18:異世界生活次に進みました ~榊原 透~
片腕を失ったことで、何かの能力に目覚めないかと訓練していると、ウィルさんが義手を持ってきてくれた。
これがまた凄いのなんのって。
物理攻撃? はじきます。魔法攻撃? はじきます。油汚れ? はじきます。
半端ないね。しかもこれ、どういう原理なのか、神経まで繋がってるんだぜ……。
触覚もあるから、着けていて全く違和感がない。
何よりも気に入ったのが、見た目。うん、見た目って大事。
黒い金属のような素材で、結構厳つい。
メカメカしいデザインとでもいうのかな。曲線よりも直線が多いというか、全体的に角張っている。
そして色んな装飾がゴテゴテ付いていた。
これだよこれ。義手っていったら人間の腕を真似して作る人が多いだろうけど、ウィルさんはやっぱり分かってる人だったよ。
異世界! ファンタジー! 義手! となればゴツくないとね!
普通の腕なんか着けたって隻腕ってわからないじゃんね。
隻腕の剣士だからこそ、「貴方があの隻腕の剣士様……! 素敵! 抱いて!!」となるわけですよ。
まあ隻腕になった原因が、犬に噛まれましたっていうのは微妙だけど。
初期村付近でサメに噛まれて腕を無くした強キャラだっているし、いいよね。
と、いうことで。
「ウィルさんウィルさん。アニメをご覧のところ大変恐縮なのですが、御相談が」
居間でアニメを見ているウィルさんの元へ。
あ、これ懐かしいな。最後主人公が刺されて終わるやつだ。俺も目が合うだけで命令できる邪眼欲しいな。異世界だしあるかもしれないな。
おっと、それどころじゃない。
ウィルさんはアニメを一時停止してこちらを見ている。
「どうしたのさトール。改まって」
「ちょっと人間の村に行ってみたいんです。この近くにあるようなので。ただ、歩くと2日くらいかかるそうなんですが」
「に、にににに人間の村!? ト、トール帰ってくる? ちゃんと帰ってきてくれる!?」
何故か凄い勢いで立ち上がり肩を掴んで揺すられる。
ちょっ、痛い!
つい先日迷惑を掛けたからか、やたら心配されてしまった。
「大丈夫ですよ。今度はちゃんと無事に帰ってきます。あんな怖いのはもうごめんですから」
「そ、そう……? ならいいんだけど……」
それで納得してくれたか、手を離してくれた。
「ところで、なんでまた人間の村に行くんだい?」
「えっと、そろそろ自分の能力を把握するために冒険者ギルドに登録したいっていうのが一つ。あと、あの二人が無事に帰れたか確認したいっていうのもあります」
「なるほどねえ。確かに、トールの特殊能力がどういったものかは僕も興味あるな」
「あ、それなら私もお供してよろしいですか? トール様一人だと心配ですし、先日森中走り回ったので村の場所もわかりますよ」
傍で話を聞いていたエティが提案してくれた。
正直、渡りに船な話である。一人で出掛けて、またあんな目にあいたくない。
「うん、そうだね。エティリィが一緒に行ってくれたら安心かな。ごめんねトール。本当は僕も一緒に行ければいいんだけど……」
「いえいえ。ウィルさんには色々と援助してもらってますから。それだけで十分ですよ。エティ、悪いけどお願いしてもいいかな?」
「はいっ! お任せください! 私が一緒ならウェルフの100匹や200匹、余裕で追い払って見せますよ! まあこの森にはウェルフはもう残っていないでしょうけど!」
誇らしげに胸を張るエティ。胸を張っても突き出る物が無いのがちょっと悲しい。
ていうかエティってそこまで強いの?俺ウェルフ4匹相手で死ぬ覚悟したんだけども。
しかもウェルフは残っていないとかどういうこと。怖くて聞けない。
「あ、エティリィ出掛けるなら先にやっといて欲しいことがあるんだけど」
「はい、マスター。なんなりとお申し付けくださいませ」
ウィルさんが改まって言うようなこと。なんだろう重要なお仕事か?
また俺の我儘で面倒かけてしまったか。忙しいのに申し訳ない気持ちになる。
しかしウィルさんの発言は、いつも俺の想像を越えてくれる。
「出掛ける前に、僕のご飯しばらく分用意しておいてね」
エティと二人、森のなかを歩く。
美少女と二人きりで出掛けるとか、そんなシチュエーションが俺の人生に待っていたなんて。日本にいたときは全く考えられなかったことだ。
こりゃあ女の子に良いとこ見せようとするのが男ってもんだろうけど、俺は知っている。
エティ強い。俺弱い。
エティ硬い。俺柔い。
エティ速い。俺遅い。
ということでエティが先導してくれて、俺はその後ろを着いていくだけの簡単なお仕事です。
今度鍛えてもらおう。それでいつか俺が前に出て皆を守るんだ。
そのためにもまずは自分の特性を知らないとな。冒険者として登録して、ステータスを確認しないといけない。異世界の転生特典がどんなのかわかれば、今後の方針も決めやすくなる。
できれば戦闘に役立つ能力だといいけどなあ。
特殊能力:伝説のソードマスター
効果:剣を持って相手を攻撃する。相手は死ぬ。
とかどうよ! 格好よくない!?
さてさて、どうなることやら。
「トール様トール様! ほらこれ! この果物美味しいんですよ!」
「トール様トール様! まだ試したことのない草を見つけました! 食べられますかね!? うぇぇ、苦ぁ……。駄目ですトール様! これ毒です!」
「トール様トール様! ほらあそこ!ラビシュが4羽いますよ! 夕飯ゲットですね!」
「トール様トール様! あの樹は近づかないでください! パクっといかれちゃいますよ!」
「トール様トール様!」
道中、エティはよく喋った。
やれ足元に気をつけてだとか、やれ綺麗な花が咲いてるだとか、事あるごとに話を振ってくれる。
以前の彼女からは想像もできないほど、よく話し、よく笑う娘になった。
ウィルさんの役に立ちたい、ってことで俺流メイド道を教えたけど、これはうまくいっているんだろうか。
周りの雰囲気が明るくなるって意味では良くなったのか?
仕事的な意味では文句の付けようがないくらい優秀だし、これ以上を期待するべくもない。
今のエティのほうが一緒にいて楽しいし、それだけで十分かな。無理してなければいいんだけども。
魔物にほとんど会うこともなく、会ってもエティがサクッと処理してしまうため、行程は順調だ。
その気になれば夜には村に着くらしいけど、夜に見知らぬ人間が入り込んだら警戒されてしまうだろう。
ということで村まであと数時間というところで野営の準備。
野営といっても焚き火を炊いて、道具袋から布団を取り出すくらい。
食事はエティが用意してくれた。途中で獲得したラビシュの肉を使ったシチューだ。
調理道具やら材料やら調味料やらを道具袋から取り出して、テキパキと作っていく姿はメイドというよりも料理人のようだった。
そしてこれがまた、実に美味い。
肉は軟らかく、口のなかでほろりと溶けるよう。一緒に煮込まれている野菜も、素材の味を殺さず、且つそれぞれが主張せずにまとまっている。
全体的に薄目の味付けだけど、そのおかげで一口食べる度に味の発見があり、食べていて飽きることがない。
まるで、味の宝石箱やぁ~。って感じ。
「いかがでしょう。お口に合いますか?」
「うん。もう最高です。めっちゃ美味しいです」
「それは良かったです。お代わりもありますからね」
お世辞抜きで美味しい。
素直に伝えると、とても嬉しそうに微笑んでくれた。
遠慮なくお代わりを繰り返していたら、結構あったはずのシチューは空っぽになってしまったけど、太るだろうけど悔いはない。食いはしたけど。なんつって。
食後は早めに休むことにした。
エティは基本的に寝る必要が無いそうなので、見張りは任せていいらしい。
男としては、「俺が見張っておくから、寝てて構わないよ」とか言いたいところだけど、俺は知っている。
エティ強い。俺弱い。
以下略。
焚き火を囲んで色々話したいこともあるけど、明日は早くから出発して村に入らないとだし、諦めて寝ることに。
しばらく二人でいるんだし、いくらでも話す機会はあるしな。
ウェルフの群れに囲まれている。俺の他、周りには誰もいなかった。
エティやウィルさんの名前を叫びながら必死に逃げようとするが、彼我の距離は離れるどころか、徐々に短くなっていく。
やがて一匹のウェルフが背中に飛び付いてきた。
なんとか振り払おうと抵抗しても全く離れてくれない。それどころか、地面に押し倒されてしまった。
次々と襲いかかってくるウェルフ達。
足を噛まれ、腕を噛まれ、段々と身体が削られていく。
やがて俺を取り押さえていた一匹が口を大きく開け、俺の喉笛に噛み付こうと……。
「……ル様! トール様!」
目の前にエティがいた。泣きそうな顔で俺を覗いている。
「あれ……。あぁ、夢か……」
どうやら夢を見ていたらしい。しかし嫌な夢だった。
吹っ切れたつもりでいたが、実の所はそうでもなかったらしい。
「トール様……。大分うなされていたようですが……」
「ん。ちょっと嫌な夢を見ていたみたい。ありがとう、起こしてくれて」
「大丈夫ですよトール様。エティリィはここにいます。私がいる限り、トール様を傷付けたりさせませんから」
エティリィは俺の隣まで移動すると、俺の手を握って優しく微笑んでくれた。
「なんでしたら、添い寝でもいたしましょうか」
そう言ってクスクスと笑う。
「い、いえ。これだけで結構です。ありがとうございます!」
思わず答えてからしまったと思った。
千載一遇のチャンスを逃してしまった。くそう、DTゆえの対応力の無さが悔やまれる!
今さら、やっぱりお願いしますと言えるハズもなく、大人しく目を閉じた。
エティが傍にいてくれる安心感からか、そのあとは夢を見ることもなく、熟睡することができた。
翌朝、野営の跡を片付けたあと、早い時間から出発した。
そして歩くこと暫く。
ようやく、村の入口にたどり着くことができた。