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1. 邂逅は世界の狭間で




 その青年は、元いた世界で命を落とした。

 何が原因で、どの様に死は訪れたのか。その記憶は定かではない。

 ただ、いま分かるのは、その御霊が世界を離れ、白き無限の空間を漂流し始めてしまった事だけ。


 このまま、どこまで漂うのか。はたまた行き着く先はあるのか。

 揺蕩う世界の中で、御霊は延々と自問を繰り返す。


『――へぇ。僕以外にも“ここ”に行き着くヒトがいるのか』


 ところが、永遠に続くかと思われた漂流は、突如として終わりを告げた。

 降り注いだ声は、意外を含みながらも、明らかな喜びに彩られていた。


 ――アンタ、誰だ。


『僕は、……そうだね。世間では“大賢者”と呼ばれていた存在さ』


 聞けば、彼は生前、魔法が存在する世界にいたと言う。いわゆる“剣と魔法の世界”だ。

 ところが、魔法を極めた彼は、皮肉にも自らの魔法が原因で命を落とし、ここへ流れ着いたらしい。

 ――奇しくもその顛末は、“工学”で命を落とした“工学生”のものに、よく似ていた。


『ふふ。似た者同士、とでも言ったらいいかな』


 青年にそれを否定する余地は無い。対して、決して嬉しい話ではない事も事実。

 記憶は定かではないが、愛する工学が原因で命を落とした事だけはハッキリと覚えている。……それが、無念の内に訪れた死であった事も。

 だから、工学の青年は、言葉は無くとも抗議にも似た感情を世界に発露する。

 だが、そんな事はなんのその。自らを大賢者と称した存在は、言い放つのだ。


『ここで早速だけど提案だ。同じ様な運命を巡ったよしみ、僕の魔法、――“次の世界”で使う気はないかい?』


 それは、提案というよりは強要されている感覚だった。

 しかし、その一方的とも言える提案とは裏腹に、青年の心は踊っていた。

 何故なら、その言葉が聞こえた時、青年は御霊に直接理解させられたからだ。

 ……魔法、そして、次の世界というものを。


 ――己が知ったる理の外、法外の力。すなわち魔法。

 ――青年にとって次の世界となる、かつて大賢者が住んでいた世界。


 差し出された手を取れば、大賢者が最後に残した力を使い、青年の御霊をその世界に送り込む。

 そして、膨大な魔力と才能、多用で奥深い知識は、青年のものとなるのだ。


『そこに、君の“工学”が加わってしまえば……、さぁて、一体何が起きるんだろうね』


 それは仕上げとばかり、畳掛ける様な言葉だった。

 魔法と工学の融合、それを後押し膨大な魔力。

 備わる魔法の知識は青年の工学と混じり合い、その結果は想像などしようがない。


 ……ところが、そんな言葉は無くとも青年の想いは随分と前に決まっていて、彼はその答えを澱みなく言い放つ。


 ――願ってもない。


 そう。その言葉は確と、大賢者の御霊にぶつけられた。


『っ、すばらしい。すばらしいよっ、まったく。よしっ、ならば早速やろう』


 ――何を?


『勿論、“融合”さ。君と僕は……いや、ちょっと違うね。――僕が、君に溶け込むんだよ』


 大賢者は魔法を行使して死んだ。だから、工学と違って、その魂にも少なからず影響を受けている。

 よって、存在を安定させるには、青年の意思が圧倒的に主体でなければならないのだ。


『覚悟は、いいかい?』


 ――ああ、お願いする。


 時間など、とうに延々と待った。

 彷徨い、偶然にも出会った同じ境遇を持つ者の提案は、紛れも無く悠久の漂流を終わらせるもの。よって、拒む理由も、これ以上待つ理由も、何一つない。


『よろしい。それじゃぁ、いくよ。――――僕は君に、君は君に、全ては君に。――次の世界でも、君が君たらん事を、切に願おう』


 次の瞬間。

 揺蕩う世界は終わりを告げ、微睡は、青年の意識を急激に奪っていった。




  ○●○  ○●○  ○●○




(どこだ……ここ)


 青年は目を覚ました。

 視界は急激に焦点の一致をみて、しかし、それに反して不明瞭な視界を青年に与えた。

 白く霧がかった世界。薄暗がりの中、青年は周囲を確認するため体を起こそうとする。


「痛っ」


 ところが、その単純な動作さえ、今の身体は受け付けなかった。

 何故。今自分は、どういった状態にある。

 ありきたりで且つ、この場に則した疑問に答えるものは、一つだった。


(魂の定着先が、……悪かったのか)


 そう。融合を果たした、かの大賢者。

 その知識は確かに青年に受け継がれていて、ここで思い出されるのは、『蘇りは、媒体を指定しない場合、世界の理によって自動的に媒体が割り振られる』といったもの。 

 つまり、魔法により突然の事故死を遂げた大賢者は、媒体を用意する事叶わず、結果、こうやって何者か分からない人間に魂が定着してしまったのだろう。

 それも、道理から考えれば“死にかけ”か、それに準ずる状態の肉体である事は間違いない。


(冷て……)


 気付けば、青年の下半身は流水に漬されていて、背中はゴツゴツとした感覚を得て止まない。

 すなわち、何かが原因で川に落ち、ここに流れ着いた体が“今の”青年という訳だ。


(取りあえず、暖まらなくてはな)


 体は死にかけ。……だが、己が魂には“魔法”がある。

 それだけを頼りに、青年は体に鞭打って、体勢を立て直す。

 とは言え、まずはうつ伏せになる事しかできない。余りの寒気に這う事すら許されない状況の中、できる事とすれば、それは至って無理矢理な行為。


『出でよ、炎』


 青年は、うつ伏せになった身体で、両手より炎を発する。

 それは、始めは小さく、それでいて両手を砂利の地面に埋めていく毎に、出力を上げていった。

 そう、青年は即席で作ったのだ。川べりの岩盤浴を。

 砂利と石の上。寝心地は良いものではなかったが、最後には、地面へ完全に埋めた両腕で熱い砂利を抱く様にして、ひとまずの暖をとったのだった。




 それから少し経ち。青年は辛うじて動けるようになった。

 上半身の力で川から抜け出し、岩盤浴で同じように温めていく。

 砂利で下半身を覆い、暖をとる姿は、昔テレビで見た、砂漠の民族が寒い夜を耐え抜くために、砂で全身を覆う行為にも似ていた。


 ともあれ、体が充分に温まり、ゆっくりだが歩行出来る様になった青年は、霧の中を歩き始めた。

 時折、砂利に足を取られ転倒しながらも、遂には、一本の木に辿り着く。

 深い溜息を吐きながら、青年は木に背中を預けて座った。ここが森であれば、食べ物を取る事ができるだろう、と思いながら。


(まぁ、強力な魔物に遭遇しなけらば……の話だがな)


 それも、魔法で何とかするしかない。

 悔しいが、いくら休んでも体が復調するとも思えないからだ。

 なにせ、視界に入れた腕は見るからに細く、空腹に鳴く事すら忘れた胃袋は、いつから食事を摂っていないか予想できない。


 初めからクライマックス。

 そんな言葉を今更ながらに彷彿とさせる、絶望に比する状況。

 青年は、しばし木に背中を預けて、体力が回復するのを待つのだった。


 ……ところが、“一息ついた”などと思った時こそ、何かは起るもの。

 青年は、自分に近づく足音に気付く。

 それは動物にしては重く、抜き足差し足にしても粗雑で、大きな音だった。


「ブルルルルッッ!!」


 直後の事だった。

 それは、邂逅と言うべき瞬間も許さず、青年に真正面から迫って来た。


(御冗談っ!!)


 霧をかき分け、迫りくるモノ。それは、イノシシだった。

 しかし、前世に知るイノシシではなく、体の各所から棘を生やし、赤く光る眼を持つ様は、まさに魔物と言うべき存在。

 大賢者の記憶にもある様に、それはイノシシの魔物に他ならなかった。


 ――『出でよ、炎!!』


 青年は、すぐさまイノシシに向けて魔法を放つと、急ぎその場を離れる。

 とは言え、動きの制限された体では、そう上手く回避できず、右目に火炎放射を受けたイノシシが左に逸れた所を、反対側に避けるのがやっとだった。


 その直後、近くから衝撃音が轟くと同時に、バリバリと何か折れ倒れる様な音が発せられる。

 それは、紛れも無くイノシシが他の木に衝突した音で、微かに見えるシルエットは、顔に火の粉を残しながらもユラリと立ち上がる。

 一方。青年は、一撃で仕留められなかった事に後悔するが、今は自らの生存のみに頭のリソースを振り分けるのだった。


(炎は直接的なダメージにならない。それに、なんでまたこうも……)


 大賢者。そう呼ばれた魂と融合したにしては、上手く魔法を操れている気がしない。バリエーションも乏しくある。

 だが、それも備わった知識が答えを導き出す。曰く、『魔力と才能は受け継いだが、それを開花させるのは本人次第』だと。

 だから、今は炎を出す事しかできないのも、道理であり必然。

 青年は、疑問が解けた事に納得するが、それは到底喜べるものでは無い事に眉間を厳とする。


 しかし、それとは裏腹に彼は一つの思いが生まれる。――そう、頼れないものは頼れない。今ある手管で足りないのならば、それは、“己が才能”で切り抜けるしかない、と。

 つまり、大賢者由来の才能を開花させる時間は無い今、頼れるのは自分がこれから開花させる――“工学魔法”しかない。


(やる、かっ)


 青年は気合を入れ直す様にして、姿勢を低く立ち上がる。偶然だろうか、突進の準備をしているイノシシと同じ様な恰好だ。

 それから、青年は手を地面に置き、澱み無くその時を待った。そして、それはすぐさま、やってきたのだ。


 ――突進。


 イノシシが彼我の距離を急速に詰める。

 対して青年は動かず、……イノシシが、その“見定めたポイント”に差し掛かかるのを、今か今かと待ちわびた。


(ここだっ!!)


 その瞬間。青年の周囲が光輝く。

 大賢者の才能とは違い、開花せずとも溢れ出る大量の魔力は青年の意思によって変換され、それは地面の様相を急激に変化させた。


 結果、世に現るはポッカリと釜口を開けた大穴と、その内側側面に生えた鋭い針の山。

 地面を失ったイノシシは一瞬の内に重力のツボに引き込まれ、皮肉にも自らが持つ運動エネルギーによって、……その肉体を無数の針に貫かれるのだった。


「っ――よし、勝利」


 しゃがみつつ、それを宣言する青年。初めてにしては上出来だと、見える成果に胸を張る。

『地面に大穴を開け、その内側に“地面から集めた金属”を用いて針の山を築く』、それは一瞬の内、且つ、形も思い描いたままに精確だった。


 青年は、流石に疲れた、とその場に腰を下ろす。

 目先の地面。砂を掬い取った彼は、それを握った手を輝かせ、再び手を開く。

 すると、そこには一本の針が出現していて、それを見た青年は、こう呟くのだ。


「――『“物質操作”』による突貫トラップ。ここに、成った」


 それは、イノシシの運動エネルギーを利用した凶悪な罠。

 魔法を行使し、瞬間に出現させたそれは、最早、不可視の罠と同義だ。

 かくして、その悪逆非道な罠は、イノシシの命を文字通り八つ裂きにし、そして確実に奪ったのだった。




  ○●○  ○●○  ○●○




 美味い。青年は今、それ以外の事を考えられなかった。

 自ら斃したイノシシの魔物。それは、青年が続けざまに作製したナイフ、鉄網、そして木から拝借した枝でこんがりと焼かれる事になった。


 胃袋を満たす折、青年は片手間に地面に向けて魔法を放つ。

 それは紛れも無く、かのイノシシを討伐した魔法『物質操作』だった。

 

「土魔法とか……っんぐ、あぁこの肉うまい――最早いらないわな」


 本来、その魔法は物質中の原子・分子を操作して目的の物質を取り出したり、化学結合をさせるというもの。

 つまり、あの現象を起こすだけなら土魔法で地面の形状を変化させる方が非常に手っ取り早い。

 しかし、大賢者の才能を開花できていない青年は、咄嗟に代替案を導き出したのだった。

 ――自分は工学生、つまり物質の理を知っている。

 よって、地面そのものを操作する土魔法ではなく、勝手知ったる物質を相手にしてはどうか、と。


 結果、その思惑は綺麗に決まった。

 体系化された土魔法とは別に、青年は物質を操作する事に成功したのだ。

 それも、物理的反応を促進する事で地面に穴を開けるプロセスも、実に思惑通り。

 物質中の“すべり現象”を利用した地面の形状変化は、あのイノシシの真下へ大穴を開ける事に成功したのだった。――(ちなみに、“すべり現象”とは、金属やセラミックスの原子間における結合の移動を議論する用語)




「ふぅ……、満腹です。御馳走様でした」


 肉は多分に残っているが、よもやイノシシ一頭丸々を食べ干せる筈がない。

 青年は、残りを丁寧に燻製等々にして保存、今後の食料を確保。

 これにて、異世界での初戦闘、および野性的な食事を終えるのだった。


「よし。食後の運動でもするか」


 当然、身体は一度の食事程度では復調しない。……極限の空腹にしては、胃は容易く食事を受け入れてしまい、甚だ疑問だが。

 だから、今できる事は魔法の修練だ。それと同時に、この森を抜けるために装備もいくつか作っておきたい。


 青年は、地面に手を置くと魔法を行使する。

 あのイノシシに再び遭う事も頭に置きながら、光輝く地面を見やるのだった。





ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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