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転生プログラム  作者: ソングダ
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いきなりバイオハザード

私は今、秋葉原の電気街でゾンビに追われている。

ついさっき、某牛丼屋で遅い朝ごはんを食べていた時に暴動が起こったのだ。あろうことかゾンビの群が店に雪崩れ込んで来た。

もし早朝から並んで買ったテラタームの設定が済んでいなければ、私もお店にいた他のお客さんのように奴らに食い殺されていたところだった。


私は、歩行者天国......いや、ゾンビ地獄となっている中央通りを駆けながら、行く手を遮るゾンビの群に衝撃波を放って進路を拓く。

先ほど牛丼屋を脱出した時に使った時よりは、脳が焼けつく感じが多少マシだ。

私の脳から発信される指令は、首から下げたネックレス型の最新式テラタームを媒介にテラネットに発信され、それを受信した大気中に漂うフェアリー(原子精霊とも呼ばれるピコマシン)が指示通りの物理現象を発生させる。もはや魔法だ。

現に、公共の場での使用認可が下りたプログラムは魔法と呼ばれる。


さっき使った魔法は、痴漢撃退用の護衛魔法ショックウェーブを研究室でこっそり改造したものだ。

通常なら、違法魔法の公共の場での使用はすぐに魔法庁に検知され、私は魔法警察の厄介になる。でも今は非常事態、そんなことは気にしてられない。

走るのに邪魔になっていた長い黒髪を、後ろ手でポニーテールにする。

私の白いうなじを見て、ゾンビが興奮しているんだろうか。なんかさっきより追いかけて来た数が増えた気がする。


「ーーーー!!!」


空高くから私を呼ぶ声が聞こえる。

若い男のイケメン声だ。

幻聴?順番待ちのときに夜通しやり続けた王子様育成ゲームのせいで、頭がおかしくなった......?


「フライを使え!お前も飛べるだろ!」


見上げると、研究室の主任がフライの魔法で飛んでいた。

顔はまぁ、悪くないんだけど、あの人を一瞬でも王子様ボイスだと思ってしまった自分を叱りたい。時々、さりげなくタッチしようとしてくるスケベなところが生理的に無理。それと、自分の功績をやたらアピールするナルシストなところも嫌い。

ただ、フライの魔法はもっと苦手だ。昔、落ちた時のことがトラウマになっている。でも今はそんなこと言ってられない。背中のすぐ近くにゾンビの群れの気配を感じる。


「水野主任!今行きます!」


私は、地面を大きく蹴り上げて、フライの実行プログラムを思念して呼び出した。

体がふわりと宙に浮かぶ。


「ウボォァー!!」


耳障りな叫び声をあげて、ゾンビが私のジャージのズボンの裾を引っ張った。


「あっ、バカ!何するのよ!」


半分お尻が見えるところまで脱がされ掛けて、とっさにズボンを手で掴む。

でも、それは悪手だった。

私はバランスを崩し、顔面からアスファルトの道路に落下してしまった。


私は、轢かれたカエルのように無様に倒れ込んだ。ズボンは完全に脱がされ、下着姿となってしまっている。

長い黒髪が、ゾンビに掴まれ、引っ張られた。焼けるような激痛が全身を襲う。


「あぁ......やめて、助けて!」


水野主任がこっちに向かって来るのが見えた。

でも、もう間に合わない。

腕がゾンビに齧られ、肉が削げ落ち骨が見えている。

何体ものゾンビが奇声をあげながら私の体をあちこち引っ張り、ある者は齧りつき、ある者は引きちぎり、私の肉を食らう。


私は、声にならない声を上げて、涙と鼻水でいっぱいの顔を拭おうとした。

右腕が無い。

途端に絶望感に襲われ、同時に諦めに似た戯けた感情が湧き上がった。


あぁ......とうとう私、食べられちゃうのか。どうせなら、初めては王子様が良かったな。いや、せめて物理的に食べるんじゃなくて、ちゃんと愛して欲しかった。イケメンとかじゃなくてもいいからさ。寧ろ、今までメンクイで碌に恋愛もしなかった私が悪いんだよね。理系の研究室で紅一点で、大学でもチヤホヤされて、ちょっといい気分になってた自分がバカバカしくなった。

あぁ......人生やり直せるなら、ちゃんとした恋愛がしたい。神様、ごめんなさい。


「ウボォー!フシャーッ!!」


私は、血だまりの中で、体をひっくり返された。

泣きじゃくってぐしゃぐしゃになった顔、血まみれのからだ、ボロボロの服と下着。痛いのと恥ずかしいのとで、もうこの世から消えてしまいたい。

とうとう、ゾンビたちが私のお腹の肉を喰らい始め、私は恐怖で目を閉じた。

そのまま私は闇の中に落ちていった。


♦︎

微睡の中で目を開いた。視界がぼやけてよく見えない。まるで水の中にいるみたいだ。

意識の覚醒は、ここが夢なのか現実なのかという問いに、明確な答えを出さなかった。

まるで、徹夜した次の日の朝の気だるさのように、現実が戻ってくるのを拒んでいる私がいる。

しばらくして、変な緑色の液体に全身が包まれているのが分かった。

息をすると、 鼻から気泡が出てくるが、普通に呼吸ができる。

ゾンビに食べられて欠損したはずの部位も綺麗に元に戻っていた。

ただし、私は全裸だった。


ここはどこだろう。少なくとも天国とかではなさそうだ。

私は、透明のケースに閉じ込められている。その中には謎の液体。

うーん、どうやら何かの実験装置の中にいるみたいだ。

命が助かったのは良かったけど、私のような可憐な美少女を閉じ込めて実験する変態博士はどこのどいつだろう。


「お目覚めのようだね。」


クスクスと笑いながら、白衣の男が部屋に入ってきた。

私は、とっさに自分の胸と大事なところを手で隠す。


「水野主任!いったい何なんですか!?」


ゴポゴポと泡を出しながら、私は叫んだ。いったい何て日だ!ゾンビにセクハラされてガチで食われた後は、全裸に剥かれて主任に視姦されるなんて......


「何って、死んでた君を生き返らせてあげようとしてるんじゃないか。助けようとしてあげてるんだから、もうちょっと感謝しなよ。今の君はそのカプセルから出た瞬間死んじゃうからね。」


「えっ!そんな......!ここから出られないんじゃ、新作のポ◯モンも遊べないじゃないの!せめてネットだけでも見させて!」


私のネックレス型テラタームは、外されているし、ネットにアクセスすることができない。つまりそれは、文化的な活動の殆どができないということだ。


「おいおい、逆に、それさえできればそのままでも良いっていうのかい。見た目はせっかく綺麗なのに、中身がこれでは勿体無い。」


「ちょっと!さりげなくすごく酷いこと言った!私の裸見といてその感想はないでしょ!」


もっと色々言いたいことはあったけど、自分が奴の思いのままにされる危険な立場にいることはわかったので、あんまり余計なことは言わないようにしておく。


「ゾンビに襲われて気が狂ったかと心配していたんだけど、いつも通りの君だね。」


まぁ、私はこれでも図太い方だ。

バイト先で嫌なオバちゃんに虐められても全く気にしない程度には気丈だ。ゾンビだってオバちゃんと比べたら可愛いもんだ。


「それにしても、あのゾンビはなんだったの?街は平気?」


「埼玉の生物研究所でバイオハザードが起きたみたい。君が死んでる間に、街どころか日本が滅びかけたんだよ。あのゾンビ達は、頭が無くなっても襲い続けてきたから、僕たちじゃどうにもできなかった。でも、陸軍の魔人部隊が残らず焼き尽くしてくれたから平気だよ。」


「そんな恐ろしいことが...... 日本は大丈夫なんですか?」


博士はくすりと笑った。


「うーん、今は世界中が魔人と人間の関係で穏やかじゃない感じだからね。お偉いさん達は、寧ろ、国を立て直すチャンスだなんて粋がってるみたいだよ。

さて、そこに三体の魔獣がおるじゃろ?」



主任はとんでもない話を興味なさげに終わらせ、私の隣に並ぶカプセルを指差した。


おるじゃろ?って、何するつもりだよ、初期ポ◯モンくれるのか?


「この中から、好きなやつを一体お前さんと合成してやろう。」


合成!?本気?

鋼の兄弟が出てくる漫画でワンコにされた幼女みたいな運命ってこと!?

そんなの嫌!


「くっ!私をキメラにする気?」


「そうとも言うが、外に出ても死なない体にするにはこの方法しかないからなぁ。この操作で延命できることは既に前例があるから心配しなくて良い。せめて、可愛い魔獣と合成して、出来上がりが愛らしい姿になれば良いんだがな。」


こっ、こいつケモナーか!?

私を愛玩動物にして可愛がるつもりなんじゃ?

うわーっ、気持ち悪い、気持ち悪い。

悶え苦しむ私の反応を無視して、主任は続ける。


「水精霊ウンディーネ、炎精霊チャーコイル、樹精霊ドライアド......どいつも最近見つかった魔獣の中から、可愛いやつを厳選してやった。さあ、どれがいい?」


目の前に三体のプロフィールがホログラムで表示される。

うーん、こうやってカタログ提示されるとオタク心がくすぐられる。

合成するとか、とんでもない話がされているけど、ゾンビに襲われて命があっただけでも儲けものだ。

それに、こんなレアな魔物を手に入れられる機会は滅多にない。

やっぱ、早熟そうな草タイプかな?それとも見た目重視だと水タイプ?


「ちなみに私は君にはウンディーネが似合うとおもう!」


ぐぬぬぅ、キモい。確かに見た目は可愛いが、こいつの思い通りにされるのだけは気に食わん。ごめんよ、ウンディーネ。君はとても可愛いんだ、だけど、オトナの事情ってやつで君とは一緒になれない。


「あっ、ドライアドでお願いします。」


主任はちょっと残念そうな顔をしたが、すぐに作業に取り掛かった。


「そういえば、主任はどうしてこんな方法ご存知なんですか。私達の研究室では、主任はフェアリーへの指示プログラム言語の研究をされていたはずですよね。」


主任は、待ってましたとばかりに誇らしげに質問に答える。


「いや、実は僕の専門は生物学で、専門は魔人の研究なんだ。」


魔人とは、約20年前に世界的なパンデミックが起きた魔人病の感染者の生き残りのことだ。

致死率50%、空気感染により伝染し、あらゆる生物を媒介とするウイルスを病原とする。この病気に感染すると、遺伝子が変性し、感染後生存すると意図的に脳にデータの送受信が行えるようになる。


「正確には、魔人病の生存者が手に入れた脳波の送受信能力についてが研究テーマだ。脳波をその辺のマシンに繋いで操作することは、もとは私の研究から始まっているのだよ。」


当時は小学生だったが、クラスメイトの半分が死んだ魔人病のパンデミックのことは忘れようがない。

私も子供の時に感染して、生死を彷徨った結果生き残ったのだ。

しかし、この病気に感染して生き残った私たちは、特殊な能力を手に入れた。

脳細胞が外部のネットワークと通信する能力を得たのだ。

微弱な脳波では、ネットワークとやりとりする力はないため、通常テラタームのような増幅器が使用される。

これを用い、人間はどこにいてもアプリケーションを脳内で再生したり、新しい知識や技術をダウンロードして身につけたりすることができるようになった。


世界的に展開されていたピコマシン原子精霊(通称フェアリー)が、急激な技術革新を後押しし、

人間が念じただけでありとあらゆるものが動く便利な社会が誕生した。

ーーとはいえ、問題もたくさんある。

同時に生まれた魔獣や、魔人にならなかった少数派の人間たちとの共生は上手くいっていない。


「へぇ、主任は天才だと思ってましたが、そんなことまでされていたとは驚きました。」


「ふふふ、君に褒められると嬉しいね。聡明な君なら、魔獣が何故フェアリーと通信できるかわかるだろ。そして、キメラとなることのメリットも想像できるはずだ。」


「魔獣が通信するときは、もともと脳波が強力なためテラタームのような増幅器が必要ない。つまり、キメラとなった人間も同様ということでしょうか。」


主任は、ニコリと笑った。


「ご名答。そして、それはこういうことだ。」


主任は、ネックレス型のテラタームを外す。そして、人差し指を立て呪文を唱えた。


『光を!』


指先から、眩い光が煌めいた。


「さっき前例があると言ったね。そう、僕もキメラさ。そして、この国の一部の人たちはゆっくりとキメラ化している。お年寄りや、大怪我をした人、死んで間も無くまだ助かる余地がある人などから、徐々にね。まだパイロット運用中だから、秘密なんだけどね。まぁ、君もそのうち分かるよ。キメラの素晴らしさがね。」


なんだか壮大な話が出てきた。

人間をキメラにして何の目的があるのだろうか。

そもそもキメラ化というのはどこか冒涜的というか、生き物を部品のように扱うみたいで気味が悪い。


あれっ、急に力が入らなくなってきた。

なんだかとても眠いんだ。

主任が、装置のスイッチを入れたのが見えた。

ポ◯モンのマサキの家にあったみたいな装置が動いている。

水野主任のメガネが、装置の緑の光に怪しく光っていた。

私は何故か幸せな気分で、眠りに落ちていく。


「ーーーー!!」


私の名前が誰かに呼ばれている気がする。

そう言えば、私の名前は何だったっけ?その疑問に答えが出ないまま、意識が途切れた。



♦︎

次に見た光景は、夢とも現実とも言い難いものだった。


廃墟となった公園で、二人の少年が遊んでいる。

錆びついて崩れ落ちた大きなジャングルジムの隣の鎖のちぎれたブランコ、その鎖が宙に浮いている。

子供達は何もない空中に固定されたブランコを仲良く前後に揺らしている。


「リト!そろそろブランコ操作する役交代してくれよ。」


黒髪で天然パーマの少年が、指を鳴らすと、空中ブランコの鎖が重力に引かれ落下した。


「おっと、コーヤ。いきなり離すなんて酷いじゃないか。」


リトと呼ばれた白髪の少年は、尻餅をつくかと言うところでふわりと宙に浮かんだ。


これが私が目覚めてから見た最初の光景だった。

私はええと......ゾンビに襲われて、実験室でキメラにされて、それからどうなったんだっけ。

今いる場所にも全く見覚えがない。

体の周りの草の背丈は高く、背伸びしないと公園を見渡せない。

仲良く遊ぶ二人の少年の姿を近くの草むらから眺めていると、二人のすぐそばにホログラムメッセージが表示された。


『??? 魔人:LV 10』

『??? 魔人:LV 8』


仮想現実型のオンラインゲームやチャットルームでよく見る光景だ。

向こうから自己紹介されない限り、相手の名前は表示されない。

天然パーマの方がLV8、白髪の方がLV10と表示されている。

このレベルは、ゲームとかでよくある強さを表すやつのことだろうか。


きっと変な夢でも見ているんだろう。

全感覚没入型のオンラインゲームをやると、しばらくこんな感じの夢を見る日が続くことがあるし、昔は夏休みをずっとゲームの世界で過ごしていたこともある。

突然変な夢を見てもそんなに不思議ではない。


私は自分の手足を眺めて異変に気付いた。

手足が短い。幼児体形というか、白くて細いというか、とにかくいつもと違う。

自分の顔をペタペタと触り、そして短い手を伸ばして背中に手を回す

何か羽のようなものがあるんだけど......引っ張ったら痛いし。

自分の手を凝視していると、さっきと同じようなメッセージが表示された。


『ドライアド(幼体):魔獣_妖精族:LV5:"木の妖精。人前にはめったに姿を現さないが、美少年の前には若い乙女の姿で現れ、誘惑して木の中に引きずり込むこともある。"』


美少年を誘惑して木の中に引きずり込むとか......なにそれコワイ。

普段から痛い妄想ばっかりしてたから、こんな夢みるのだろうか。

肩まで伸びた若草色の髪を指に絡ませながら、私は自分の姿を確認した。


木でできているような柄の、茶色いワンピース。癖の強い若草色の長髪。

そうだ、鏡を使えば自分の顔も確認できる。


私は鏡のアプリケーションを起動しようと、首元にあるはずのネックレス型テラタームに手を伸ばした。


ない。

あれっ、ない。やばい、どうしよう。

なんだか心細くなってきた。


あれがないと、ネットにアクセスできないし、友達にも連絡できない。

でもこのホログラムメッセージが見えているということは、私の脳は何らかの外部情報に繋がっている。しかも私の種族は魔獣になっている。魔獣は道具無しに脳の外部接続(ブレインインターフェース)ができる。もしかすると、直接フェアリーに命令を送れるのでは......


私は、目の前に鏡が現れるイメージをした。

すると、驚いたことに、すぐ目の前の空間がゆらめき私の顔と全身を写した。


「これが私......」


夢の中で願望が反映されているからなのか、美化された私の顔が写っている。自分の顔の面影はあるが、自然な形で目鼻や顔立ちが整えられている。その辺の草と比べてみると、2Lペットボトルくらいのサイズの体になっているが、プロポーションもまぁ悪くない。流石夢だ。

これでイケメンの王子様でもあらわれてくれたらバッチリね、なんて思ってにやけていたら、背後からうなり声が聞こえた。


振り返って見上げてみると、巨大な犬が涎を垂らしてこっちを見ている。

私のサイズが小さくなっているから、普通の犬でも大きく見えるのかもしれない......

だが、隣に浮かぶメッセージは、無情にも私の危機を知らせていた。


『ワイルドドッグ:魔獣_狼族:LV5:"魔獣化した野犬の一種。鋭い牙で獲物を引きちぎり、肉を食らう。人間を襲うこともあり、特に女性の肉を好む。"』


って、痛い!痛い、痛い。


突然胴体を魔物の鋭い牙で噛み付かれ、私はブンブンと振り回された。

視界がぶれて目が回る。そして焼けるような痛み。

本当に夢なのか?

噛み付かれている割には、それほど痛くないし、現実ではベッドから落ちているだけなのかもしれない。

私はベットから落ちたくらいでは起きないほど安眠できる自信はある。


「きゃー!助けて!食い千切られるー!!」


私は大声で叫びながら、適当に衝撃波を放った。人間だった時の私の最強の攻撃手段だ。


「キャウン!アベシィィ!」


変な声を上げて、ワイルドドッグの首が吹っ飛んだ。

私は、反動で草むらの外に飛び出した。


「おっと。声が聞こえたと思ったら、妖精さんでしたか。これは珍しい。」


私の体は、さっきの白髪の魔人少年に優しく抱えられていた。

顔を見上げると、彼の切れ長の目から覗く金色の瞳と目が合った。白い肌、細い腕、華奢な体、一見病弱そうだが見ていて安心感がある不思議な少年だ。


「おい、なんかすごい音がしたな。まるで肉がはじけるような音だった。」


黒髪の天然パーマがこちらに近づいてくる。白髪の少年より少し背が高い。


「コーヤ、久しぶりに魔獣が出たみたいだよ。もうこちらの妖精さんが倒してくれたみたいだから、心配ないけどね。」


コーヤの外見は、リトと対照的で粗雑で乱暴な印象だった。

不潔なとは言わないまでも、そのボサボサの頭とぐしゃぐしゃのシャツが目を引く。

それにしても、肉がはじけるような音って......どんな比喩なんだ。

こいつの日常では、しょっちゅう肉がはじけるのか。


実際私の目の前には、頭が爆発四散した魔物の屍が横たわっているのだけど......と思っていたら、突然魔物の死体が震えだした。

飛び散った肉片や血が、ゼリーのように固まって宙に浮かび、魔物の頭部に集まる。

粘土が潰れ、また形作られるように、肉体が形成されて行く。


「おい、こいつキメラじゃねぇか!リト、早く離れろ!体を乗っ取られるぞ!」


焦るコーヤを、冷静にリトが手で制した。


「大丈夫、あいつのレベルは5だ。俺たちを乗っ取れるほどの精神力なんてないさ。」


「いいよな、リトは精神強くて。俺なんか、レベルが勝ってても怖くていつも全力でレジストしてるよ。」


体が乗っ取られる?レジスト?

なんの話なのかさっぱりわからない。

キメラは他人の体を乗っ取ることがあるのだろうか。


ぼんやりしていると、急に視界が暗転した。

あぁ、ようやくこの変な夢から覚める......

私は、覚醒する間際の体の感覚をはっきりと感じられた。


目を開けると、さっき見ていたのと同じ光景が広がっていた。

白髪の少年と、天然パーマの少年が私を見ている。


あれっ、何かさっきと違う。

リト少年の腕の中には、緑色の髪をした妖精がお姫様だっこされていた。

違和感と共に、息がつまるような危機感が脳内で警報を鳴らしている。


まさか、これが彼らが話していた体が乗っ取られるということなの?

少年たちに声をかけようとするも、喉からは唸り声しか出ない。

妖精さんが、こちらを見てニヤニヤと笑っている。


「頭を吹っ飛ばしても死なないなんて、まるで創世記に出てくるゾンビみたいだな。」


「コーヤは創世記が好きだね。僕には獣は全てゴミにしか見えないよ。匂いがダメなんだ。

さて、駆除するか。」


少年たちから、冷たい殺気を感じる。

なんで?

いつの間にか私は魔獣になってしまったみたいだ。しかも殺されそう。

これはひどい悪夢よ。きっと目を覚ましたら、いつものベッドの中で、学校に行く時間なんだ。きっとそうだ。


白髪の少年が、ぼそぼそと呪文のようなものをつぶやいた。


「雷よ、槍となりて敵を貫け。

<<ジャベリン>>。」


大気が震え、オゾンの独特の匂いがした。視界が白い光で見えなくなると共に、私の体は大きくビクリと跳ねた。


「さぁ、妖精さん。せっかくだから僕たちの街を案内するよ。」


なんなの、私、どうしてこんなにひどい目にばっかり会わなきゃならないの。

薄れゆく意識の中で、私は少年たちの腕に連れられていく小さな私の体を見送った。

ーー悔しい

これが夢であるはずがない、この理不尽さは現実でしかありえない。

こんな意味不明なまま死んでたまるか。

絶対に今起こっている謎を解き明かしてやる。

後、私の体を奪った犬、絶対許さない。


少年たちが立ち去った後、よれよれの犬になった私は、雑草をかき分け森へと向かった。





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