10:異世界生活楽しみになってきました ~榊原 透~
家の外に出て発電機を起動する。
ブルルンッ! とエンジンが立ち上がると、発電機から電気が生み出された。
試しに自分の携帯を充電してみたが、特に問題は無さそうだ。
幸いにしてインバータ付きの発電機だったので、テレビやレコーダーを繋いだところで問題は無いだろう。電流もそんな食わないだろうし。
都合よく一緒に見つけた延長コードを取り付け、家の中まで引っ張っていく。
居間に設置したテレビのところまで持っていったあと、ウィルナルドさんに確認する。
「じゃあ、電源入れますよ。一応先に言っておきますけど何時間持つかはわかりませんからね」
「うんわかった。だから早く見よう。アニメを早く見よう!」
ああこれ絶対わかってないな。相変わらず目をキラキラさせながらこっちを見ている。
この人さっきから俺を見る目付きが怖いんだけど、まさかノンケでも構わず食っちまう類の人じゃないだろうな。ホイホイついていかないように気を付けなくては。
新しいものを見てワクワクしているんだろうけど、どうも仕草が子供っぽい気もする。見た目は少し年上くらいに見えるけど魔族って年の取り方が違ったりするんだろうか。
その辺のことも聞いてみたくなってきた。エティリィさんは同い年くらいに見えるんだけどな。
「トール早く! 早くアニメ見ようよ!」
……年齢のことはまた今度聞こう。
催促に応じて、テレビとレコーダーのコンセントを接続する。
いきなり燃えるなんて事故もなく、無事に電源が入った。
さっきの部屋にアニメのブルーレイボックスは沢山あったけど、最初に試すのは俺のオススメアニメ。
人間の主人公とエルフのヒロインがとある島を舞台に活躍する物語。
ちょっと古いアニメだけど、ファンタジーだし入門編としては丁度いいと思う。
ということでディスクを入れて再生ボタンをポチっとな。
「おおお! なんかついた! 凄い! 本当に動いてるよ!」
「もっと動きがよくて絵もきれいなやつはいくらでもあるんですけど、とりあえず見やすいところからってことでファンタジーにしてみました」
「あ、これ本で読んだことあるやつだ。流石はトール。まずは王道からってことだね。ちなみにこっちの世界のエルフはもっとフレンドリーな連中だよ。魔族とも人間とも仲良くする不思議な奴等だね」
画面から目を話さずに言ってくる。
エルフいるんだ。まあファンタジーの世界だし驚きはしないけれど。
エルフといえば傲慢で排他的なイメージだけど、どうやら違うみたいだな。亜人の扱いだと思うから俺と同じように召喚された組なのだろうか。だとしたら右も左もわからない異世界にいきなり呼ばれたわけで、周りに合わせるしか無かったのかもしれない。
暇だな。
ウィルナルドさんと一緒にアニメを眺めながらふと考える。
彼はアニメに夢中。エティリィさんも気が付いたらいなくなっているし、急に手持ち無沙汰になってしまった。
これからどうするかなあ。
最初に少し考えた、ウィルナルド討伐計画はすでに霧散している。そもそもエティリィさんも奴隷とかではないようだ。
何をするにせよ、とにかく情報が足りていないな。今ある情報だけでも整理してみるか。
このままだと、何がわからないのかがわからないって状態だしな。
まず、ここはファンタジーの世界。それはもう疑わなくていいだろう。さっき外に出たときに改めて周りを確認したけど、天井の照明も確かに電灯じゃなさそうだったし、洗濯物が干してある傍には謎の光球が浮いていた。俺の体を変な光が覆ったこともあるし、魔法が実在している。
そして俺は日本で死んでこっちに転生した。ウィルナルドさんに召喚されて。まあ死んだ記憶は無いんだが。この一件だけ見ても、ウィルナルドさんは俺にとって命の恩人ということになる。アニメの件でかなり喜んではくれたが、まだまだ恩を返さないといけないだろう。
ウィルナルドさんの依頼は、彼の暇潰し相手と、各地に存在するはずの漫画やらラノベの収集。今回アニメを知ったことで恐らくそれも追加になると思う。
別に彼の手伝いをすること自体は問題ない。
俺だってこの家にずっと閉じ籠る気は無いし、外にも出ることになるだろう。
話を聞く限り外は戦争をしているし、魔物も出る。お世辞にも治安がいいとは言えないと思う。
だが、折角異世界に転生したんだ。これは冒険しないと損というものだろう。
特殊な能力も身に付いているらしいし、どんなものか試してみたい気持ちもある。
ウィルナルドさんの家にはこっちの世界の財宝もあると言っていた。もしかしたら天◯の鎧とか、ロ◯の剣とかもあるかも。チ◯ケスレイヤーはいらねえ。
そんな最強装備があったりすれば、いきなり人生イージーモードになる。強くてニューゲームができるわけだ。
何にせよ、今後の事を考えるとここから出ないといけないな。情報はなるべく多角的に集めないと駄目だ。子供みたいな表情でアニメを見ているウィルナルドさんを疑いたくはないけど、まだ完全に信用するわけにはいかない。
アニメが終わったらこの辺の地理について聞いてみよう。
そういえば言葉ってどうなってるんだろう。
普通に会話できているけど、ファンタジーによくある『思念を直接飛ばして会話する』みたいなやつだと思ってたけど、あれのお約束は録音されたものには使えないことだった。ウィルナルドさんは今アニメを見ているけど内容はわかってるのだろうか。
まさか公用語が日本語ってことはないと思うけど……。
一人思案していると、一話が終わるところだった。
さっきの俺の操作を見ていて覚えたのか、ウィルナルドさんはアニメを一旦停止させ。
「やー、トールごめんね夢中になっちゃったよ。日本の技術は本当に凄いんだねえ。魔法を応用してこっちでも作れないものかな」
「楽しんでいただけて何よりです。ところで今後についてお話したいんですが、いくつか質問してもいいですか?」
「うんうん。なんでも聞いてよトール。いや、聞いてくださいよトールさん」
「なんですかそれ。なんでいきなり敬語になるんですか」
「あんな素晴らしい物をもたらしてくれたトールさんを呼び捨てなんてできませんよ! もうこれからが楽しみで楽しみで!」
「やめてくださいよそんなの。ウィルナルドさんの方が歳上でしょうに。そもそも命の恩人なんですから」
「そうかい? じゃあトールも敬語なんて使わなくていいんだよ。ウィルって呼んでくれていいし、もっと気楽にいこうじゃないか」
「歳上にそれは流石に抵抗が……せめてウィルさんって呼ばせてもらいますね」
日本人として、年長者に対する敬意は忘れるわけにいかない。
慣れれば変わってくるかもしれないけど、今はこれが精一杯だ。
そんな俺にウィルさんは少し寂しそうに笑い。
「まあそれは一先ず置いておこうか。それで、聞きたいことって何かな?」
「えーと。今のところこっちの世界の事が全然わからないので、一度他の街だとか村だとかに行って情報を集めてみたいんですが、近くにそういうのってありますか?」
「うーん……実は僕もここに引っ越してきたばかりでね、この辺のことは全く知らないんだよね。なんせほら、僕魔族だからさ。人里に出ると混乱が起きそうでね、あまり調べてないんだよ」
「ならまずは探してみないといけませんね。この辺りって結構危なかったりしますか?」
「エティリィは平気で外に出てるし、一緒に行けば安全だと思うよ。でも人の街を見つけたとして、トールこっちの言葉わからないよね?」
「あ、それですよ。言葉ってどうなんですか。ウィル……さんとは自然に会話できてますけど」
「こっちの言語は大きく分けて魔族語と人間語の2つだね。ちなみに僕はずっと日本語で話しているよ。ちゃんと通じてるでしょ?」
「とても流暢な日本語ですね。初めはファンタジーを疑ったくらいです。意思を変換して伝えるアイテムとか魔法って無いんですか?」
「あははは。そんな便利な物は無いねえ。僕の知らないだけかもしれないけど、聞いたこともないなぁ」
なんてこったい。まさかずっと日本語だったなんて。
あまりにも自然に会話してたから何かあると思っていたのに。ただの日本大好きさんだったとは。
となるとこっちの世界の人と交流するには言葉を覚えないといけないのか。英会話ですらできないというのに……。
偶然同郷の人に出会ったりしないもんか。
言葉を覚えるにはとにかく聞いて話すのが一番だろうし。
そんなことをウィルさんに伝えると。
「人間の言葉なら僕が教えてあげるよ。こう見えても魔族語、人間語、精霊語に日本語、その他異世界語を使いこなすマルチリンガルなんだから」
「おお。ありがとうございます。では出発は言葉を覚えてからということで。せめて自己紹介くらいはできないと揉め事になりそうですから」
「そうだね。それまでは外の森で魔物に慣れておくといいんじゃないかな」
「そうですね、そうさせてもらいます」
と、話していたところでエティリィさんが玄関を開けて帰って来た。その手にはウサギに似た動物が握られている。見た目はほぼウサギなのに、なぜか一本角が生えていて、牙も尖っている。これが魔物ってやつなのだろうか。
「エティリィおかえりー。それ今日のごはん?」
「おかえりなさいエティリィさん」
出迎えた二人に無言で頷くと、台所に入っていった。
「あれも魔物の一種ですか?」
「そうだよ。ラビシュっていう肉食の魔物だね。ああ見えて結構狂暴なんだよ。群れるし」
確かにあの角に刺されたら痛いだろう。下手したら体を貫通しそうな長さと鋭さをしていた。
あんなのが群れて襲ってきたら軽く死ねる。
「ただまあ、危険度としては最低クラスかな。なんせ小さいしね」
「あれで最低クラスですか……」
ちょっと考えを改めた方がいいかも。
一人では絶対に出歩かないようにしよう。
「さて、じゃあエティリィが食事を作っている間にトールの部屋に案内するよ。エティリィは料理上手いから期待していいと思うよ」
「お願いします。えーと、暫くお世話になります」
「うん。宜しくねトール」
頭を下げる俺に、笑いながら応えてくれるウィルさん。
日本から持ち込んだ私物の鞄を手に取って、歩き出したウィルさんに続いた。
「じゃあご飯できたら呼びに来るから。それまでゆっくりしててよ」
ウィルさんはそう残して出て行った。
案内された部屋はやたら広かった。日本で住んでいた実家のリビングくらい。12畳くらいあるだろうか。部屋のサイズの数え方が違うだろうから大体だが。
家具の類いは一式揃っており、衣装棚には服も用意されていた。
そして驚くのがベッド。一人で使うには明らかに大きいベッドが、部屋の中央に置かれている。
日本では壁にくっつけて配置することがほとんどだが、あれは部屋が狭い日本ならではっていうのは本当だったのか。
とりあえず鞄を床に置き、ベッドに腰掛ける。
うほぉー沈むぅ!
どんな素材で出来ているのかはわからないが、デパートの家具売り場で座ったことのある、どのベッドよりも心地好かった。実家の煎餅布団とは比べるまでもない。
もう俺ここんちの子になろう。父さん母さんごめんなさい。このベッドの魅力は半端ないです。
その日出された食事は本当に美味しかった。
肉食の動物は臭くて食べられないとか、あれ嘘だったんだな。
食後は他愛のない会話をして、これまた温泉みたいなお風呂を借りてから部屋に戻った。
初めてのことだらけでやはり疲れていたのか、ベッドに入るとすぐに睡魔が襲ってきたので、特に抗うこともなくそのまま夢の世界へ。
異世界生活、色々ありそうだけど案外悪くないかもしれない。