12:異世界生活の準備をしました ~榊原 透~
こっちの世界に来て三日目。
ついに、外の世界に出ることになりました。
昨日は寝てるところをウィルさんに起こされてから、結局そのままアニメ尽くしの一日になってしまった。
一日といっても、明確ではない。この家には時計がないし、地下にあるため今が朝か夜かもわからないからだ。
ついでにこの星の大きさもわからないため、一日が何時間かもわからない。
日本から持ち込んだ携帯の時計を見るに、召喚されてから60時間が経過している。
向こうでホームから落ちたのが22時くらいで、今は午前10時。もし地球と同じくらいの大きさなら外は明るいはずだ。
まあ自転公転の周期も違うだろうし、この時計はもう当てにならないと思ったほうがよさそう。
今日は外に出ることをウィルさんに伝えていたため、朝から装備を見繕ってもらっていた。
こちらの世界の宝物部屋を見させてもらったが、多様な装備が溢れていて、見ているだけでも楽しい。
無造作に置かれた剣を持とうとしたところ「あ、それ触ったら多分死ぬよ」なんていう物騒な声が聞こえてきた。
なんでもこちらの世界の装備は適性能力というのがあるらしく、未熟な者が迂闊に触ると体力や魔力を吸われてしまうらしい。
自慢じゃないが、こちとら平和国家日本の学生。喧嘩なんてしたことがないし、戦闘能力に関してはこっちの世界の農民にすら劣るだろう。
となれば、初心者用の装備を借りたいところだが、どうもここにあるのはかなり高レベルの装備ばかりらしい。
それこそ、◯空の鎧クラスの。
エティリィさんが一緒とはいえ、素手で外に出るのは流石に怖いので、ウィルさんに何かしら装備できそうな物を探してもらっているところだ。
ちなみにウィルさんはここにある物のどれを持っても特に問題ないらしい。実はかなりの実力者なのだろうか。
……アニメを見てキャッキャしてる姿からはとても想像ができないが。
「お、トールこれならどうかな。持っても大丈夫だと思うよ」
そう言って見せてきたのは……角材?
それさっきから視界には入ってたけど武器として認識してませんでした。おや、なんか赤黒い染みが付いてますね。
「これは『でんせつのひのきのぼう』数多の魔物を葬りし伝説の勇者が装備していた、由緒正しい武器だね。魔物の血と怨念を吸い込んでどんどん強度を増していって、最後には当時の魔王を倒したっていう伝説級の逸品だよ。ほら見てごらん。この辺の染みとか、どことなく顔みたいじゃない?」
「いやいやいや。いりませんよそんな物騒なの。だいたいそんな伝説の装備なら、それこそ俺じゃあ持てないんじゃないですか」
「そこはほら。元はひのきのぼうだし。お気に召さないかな? 誰でも最初はひのきのぼうから始めるもんだよ。ていうかこれ以外の武器だと、持つどころか触るだけで危ないと思うんだ」
そこまで推してくるのなら仕方がない。とりあえずこの武器?なら安全みたいだし、受け取ってみる。
デレデレデレデレデンッデンッ。
でんせつのひのきのぼう には のろいが かけられていた!
トールは のろわれた!
……なんていうこともなく、普通に装備できた。
特に何か変わった感じもしないから大丈夫だろう。
というかこの角材、やたらと手に馴染む。以前の持ち主は一体どれだけこの武器を振るい続けたのか。
試しに素振りしてみると、ビュッという風を切る音と一緒にオォォォンという音? がした。
え、なにこれ怖い。ああそうか。角材にはちょっと欠けている箇所もあるから、それが笛みたいな働きをして変な音が聞こえるんだな。
全く人騒がせな角材だよ。プンスカ。
試しに持ち手の角度を変えて振ってみたら、今度はウゥゥゥゥっと聞こえてきた。
「ウィルさん。これいらない返す。むしろこれ燃やしたほうがいいと思います」
「駄目だよ。燃やしたりしたらそれこそ呪われちゃうよ? ほら、剣もトールを気に入ったみたいに鳴いているじゃない」
「剣じゃないです棒です。鈍器です。あと鳴く武器とか嫌です。普通のがいいです」
「そうは言ってもなあ……あ、じゃあこれちょっと削って木刀みたいにしようよ。それなら見た目もいいし、染みてるところも削れるかもしれないよ」
「うーん……できれば他の武器がいいんですが……まあ無いなら仕方がないです。それで手を打ちます……よく考えたら外の街に行くまでの間に合わせですしね」
「うんうん。それじゃちょっと待っててね」
言うや否や、その辺に置いてあった短剣を鞘から抜くと、おもむろに角材を削り始めた。
伝説の武器の割りに簡単に削れていくのは、所詮木材だからか、それとも短剣がそれ以上の性能だからなのか。
削る度に、ウゥゥッとか、アアァァッとか聞こえてくるのは気のせいだろう。窓開いてるしきっと風の音だ。
あれ、ここ地下なのに風とか吹くんだろうか。やめよう。気にしたら寝られなくなりそうだ。
あっちの短剣の方欲しいなあ。
「でーきたっ! ほらほらどうかな。我ながら自信作!」
そう言って見せてきた武器は、確かに剣の形をしていた。でも色はどす黒かった。
おかしいな。ひのきの木ってこんな色じゃないよな。
「ウィルさん。さっきよりも黒くなっているように見えるんですが」
「気のせいだよトール。こっちの世界のひのきは黒いんだよ。これが地の色だよきっと」
「すいません。それを俺の目を見ながら言ってもらえませんか」
ふいっと目を逸らすウィルさん。
物凄く禍々しい木刀ではあるけど、実際に修羅場を潜ってきた武器であるなら信頼はできるかもしれない。
物凄く禍々しい木刀ではあるけど、伝説といわれるくらいならひょっとしたら高く売れるかもしれない。
物凄く禍々しい木刀ではあるけど、王様から貰えるひのきのぼうと比べれば大分ましかもしれない。
物凄く禍々しい木刀ではあるけど、懐にいれておけば銃弾を防いでくれるかもしれない。
物凄く禍々しい木刀ではあるけど、この木刀を使うようになったら彼女ができるかもしれない。
物凄く禍々しい木刀ではあるけど、この黒さも慣れれば黒猫みたいで可愛いかもしれない。
物凄く禍々しい木刀ではあるけど、よく見ると染みの一つが美少女の顔に見えなくもないかもしれない。
……よし。大丈夫だ。いける。俺はこいつを乗りこなしてみせる。
「よし、決めました。こいつの名前は『ブラック・デスイーター』邪悪なる魂を滅する者と書いて『ブラック・デスイーター』にします」
「違うよトール、それは『でんせつのひのきのぼう』だよ。そんな痛々しい名前じゃないよ」
「いいえ。こいつは生まれ変わったんです。数々の試練を乗り越えて、その身を呪いに苛まれながらも魔を滅ぼすことに生涯を捧げ、その役目を終えた今、新たな姿に生まれ変わることができたんです。よろしくな相棒」
相棒に話しかけると、ウゥゥゥゥと返事が返ってくる。ふふふ、俺を上手く使いこなすことができるか。俺は呪われし魔剣。お前にも不幸が降りかかってしまうぞだって?
任せておけよこのじゃじゃ馬め。お前が受けた呪いごと、俺の力に変えてやろうじゃないか。 だからさ、もう一人で抱え込むのはやめろよ。これからは二人で一人だ。俺にもお前の苦労を背負わせてくれよ。
「まあ、トールがいいならいいんだけど、一応伝説級の武器だから取り扱いには気を付けてね。あとその剣を眺めながらニヤニヤするのはやめて欲しいな。ちょっと怖いから」
ふう、どうやらウィルさんにはこの剣の抱えている事情がわからないらしい。共感を得られないのは残念ではあるが、最高の相棒に巡り会わせてくれたことは素直に感謝しよう。
さて、武器は決まった。となれば後は防具なのだが、ここには俺が装備できる防具は無さそうだ。
というか、ほとんど全身鎧のような防具しか置いてなかった。こんなの着たら一歩も動けない自信がある。
まあ動けないとか以前に、触った時点で死ぬっぽいけど。
伝説の布の服とか無いのかな。相棒と一緒に死線を越えてきたような服。
ウィルさんに聞いてみたけどそれは無いらしい。実家の方には他にも宝があるみたいだから、そっちに有るかもとは言っていた。
となれば仕方がない。正直、自分の部屋に置いてあった服を着ているだけでコスプレ気分で恥ずかしいし、鎧とかは無くてもいいか。
俺は回避ステ全振りで突き進むさ。頼もしい相棒もいることだしな!
防具は諦めたけど、道具袋と回復薬の類は貰っておいた。
道具袋は空間魔法がかかっているとかで、見た目よりも多く入るようになっている。流石はファンタジーだね
。ただの袋に大量の武器だの、ポーション99個だの入るわけないもんな。中でぐちゃぐちゃになって割れるっての。
と、そんな便利袋に入れてもらったのはすんごい効力のある回復薬。液体の飲み薬になっているが、即死さえしていなければどんな傷も治るとか。俺はラスボスまでエ◯クサーを温存した挙げ句、結局使わない主義なんだけどこの薬を使いこなせるだろうか。
この薬の価値がわからないだけに使用は躊躇われる。流石にこれだけの壊れ性能の物がそこらで市販されているとは思えないし。
本当にどうしようもなくなったら、甘えさせてもらおう。
ウィルさんには本当によくしてもらっている。
何より俺の身を案じてくれているし、薬に関しても遠慮なく使っていいと言ってくれた。
俺がこの世界と今後どう関わっていくかはまだわからない。ただ、これから先誰と仲良くなり、誰と敵対したとしてもこの人のことは裏切らないようにしよう。
そう、心に誓った。