たちはあなたの冒険者カードが見てみたいんです。痛いのと痛くないの、どちらがいいですか?」
「ひにゃっ!? ご、ごめんなさい! 見せます! いくらでも見てくださいっ!」
こうかはばつぐんだ!
完全に苦手意識を持っているみたいだな。エティの指示ならなんでも聞く気がする。
シーナは簀巻きのまま尻のポケットから器用にカードを取り出すと、そのまま起動させた。
「さ、どうぞマスター。トール様。存分にご覧になってくださいませ」
どれどれとカードを除きこむ俺とウィルさん。
シーナは何かに耐えるように、顔を真っ赤にして眼を瞑っている。
カードを見せる事ってそんなに恥ずかしいことなのか?自分で言っておいてなんだけど、ちょっと可哀想になってきた。
でも好奇心には敵いません。見させていただきます。
シーナのステータスは本人の言うとおり戦闘向きではなかった。
敏捷や器用さといった数値こそ高いものの、体力、魔力は低め。総合戦闘力は300しかない。
しかしスキルは豊富で、潜伏、罠回避、解錠など盗賊としか思えないような技を習得していた。
ダンジョンでならまだしも、日常生活で役に立つことあるのだろうか。
特筆すべきはアビリティ欄。異世界人の子孫であるためか、そこには特殊能力が記載されている。
アビリティ:幸運
なんか主人公っぽい。
こういうのを見ると、やはり俺は物語の主役にはなれないんだなと、改めて実感してしまう。
あれだろ? 要するにご都合主義な能力だろ?
何故か出会う相手が全員美少女だったり、その全員が自分に惚れてきたり、廊下でぶつかって転んだ拍子に胸を揉んだりしても許される能力だろ? 獲得資金も二倍ですか?
いいなぁ羨ましい。今俺達に捕まっている状態は不幸な気もするけど、結果的になにもされなければ、それも幸運なのだろう。
是非とも手元に置いておきたい存在だ。幸運のおこぼれ貰えるかも。
「ウィルさん、エティ、この子うちに置いてあげたらだめかな」
「んー。トールがそうしたいなら構わないけど、一応理由を聞かせてもらえるかな?」
「いつか冒険に出る際、外に詳しい人材が必要なのと、この子の能力は役に立つと考えたからです」
「うん。で、本心は?」
「猫耳少女を手離すなんて俺には考えられません!!」
「よろしい。ということでエティリィ。この子を解放して部屋を用意してあげて。異論は無いよね?」
「お二人がそう仰るのでしたら、私に否はありませんが……。シーナさん、とりあえず縄はほどきますが、逃げられるとは思わないでくださいね?」
「はっ、はいぃっ! えっとあのその、ふ、ふつつかものですが、よろしくお願いします!」
殺されないとわかってほっとしたり、エティに脅されてビクビクしたり忙しそうだが、最後にはなぜか嫁入りするみたいな謎の挨拶になった。
感情が尻尾に出るって面白いな。隠し事とか苦手そうだ。
「じゃあ改めてよろしく。俺はトール。こっちの優しそうなお兄さんがウィルナルドさんで、怖いお姉さんがエティリィさんな」
「トール様っ!?」
エティが「心外です!」みたいな声をあげるがスルー。
だってこの中で最も恐れられてるのは間違いなく君ですから。
「シーナです。よろしくねお兄ちゃん、お姉ちゃん!」
シーナがにっこり笑って挨拶する。
わかってる。これが本心からの笑顔じゃないことはわかっている。
しかし日本で一人っ子だった俺は思う。
妹は誰にもやらん。この子はワイが守るんや。と。