22:お帰りなさい
「あ、トールお帰りー。ご飯にする? ライスにする? それともお・こ・め?」
「なんですかそれ。じゃあライスお願いします」
「ごめんよトール。ライスは今品切れ中なんだ」
「駄目じゃないですか」
トールが帰ってきた。
トールとエティリィが人間の村に向かってからほんの数日なのに、なんだかとても長い時間に感じる。
どうやら特に怪我もなく終わった様子。
まあエティリィが一緒だし、魔物にやられる心配はしていなかったけど。
「お疲れ様。なんだか見違えたね。とりあえずお風呂でも入ったらどうだい? その後に詳しい話を聞かせておくれよ」
「ああ、ありがとうございます。正直疲れたので助かります」
「ではトール様、私もご一緒に。お背中をお流しいたしましょうか」
「え、なんだい君ら。どういうこと。途中で何かあったの? 旅は人を変えるものなの? エティリィの服装も変わってるし、そういうことなの? 駄目だよトール。エティリィは見た目こんなだけど中身は一歳に満たないんだよ。ロリコンどころの騒ぎじゃないよ。イエスロリータ・ノータッチの紳士じゃなかったの?オマワリサン呼ぶよ」
どうしよう。トールが年下に目覚めちゃった。
エティリィは僕の魔力を注いで生み出した魔物なわけで、ある意味娘のようなもの。
トールとエティリィがそういう関係になるならちゃんと僕を通してもらわないと。まぁ相手がトールなら駄目とは言わないけどさ。
「ろ、ロリちゃうわ! 違いますよ!? 何もありませんから! エティも、ややこしくなるような事は言わないで!」
「ご安心くださいマスター。私のこの身と魂はマスターに捧げておりますので」
エティリィ、そういうこと言っちゃいけない。トールの背中が寂しそうだよ?
なんにせよ無事でよかった。
エティリィは元気だけど、トールは疲れてるみたいだし、落ち着いてからお土産話を聞かせてもらおう。
「……と、言うことで、頂いた装飾品を売ってこれらの装備を買わせてもらいました。持たせてくれて、ありがとうございました」
お風呂上がり、居間に戻ってきたトールが順を追って説明してくれる。
エティリィが淹れてくれたお茶と、お土産のお菓子を楽しみながら。
しかし、なるほどなあ。あの装飾品を売ってもそのくらいの値段にしかならなかったか。
あれ一個で、それなりの家くらいは買えるだけの価値はあったと思ってたんだけど。
人間の世界は随分と物価が高そうだな。
エティリィの防具にしても、先に着ていたメイド服より大分質が落ちているように感じる。
本人が嬉しそうにしてるから、いいんだけど。
確かに外でメイド服は目立ちすぎる気もするし。
ちなみに家に帰ってきてからはまたメイド服に戻っていた。
「うんうん。お役に立てて良かったよ。それでそれで、冒険者には無事になれたのかい?」
「ふっふっふ。これを見てください! 冒険者カードですよ!!」
「お、おおおお! これが!!」
どや顔でカードを見せてくる。
ちゃんと名前も書いてあるし、本物みたい。
「で? で? ステータスは? どんな能力だったの!?」
やっぱり気になるのはそこ。出発前は不安そうにしていたトールだけど、今は自信に満ちている感じがする。
ということは、結構いい能力が身に付いていたのかな。
わくわく。
「結果は見てのお楽しみですよ! ポチッとな!」
更にどや顔でカードにステータスを表示させる。
そこに書いてあった文字。
総合戦闘力:5
「戦闘力たったの5か……。ゴミめ」
「うわあああああああ! ウィルさんが酷いこと言ったあああ! 言われるとは思ってたけど! 思ってはいたけれど!!」
「ご、ごめんよトール! これは言わなきゃいけないことかと思って!! あ、ちなみにわたしの戦闘力は53万です。まだ変身も残してますよ」
「うわああああああああ!!」
トール泣いちゃった。
だってだって、戦闘力5なんて見たら我慢できないよ!! 誰でもこう言うよ!!
「ごめんトール! 冗談! 53万は冗談だから! 変身もしないから! 自分の戦闘力なんて計ったことないから!! 落ち着いて!」
「うぅちくしょう……。帰りに魔物倒して少しくらい戦闘力上げておこうと思ったのに……。全く出てこないから……」
「安心してトール! ステータスは高めじゃないか!むしろなんで戦闘力がたったの5なのか不思議なくらいだよ!」
「うわああああああああ!! また言ったああああ!!」
「慰めてるのに! 慰めてるのにもう!」
でも実際不思議。身体的なステータスは確かに絶望的だけど、魔力だけは結構な数値を示しているもの。
なんでこんなに魔力高いんだろう。僕の作った腕の影響でもうけた?
これならうちにある武器に触っても平気かもしれない。
「トール、魔力の数値すごいよ。魔力だけを見たら、魔王城に攻め込めるくらいのレベルだよ。自信を持ってよ」
「なんでウィルさんそこまで詳しいんですかぁ。それならなんでこんなに戦闘力低いんですかぁ」
そりゃあ実際攻め込んできた冒険者のカードを見たことがありますから。とは言わないでおく。
カードを見た方法とかばれたら、怖がられちゃうかもしれないから。
「まぁ、長く生きていると色々知っているものなんだよ。……あ、わかった。わかったよトール」
「わかったって何がです?」
「戦闘力のことだよ。多分だけど、トールは魔法使い形なのに、魔法を何も覚えていないからじゃないかな」
なんかふと閃いたことだけど、間違いないんじゃないかな。
魔法を使えない魔法使いとか、そりゃ弱いよね。
「なるほど……。でも魔法って、どうやって覚えるものなんですか?レベルアップで自然に覚えるイメージでしたけど、レベルなんて無いみたいですし……」
「そっか、トールは知らなかったんだ。魔法はね、理論さえわかれば誰にだって使えるんだよ。効果の大きさや、発動できるかどうかは個人の魔力に影響されるけどね。あとはまあ、向き不向きはあるかな」
「てことは、俺もウィルさんみたいに精霊を召喚したりできるってことですか?」
「うーん……。精霊魔法はまたちょっと特殊だから。あれこそ向き不向きのある典型かな。あれは精霊さんに気に入ってもらえないとまともに使えないからね」
「それは残念……。魔法ってどうやって発動させてるんですか?」
「魔法はね、まず呪文を詠唱することで、自分の魔力をコネコネするんだ。で、あとはどういう形で発動させるかをイメージして、バシャーッとやればいいんだよ」
「なるほど。わかりません」
我ながら無茶な説明だと思う。
でも自分のイメージを言葉にするのって難しいよね。
ラノベの作家さんたちは凄いな。
「そういえば、特殊能力のほうはどうだったの? 戦闘力に目が行っちゃって忘れてたよ」
「あぁ、それならこんな感じでした。無詠唱は当たりだと思うんですが、もう一つの方って何なのでしょうか」
戦闘力、のあたりで一瞬ビクッとしたけど、話を逸らさずにカードを見せてくれた。
うげ……。
「う、うーん。なんだろうこれ。僕も見たことが無いなあ」
「そうですか……。まあ無詠唱のほうは多分そのまんまですよね」
「そうだね。単純に詠唱がいらなくなるんじゃないかな。その場合どうやって魔法を使うのかわからないけど……。こればっかりは試してみるしかないね」
血の気が引いた。トールってばなんて能力を手に入れちゃってるのさ。
使役者。
昔、たった一人で魔王城に攻めてきた英雄の持っていた能力だ。
いや、正確には一人ではなかった。一人と、無数だった。
その英雄は、人間の身でありながら、魔物の軍勢を引き連れていた。
詳しいことはわからないけど、確か、魔物にやたら好かれる能力だったはず。
拠点の防衛にあたってたパペットが寝返って、大変なことになってた覚えがある。
あの時は魔王軍全体でかなりの被害を受けてたなあ。僕は引きこもってたけど。
魔物に対して、自分より優れていると認めさせることが発動条件だったかな?
トールの持っている剣だと即死しちゃうから、今まで気付かなかったのかも。
……まさかまだ一匹も倒してない、なんてことはないよね?
いつか自分で気が付くだろうけど、それまでは教えるべきじゃない。一軍どころか、一国に匹敵するだけの戦力を調えられる能力なんだから。
トール……怖い子!