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残念魔王と異世界勇者  作者: 真田虫
第一部 異世界召喚編
10/76

8:異世界生活はじめました ~榊原 透~


 頭が混乱している。

 気が付いたら俺は地面に倒れていて、目の前には不審な黒髪の男と無表情な赤髪の女性。

 というかさっきまで駅にいたはずなのに、ここは何処だ。

 思い出してきた。そうださっきまで駅にいたんだ。

 アルバイトの帰り、ホームでいつものように携帯をいじりながら電車を待っていたら、いきなり後ろから線路に突き飛ばされた。

 

「あれ……俺今電車に……あれ?」

 

 最後に覚えているのは迫る電車の姿と警笛の音。

 衝撃は感じなかったけど、あの状況で助かるとも思えなかった。

 しかし、見たところ服が破れている訳でもないし、体に傷も無さそうだ。一体全体何がどうなっているのか。

 

「や、やあ、僕はウィルナルド。悪い魔族じゃないよ」

 

 こちらがまだ事態を把握できていないというのに、更に混乱することを言い出した。

 よく見たらなんか角とか付いてるんだけど。

 

「いや魔族って……は……? え……? なにこれ夢? どっきり? ていうかコスプレ?」

 

 もう何が何やら全くわからない。

 なんで悪の魔法使いみたいな服を着た上に角までつけた人がどこかのスライムみたいな事を言っているのか。

 というかどう見ても日本人の顔じゃないのに流暢な日本語が聞こえてくるのか。

 最近流行りの日本好き外国人? オタク拗らせちゃった可哀想な人?

 

「まあ混乱するのも無理はないと思うよ。ここは剣と魔法の世界。ようこそ勇者よ。貴方を歓迎します」

 

 勇者ときたもんだ。

 あかん、これあかんやつや。

 もしかしてこれアレなのか。本でよく見るアレなのか。


「改めて自己紹介を。僕はウィルナルド。こっちはエティリィ。君の名前を聞いてもいいかな?」

「あ、えっと、透です。榊原透。え、なんですかこのどっきり。テレビかなんかですか?」

 

 やっぱり聞こえてくるのは日本語。しかし聞こえてくる名前は当然のように日本人のものではなかった。

 一縷の望みをかけてテレビ番組であることを再確認するが。

 

「うん、トォル、トールね。宜しくねトール。どっきりでもなんでもないよ。ここは君のいた地球とは異なる世界。君から見れば、正真正銘の異世界だよ」

 

 俺の最後の希望はばっさりと切り捨てられた。

 あぁ、そうか。やはり俺はあのとき電車に跳ねられて死んでしまったのか。

 そしてここは異世界で、今流行の異世界転生っていうのに巻き込まれてしまったわけだ。

 まだこれが盛大などっきりである可能性が消えたわけではないが、俺みたいな一般人相手にここまでする必要は無いだろう。

 認めたくない。認めたくはないけど、目の前の男、ウィルナルドさんが言う事を信じるのであれば彼は魔族で、俺は勇者として呼ばれたことになる。

 オーケオーケ。それならそれで有りかもしれない。

 異世界転生。勇者とくれば俺には何か特殊なチート能力が宿っているはず。そしてこの世界は何らかの事情で滅びかけていて、俺はそのチート能力を駆使して世界を救ったりするわけだ。そんでもって最後はどこかの国のお姫様と結婚なんかして幸せな人生を送るわけだな。いや待て。旅の途中で出会った苦楽を共にした仲間と結婚するルートも捨てがたい。むしろここは異世界なんだし重婚も有りか? ハーレムルート一直線っすか? やっべー異世界まじたまらんですよ。そうだよな世界を救った英雄ならそれくらいの甲斐性も必要だよな。おいおいどうしよう。あっちの世界では万年窓際族だったオタクの俺が勇者ですよハーレムですよ。わるいな同級生諸君。先に大人の階段登らせてもらうよ。君らは暫く画面の中の嫁で我慢してくれたまえ。おっとそういえばさっきから目の前に可愛い女の子もいるじゃないか、なんか奴隷みたいな服着させられてるし表情も虚ろだ。これはあれだな。俺が目の前の魔族を倒して彼女を解放してあげないといけないんだな。そして始まる二人旅。その旅の途中で彼女は人の心を取り戻す。メインヒロインはここにいた! 覚悟しやがれ魔族野郎! 彼女の愛をとりもどせ! ユーはショック!

 

 その、俺の異世界生活最初の獲物となるはずの魔族野郎は、目をキラッキラさせながら俺の方を見ていた。

 それはまるでずっと欲しかったオモチャを誕生日に買って貰った子供のような……。

 そこに敵意は全く感じられなかった。

 あれ? 俺を召喚したのがウィルナルドさんだとして、魔族が勇者を召喚したわけか?

 ……んん?

 

「えーと、ここはファンタジーな異世界というのはわかりました。それで世界はどんな状況なんでしょうか。すぐにでも魔王と戦わないといけないくらい危機に瀕しているんですか?」

「おお。理解が早くて助かるよ。まあここで話すのもなんだし。とりあえず家に入らないかい? そこで落ち着いて話そうじゃないか」


 ともすればゲームのラスボスでもおかしくなさそうな見た目のくせにやたらフレンドリーな人だな。

 悪い魔族じゃないのかもしれない。まだ油断はできないが。

 

 

「狭い家で悪いけど、上がってよ」

「あ、はいおじゃまします……」

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。黒い球なんか無いし、ラジオ体操も流れたりしないから」

 

 いちいち小ネタを挟んでくるなこの人。本当に異世界なのか逆に不安になってくる。あと、俺が警戒してるのはあなたです。

 

 通されたリビングは広かった。40畳くらいあるんじゃないか。二階まで吹き抜けになっていることも更に広く感じさせていた。ちょっとしたダンスパーティーくらいなら開催できそう。

 というか家自体がかなり大きかった。ウィルナルドさんは狭いとか言ってたけど、同じものを都内に建てようと思ったら一体いくらかかるのやら。

 勧められたソファーとやたら座り心地がよかった。

 相当の金持ちなのか、それともこちらではこれが一般的なのか。

 席につくとすぐにエティリィさんがお茶を出してくれた。口をつけてみると、緑茶と紅茶の間の子のような味がする。不思議な味ではあるけどこれはこれで日本人の口に合うかもしれない。

 

「さて、三度目になるけど改めて。僕の名前は名前はウィルナルド。魔族やってます。宜しくね。それでこっちのはエティリィ。マジカルパペットっていう魔物ね」


 なんか聞き捨てならない単語が聞こえた気がする。魔物? 魔族とはまた別の扱いなんだろうか。

 気にはなるけど、とりあえず後でいいか。

 

「榊原透です。18歳。日本で学生やってます……ました? 電車に跳ねられたと思ったらここにいました」

「宜しくトール。さて何から話したもんか。まずは勝手に呼び出したことを謝るべきかな」

「いえ、どっちみちあのままでは死んでいたはずなので、むしろウィルナルドさんには感謝するべきだと思っています。ありがとうございました」

「それは良かった。いやあ、いきなり仲違いとか嫌だからさ。そう言って貰えると助かるよ。それで、何か聞きたいことはあるかな」

「いきなり質問といっても、まだ何が何やらわからない状態なので……とりあえず現状の説明を頂きたいところです」 

「あぁ、そうだよね。じゃあざっくりと話していくから、気になることがあったら聞いてね」

 

 ここでウィルナルドさんはお茶を一口啜り。

 

「まず、この世界には魔族と人間、亜人や魔物、あと精霊が住んでいます。魔族と人間はほぼ同じくらいの人口かな。魔物はそこらじゅうにいて、基本的にコミュニケーションは取れないと思った方がいい。亜人は数が少ないね。彼らは元々この世界の住人ではなくて、異世界から召喚された人たちの子孫なんだ。地球以外の所からね。あと精霊はなかなかお目にかかれないだろうけど、そこら中に存在していて色々やってるよ。と、ここまでで質問はある?」

「はい。魔物とはコミュニケーションが取れないということですが、そちらのエティリィさんも魔物なんですよね?」

「この子はちょっと特別な魔物でね。マジカルパペットっていう魔道具が元なんだけど、術者の力量によってかなり性質が異なってくるんだ。元々が魔道具だから魔族でも人間でもない。でも魂を持っているから道具でもない。なら魔物かなっていう扱いをされているんだ。会話ができるパペットって、なかなかいないんだよ? 欲を言えばもう少し人間味を帯びて欲しいところではあるけどね」

「なるほど、わかりました」

 

 頭のいい動物みたいな扱いなんだろうか。見た目は完全に人間なのにな。しかも可愛い。

 

「じゃあ続けるね。世界情勢だけど、魔族と人間は対立している。でも魔族同士や人間同士でも国が違えば戦争は起こり得るんだ。勿論同族同士で同盟を組んだって話はあるから、魔族と人間が仲良くしている地域もどこかにあるかもしれない。正直僕もあまり他の国のことは詳しく知らないんだよね。家に籠っている時期がながかったもので」

 

 ふんふんと頷く。

 要するに群雄割拠してるのかな。各国が争いを続けてるとか結構物騒な世界のようだ。

 まあそんな世界じゃなければ勇者を召喚なんて考えないか。

 

「で、肝心のトールを召喚した理由なんだけど。実は魔王を退治してほしいとか、そういうのとはちょっと違うんだ」

 

 言いづらそうに苦笑いしながら頬を掻いている。

 思わず身を乗り出してしまう。

 とはいえ、ここまでの話でなんとなく想像はついている。

 ウィルナルドさんは、多分そんな悪い魔族じゃない。

 そしてそんな人がわざわざ人間を召喚したというのは、人間と仲良くしたいと考えているからではないだろうか。

 いきなり人間の世界に行くと混乱が起きるから、まずは俺に架け橋になって欲しいといったところか。

 少々想像していた冒険の旅とは異なってくるけど、まあそういう人助けも悪くない。死ぬところを助けて貰った恩義もあることだし。

 さっき魔王退治とか言っちゃったからな。こっちから助け船を出してあげようか。

 

「なんとなくわかりました。つまりウィルナルドさんは人間と仲良くしたいんですね?」

「そう!そうなんだよ! すごいねトールは。きっと日本でもかなり優秀な人材だったんだろうね」

 

 やはり当たりらしい。

 尊敬するようにこちらを見つめてくるのが少し恥ずかしい。

 俺が動くことで最終的に世界が平和になるなら、それも勇者の仕事と言ってもいいだろう。

 この時点で、彼の手伝いをすることは俺の中で固まっていた。

 そのはずだったのだが。

  

「そういうわけで、トールには僕の暇潰し相手をお願いしたいんだ!」

 

 彼が続けた言葉は俺の想像の遥か斜めを突き進んでいた。

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