24:異世界生活事件発生です ~榊原 透~
精霊と契約した。
ウィルさんの手を借りてのことではあったけど、闇の精霊は俺の魔力を気に入ってくれたらしい。
意識を失う寸前だったせいで記憶が朧だが、ルナと名付けた時の興奮と、彼女の喜ぶ顔ははっきりと覚えている。
ルナが俺を求めてくれたこと。俺を必要としてくれたことが、素直に嬉しかった。
もう一度ルナに会いたい。会って話がしたい。
これだけ話せるようになったのだと、ルナに報告したい。
精霊は呼び出せばいつでも応えてくれるようだし、用さえあれば呼んでも構わないらしい。
そのためにも、早く精霊語を覚えなくては。
今はまだ呼び出すための言葉しかわからないし、それすらも意味はわからず、暗唱しただけだ。
自分の言葉で話せるようになるまでは、呼び出さないと決めた。
毎度ウィルさんに通訳を頼むわけにもいかないからな。
そりゃあ、勉強にも熱が入るってもんだ。
目下的な勉強方法はウィルさんの作ってくれた辞書。
人間語を勉強したときのように、ウィルさんがまた辞書を作ってくれたのだ。それも、俺が寝ている間に。
たった一晩で辞書を作るなんて、どこかの元FBI捜査官にも勝る偉業だと思う。
流石に疲れたのか、今は部屋で寝ている。
ありがとうございます。ゆっくり休んでください。
文法はこっちで覚えた人間語に近いようだし、案外早くに覚えられるかもしれない。
待ってろよルナ、すぐ呼び出してやるからな!
半日ほど辞書とにらめっこしていると、ウィルさんが起きてきた。
「おはようトール。勉強は捗ってる?」
「おはようございます。この辞書のおかげでかなり順調ですよ。ありがとうございます。まあ、エティにも手伝ってもらいましたが」
日本語で話すウィルさんに、精霊語で返してみた。
「おお。すごいねトール。もうそんなに話せるようになったの?」
「いやすいません。これだけちょっと練習しました。他はさっぱりです」
「それにしても大したものだよ。昨日の今日でそこまで覚えるだなんてさ」
「はやく覚えて、ルナと直接話してみたいですからね。必死ですよ」
あとは、いつもどおり日本語での会話。
一時期は人間語で話してもらっていたけれど、やっぱり日本語が落ち着く。
「ところでトール、冒険者カードは確認した?」
「あ、そういえばまだ見てませんでした。戦闘力少しは増えてますかね?」
精霊と契約はできたけど、俺自身が強くなったわけでもないのに戦闘って上がるものなんだろうか。
またあの低い戦闘力見るのは嫌だな……。
頼む!上がっていてください!
内心びびりながら、カードを起動させる。
いつも通り文字が浮かび上がるカードを、ゆっくりと確認していく。見たくないところは左手で隠しながら。
「おお、スキル欄に『闇の精霊契約』って追加されてますよ! 格好いい! しかも魔力上がってるし!」
「うんうん。それで、戦闘力の方は?」
「うぅ見たくないなぁ……。うわ、何これめっちゃ上がってるんですけど!」
総合戦闘力:1505
そんな文字が表示されていた。
眼を疑ってしまう。スキルが一つ増えたくらいでそんなに変わるものなのか?
カードがバグった可能性を考慮して一度指を離す。
そして、10秒ほど待ってから再起動。数字に変化は無かった。
「どれどれ?おー、結構上がったねー。もっとルナさんと仲良くなって、できることが増えればまだまだ上がると思うよ」
「てことはこれバグじゃないんですか? 1500って、村にあったクエストが全部余裕なくらいの数値なんですが」
「元々魔力は高かったからね。スキルを覚えれば一気に上がるのは当然だよ。あと、精霊魔法って難易度相当高いんだからね?」
ウィルさんは難易度高いとか言うけど、そんな難しいことをした感じはしない。
確かに魔力は吸い付くされたし、気絶も経験した。
でも目の前にいるウィルさんは精霊4柱と契約しているし、ばっちり使いこなしている。
そんな状況で難易度の話をされたって、ピンと来ないのは当然だと思う。
それとも実はウィルさんってかなり凄い人だったりするのだろうか。普段話してると気のいいオタク兄さんにしか見えないんだが……。
ともあれ、ルナと仲良くなれば更に上げられるとのことだし、これは俄然やる気がでてきた。
村に魔導書を買いにいくのはその後でいいな。
今はもう、ルナのことで頭が一杯だった。
そんなある日。文字を読むのに疲れて、部屋で休憩がてらかめ◯め波が出せないか挑戦していると、ウィルさんが飛び込んできた。
「トール大変! 誰か入ってきた!!」
「今まさにウィルさんが部屋に入ってきましたが!」
必殺技の研究を見られた気恥ずかしさから、ちょっとごまかして構えを解く。大丈夫だ。ぎりぎり見られていないはず。
「じゃなくて! この洞窟内に侵入者! そんなどこかの野菜星人の真似してる場合じゃないよ!」
いやんばれてた。
仕方がないんです。日本男子たるもの、一度は憧れて真似をするものなんです。ましてや魔法なんかある異世界に来たら、試さない方が失礼なくらいなんです。
説明したいところだけど、ウィルさんの焦りかたを見ると、ふざけている場合ではなさそう。
「侵入者ってことは、入口の擬装が見破られたってことですか? 相手の数は?」
「ドセイさんの擬装がばれたってことだから、かなりの腕前だと考えていいと思う。人数と目的はまだわからないけど、今エティリィに向かってもらってる。階段の石像も防衛にあたらせてるけど、相手の戦力がわからないからどうなるか……」
「や、やばいじゃないですか! 俺も出ますか!?」
「いや、相手がわからないうちは無闇に動かない方がいいと思う。トールは最悪の場合に備えて、脱出の準備をしておいて欲しいな。脱出ルートは覚えてる?」
覚えている。こういうときに備えて作られた脱出路だ。忘れるはずがない。
「わかりました……。ウィルさんはどうするんです?」
「僕もちょっと様子を見に行くよ。トールが逃げる時間くらいは稼いでみせるから、心配しないで」
そう言って寂しそうに微笑む。
それはまるで、戦場に赴く戦士のようで……。
もしかしたら、もう会えないのかもしれない。そう思わせるだけの焦燥と覚悟が見えた。
「嫌ですよウィルさん! 逃げるなら皆で逃げましょうよ! せっかく仲良くなれたのに……。もっと色々教えて貰いたいのに!!」
「ありがとうトール。そうだね。逃げるなら皆でだよね。じゃあ、僕はエティリィを連れ戻しに行ってくるよ。もしかしたら遅くなるかもしれないから、トールは先に行ってて。大丈夫、絶対に後で追い付くからさ」
踵を返して部屋から出ていこうとする。
振り返る瞬間、ウィルさんの口が「さようなら」と動いたような気がした。
駄目だ。ここで行かせたらもう会えない。
ウィルさんは、電車に跳ねられて死ぬところを救ってくれた。
こっちの言葉を知らない俺に、辞書まで作って教えてくれた。
ウェルフに襲われて危ないところを救ってもらった事もある。
ルナとも会わせてくれたし、こっちでできた最初の友達だ。今では一番の親友だと思っている。
行かせるわけにはいかない。ここで別れてもう会えないなんて嫌だ。
なんとか引き留める方法は無いか。皆で逃げる方法は無いかと考えていると、外から声が聞こえてきた。
「マスター! 侵入者を確保しましたー! マスター! いらっしゃいますかー!?」