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残念魔王と異世界勇者  作者: 真田虫
第一部 異世界召喚編
15/76

13:異世界生活動き出しました ~榊原 透~


 家を出る際、ウィルさんは結界魔法を掛けてくれた。

 物理攻撃と魔法攻撃を防ぐものらしい。

 そんなのあれば防具とか必要なくない?

 

「ばふぁりん」

「??」

 

 お礼を言ったが怪訝な顔をされてしまった。

 

「一応多重結界はかけておいたけど、油断は禁物だからね。物理攻撃に強いっていっても勿論限界はあるし、噛まれるくらいなら平気だけど、噛まれたまま振り回されたりしたら関節は外れるし、骨も折れるからね。あんまり過信しすぎないこと。あと怪我をしたらすぐに回復薬を飲むこと」

「まあそんなに遠出する気も無いですし、ひたすらエティリィさんの陰に隠れておきますよ。それじゃ、エティリィさん、よろしくお願いします」

「はい。ますた。行ってきます」


 やたら心配してくれるウィルさんに見送られながら出発する。

 今回の目的は外に出てエティリィさんについていくだけだ。無理をする気はない。

 外は森だと聞いているが、こっちで言う森がどの程度のものなのか。危ない植物があるかもしれないし、そもそも認識の違いとかで、実は森じゃなくて砂漠だったりするかもしれない。

 とにかく、自分の目で見てみないことには何もわからないのだ。

 まあ、エティリィさんは外から果物や野草を集めてきているので、流石に砂漠は無いと思うが。

 そして、ウィルさんには話していないが実は裏の目的もある。

 それは、エティリィさんと仲良くなること!

 いやこの人、ほとんど話さないけど凄くかわいいんだ。

 見た目的には俺と同じか少し下くらいだと思う。

 表情が虚ろっていうか、なに考えてるのかわからないっていうか、何も考えていないんじゃないかって思うときもあるけど、外見的にはかなりタイプ。というかウィルさんといい、エティリィさんといい、魔族は美形が多いのか?

 この世界ではエルフ的な立場なのか?

 エティリィさんはいつも家事をしているか、外に出ているかで暇そうにしている時間がない。

 落ち着いて話すこともできなかったため、今回はお近づきになるチャンスと思っていいだろう。

 ウィルさん曰く、「感情に乏しい」らしいけど、沢山話せば少しは変わるかもしれない。

 できればもっと気軽に話せる相手になってほしい。

 そんな下心を内に秘め、いざ冒険の旅へ。

 

 

 家を出発し、外に出るための階段を上っている。

 地下はかなり深かったのか、なかなか地上に辿り着かないそれを、二人無言で進む。

 さーて。何を話せばいいのかわからないぞ!

 勢い込んで出発したものの、年齢イコール彼女いない歴の俺がまともに女の子と話せるはずがなかった。

 画面の向こうには無数の嫁がいるというのに、鍛え上げた恋愛スキルは三次元では何の役にも立ちやしない!

 伝説の鐘はどこにあるんだ! それとも野球チームでも作ればいいのか!?

 いや落ち着け。まだ会話が始まってすらいないんだ。

 初めての相手に話し掛ける方法なら今までの経験が役に立つはず! カモン選択肢!


①『やぁ。月が綺麗ですね』

②『こんにちはお嬢さん。僕と一緒にお茶しない?』

③『どいてどいてー! うぐぅ。どいてー!』

④『あんぱんっ』


 やればできるじゃないか。俺の黄金なエクスペリエンス。4つも選択肢を出すなんて。シミュレーションしまくっておいて良かったぜ。

 さてさて、できればセーブしてから全て試したいところではあるけど、悲しいけどこれ、現実なのよね。

 ①はどうだろう。『死んでもいいわ』って返してくれるだろうか。いや無いか。そもそも意味を理解してくれていないとただの寒い男になってしまう。

 ならば②はどうか。チャラ男的な選択だな。しかも一昔前の。そもそもお茶を煎れてくれるのはエティリィさんなのだからこれは駄目だろう。

 では③ならば。正統派ルートではある。メインヒロインルート一直線だろう。しかし問題は、誰かに追われてないといけないということか。どこかにたい焼き屋はないものか。

 残った選択肢は④か……危険な選択となる。死亡フラグが目に見えるようだ。何故だ。何故人生にはセーブ機能が付いていないんだ。リセットボタンはあるというのに。ん?人生……人生か……。

 なるほど、迷うことなんて無かった。そうだよ。これは俺の人生なのだから。

 意を決して、エティリィさんに話し掛ける。

 

「あんぱんっ」

「?」

 

 一瞬首を傾げてスルーされた!

 しまった! よく考えたらこれ話し掛ける前段階の独り言だった!! クイックロードボタンはどこにあるんだ!

 のっけから失敗したけど、エティリィさんが小首を傾げる仕草も可愛かったから良しとしよう。

 

 

 長い階段を終え、ついに地上に着いた。

 本当に長かった。東京タワーくらいはあったんじゃないか。

 これ帰りも通らないといけないとかそれだけで気が滅入る。

 テレポート機能くらい無いのかな。空間魔法は使えないとか言ってたから駄目か。テレポートといえば空間魔法だろうしなあ。

 とまれ、外に出ることはできた。

 と、同時になんとなく解放感がある。やはり人間は地上で暮らす生き物ということか。いや、あの家の暮らしに不満は全く無いけどね。お風呂も広いし。ご飯美味しいし。

 そして外は暗い森だった。砂漠とかではなくて良かったけど、時間はどうやら夜の様子。こりゃ時計は役に立たないね。下手したら昼夜逆転生活になってそう。

 魔物もやっぱり夜行性が多いんだろうか。

 遠くから犬か狼のもののような遠吠えが聞こえてきた。

 超怖いです。思わず腰に差した相棒を握り締める。

 今すぐ回れ右で帰りたい所だけど、エティリィさんの手前そんな格好悪いことはしたくない。

 懐の道具袋から松明を取りだし、灯りをつける。

 この松明、精霊魔法がかかっているとかで、火を使わなくても灯りがつくっていう優れもの。何処かに落としても森が火事になる心配はしなくてもいい。

 

「じゃ、じゃあ行きましょうか」

 

 若干上擦った声がでた。

 仕方がないじゃない。怖いんだもの。必死に虚勢を張っているんだもの。

 エティリィさんはこくりと頷くと、前を歩きだした。

 

 

「今日は何を目的にするんですか?」

「魚、夜行性の、狙います」

「なるほど、となると目的地は池か川ってところですか。近くにあるんですか?」

「川、あります。でも魚、いません。池、大きい魚、います」

 

 近場に川はあるけど魚がいないから、大きな魚のいる池に向かうってことか?

 魚は大好物。楽しみだ。


「ところで、エティリィさんとウィルさんはどういった関係なんですか?」

 

 一緒に歩きながら気になっていたことを問いかける。

 

「ますた、魔力くれました。私、生まれました。ますた、役に立ちたい、です」

「危ないところをウィルさんが魔力を分けてくれて助かったから、恩返しがしたいってことですか?」

 

 出来る限りの意訳した言葉に首を振る。

 

「私、元々魔道具。魔力、貰うと、命貰えます。魔物、なります」


 なるほど、生み出された魔物ってそのままの意味なのか。この際だし、他にも気になったことを聞いてみるか。

 

「ならほど。ちなみになんですけど、エティリィさんとウィルさんって歳はいくつになるんですか?」

「私、生まれた、数日前です。ますた、わかりません。魔族、長生きします」


 レディに年齢を聞くのはマナー違反かと思ったけど、普通に答えてくれた。

 というか数日前って。まさかの幼女属性追加ですか。

 無口無表情属性の他に見た目大人の幼女属性を足してしまいますか。

 言葉足らずなのもその辺関係してきたりするのかな。

 ウィルさんに関しては未だ謎のままだ。長生きしますってことは、見た目よりも歳上ということだろうか。

 

「ますた、役に立ちたいです。どうするが、いいでしょう」

 

 ウィルさんについて考えていると、エティリィさんのほうからネタを振ってきてくれた。

 ここは紳士として、真摯に答えなくてはなるまいて。

 

「そうですね。俺もまだウィルさんについてそこまで知っているわけではありませんが……あ、そうだ。せっかく身の回りの世話をするのであれば、メイドのようにこなすのはどうでしょう」

「メイド……わかりません。どういう、ものでしょう」

「メイドっていうのはですね。仕事で疲れた主人を癒してくれる存在であり、家事全般をこなす職業です。ドラゴンやロボットといった人外のメイドも数多く存在するので魔物だって全く問題はないでしょう。場合によっては主人を守るために戦いもします。武器は銃だったり短剣だったり苦無だったり斧だったりと様々ですね。素手というのも有りです。火を吹いたりもしますね。でも仮面だけは被ってはいけません。主人に絶対の忠誠を誓い、何があっても添い遂げます。主人が帰ってきたときには『お帰りなさいませ、ご主人様』、仕事にいくときには『行ってらっしゃいませ、ご主人様』です。これで喜ばないオタクなんて存在しません。ウィルさんもオタクを自負している日本好きなら、喜んでくれること請け合いですよ」

 

 メイドに関する情報を伝える。かなり片寄っている気もするけどまあいいか。ウィルさんならわかってくれるはずだ。

 

「メイド、難しいです。がんばります」

「たしかウィルさんの持っている本の中に参考になるのがあったと思いますよ。帰ったら見繕ってみましょうか」

「ありがとうございます。とーる、感謝を」

 

 

 それからは特に会話もなく池に到着した。

 森のなかに存在する割に池はかなり大きく、湖というほうがしっくりくる。池と湖の定義ってなんだったっけな。

 

「とーる。まっててください」

 

 ちょっと離れたところで待つように言われた。

 言われたように立ち止まると、エティリィさんは池の縁まで歩いていく。

 するとどうしたことか、今まで静かだった水面が揺らぎだしたかと思ったら、巨大な水柱が立ちあがった。

 滝が逆流しているかのような錯覚を覚える中、そいつが姿を現す。

 魚だった。確かに見た目は魚だった。

 でもサイズは俺の3倍を優に越えていた。

 なにこれでか! でっか!

 人間一人くらいは軽く丸飲みにできそうな巨大魚が、空中からエティリィさんに襲いかかる。

 今、空中で姿勢変えたように見えたんだけど……この世界って魚ですら魔法使えんの?

 狙われたエティリィさんは全く動じていない。

 それどころか、足元に落ちていた小石を拾って、向かってくる巨大魚の口に投擲した。

 それだけ。たったそれだけの動作で、巨大魚の後頭部が破裂する。

 地上に打ち上げられた巨大魚は、ビクビクと数回震えたあと、その生涯を終えた。

 魔法? エティリィさんも魔法使えんの? まあ、魚ですら使えるくらいだし……。

 

「帰りましょう」

「お疲れ様です。すごいですね。今のってどんな魔法なんですか」

「今、石、投げただけです」

「え」

 

 まじか。

 あんな小石一つ投げただけであの威力ですか。

 口から入った小石が後頭部から飛び出しただけですか。

 弾の出口が弾けるのって、大口径の銃でなるやつじゃないの。

 こっちの世界、俺が思っていた以上に過酷かもしれない。

 

 

「ただーいまー」

「あ、トール、エティリィおかえりー。外どうだった? 楽しかった?」

「思ったほど魔物っていないんですね。池で魚を採った以外は何も会いませんでしたよ」

「そっかそっか。まあ無事で何よりだよ。僕が外歩いたときも魔物は会わなかったし、あんまりいないのかもね」

 

 行きも帰りもそうだが、道中で魔物には一切出会わなかった。

 灯りをつけているし、話し声もあったから寄ってくるかと思っていたけど杞憂でした。 気配はあったから魔物もいるにはいるんだろうけど……。

 

「いやしかし、エティリィさんて強いんですね。どでかい魚が小石一つでダウンでしたよ」

「ふっふー。そりゃあね。僕が全魔力を注いで生んだ子だからね。かなり高性能だし、まだまだ容量に余裕も残しているんだよ」

「あ、そうだ。エティリィさんにメイドのなんたるかを教えてあげたいんですけど、ウィルさんの持っている本をお借りしてもいいですか?」

「お、一体どんなことを話してきたんだい? いいよいいよー。好きに読んでおくれよ」

「ありがとうございます。じゃあエティリィさん、いくつかオススメを選んでおくんで、暇があるときにでも読んでみてください。」

「はい。わかりました。とーる、ありがとうございます」

 

 

 ウィルさんの書庫に向かい、本を選ぶ。

 ドラゴンのやつとロボットのやつは必須だよね。どっちもアニメになってるくらいだし。

 仮面とか銃のやつは残念ながら見つからなかった。

 まあ参考にされても困るからいいか。

 メイドとはあんまり関係ないけど主人公が邪神に這い寄られるやつも入れとこう。なんでかって? 好みだからさ。

 食事の準備ができる前に選んだ本を居間に運んでおく。エティリィさんの部屋どこかわからないし。

 さあ、どんな反応をしてくれるのか今から楽しみだ。

 

 

 

 翌朝。

 

「お早うございます、トール様。お食事の準備ができてますよ」

 

 目を覚ますと、ベッドの前にメイドさんが立っていた。

 真っ赤な髪をポニーテールに結び、整った顔は微笑みを帯びている。そして何より、メイド服を着ていた。

 誰? あぁ夢か。もう一回寝たら覚めるかな。

 なんかエティリィさんに似ている気もするけど、あの人は髪を全部下ろしているし、そもそもこんな笑顔をする人じゃない。

 もう一度布団を被ろうとした俺を、目の前の女性が止める。

 

「待ってくださいトール様! 朝ですよ。お食事ですよ。起きてくださいトール様ぁ!」

「え、だれ? エティリィさんなの?」

「嫌ですよぅトール様。そんな他人行儀に呼ばないでくださいませ。もっと親しみと友情と憐憫と同情と一差しのケレン味を持って、エティリィとお呼びください」

「いやいや、わかりにくいですよそれ」

「そうですか? では……」


彼女はそこで一度佇まいを直すと。


「親しみと、愛情だけをたっぷりと込めて、エティとお呼びください!」

 

 昨日まで感情を持たなかった少女は、そう言って最高の笑顔を見せてくれた。

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