14:異世界生活で出会いました ~榊原 透~
年齢計算が面倒になったので地球と同じにしました。
ご都合主義です。スイマセン。
俺をがこっちの世界に来てから、約半年が経過した。
そういえば前にウィルさんから聞いたけど、こっちの世界と日本では時間の感覚は同じらしい。
ここでの暮らしにも馴染めてきたし、言葉も順調に覚えてきた。日常会話程度なら問題なくこなせるだろう。人間その気になればどうにかなるものだね。
ウィルさんやエティが普段から人間語を使うようにしてくれていたこともあるが、ウィルさんが自筆で辞書を作ってくれたことが大きい。あんな分厚いものも手書きで作るなんて、一体どれだけの苦労があったことか……本当に、頭が上がらないな。例文が漫画のセリフだらけだったのは少し笑ったが。
こっちの世界の識字率がどんなものかはわからないが
、簡単な読み書きくらいはできたほうがいいだろう。
いつか冒険者ギルドに登録するときに書類とかあるかもだしね。
エティはあの日以来、人が変わったかのようによく話すようになった。以前のようにエティリィさんと呼ぶと渋い顔をされるため、自然にエティと呼ぶようになっている。なんでも、「トール様はマスターにとってお客様です。私の立場は使用人ですので、トール様が私に敬語を使うのは間違っています。マスターはお優しいので怒ったりはしないでしょうが、だからと言って甘えていては示しがつきません。なので、敬語はやめてくださいませ」なんてことを言われた。
ウィルさんもそんなことは気にしないと言っていたが、彼女の中では譲れないものがあるのだろう。
俺の薦めた漫画やラノベのキャラをどうまぜたらこんな風になるのか、とにかく以前と比べてかなり明るく話すようになった。
当初の無表情に比べたら全然素敵だと思うけども。
ちなみにあの日エティにお供して以来、外には出ていない。
だって、疲れるんだもん階段。
引きこもりには辛いって。体力つけなきゃなあ。無駄に広い地下空間を走り回ればいいんだろうけど、やる気が起きない。言語習得にかこつけて、ずっと先送りにしていた。
ということで、思い立ったのが今日この日。
外に出てみようと思う。
夜は強い魔物がいるみたいだし、見通しも悪いからお昼に出発する。エティ曰く、前見た巨大魚みたいなのは池の近くに行かないといないそう。昼間は獲物を見つけるのも苦労するだとか。
それなら安全かなと、家事をしているエティに迷惑をかけないように一人で出掛ける。
ウィルさんから結界もかけてもらったし、薬も緊急用に一つと、予備でもう一つ準備した。
三度も死に掛けることなんて流石に無いと思いたい。
今回の目的はただの散歩。できれば小型の魔物くらい倒してみたいけど、やっぱり無理をする気はない。怪我するの嫌だから。
自分より大きいのに会ったら即撤退だ。
やはりやたらと長い階段を上り、洞窟入り口の蓋を開ける。元々ウィルさんしか開けられなかったらしいけど、俺とエティも自由に開閉できるようにしてくれたみたい。
緊急時にはここまで逃げてくればどうにかなるだろう。誰にも見つからないように注意はしないといけないが。
洞窟から外に出ると、以前と変わらず深い森のなかだった。
深呼吸して、乱れた呼吸を整える。なんとも清々しい空気で肺の中が満たされた。
この空気はやっぱり森林特有の物なんだろうな。大気汚染されていないっていうこともあるんだろうけど。
整備されていない森を適当に歩いて、迷子になってはたまらない。まずは近場の川を目指すとしよう。川沿いに歩いてれば帰るのだって楽なはずだ。
流れる川沿いを下流に向かって進んでいく。
このまま進めばいつかは街か村にたどり着けるのだろうか。地球の常識で考えればその通りではあるけど、ここはファンタジーな異世界だ。ウィルさんの所もそうだけど、精霊魔法なんてものもあるし、わざわざ川沿いじゃなくても水を確保することができる。
今までの常識がそのまま通じるとは思わない方がいいだろう。
しかし平和だ。この森、本当に魔物なんて出るんだろうか。
いやまあ、どでかい魚は見てるし、エティが獲ってきた魔物も見てるから、いるにはいるんだろうけど……。
そんなことを考えながら歩いていると、ふと人の声が聞こえた。
すわ、人里か! と喜んだのも束の間。耳を澄ませてみると、なにやら悲鳴じみた叫びも聞こえてくる。
そしてガチンガチンと金属のぶつかり合う音。
まさか人間同士の争い? やだ巻き込まれたくない。
しかし好奇心を殺すことはできず、とりあえず近くまで行ってみることに。こっそり隠れて見学するくらいなら大丈夫でしょ。
声のしたところに辿り着くと、そこはまさに戦場だった。といっても、人間同士が争っているわけではない。
人が二人、犬のような魔物が4匹だ。近くには息絶えたのか、動かなくなっている魔物が2匹転がっている。
人間のほうは冒険者か何かだろうか。動きやすそうな部分鎧を着けた大柄の男と、対称的に魔導師風のローブを着こんだ小柄な男。
大柄な男が倒れた小柄な男を守るように盾と剣を構えて魔物たち牽制している。
よく見れば小柄な男の方は負傷しているようだ。ローブはいたるところが裂けており、血が滲んでいる。咳き込む度に口から血を吐き、右腕は肘から先が皮一枚で繋がっているくらいにボロボロになっている。
どう見ても致命傷だ。放っておいたら間違いなく命を落とすだろう。大柄な男の方も致命傷こそないものの、身体中から血を流し、荒い呼吸をしていた。
知り合いでもないし、助ける義理もない。そもそも俺が参戦したところでなんの役にも立てないだろう。
今なら二人も魔物も俺に気づいていない。逃げるなら今しかない。
犬の魔物はドーベルマン程度の大きさではあるが、剣のように鋭い歯をしている。あんなものに噛まれたらと思うと、想像しただけでぞっとする。
俺が逃げればあの二人は間違いなく死ぬ。日本で暮らしている間は感じることのなかった死の感覚が、目の前にある。
助ける必要はない。逃げろ。
頭ではそう考える。
でもさ、俺日本人なんだよ。困っている人を見捨てたら日本人失格だろうよ。
そこまで考えたら、もう逃げる選択肢は無かった。
彼らはまだ生きている。生きているなら助けなくては。
隠れていた茂みから飛び出す。
ある程度近づくと、声が鮮明に聞こえてきた。
「スニーオ! おいスニーオ! 生きてんのか!? 返事しろよおい!」
大柄な男が叫ぶが、スニーオと呼ばれた小柄な男は返事ができない。口から血を吐くことが精一杯だ。
「ちくしょう! なんだってこんなことに……スニーオ! ちくしょう!!」
叫びながらも視線は魔物たちから逸らさない。
相棒の様子を見たいだろうに、それほど油断できない状況なのだろう。
魔物たちも唸り声をあげながら男の隙をうかがっているようだ。忍び寄る俺にはまだ気付く様子がない。
このまま背後から殴りかかるか?
いや無理だ。流石にそこまで近付けるとは思えない。
ここはまず援護に徹するべきだ。
落ちている小石を拾う。
これが、こちらの世界に来て初めての戦闘だ。
意外と頭はすっきりしている。興奮はしているし、動悸も激しくなっているが混乱はしていない。
大丈夫だ。これならやれる。
自分に言い聞かせ、魔物に向かって投擲する。
当てる必要はない。魔物がこちらに気付いて振り向くなりすれば、それが隙となるだろう。
そうすれば戦局が少しは変わるはずだ。
俺の投げた石は、やはり魔物に当たることはなかった。
しかしそれで十分。驚いてこちらを向いた魔物を、大柄な男が切り伏せる。
これで残りは3匹。こちらは2人。いまだ数の上では不利だが、少しは楽になった。
「手を貸そうか?」
姿を現し、May I help you? くらいのつもりで声を掛ける。
本当はもっと格好いいことが言いたいけど、慣れてない言葉でそんな咄嗟に出てこない。
大柄な男と魔物たち、双方の視線が俺に集まった。
突然現れた俺にどう対処するか、そう考えた一瞬の隙が生まれる。
その隙を見逃す俺ではない。
猛ダッシュで魔物の脇を抜け、男の側へ移動する。
挟み撃ちの利点? そんなもの必要ないよ。魔物が全員こっちに来たら即死まっしぐらだもの。
「お、おいあんた……!」
「魔物の警戒を頼む。近寄らせるな」
話し掛けてくる男のセリフを遮り、警戒を促す。
俺の目的は倒れている方の男だ。
道具袋から回復薬を取り出し、男の口に含ませる。
するとどうしたことか。自ら嚥下するだけの力が残っていたとは思えないのに、男の傷がたちまちに回復していく。
回復薬を一本飲み干した時には、ちぎれかけていた腕も綺麗に繋がっていた。
どういう原理なのかはわからないが、思っていた以上の回復効果だ。即死さえしなければ治るっていうのも本当かもしれない。
「おいあんた、意識はあるか? 起きられるか?」
倒れている男の頬をべちぺち叩いて起こす。
「ん……う……」
「スニーオ! 無事だったのか!?」
「いや……もう完全に駄目だと……なんだこれ、腕まで治ってんじゃないか!?」
「話は後だ! 今はここを切り抜けるぞ!」
これで3対3。もともとこの二人だけ66匹いるうちの2匹を倒していたんだ。これなら勝機も見える。
戦力としては全くの足手まといだが、ウィルさんから結界魔法をかけてもらっているおかげで耐久力はあるはずだ。俺も囮くらいにはなれるだろう。
腰に差していた相棒を抜いて構える。
「これで3対3だ。悪いけど俺は戦力としてはあてにしないでくれよ。戦闘なんて生まれてはじめてなんだからな!」
「なに。これだけの数なら俺たちだけでも余裕さ。スニーオ、援護は頼むぞ!」
「任されたよ! そこのあんた、回復ありがとうな! ゆっくり見ていてもらって構わないよ!」
二人がそれぞれ武器を構え直した瞬間。
魔物は慌てたように踵を返して逃げ出した。
「あ……あれ……?」
「ウェルフが戦闘を途中でやめて逃げるなんて、初めて見たな……」
呆気にとられる二人。
俺はほっと胸を撫で下ろす。
それと同時に緊張が解けたのか、今更になって体が震えてきた。
「はふぅ……。なんにせよ、無事で良かった」
いまだ構えを解かない二人に声を掛ける。
俺の声を聞いて、ようやくそれぞれの武器を納めた。
「まぁ、よくわからないけど助かったな。あんたは命の恩人だぜ。ありがとうな」
「あぁ、あんたが来てくれなかったら、今頃僕ら二人ともあいつらの腹の中だったよ」
「いやいや、困ったときはお互い様ってね」
「俺はシャイヤン。こいつはスニーオだ。あんたの名前を聞いてもいいかい?」
「俺はトール。宜しくなシャイヤン、スニーオ」
二人と握手を交わす。世界が違ってもこういう習慣は同じなんだな。
どうもこちらの言葉だと上手いこと敬語が使えない。
冒険者なんて荒くれ者の代表みたいなもんだし、これはこれでいいのかもしれないが。
これが、この微妙な名前コンビとの、初めての出会いだった。