表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

2. 憧れの――その1




『物質操作』

 それは、こと一文なし・無物資の青年に対して、大きなアドバンテージをもたらした。

 

 あれから青年は、地面の鉱物を利用して次々に道具を作り出していった。

 豊富な魔力は、細かいに作業に対して際限のない試行錯誤の機会と時間を与え、それは同時に大きな物体の作製をも妨げる事は無かった。


「ひとまず、ここまでか」


 今、青年の目の前にあるもの。それは“拠点”だった。

 川縁に建つ箱型ワンルーム。設備としては、ベッド、簡易作業デスク、椅子、棚、といった簡素なものだが、全体を分厚いステンレスで構成されたそれは、『強固』という言葉が、これ程になく似合っていた。――(ステンレスとは、組成の半分以上が鉄で、そこに種々の元素を混ぜ合わせた(固溶させた)材料のこと)

 加え、ベッドと椅子の布部分は、森の木や葉っぱから繊維質を拝借して制作。

 高分子や有機合成はそこまで得意ではないのだが、魔法を使って原子・分子を“感じる”事ができる今となっては、それらは既に問題にならなかった。


 さて、青年は完成した拠点に入り、ベッドに身を投げる。

 魔法の修練と言いながら、結局のところ張り切ってしまったため、体が重い。

 だから、ひとまずの休息ととりつつ、落ち着きながら、これからの事を考えるのだった。


(早めに、人里まで到達しなくちゃな。それは物資でも、社会生活という点でも、そうだ)


 人はひとりでは生きていけない。どこでも聞ける様なフレーズだ。

 よって、人里への到達は物資の面でも、また精神衛生上においても重要な目標だった。

 強固な拠点が出来たとはいえ、やはり、魔物が闊歩する森よりも、人間の勢力圏の方が安心するに決まっている。例えば、『ライオンを檻の外から観る』のと、『ライオンの檻の中にある檻から見る』のでは、その景色も全く違うものになる筈だ。


 それらを鑑みて、青年は今一度思う。

 やはり、この森を出るために強くならなければいけない、と。

 それは、体を復調させるという点でも、『物質操作』の習熟し、同時に装備の充実を図るという点でも、同じ事。


(よしっ)


 よって、奮起。

 ベッドの温もりも恋しく、青年は体を起こして外へ向かう。

 まずは、周辺の砂から、あらためて目的の物質を集め、精錬し、道具を制作するための材料をつくっていく。


 ――『物質操作』


 魔法で輝き、眩しくなった地面にモコモコと浮き出るのは、――数種類のインゴットだ。

 それを眺める青年は、魔法を継続しながら、『前の世界でも魔法があれば鉱山は全て廃坑だ』と、くだらない事を思う。

 しかしながら、同時に効率の悪さも理解していて、やはり大賢者級の魔力が無ければ、それは叶わないだろう、とも思うのだった。

 

 それから青年は、枯れる事の無い魔力を使い、求む材料を文字通り“かき集めて”いく。

 その母材で何を作ろうかと、今から思いを馳せ、心を躍らせながら。




  ○●○  ○●○  ○●○




 イノシシとの激闘。拠点の完成。

 その日から、実に三〇日が経過した。


 魔法については、母材であるインゴットの作製により、技能をメキメキと伸ばした。

 今や、精錬は小さな介在物(固体の不純物)を許さず、それは前世の自動車に使われる鋼にも匹敵する。

 原子・分子の“すべり現象”の操作にも慣れ、細かい形状変化も上達していった。


 一方、ここ一ヵ月で体の方も順調に回復。

 まぁ、肉や川魚はあれど野菜があまり摂れていない為、健康面と言うと若干の不安は覚えるが、それでも、すっかり痩せ細っていた体は着実に肉を付け、今では『ちょっと痩せすぎ?』くらいまでに回復したのだった。


 ――ガサッ


 ともあれ、今日は異世界生活も、ひと月を越えた節目。

 よって青年は、少しばかり寝坊して、軽い訓練に留めようと思っていた。

 ところが、それを妨げる“客”が来た様だ。

 それは、ここ最近すっかりと馴染みの顔となっていて、青年は『またか』といった具合にベッドから出る。


「ん……おはよ。――さよなら」


 ――パシュッ


 それは、青年が扉を開けた直後の事だった。

 青年は、森から出て来たイノシシに挨拶をすると、その手に持つ武器を向け、すぐさま引き金を引いた。

 そう、それは紛うこと無き“消音器付き拳銃”だった。


 魔法の技能が上達し、介在物(固体の不純物)が程良く少なくなったところで、青年は武器の製作に取り掛かった。

 そしてそれは、こと異世界で大きなアドバンテージとなる『跳び道具』の作製に重きが置かれたのだ。


 しかしながら、青年はどんな銃を作ったら良いか迷った。

 幸いにも、ネットなどで銃の構造はチラリと見ていたため、試行錯誤の時間によっては、どんな銃でも作れる自信があったが。

 結局のところ、『ひとたび入れば鬱蒼(うっそう)とした森』という現状を鑑み、取り回しの良い小型の銃に落ち着いたのだった。


 そこで、始めに作ったのが、たった今イノシシを仕留めた銃、『消音器一体型9mm自動拳銃』だ。

 これは、森の中で極力音を出さない事を念頭に作られたもの。一体型で大型の消音器は発砲音を極限まで減らし、周囲の魔物の気を引くのを防ぐのだ。

 加え、今のところ一発でイノシシを仕留め得る事から、口径と弾丸重量も適性と言える。

 ……余談だが、完成の日の目を迎えるまで、実に二桁の試作品が花と散った。


(さて、あっちの出番が無いな)


 青年は、扉を閉めると作業デスクの上を見やる。

 そこには、拳銃より一回り大きな銃が置かれていて、その“セレクターレバー”には、ア・タ・レと刻印されていた。

 とどのつまり、サブマシンガンだ。こちらも、消音器一体型となっている。


 安全=ア、単射=タ、連射=レが示されたそれは、無論、銃弾を連続して発射する事ができる。しかし、幸か不幸か、実戦で連射が使われた事は無い。

 それ以前に、散発的に襲って来るイノシシに対して、攻撃は扉を開けてからのたった一度で済み、悲しくも、現在は無用の長物と化していた。

 ……ところで、試作の段階はどうであったかと言うと、拳銃制作で、予め銃の構造を試行錯誤していたため、試作品が爆発するといった事はなかった。


 ――これは余談になるが、銃弾に必要な火薬は、イノシシの屍と地面の微生物、そして川に含まれる硫黄分を用いて黒色火薬を合成……は、しておらず、初めから無煙火薬を作ってしまう事にした。

 空気や土壌より、炭素、窒素、酸素から成る化合物を基材として合成、それを反応させる事で装薬(すなわち無煙火薬)を得たのだった。




 イノシシの脅威が去り、青年は再びベッドに戻ると考えに耽る。

 恐らく、武器はこれでいいだろう。あとは、防御と“足”だ。

 ともあれ、防御については大方完成を見ている。

 純度の高い金属を薄くプレート化し、他の繊維と交互に積層化。それをさらに着心地が良い様、帯や肩布を付け――と、一応鎧としての形は成っているのだ。

 あとはマガジンを入れるポケットを備え付けるだけ。本当に簡単な事だ。


(“足”は……ん~~っ)


 天井に向け唸る。はてさて、移動については一体どうしたものかと。

 銃を小さくせざるを得なかった様に、森は身動きの出来るスペースが小さい。

 無論、車が入れる訳も無く、深い泥道でもあれば忽ちスタックしてしまうだろう。まぁ、魔法でなんとかできる、とは思うが。

 バイクは、転倒の危険と敵の攻撃から身を守れない可能性から不採用。魔法が存在する世界で、魔物が魔法を使わない道理は無い。

 よって、森を徒歩で行く事は半ば決定事項だ。

 ……だが、そうなれば――、青年は脳漿を搾りに搾る。


(――よし、作るか。憧れの“アレ”を)


 そう言うと青年はベッドを飛び出し、外へ向かう。

 すっかり軽くなった身体は動きを制限せず、青年を拠点から幾らか離れた場所に導いた。

 そこは、まだ『物質操作』を行っていないエリアで、すなわち、目的の金属類残っている土壌だ。

 青年は、魔法を用いてインゴットを作製する。しかし、今までと違うのは、軽い金属を狙って取り出しているところだ。


 ――それを母材として青年が望む物。

 言葉を変えれば、森の中で移動が制限されず、同時に日常生活でも助けとなる装備。

 それは、銃より複雑な構造なれど、己が魔法――工学魔法を愛し、手慣れて来た青年にとっては、作る事になんら苦も感じなかった。




  ○●○  ○●○  ○●○




 ――電話ボックスを飛び越えろ。

 そんな事を言われても、大半の人が困るだろう。

 よしんば踏切板と使って手を掛けられる人がいても、“飛び越える”には相当な技量を筋量が必要だ。


 ところが今、餓死寸前からひと月と半分程度と言う、痩せ型の青年が――その高さを悠々と飛び越えている。

 それは跳び箱の様に、目標物の上に手を置いてはいるが、やろうと思えば、触れずに飛び越える事も可能だった。 


「うん。良い具合だ」


 ――それを可能にしているもの。その正体は“強化外骨格”だ。

 つまり、体に装着して筋力を高めるパワードスーツの様なもの。

 詳細は以下の通りとなる。


 力が付加される関節は、首、手首、指を除く、全て。

 軸から距離を置いたモーターは、強靭かつ柔軟な繊維を強力に伸縮させ、それにより稼働する関節部は、自然で生物的な動きを使用者に与える。

 モーターは、極めて純度の高い金属コイルと永久磁石で構成されていて、防水・遮熱コーティングも完備だ。


 電力の源は『熱電池』。

 物体の温度差を電力(電位差)に変換する素子は、背中の電力部に収められていて、青年が魔法を使い、素子に接した金属を激しく振動させる事で熱を得る。


 最後に制御だが、流石に筋肉への神経信号を読み取るユニットは、今の段階では作製できないため、その代替策としてアナログ式のスイッチを用いて、青年自身がアシストの強度とタイミングを決める方式をとった。

 無論それは、技術を技能で補う方法に他ならず、その操縦とも言うべき訓練は、多少の時間を要した。


 ――とどのつまり。これらを簡単にまとめると、『魔法を電源にしたパワードスーツ』という訳だ。




 青年は、強化外骨格を今一度点検すると、その上から防具を着る。

 前世の防弾チョッキに酷似した肩・胴回りの防具には、弾倉をこれでもかと詰め込み、(もも)側面に追加した防具には、左右双方に拳銃が収められた。――無論、二丁目を制作した。

 そして、肘から手首、臑を守る防具を取り付けて、装備類は完了。

 後は、サブマシンガンを首にかけ、食料や道具の入った背嚢リュックを背負い、その上からさらに大きなコートを着て、本当に準備完了だ。


「それでは、――行ってきます」


 そう、今日は旅立ちの日。

 見送る人はいないが、ここは紛れも無く自分が建て、住み、過ごした家。つまり、この世界での実家と言って良い。

 だから、青年は綺麗に整頓した家に感謝の言葉を告げ、惜しみながらそこを後にする。

 人里にて、安定した生活が送れるようになったら、また戻って来よう、と。




 ……ところが、だ。

 それは出立後、たったの一時間後の出来事だった。

 青年は、納得と同時に、空しさを感じる光景を目の当たりにする。

 だが、考えてみればその通りとも思えて――。

 森を抜けた先。青年は、“崖の上”から見る風景に、こう呟くのだ。


 ――人里というのは、川沿いにあるのが、まぁまぁ一般的だ。


 風景の中には、恐らく背後の森を遠回りしながら続いているであろう“始めに浸っていた川”の下流が遠方に見えた。

 そして、その川が行き着く先。そこに築かれていたのは――まさに“城壁都市”の姿だった。

 つまり、川を素直に下っていればそのまま着いた筈が、とんだ遠回りをしてしまった事になる。

 それも、ここからでは高低差があり過ぎて直接降りる事もできず、加えて、下も森が広がっている事を考慮すると、……もと来た方向へ戻る、という選択肢以外、考える事ができなかった。


 さて、哀しい回り道はあったが、それから特に危機も無く、実家もとい異世界での初拠点に戻った青年は、そこから素直に川を下った。

 時折イノシシや、やはり存在したワニの様な魔物に襲われたが、銃で武装した青年にとって、全ては些末な相手でしかなかった。

 よって、戦いは終始一方的。ただ結果として、頭と心臓、二カ所に穴を作った死体が川を無残にも流れていっただけであった。


「ふぅ。着いたな」


 川を下り、森の終わりも近い。

 そんな青年の目の前にあるもの。それは、崖の上から見えていたものと同じ――城壁に囲まれた巨大な都市だ。

 流石に、遠目で見た時より印象はガラリと変わり、そびえ立つ城壁は、この都市の堅牢さを如実に示している様だった。


 それから視線を落とせば、たった今下って来た川が城壁の中に吸い込まれる様にして続いていて、そこには頑丈な鉄格子がはまっている。

 加えて、見える側に都市の入口は無く、青年は数分歩き森を抜け出た直後、右方に“人や馬車の列”を発見し、そちらへ急ぎ駆けて行くのだった。




  ○●○  ○●○  ○●○




「はい、次」

「これで」


「――はい、次」


 青年は、その検問をあっさりと抜けた。

 検問は手数料(入場料)として千ガル必要だったが、直前まで無一文だった筈の青年に対して、何一つ問題をもたらさなかった。――ガルという通貨単位の様だ


 そう、青年は検問に並ぶ最中、前後の人間に対して持ちかけのだ。曰く、魔核と金銭を交換しないか? と。

 魔核は、大賢者の記憶に則り、換金用にイノシシから採取しておいたものだ。

 結果、買い手は簡単についた。

 魔核は、特殊な魔法による魔道具制作に必要不可欠な材料であり、その価値は高い。だから金額を低く設定した事もあって、買い手がついたのは納得の出来事だった。

 ちなみに販売価格は一個・一万ガル。三名の客が、合わせて五個買っていった。残りは一〇個だ。




 青年は、手に入れた五〇万ガルを袋に入れ、都市へと入場。

 玄関先と言うべきエリアは、やはり商業が盛んになっていて、真っ直ぐ前方へと続く道を見れば、ひしめく様にいちが出ている。

 それは、商売盛況という言葉を彷彿とせざるを得ない光景だった。


 それから青年は、抱いていた期待通り、市を見て周りながら進んだ。

 人混みの中、『売った・買った』を繰り返す活気の声。そしてそこには、古着、陶器、装飾品、はたまた動物が売られていて、青年は、目移りを繰り返す様にして歩いていった。


 ……ところが、商品を見て回る折。いざ何かを購入しようと思った矢先の事だった。

 青年は、とある建物に目を奪われる事になる。

 それは、正門からそう離れては無く、言うなれば、そこに建っている事に納得できる建物だった。


(行くか)


 青年は、それを見るなり建物へと近づく。

 人をかき分け進んだ先。扉の無い入口を迷わず(くぐ)るのだ。

 ――そして、その入口には看板が付いていて、こう記されていた。


 『冒険者ギルド・エィルンハイト支部』と。





お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ