9:文明の利器
「そういうわけで、トールには僕の暇潰し相手をお願いしたいんだ!」
いやー。ここまでトールの理解が早いとは思わなかった。日本人って皆こんなに頭がいいのかな?
けどどうしたんだろう。なんだか身を乗り出したまま固まっている。
僕は異世界が好き。異世界人が好き。だから友達になりたい。遊び相手になってほしい。
うん。間違ったことは言ってないよね。トールもそう思ってくれているはず。
なのに何故固まっているのか……。
「ト、トール……? あ、もしかして結界の効果が切れちゃった? 大丈夫? 苦しい? どうしよう、ちょ、ちょっと待っててね」
慌てて詠唱を始める。
結界はすぐに発現し、トールの体を淡い光が覆っていく。
「っ! うおぉ! なにこれ!? なんか光ってる!」
「あぁトール、よかった無事だったんだね。いきなり動かなくなるなからどうしたのかと思ったよ。息苦しさとか、吐き気とかは無い?」
「あ、はい……いえ、元からそんなの無いですけど……ちょっと予想外だったと言うかなんと言うか……」
「予想外? あぁそうか。さっき結界魔法を使ったときにはトール気絶していたからね。これね、魔力を遮断する結界をトールにかけてるんだ。そうしないと僕と目を合わせるだけでトール死んじゃうかもしれないから」
「なんですかそれ即死の邪眼かなんかですか。はぁ、まぁいいです……で、具体的に俺は何をすれば?」
「えーっとね。目下的には、日本から取り寄せた物品の鑑定かな。そのうちは各地に散らばる書物の採集をお願いしたいんだけど」
どこか噛み合わないような感じはあるけど、細かいことは気にしない。とりあえず本音を打ち明ける。
「なんかもう全然勇者とか関係無いですね。どちらかというと商人?」
「あ、ごめん。勢いで勇者とか言っちゃったけどあれ嘘だ。ほら、やっぱり召喚したらああいう風に言ってみたいじゃない。……どうしたのトール! いきなり突っ伏すなんて!」
どうしようまた倒れちゃった!
ひょっとして勇者とか憧れてたのかな。期待してたのかな。
「俺の異世界生活はここで終わりを告げました。榊原透先生の来世にご期待ください……」
「落ち着いて! 落ち着いて話そう! 話せばわかるよ! ほら、勇者とか呼んじゃうと僕が襲われちゃうかもしれないし。折角召喚したのにすぐどこか行かれたりしても寂しいじゃない!? あ、ほらそれに異世界から召喚された人は何かしら特殊な能力が身に付いているはずだよ! トールの場合は何かなあ。ひょっとしたら魔王を倒せるくらいの凄い能力かもしれないよ!?」
「そもそもいるの、魔王? 魔族ってみんなウィルナルドさんみたいにフレンドリーだったりするんじゃないですか」
「いるいる魔王超いる! 怖いよ。魔王超怖いよ!」
「超怖いとか無理ですー。もう俺はのんびり商人として暮らしていきますー。この流れだとどうせ特殊能力も商人向けのやつなんでしょう? 値切りが必ず成功するとか、宝くじに当たりやすくなるとか、物を見ただけで名前がわかるとか、そういう戦闘に関係ない能力なんでしょう?」
「いやいやわからないよ! すごい戦闘向きの能力で大冒険できるかもしれないよ! 血飛び散り肉引き裂ける? 冒険が待ってるかもしれないよ!?」
「なにその怖い冒険。もうちょっと平和で安全な生活はできないんですかね」
「トールさっきと言ってること変わってるよ!?」
完全にやる気を無くしてしまったトールをなんとかして元気付けようとするも、上手くいかない。
うーん、どうしよう……。
「そもそも、なんで俺だったんですかね。もっと優秀な人選んだ方が良かったんじゃないですか。いや助けてもらっておいて言うのもなんですけど」
「それは多分、召喚するときの条件に『同好の士』っていう条件を付けたからじゃないかな。日本の漫画とかラノベについて語れる相手が良かったんだよ。あとはえっと……日本人の友達が……欲しかった……から……やめて! その目はやめて! 大丈夫だから! そっちの気があるわけじゃないからそんな目で見ないでっ!」
おかしいな。ここはキュンとなってお願いを聞いてくれるようになるはずだったのに。
なんか凄い冷たい目をされた上にかなり引かれてしまった。
日本人の文化はなかなかに難しいみたい。
「はぁ。同好の士っていうことは、ウィルナルドさんはかなりオタク文化に詳しいっていうことですか? それも日本の? 異世界なのに?」
やった、食いついてくれた。
やっぱり同じ趣味を持った相手とは語り合いたいって思うものだよね。どこかあきらめたようなため息を吐いてたけど、気のせいだよね。
「ふっふー。よくぞ聞いてくれました。実は物質を取り寄せる召喚魔法っていうのもあってね。僕の実家はそこそこ裕福だったからそういう異世界のアイテムが沢山集まっていたんだよ。漫画やラノベはその一部だね」
「あっ! たまに日本から物が無くなってたのは万引きじゃなくてこっちから盗んでたんですか! お巡りさーん! この人ですー!」
「やめてー! オマワリサンがよくわからないけど何か嫌な予感がするからやめてー! あと召喚したのは僕じゃないからセーフです!」
「盗品と分かって取引したらそれも犯罪なんですー。まあこっちの世界に法律があるかは知りませんが。で、どんな漫画があるんですか? 自慢するからにはそれなりの物を見せていただかないと」
あれっ? いつの間にか主導権を握られてる気がするよ。日本人ってすごいなあ。怖いよトール。トール怖いよ。
「よし、それじゃあ僕の書斎に案内しようじゃないか」
僕のコレクションを見れば腰を抜かすだろうさ。恐れおののくがいい人間!
「ようこそ我が書斎へ! どうだいこの本の数は! 凄いだろう驚いたろう尊敬したろう!?」
「え、少な」
「え、うそ。え?」
え、少ないの?
いやだって魔王城にあった本ほぼ全てだよ。
これを見た瞬間少ないって反応するとか一体どうなってるの。
「これ何冊くらいあるんですか?」
「うーん。ざっくりだけど1000冊くらいはあるんじゃないかな。」
「ということは100巻まで出てる本が10種類ですもんね。やっぱり少ないですよ。しかもこれ全部が漫画ってわけじゃなくて他の本も混ざってますし」
「むう……こっちではこれだけの本があれば王都に家を建てるくらいはできる金額になるんだけどな……やっぱり本場は凄いんだねえ。トールはどれくらいの本を持っていたの?」
「売っちゃったりしてるんで全部手元に残していた訳ではないですけど、少なくともここにある量の数倍は読んできたと思いますよ。あ、でも結構懐かしい漫画がちらほらと……」
日本人恐るべし。
これはかなり期待していいかもしれない。
是非他のも見てもらわないと。
「ところでトール。日本から召喚した物って他にもいくつかあるんだけど、ほとんど使い方がわからないんだよね。わかるのがあれば教えてもらえないかな」
「それはいいですけど……俺もそんな色々わかるわけではないですからね。あんまり期待しないでくださいよ」
ということで別の部屋に移動する。
ちなみに城から持ち出した品は分別したあと部屋毎に分けて収納してある。押入とかに入る量ではないからね。
本の部屋、本以外の日本製品らしき部屋、日本以外の異世界の部屋、こっちの世界の宝の部屋の4つ。
これだけで6部屋あるうちの4部屋が埋まってしまった。残り一部屋は僕の部屋で、あと一部屋は空室になっている。まあ、順当にいけばトールの部屋になるのかな。
エティリィは部屋が必要ない。なんせ寝ないから。
そして私物とかも無いから。
で、今トールを案内しているのは日本製品らしき部屋。
僕には使い方がさっぱりな物が集まっているけど、日本人であるトールなら何かわかるかもしれない。
「と、いうことでどうかなトール。何か面白いものある?」
「とりあえずブルーレイボックスがやたらあるのが気になりますね。あとは家電がメインかあ」
「あーそれ、表に漫画が描いてあるから気にはなってたんだよね。中身はなんの魔力も込められてない円盤だし、何に使うのかなって。カデン? についてはよくわからないや」
「漫画じゃなくてアニメですね。動く漫画みたいなやつです。で、家電ってうのは冷蔵庫やら掃除機やらのことです。ていうかやたら大きいテレビあるんですけど、50インチくらい? 使えないんですかこれ」
「アニメ! 聞いたことあるよ! 動いたり音が出たりするやつだよね! はぁ~……これがそうだったんだぁ。見たいなー。見てみたいなー。どうやったら見られるのかなぁ」
家に沢山あった謎の円盤が、噂に聞くアニメだったとは。
感動だった。トールの召喚に成功したときも感動したけど、同じくらい感動してしまった。
そうとわかれば見てみたい。どうにか見られないものかな。
「うーん……これだけ色々あればレコーダーくらいは有りそうですけど……あぁあったあった。なんでこんな高級品がごろごろ転がってるんですかここは」
「どうかなトール。見られる? 僕アニメ見られる?」
「機材は揃ってそうですね。コンセントどこにあります?」
「コンセント? 何だろう、どんな見た目のやつかな?」
ごちゃごちゃしてる線を弄っていたトールの手が止まった。もしかしてまた変なこと言ってしまったのだろうか。
「ウィルナルドさん。つかぬことをお伺いしますが、もしかしてこの世界って電気とか無いですか?」
「電気ってあの雷撃魔法とかのやつ? 当たると痺れたり焦げたりする」
「そういうのじゃなくて……なんて言えばいいのか……こういう機械を動かすための動力みたいなやつなんですけど」
「ごめんねトール。ちょっとよくわからないや」
「うん。無理です。流石異世界。そこまでインフラ整備されてないですよね」
「ええっ!? うぅん……そっか……まぁ仕方がないよね……これがアニメだってわかっただけでも収穫だったよ。ありがとうねトール」
うん。残念だけど仕方がない。
物凄くアニメを見てみたかったけど仕方がない。
ちょっと期待しちゃった分辛いけど仕方がない。
あ、駄目だ涙出てきた。トールにばれたら気を使わせちゃうな。見つからないようにしないと。
幸いトールはこちらを気にすることなくまた何かを探し始めている。
電気、電気がなんとかなればアニメが見られるのか。うーむ……全く心当たりがない。実家にもそういう技術は無かったはずだけど、人間の国に行けば何かあったりするんだろうか。異世界人も何人かいるはずだし。
ところがどっこい。生粋の引きこもりにはそれも難しい相談ですね。そもそも僕が人間の街に入ったら大混乱起きそうだ。
「あれ、でもこの家の外って明るかったですよね。屋外ではなさそうでしたけど、あの照明って電気じゃないんですか?」
「ん? あれは光の精霊にお願いして明かりを確保してもらっているんだよ。ここは地下で真っ暗だったからね。ちなみに水とか空気も精霊さんの力で出してもらっているよ」
「なるほど。やっぱりその辺はファンタジーなんですね。……お、見っけ。いやー探せばあるもんだ」
精霊さんのありがたみを説明している間も探し物をしていたトールが何か見つけたみたい。
なんだろうあれ。赤い……鞄? 取手がついてるけどなんか固そう。所々に穴が開いているし、使い勝手は悪そうだけども。
「燃料は大丈夫。ちゃんと動くかな? あーでもここ屋内だし外出たほうがいいか」
「ねえねえトール。それは一体なんなんだい?」
トールの持っている鞄? を指して尋ねる。
燃料とか屋内とか、なんの話だろう。爆発物ってこと?
トールはそれをひょいと持ち上げ。
「これは発電機。電気を生み出す道具です」
「トールさん素敵! 抱いて!」
思わず飛び付いてしまった。
落としてから上げるとか、トールはなかなかの鬼畜だね。でもこれで電気が作れるのかな。アニメが見られるのかな!
トールが冷たい眼で見てくるけど関係無い。
もし僕に尻尾が生えていたら、きっと空を飛べるほど振り回していることだろう。それくらい嬉しかった。
「確証は無いですけど、多分見られるんじゃないかと。とりあえず動きだけまず確認してみますね」
そう言ってトールは外に出ていった。
当然その後に続く僕とエティリィ。
これでついにアニメが見られるぞーっと!