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転生プログラム  作者: ソングダ
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キメラの力

森の中を日が暮れるまで彷徨った私は、巨木裾野に体を預け、ここで夜を明かすことにした。


幸い、近くに魔物の気配はない。

もうぐったり疲れて、気力だけでなんとか動いているといった感じだ。

それにしてもお腹が減った。

猛烈に肉が食べたい。

やっぱり、魔獣ワイルドドッグになってしまった私は、ワイルドな食事を欲するようだ。


何か食べられそうな物をと、

昼のうちに拾っておいたどんぐりを鋭い牙で噛み砕く。

まるでマシュマロのように歯ごたえがない、味も砂っぽくて美味しくな...

ーーおや、なんか体がキラキラしてきた

この体に染み渡るようなやさしい味、これがどんぐりの味なのか。


私の体は、淡く黄緑色に光り、夜の森を照らした。

私の目の前に、ホログラムメッセージが浮かぶ。


『フェアリードッグ:妖獣族:LV6:"妖精の力を持った妖獣の一種。深い森の中に住み、エルフを友とする。強力な森林魔法を使いこなす。"』


さっさまでワイルドドッグだったはずなのに、どんぐりを食べたら別の存在になってしまった。

突然変異とでも呼んでおこう。

しかもレベルも1上がって6になっている。

何故だろう。拾ってきたどんぐりがふしぎなどんぐりが混じっていたのだろうか。


気まぐれに目の前のホログラムメッセージに前足で触れてみたところ、

VRMMO(仮想現実大規模オンラインゲーム)等でよくあるようなメニュー画面が開いた。

ステータス、フレンド、スキル、などなどよくあるユーザーインターフェースだ。

そのフレンド欄を試しに開いてみた瞬間、私は急にここは現実であると感じた。

見覚えのあるSNSのアカウント名がずらりと並んでいるのだ。

それも、新しいテラタームを買ってから、すぐに連絡を取った親しい友人達だけが表示されている。

ハンドルネームのやつもいるから、これはアプリに登録した名前がそのまま表示されているのだろう。


そう考えると、ここが現実なのか仮想現実なのかが気になり出した。

思えば、ホログラムメッセージが表示されている時点で疑うべきだったのかもしれない。

でも、痛みや空腹、疲労感がリアルすぎて、そんな疑問が浮かぶ余地がなかった。

仮想現実では、普通、痛みや疲労などは、身体機能を保持する最低限の感覚しか感じないようになっている。

とにかく、キメラになったタイミングで意識が途切れ、そのまま脳をゲームサーバーに繋がれている可能性もありえる。


試しに、オンラインになっている友人に連絡を取ってみることにした。

もし私の精神がゲームサーバーの中にいたとしても、物質的にゲームサーバーの外にいる人に通信をすることはできる。

地下鉄に乗っていても、地上にいる人にメールができるのと同じことだ。

なんらかの情報を得ることができれば、そこからなにか突破口となる情報が得られるかもしれない。


ハンドルネーム、ぬらりひょんラブ♡こと同人サークル『干物会』の可愛い後輩、ぬらちゃんにメッセージを送ってみる。


あっ、マズイ。私自分の名前わからない。

友達の名前とかは覚えてるのに、おかしいな。私の名前のところは勝手に魔物の名前『フェアリードック』になってるし。

まぁいいや、ぬらちゃんに私の名前をそれとなく聞いてみればいいや。


《フェアリードック: 23:01 ヤッホーぬらちゃん元気?わたし分かる?ほら、干物会で一緒に同人誌とか書いたよね?》

《ぬらりひょんラブ♡: 23:02 えっと、キノ先輩ですか?その変なテンションは先輩しかいませんよね。というかどこいってたんですか?卒業せずにどこかに居なくなってから、随分久しぶりですよね。心配してたんですよ。》


どうやら私の名前はキノというらしい。

ん?卒業せずに……とは一体どういうことだ。

私はついさっきまで研究室の主任と話していたはずだ。


ふとホログラム画面の右下に表示された時計が目に入った。


2043年か……確かさっきまで2040年だったはず。

私にはなぜか3年間も空白の時間がある。

そういえば、私を襲ったゾンビは、埼玉の生物研究所から出現したと主任が言っていた。

埼玉に住んでいたはずのぬらちゃんは大丈夫だったのかな……


《フェアリードック: 23:03 実は私もよくわかんないんだ。秋葉原で突然ゾンビに襲われて、目が覚めたらどこかの廃墟の公園にいた。ぬらちゃんは平気だった?》

《ぬらりひょんラブ♡: 23:05 平気な訳ないじゃないですか!ゾンビって、『黙示録』の日のことを言っているんですか?あれから色々めちゃくちゃで、まともな神経では生きていられませんでしたよ。》


おそらく、ゾンビが現れた日のことを、『黙示録』と呼んでいるのだろう。

私が仮に3年間意識を失っていたとすると、今の社会は大きく変動している可能性がある。


ーーそれから、私はぬらちゃんから、様々なことを教わった。

まず、ここは現実であること。

Doodle Mapで現在地を確認してみれば?と言われて、ここが日本であることに気がついた。

何故か日本海側の見知らぬ土地にいるし、それぞれの県境がなくなってるとかちょっと混乱したけれど、ぬらちゃんが言うにはそれは3年前におきたクーデターで日本の行政が崩壊したかららしい。それで、都道府県という概念はなくなってしまったようだ。


もはや東京は首都機能を失い廃墟となり、元都民の人々は小さな村レベルのいくつもの集落を作って生活しているらしい。

大量虐殺が可能なほど強力な力を持つ魔人は脅威であるため、かつての都市部のような集団生活は危険すぎて、年を離れて行く人が急増したらしい。

その結果、周辺地域に一気に人口が流出し、それぞれの集落は地方豪族が牛耳っているとか、ならず者が集まる無法地帯がそこらへんにあるとか、ここが日本とは思えない物騒な話だ。

更に悪いことに、野生のキメラが他人の体を乗っ取る能力をもっていることで、極度の人間不信が蔓延し、一般的な集落では余所者を見かけたらすぐ殺すのが普通らしい。酷い閉鎖的な社会だ。魔獣やキメラなんて尚更、悪即斬らしい。


ぬらちゃんとのチャットを終了し、私はため息をついた。

彼女と話ができて安心して一気に疲れが出た。もしぬらちゃんに話を聞かずに人里に入って行ったら......おお、怖い、きっと恐ろしい目に会っていただろう。

これは人里に降りていくのは無理そうだな……


いかにもゲームのような、レベル表示やメニュー画面があることから、もしかしてネット小説とかゲームでよくある設定の異世界に転生したのでは?と期待してしまったが、残念ながらこれは現実のようだ。

空白の3年間のことは一旦置いておいて、まずは自分の身の回りに起こっていることを整理しよう。


まず、私はゾンビに食われて死んだ。

これは多分2040年に起こった。

そして、研究室で樹の精霊ドライアドと合成され生き返り、キメラと呼ばれる存在となった。

それから、廃墟の公園でワイルドドッグに襲われ、ドライアドの体とワイルドドッグの体を強制的に入れ替えられた。

最後に、さっき森でドングリを食べたら、ワイルドドッグからフェアリードッグに進化?した。

いまここ......2043年でいつのまにか3年経っている。


メニューに表示されている時間を目で追っていると、スキルという項目が目についた。

本当にゲームとしか思えないなぁ。

こんな暗い森の中に一人でいるというのに、何だか楽しくなってきた。


『樹の創造者、複製分裂、適応力、妖精の力、ライフハック』


スキル欄に表示されているのは、この五つだ。これだけ見ていると、現実感が全然ない。

新しいゲームのチュートリアルが終わって、キャラのステータスをふーんって感じで眺めてるような気になる。

とりあえず、まずは最初から詳細を確認してみよう。



”樹の創造者:ドライアドの固有スキル。植物を体内に取り込むことで、経験値取得及び進化が可能。”



どうやら固有スキルというものがあるようだ。

さっきドングリを食べた時に発動したのがこのスキルのようだ。

ワイルドドッグから、フェアリードッグに進化する起因となったのではないだろうか。


何故かワイルドドッグの体に入ってからも、ドライアドだった時のスキルが引き継がれているようだ。

それにしても、経験値取得と進化って何気にチート能力だ。

これは楽しくなってきたぞ。

よし、次を確認だ。



”妖精の力:妖精魔法の詠唱破棄、及び妖精魔法の威力150パーセント”



これは固有のものかどうか明記されていないな。

多分ドライアドのスキルなんだろう。



”複製分裂:レジェンドスライムの固有スキル。自身の体内に保有する情報を、身体と精神が分裂した時に複製することができる。”


ん?レジェンドスライム?なんだそれ。

何故こんなスキルがあるのかはわからないが、どうやらこのスキルのおかげで体を奪われた時に、以前のスキルや記憶などが失われずに済んだようだ。



”適応力:ワイルドドッグの固有スキル。環境に合わせて体組成を変換することができる。”


これはどうやらワイルドドッグが持っていたスキルのようだ。

発動条件は曖昧でよくわからないが、森の中でドングリを食べたら直ぐ進化できたことと何か関係があるかもしれない。

もしかすると、キメラの力とは、入れ替わった先の生き物が持っていた固有能力を使えることなのか……

そして、最後の怪し気な名前のスキルを開くと、それは確信に変わった。



”ライフハック:キメラの固有スキル。自分より精神力が低い生命体に対し、強制的に相手の体と自分の体を交換することができる。”



やっぱり、このスキルがあることで、他人と入れ替わることができるみたいだ。

このスキルだけで、移住先の体に元のスキルを引き継げるのかどうかは不明だが、私の場合はできている。

これは、どんどん魔物と入れ替われば最強を目指せるのでは……

RPGで言えば、魔王様だってなれちゃうんじゃないか。

よし、まずはドライアドの能力で植物を食べまくれば手早くレベリングできるんじゃないかな。


さっきまでの沈んだ気分と打って変わって、有頂天になった私は、

拾い集めたドングリを全部一気に食べた。

しかし、特に目立った効果はない。

きっとなんらかの制約があるのだろう。


私は気を取り直して、さっき見つけた地図アプリで自分の現在地を表示した。



『ラ・サイバーマン伯爵領』



日本地図で言うところの、福井・石川・富山に跨る北陸地方に、謎の名称が表示されている。

伯爵ってなんだよ……どういう国家体制になってるんだ、この国は。


本当に異世界に迷い込んだのではないかという疑問が再燃したが、とにかくまずは情報を整理してから判断しようと思い直した。

それに、一般常識くらいであれば、テラネットでちょっと調べれば出てくる……

よし、出た。



『ラ・サイバーマン伯爵領とは、神聖大和帝国樹立時の聖戦を平定した軍神サイバーマンにより統治される地方のこと。』



神聖大和帝国?なんだそれは。

そもそも日本という言葉が一件も検索にヒットしない。

きっと、なんらかの情報統制がされているのだろう。


まったく、たった三年で日本はどうなってしまったんだ。

途方もない情報量に圧倒されていた私は、ふと両親の顔を思い出した。


私、生きて帰れるのかな。

お父さん、お母さん、きっと生きているよね。


フレンドリストを下までスクロールさせても出てこない両親の名前に、

テラタームを新調してすぐに両親をアドレス登録しなかった自分の親不孝ものさをひしひしと感じた。


こんなところでうじうじしていてもしょうがない。

今日はもう寝て明日のことは明日考えよう。


私は、開き直って、木の根っこの下の穴に入り眠りに落ちた。











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