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5. 彼にとっての初戦闘




 午前にイーガルとの会談を終えたコウは、昼食を摂り早速ギルドを訪れた。

 それは、先程イーガルから受けた依頼の件と、もう一つ知りたい事があったからだ。


「次の方……あ」

「すまない。この契約書の件なんだが」


 考えず並んだ受付の先、そこにはコウが初めて会い、入会手続きを行った受付嬢がいた。

 まぁ、コウ本人はさして興味はなく、今もこうして初対面に極めて近い感覚で接しているのだが。

 ともあれ、コウは自分が訊きたい事言う。まずは、イーガルとの契約の件だ。


「この討伐隊の招集というのは、このギルドで確認すればいいのか?」

「こちらは……そうですね。その様にお願い致します」


 覗き込む様にして契約書を見た受付嬢、エイミー。彼女は深く考える様にしてから、そう答えた。

 もう少し詳細を聞けば、二日前までに冒険者がギルドに訪れず、討伐隊の編制が伝えられない場合、宿を指定すれば職員がそこへ伝えに来てくれるという。ちなみに、次の討伐隊編成は、三日後らしい。

 とどのつまり、コウは迷わず自分の宿を伝えたのだった。


「実はもう一つあるんだ」


 コウは続けて訊く。それは、この周辺の地図はあるか、といったもの。

 イーガルとの会話の最中、地名や方向、森を分割する地域の名前に、コウはテキトーに頷いていたのだ。

 それは、交渉で舐められても困る、といった考えがあった反面、いちいち地名を訊くよりは後で一気に確認した方が簡単だ、といった心理も働いた結果だった。


 さて、その地図類があるかという問いに対し、エイミーの答えは“是”だった。

 しかしながら、否、当然の事か、提示された一枚の紙は、前の世界の様に詳細で緻密な地図とは言えないものであった。

 まぁ、それでも周辺の観光案内程度には詳細な説明書きがされており、方向や大まかなランドマークが分かるその地図は充分なものと言えた。


 その後コウは、地図を受け取り、ギルドを後にした。

 ……実際のところ、それは所謂『どうぞご自由に』では“ない”ものだったのだが、先日の活躍(?)や、その残酷な一面を垣間見てしまった職員達をして、出来限り恩返しをしようと、そういった思いが強かったのだった。




  ○●○  ○●○  ○●○




「成程。これは安心していられない訳だ」


 今コウは、ギルドで貰った地図を見ながら街中を順々に周り、そして、それば終わったため、その足で北の森に来ていた。

 当初、事前偵察の予定で来ていたのだが……案の定、気付いたたら本格的な狩りになっていた事は否めない。


 これまで狩ったのは、勝手知ったるイノシシの魔物と、ご新規様になるオオカミの魔物だ。

 彼等は、まだ森の外縁だというのに、程良い頻度で襲ってきて、コウは冒頭の言葉を呟かざるを得なかったのだ。


 さて、攻撃が一時止んだところで、コウは今一度地図をとる。

 先程覚えた事を反芻し、記憶の強度を高めるためだ。


 ――まず、コウがこの世界に来て始めて目覚めた場所は、都市の南から南東に続く森の中だった。

 弧を描く様な川を下れば、都市の南に到達。それを地図上でなぞると、とてもしっくりきたのだ。

 そこからグルリと都市を周って、東の門。それは、都市の中で西の門と大通りで繋がれていて、この都市にある大門の双璧といって良いだろう。

 最後に残ったのは北。そう、それがイーガルとの契約にあった魔物が出現する森にあたる。


 さて、これは現在の知見だが、やはり北の森は、南に比べて魔物の出現率が圧倒的に高い。

 東の門から出て、城壁に沿って進み、北の森に進入を開始したコウだったが、既に森の外縁で四つ、しかも最低でも二〇体から成るイノシシの群れに遭遇している。

 まぁ、コウのサブマシンガンの前に、彼等が一瞬で骸と化した事は言うまでもないが。


 時は戻り、コウはそれから一時間程森を散策した。

 移動の間、頻繁に地面に向けて魔法を放ち、その組成も確認しながらの行軍だった。

 だが、結果として言える事は、やはり碌な金属含有量では無い事。

 これでは、実家(初拠点)のある川縁の方が、まだマシな感覚さえ芽生えてしまう。


(んぅ。そろそろステップアップした機器作製に挑戦したいんだが……? ……ほう、なるほど)


 ……それは、次の工作物を考えた矢先の出来事。鬱蒼(うっそう)とした木々、茂みの向こうに“彼等”はいた。

 コウは、行軍の際即席で作ったヘルメットを被り直すと、強化外骨格を用いて姿勢を低くし、そこに近づく。

 サブマシンガンのセレクターは連射に、9mm拳銃のホルダーもロックを外した。


(みーつっけた)


 コウの見る先。そこは、恐らく獣道の類だろう。

 巨大な何かが通り、開けた道の途中。――ローブを羽織り、歪な杖を持ったゴブリンの集団がいた。

 そう、彼等は<ゴブリン・メイジ>。いわゆる魔法を使うゴブリンであり、魔法の威力は致死性まで無いものの、その属性は多岐にわたる。

 つまり、コウに言わせれば“汎用性があってその分弱い”と、そういった様な種族だ。


 コウは、近場の木に中腰に隠れると、反射率を落とした鏡で集団を確認する。

 数は一〇。僅かに散開しているが、サブマシンガンの一掃射で倒せる筈だ。

 その光景を頭の中でシミュレートしたコウは、体は木の陰に、銃をそこから敵へ向ける。

 そして姿勢はそのまま。アイアンサイトに見る風景と、引き金を引く指に全神経を集中させた。


(ふぅー。…………二、一、今っ)


 秒読みの後、コウは引き金を引いた。

 直後。ピストンの戒めは解かれ、撃鉄と装薬に弾かれた弾丸の雨がゴブリン達を襲う。


「ゲギャ!? ――」


 一・二・三。叫ぶ間もなく続けざまに屠り、六・七・八――。

 このまま最後の一体まで屠る。コウがそう思い……次の目標に向け、銃口を向けた時だった。

 そう、これから倒す筈の二体。それが思わぬ動きをしたのだ。


(障壁っ!?)


 二体のゴブリン・メイジは、片手をかざすと半透明の盾を出現させたのだった。

 驚くべき事に、それは確かにコウの放つ銃弾を弾いている。

 加えて驚きを加速させたのは、ゴブリンがその様な魔法を使う、といった知識が賢者の記憶に含まれていなかったからだ。

 コウは銃口をそのままに、それでも、これは一体どういう事かと、焦りが喉を上って来るのを感じた。


 しかしコウは、その驚愕を努めて振り払い、手慣れた手つきで弾倉を交換する。この時点で、一掃射・一掃の予定は崩れてしまったが仕方が無い。

 コウはリリースボタンを押し、銃を振って弾倉を腹部のケースに落とし込む。そしてその間に左手で次の弾倉をセットするのだった。


「――っと!」


 コウが次の矢玉を浴びせようとした瞬間。隠れている木に敵の魔法が着弾した。

 それは、恐らく火属性。かすった部位がチリチリと焦げ、背後に着弾したであろう後も焦げている。

 さりとてコウは、攻撃の手を休めない。

 未だ弾丸は障壁に弾かれているが、……よく見れば、ところどころに(ほころ)びが出来ている事が分かる。

 つまり、魔力が無限でない様に、その障壁にも限界がある様だ。


 コウは、木の陰から銃口を出し、続けて銃弾を浴びせる。時折、至近に魔法があたるが、それを恐怖していれば勝機は無い。

 タップ撃ちはせず、障壁の破壊を目的とした集中射撃を続ける。


「っぶね」


 魔法の一つがコウの籠手を掠めた。だが、それが木から露出している部位である事は百も承知。

 素早く火の粉を振り払い、コウは次の弾倉に切り替え、応戦する。


(いや、待てよ……)


 ……しかしそれは、四つ目の弾倉に切り替えた時だった。ここへきて、コウはある事に気付く。

 それは、この戦況において実に悲しく、滑稽な悟りだった。

 そう、コウは自分が何者かと、今一度考える。自分は、工学を持った――大賢者なのだと。

 すなわち、大賢者たるもの、持っているものがあるではないか。

 その強大にして、目に見えない武装を。


「誰かに知られたら恥だな、これは」


 コウは直後。銃では無く、(てにひら)を敵に向ける。

 そして、ただ黙々とそれを放つのだった。


 ――『出でよ、炎!』


 詠唱により放たれた炎の柱は、二体のゴブリン・メイジの周りで、とぐろを巻いた。

 そう、初めからこうすれば良かったのだ。

 何故なら、彼等の障壁は全周を覆っているものでは無く、こちら側を向いている盾として機能していたのだから。

 結果としてコウは、久しく忘れていた“通常魔法”を使い、初めて自分を困惑させた彼等をコンガリと、形が分からなくなるまで焼き上げたのだった。




「状況終了。むぅ、もう少し、考えながら戦わなくちゃな」


 コウは今、しめて一〇体のゴブリン・メイジの死体を検分している。

 弾痕生々しい個体が八、わけの分からぬ焼死体が二。それらを丁寧に漁っているのだ。

 ……本当のところ、大賢者の知識にある通り、彼等が持つ杖が人間には使えない仕様である事、そして、魔核以外は有用な部位が無い事は分かっている。

 だが、あの二体がそうであった様に、知見とは違う個体もいて、コウは精細な検分を止めようとは思わなかった。

 それに、知識はあっても経験がなければ……、という工学部出身の血も騒ぎ出していて、自分の目で検め、己が理解を深めようとする心は同じく止まらない。


(それにしても、あの魔法はなんだ?)


 銃弾を弾いた障壁。それは、大賢者の知るゴブリン・メイジには無かった能力だ。

 魔法も、火、水、土、が使える事は分かっているが、障壁なるものの存在は示唆されていない。

 コウは、これが俗に言う“亜種”もしくは“希少種”か? と思いつつ、そう呼ぶには個体数が多い事に首をかしげながらも、検分を続行した。


 すると、その証拠だろうか。コウは、ある事を発見した。

 それは、集めた魔核の内二つが、他とは明確に異なる“色彩”を持っていた事だ。

 一方、その差異は、元々あの二体のものを他の魔核と分けて持っていた結果、偶然気付いたものに過ぎない。そう、それ程に僅かな差だったのだ。

 しかも、よく見ると色彩の違うものがもう一つあり、恐らくその個体は、障壁を発動する前にコウの凶弾に倒れたのだろう。


(まぁ、分からない事を議論しても仕方が無いか)


 まぁ、真実が何にせよ、知識の中にそういった希少種の情報は無く、ここにいても疑問は解決しない。だから、今できる事は帰還のみだ。

 元々偵察のつもりが、気付けば結構な深部まで来ていたコウ。

 彼は、今日はここまで、と心中呟き、その場をあとにするのだった。




  ○●○  ○●○  ○●○




 森を出て、街の中に戻ったコウは、その足でギルドに……向かわず、とある店の中にいた。

 そこは、通りに出ている(いち)とは違い、しっかりとした佇まいで威厳のある空間。

 置いてある商品も、陳列されている、という表現ができるほど整っていた。


「んぅ。これなら、使えるな」


 コウが呟く目線の先。それは、大剣だった。

 それは当然一つではなく、同じ商品棚に並べられているのは、全てが大剣。

 普通の人が握れそうなものもあれば、中には二メートル級の屈強な戦士でなければ持てないものまで、サイズは様々。

 そして、その光景は他の陳列棚においても、別種の武器が並ぶ風景として、続いていた。


 コウは、その商品達を一通り検分していく。

 頭の隅には、あの希少種の可能性のあるゴブリン・メイジの事をギルドに報告する必要性も、一応あったが、今は至って些末な事になっている。

 そう、『工学魔法』の基礎。物質を視る目は、無数の武器達へと一心に注がれているのだ。

 何故なら、――それらの武器は、“良い素材”を使っている。つまり、有用な鉱物の取得が難しい今、それらを鋳潰せば、直接に純度の高い原料が手に入るのである。

 まぁ、武器を丹精込めて打った職人達には悪いが……という想いは、騙らずともコウの中において、非常に寿命の短いものだった。


 それからコウは、あれも、これも、こいつも良い、と次々に商品を見て回った。

 だが、その都度頭に過る悲しい事があって、それは、コウの所持金では到底購入できない事だ。

 なれば一度店を出て、ギルドで依頼の報酬を……と一瞬思うも、そもそもランクHの依頼では雀の涙程の金銭しかもらえず、それに根本的な問題として、コウは受けた依頼にあるゴブリン・ノーマルの討伐証明を一つも持っていないのだ。


(ゴブリン・メイジの耳を削ぎ取ってくれば良かった)


 しかしその呟きも、わざわざレベルの高い魔物を斃しておいて、低い報酬を貰うために行う、といった事に他ならず、余りにも不合理。

 加え、記憶によればゴブリンもタイプが違えば耳の形状も違っていて、考えてみれば、そうでもなければ耳を討伐証明にはしないだろう。


(はぁ。ちょっと、フリーマーケットしてくるか)


 以上を鑑みて、このままでは武器(素材)の購入は困難という判断になった。

 よって、コウは金策を始めるために店を出て、大通りに戻る。

 そう、先程の偵察で、魔石はたんまりとある。それに、理由は不明だが、イノシシの魔石は一度見せれば、皆高く買ってくれるのだ。

 コウは、ジャラジャラと魔石袋を慣らしながら大通りを練り歩く。顧客を見つけ、魔石を売りさばくために。


 だがそれは、……金をつくり、店に戻った後の事だった。

 そんな事をせずとも、簡単に、それも少なくない量の素材を入手できる事に、彼は気付かされる事になるのだった。





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