21:異世界生活 初仕事達成しました? ~榊原 透~
冒険者としてスタートを切った翌日、早めの朝食を済ませてからギルドに向かった。
理由は勿論、クエストを受けるためだ。
まだ、ようやく明るくなってきたくらいの時間だというのに、ギルドは冒険者たちで賑わっていた。
朝イチでクエストを受けて、その日のうちに帰還する。皆同じようなことを考えるわけか。
混雑しているギルド内でも、クエストの貼り付けられた掲示板は、とりわけ注目を集めていた。
「すっごい人だな。これ皆冒険者なんだよな」
「これは、はぐれたら合流が大変ですね。手でも繋ぎますか?」
そう言って悪戯そうに笑うエティ。
この子の思わせ振りな態度はなんなのだろう。俺の読ませた本に、そんなキャラいなかったはずなんだけど。
こんな人混みで手を繋いでいたら目立って仕方がない。残念だけど丁重にお断りする。
人混みに紛れながら、何かいいクエストは無いかと確認していく。
『ウェルフの肉が不足しています。至急求む。※この依頼は剥がさないでください。報酬額:銅貨10枚/匹 参考戦闘力500程度』
『ポクギリ草の採集。根の切れていない物十本。報酬額:銀貨一枚 参考戦闘力200』
『倉庫の荷物整理。体力に自信のある方。報酬額:銀貨三枚 戦闘力不問』
『森の異変調査手伝い。報酬額:銀貨一枚/日 戦闘力800 以上』
エトセトラエトセトラ。
どうやらクエストといっても色々と種類がある様子。
討伐、採集、調査、雑用といった感じだろうか。
クエストを受ける際に剥がして持っていくものと、依頼を剥がさずに必要なものを持ち込む方法があるらしい。
ウェルフの肉みたいに大量に必要な場合は後者なのかな。
また、依頼する側も内容を考える必要がありそう。
倉庫の荷物整理なんて、細かい内容はともかく、時間も日数も記載されていない。下手したら、数日では終わらない量を任される可能性もあるわけだ。
ギルドの職員は内容の確認をしていないのか。意図してやっているなら悪質だな。
勿論、俺の考えすぎで、何かしら暗黙の了解があるのかもしれないけども。
ともあれ、見るべきは必要な戦闘力。採集系は割りと低めなものが多い。特に魔物と戦う必要がないからだろう。
逆に討伐系は軒並み高い戦闘力が必要となる。
ウェルフ討伐で500ってどういうことよ。
ふと自分の冒険者カードに目を落とす。
昨日見た時点で、そこに記載されていた戦闘力は5。
500の間違いではなく、5。
50ですらない。
他人の戦闘力なんてわからないから、まあこんなもんか、なんて思っていたけど甘かった。
金平糖を鍋で煮込んだあと蜂蜜混ぜてホットケーキに掛けて食べるくらい甘かった。
何を言ってるかわからないと思うけど俺にもわからない。
とにかく、俺一人の力でこなせそうなクエストは見当たらなかった。
魔力だけはそこそこ高かったと思うのに、なんでこんなに弱いの俺。
ていうかなんでこんなに難易度高いクエストばかりなの。初期村じゃないのここ。
そして気付く。ここ初期村じゃないじゃん、と。
俺にとっては初期村だけど、こんな魔物だらけの森の中にあるような村が初期村のはずがなかった。
ならば仕方がない。本来ここは俺みたいな新人が来るような所ではないのだろう。
エティがいれば大抵のクエストはクリアできるだろうけど、それでは成長がない。無詠唱なんていうチートくさい能力も確認できたことだし、一人でも戦えるようにならなくては。
何かしら新人にもこなせそうなクエストは無いものか……。
半分ほど確認したところで、一つのクエストが目に留まった。
『迷い人探しています。名前はトール・サキバクラ。黒髪の若い男性で、左腕欠損。※この依頼は剥がさないでください。発見者報酬:金貨二枚。有力情報提供者:銀貨十枚。戦闘能力不問。』
破格のクエストだった。
戦闘能力不問は不問だし、なにより報酬額が凄い。
人を一人見つけて二百万円って、よっぽど重要な人物なのだろうか。まさか犯罪者とか?
しかしこの人物、俺と名前が似ている。
そして特徴も、なんとなく当てはまるような気がする。左腕は義手だし。欠損といえば欠損だろう。
……これ、俺のことじゃね?
俺何か悪いことしたっけ。あ、まさか露店?
詐欺だ金返せ、みたいなやつ?
でも特に名乗ったりはしていないしな……。
あとはこの村に入ったこと自体が問題だったとか。
門が開いていたからそのまま入らせてもらったけど、実は手続きとか必要だったのだろうか。
名前も、知らないところで個人情報を抜き取られていたのかもしれない。魔法のある世界だし、そういうのもあり得る。
なんか指名手配犯の気分になってきた。
エティの意見も聞いてみたいな。
「なあエティ、あの人探しの依頼なんだけど……」
「流石はトール様。私も今丁度同じものを見ていました」
何がどう流石なのか。まぁ話が早くていいや。
「あの迷い人、心当たりがある気がするんだけど」
「ええ。ほぼ間違いなくトール様の事でしょうね」
「やっぱりそうだよな。俺何か悪いことした?」
「いいえ、トール様の行動に間違いなどあるはずがございません!悪いことがあるとすれば、それは世間がおかしいのです!」
「うんありがとう。でも今はそういうのはいいから」
「左様ですか。まあ大凡の見当は付きますが……。ちょっと受付で聞いてきますね。トール様より私が行った方がいいと思いますので」
「あぁ。悪いけど頼むよ。このままじゃ怖くて外歩けない」
「はい、では行って参ります。暫くお待ちくださいませ」
エティはわざとらしく大袈裟に頭を下げると、受付の行列に並んでくれる。
もし本当に指名手配だった場合、俺が直接聞きに行った時点で捕まってしまう可能性もある。
こういうとき、エティは気が利くため凄く助かる。
ああやってふざけるのも、俺が深刻にならないよう気を使ってくれてるんだろう。
ただぼーっと待っているのも退屈なので、できそうなクエストを探しておくか。
魔物の部位回収とか、薬草の収集とかが多くあるけど、これ別に狙って集める必要は無いんだろうな。
普段から集めておいて、クエストが発注されたときに報告すればいいだけみたいだ。
面白いところでは、別の町までの護衛募集とかもある。
いいな、こういうの。冒険者っぽいな。
村の外には街道みたいなものもあったし、あれを辿っていけば別の町に着くんだろう。
いつか行ってみたいけど、一人で旅するのはやっぱり不安。
ウィルさんも一緒に、皆で旅行できたら楽しそうだ。
「トール様トール様!」
暫く掲示板を眺めていたら、エティが帰ってきた。
「やはり、あれはトール様のことで間違いないようです。また、指名手配の類でもありません。依頼主の方を紹介していただいたので、クエストの報告に行きましょう! もっとも、私は冒険者カードが無いので報酬はいただけませんでしたが」
「そうか、ありがとうエティ。でも指名手配じゃ無いとなると、心当たりがまるで無くなるんだけど、誰だったんだ依頼主って」
「ふふふー。それはお会いしてからのお楽しみってやつです。この時間なら宿にいるそうなので、行ってみましょう」
指定された宿に行くと、依頼主は朝食の最中だった。
サラダとパンだけの、量も種類も少ない食事をもそもそ食べている。
どこか落ち込んでいる様子で、時折溜め息なんかもついていた。
食事は二人で取っているというのに会話の一つもない。まるで通夜のような雰囲気だった。
そう、依頼主は二人いた。
というか、シャイヤンとスニーオだった。
二人は近付く俺達に気付き、暗い眼で俺の顔を見上げたあと、驚きの表情に変わる。
いや、驚くのはこっちだよ。
「トール! 生きてたのか!! あぁよかった……!」
いきなり抱き付いてくるシャイヤン。
凄い力で締め付けられた。物凄く痛い。
「ちょっ、離せ! いてえ!」
「シャイヤン! それ以上はやばいよ! トールが死んじゃうよ!」
「あ、あぁ悪い悪い。大丈夫かトール」
スニーオの言葉でやっと離してもらえた。
本気で死ぬかと思った。
笑ってないで助けてよエティ……。
「死ぬかと思ったわ! で、あのクエストって何なんだ?えらい高額な報酬額だったが」
「あんな戦闘の後に一人いなくなってたら、そりゃ探すだろ。戦闘中にいきなり気を失ったと思ったら、起きたときには周りにはウェルフの死体の山。その上トールはいない。一体何があったんだよ」
あぁ、つまり心配してくれてたのか。
突然消えた俺を探すためにあんな高額の依頼を出してくれていたと。
疲れた様子を見るに、自分達でも捜索をしてくれていたのかもしれない。
ちょっと感動した。
「心配かけたな。ありがとう心友。でも名前間違えてたぞ」
「あ! ほらだから僕言ったじゃん! サカキバラだって言ったじゃん! シャイヤンが聞く耳もってくれないから!」
「ま、まぁいいじゃんか。こうして会えたんだから。細かいことは気にすんなよ。なっ?」
「もう、シャイヤンはいつも雑なんだから。フォローする僕の身にもなってよね」
「悪い悪い。次から気を付けるからさあ」
「いつもそれだよ。この間だって……」
俺のことはそっちのけで言い合いを始めだした。
なんとか話を逸らすことができたか。
そういえば俺も、この二人の無事を確認するためにここに来たんだった。
すっかり忘れてたな。家を出るまでは覚えてたんだけど……。
何にせよ、無事でよかった。エティはしっかり二人を守ってくれていたらしい。
目線で、ありがとうと伝える。
どういたしまして。と微笑んでくれたような気がした。
ところでウェルフの死体の山ってなんだろう。気になるけど聞いちゃいけない気がする。
「えっと、そっちの人がトールを見つけてくれたのかな? 報酬はギルドから受け取ってもらえた?」
思い出したかのようにスニーオが問う。
「いえ、私はトール様のメイ……仲間ですので。ましてやトール様のご友人からお金など受け取れません。クエストはキャンセルの形を取ってくださいませ」
「何!? こんな綺麗な仲間がいるなんて、トールのくせに生意気だぞ! ちくしょう! 今日は休みだ! 飲むぞ! おいトール、お前らも付き合え!」
「シャイヤンいいこと言う! 今日は僕も飲むぞ! オヤジ! 酒だー!」
朝からお酒を飲むとか、何言ってんだこいつら!
俺とエティは無理矢理座らされ、そのまま宴会が始まってしまった。
シャイヤン達と騒いでいると、いつの間にか知らない連中が混ざってくる。
皆楽しそうに飲んでいるし、知り合いなのだろう。
話の中心には必ずシャイヤン達がいるし、これでも結構人気者なのかもしれない。
少しは名の知れた冒険者っていうのも本当かも。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
クエストキャンセルで浮いたお金を使って飲みまくった結果、昼過ぎには全員酔い潰れていた。
冒険者たちのそんな光景を目に焼き付け、俺とエティは店を出る。
お酒?飲んでないよ俺は。未成年だもの。