0:平和な日常
初投稿になります。
感想とか頂けるとめちゃ喜びます。
『拝啓。父上様。
僕は今日も楽しく過ごしています。
家を追い出された時はどうなるかと思いましたが、どうにか生活基盤も整いました。
友人もできました。なんと異世界人です。
彼の名前はトール。知識に富んでいて、僕にも色々と教えてくれます。
こちらの世界にもすぐに順応してくれて、最近は必殺技の開発に余念がありません。
なかなか成果はあがりませんが、彼のことなのでいずれは各種必殺技を使いこなせるようになることでしょう。
今も家の外で、エティリィと一緒に特訓中のようです』
手紙を書く手を止めて、2階の窓から外の様子を眺める。
そこでは、同居人である友人のトールが、メイドであるエティリィと一緒に必殺技の練習をしているところだった。
「闇の炎に抱かれて消えろっ!」
どうやら、僕の知らない魔法の練習をしているみたい。
随分と格好いいセリフだけど、どういう魔法なんだろうか。ポーズを取りながら詠唱しても何も起こらないから、結局わからずじまいだった。
何回か試した結果諦めたのか、次の技を試すようだ。
エティリィに向き直り、右手で顔半分を隠している。
トールは左目だけを開いた状態で、大声をあげた。
「サカキバラ・トールが命ずる! 服を脱げ!」
「……? トール様がそう言われるのであれば異存はありませんが……」
「待った! 待って待って今の無し!」
命令通りに服を脱ごうとしたエティリィを、顔を真っ赤にしながら慌てて止めている。
何がしたかったんだう。よくわかんないな。
次にトールは傍らに置いてあった木刀を手に取った。
「エクス……カリバー!!」
大上段に構えた剣を、叫びながら降り下ろす。
しかし残念ながら光線は出なかったし、勝利を約束されることもない。
やはりそう簡単に技が身に付くものでもないみたい。
その後もいくつかの技を試しては諦め、試しては諦めを繰り返した結果、とりあえず素振りを始めたトール。
普通に構えて素振りを繰り返すものと思ったけど、どうにも動きが遅い。
あ、あれはまさか……!
『練り』と呼ばれるそれは、三十分もかけて素振り一挙動を行う、力んだ際に奥歯が砕けてしまうこともある過酷な鍛練法だ。
体格、筋力共に一般人のトールにそんな鍛練ができるはずもなく、一分も持たずに一挙動が終わってしまった。
全然できていなかったけど、何故かその表情は晴れやかだ。やりきった感が伺える。
そのうち剣を使った特訓を諦めたのか、今度は剣を地面に突き刺し、素手による技を使い始めた。
右腕に包帯を巻いてはほどき、ニヤッと笑いながら「もう後もどりはできんぞ。巻き方を忘れちまったからな」なんて呟いてる。
右腕に龍でも封印してたのかな。格好よすぎた。
さて、僕もそろそろ下に降りるとしようかな。出す予定の無い手紙なんてどうでもいいや。
「おはようトール。どう? 何かの能力に目覚めたりした?」
「あ、おはようございますウィルさん。それが、なかなか……色んな魔法とか技を試してはいるんですが、うまくいかないもんですね」
「そっか。まあ焦ることはないよね。のんびりいこうよ」
朝の挨拶を終えて朝食に向かう。
食卓の上には質素ではあるが手間と技術の詰まった食事が並べられていた。
恐らく、トールとの特訓前にエティリィが準備を済ませていたのだろう。
スープを啜りながら、話題は今日の予定についてだ。
「トールはこの後どうするの?」
「そうですね。まずは勉強でしょうか。早く言葉を覚えないといけないので。ウィルさんは?」
「僕はどうしようかな。またアニメでも見て過ごそうか。今日は何を見たらいいと思う?」
昨日トールから薦めてもらったアニメは面白かった。2クールを無休憩で見てしまうくらいに。彼のお薦めはどれも面白いから、今日も楽しみでならない。
「じゃあご飯を食べたら物色しに行きましょうか」
「うんうん! よろしく頼むよ!」
食後、トールを伴って倉庫へと移動する。ここには僕が実家から持ち出したコレクションを保管しているのだ。
アニメのブルーレイボックスもそれなりの数が揃っていた。
「さてと、今日は……ちょっと泣ける系で攻めてみましょう」
「おお、いいね! どんなのかなあ。楽しみだなあ」
「今まで見た物と比べるとキャライラストの方向性が違ってきますけど、まあすぐに慣れると思うので」
そう言って渡してきたのは金髪の女の子が両手を上げているパッケージ。なるほど、確かに今までとは方向性が違うかもしれない。
「このアニメは原作も勿論いいんですけど、個人的にはアニメのほうがお薦めなんです。なんせ声優さんの演技力が凄まじくてですね。メインヒロインの声優さんはもう亡くなってしまったので、ある意味永久保存版として後世に残していくべき作品ですよ」
トールはアニメを薦める際に、大体の見所を説明してくれる。たまにネタバレが含まれてしまうこともあるけど、僕としてはアニメを見られるだけで満足だから、さほど問題はなかった。
「うん。今日はこれを見ることにするよ! いつもありがとね!」
「いえいえ、こちらこそお世話になっている身ですので」
さあ、早く見に行こう。ノンストップで一気見だ。
「じゃ、トールは勉強頑張ってね! 僕は居間にいるから、何かあったら呼んでおくれ」
トールと出会ってから、もう一ヶ月。
初めは警戒されていたみたいだけど、今ではすっかり打ち解けて僕の一番の友人となってくれた。
トールは異世界人。本来はこの世界にいるはずのない存在だ。
そんな僕とトールがどうやって出会ったのか。僕らの物語は、出会うきっかけとなった出来事、僕が実家を追い出されたところから始まる……。