過去ー失くした記憶ー
つれて来られたのはおんぼろのアパート。その中の一室。一階の一番入口に遠い部屋。そこに案内される。
「さぁ、どうぞ入ってくださいね。あ、靴はぬがなくても大丈夫ですから」
「あ……ああ」
中に入ると……なんと生活感のない部屋なんだ。テレビも洗濯機も炊飯器も冷蔵庫も何もない。
「お前……こんな所で暮らしているのか?」
これなら柏崎さんが用意してくれていたアジトの方が幾分もマシだ。あそこには洗濯機も冷蔵庫もテレビもあったし……。
「そんなわけないですよー、私も一応女の子ですよ。もっと女子力は高いです」
「ああ……すまん」
ということは一つ分からないことが出てくる。
「じゃあ、何でここに来たんだ」
「お、良い質問です、さすがは皐くんです」
「ああ、ええと……ありがとう」
「いえいえ、理由は簡単。見ていてくださいね」
澪は押し入れを開ける。特に何かあるというわけでもなく一人分の布団一式のみ。そのまま、特になにも起きないまま5秒。
ふと澪がこちらを振り向く。
「準備完了です」
「え?」
するといつの間にやら穴が開いて、その先には真っ暗な空間が広がっていた。
「何……それ……」
「まあ、行けば分かります」
と言い穴の中に入っていった。
「おい!」
近づいてみると階段状になっていた。……行くしかないか。
「……お兄ちゃん」
不安そうな顔で見上げてくる。
「大丈夫だ、美雅。何かあったら俺が守る」
「うん、ありがとう、お兄ちゃん」
美雅の手を握って歩みを進めた。
一寸先は闇。何も見えない。俺ですら少し恐怖を感じる。それでも、美雅が怖がらないように俺が先導してやる。
「よし、着きましたよ」
その言葉と同時にギギギと音がする、更に光もさす。
そこには立派な机といす。その前にはいかにも良さげな雰囲気を醸し出した対面式の2つのソファーとその間にあるガラスの机。
「ここは?」
答えを知るであろう澪に問いかける。
「校長室です」
「は?」
いや、確かに仕事用の立派な机と来客用の対面式のソファーがあるからおかしくはないんだけど……。
「でも、俺たち階段を下りてきたんだぞ」
「ええ、そうですね。まあ、みんな驚きますよ、そりゃそうっすよ。では、窓の外を見てください」
「え、窓……ってこの部屋に窓がないんだが……」
「大丈夫です。あの、ドアを開けて外に出てください」
指さしたのは今入ってきたのとは別のドア。それは真っ白で飾り気のないものだ。とにかく、ドアを開ける。すると……廊下。見た目は通っていた小学校にそっくりだ。その窓から景色を望む。
「何だよ……これ……」
眼下には都市が広がっていた。でも確実に俺たちが今までいた神楽市ではない。ならここは……?
事の真相を訪ねるため美雅と共に澪のいる校長室に再び戻る。
「なあ澪……ここはどこだ?」
「まあまあ長話は後で。皐くんに何があったのかも気になります。ですから先に安らげる場所に案内します」
澪の意見に流され、建物の外に出てみるとやはり見たこともない街並みが広がっていた。だが街の雰囲気も良く、嫌いにはなれそうにもなかった。
「ここです。とりあえずここを家に使ってください」
外見はいかにも真新しく綺麗で中も風呂場、トイレはもちろんキッチン、寝室、リビングと二人で暮らすには十分な大きさの家だった。
「こんな綺麗な家なのに使っても良いのか?」
「ええ、もちろんです」
「お兄ちゃん、ここに泊まれるの?」
「そうだ、美雅も嬉しいか?」
「うん!」
相当この家を気に入ったのだろう、実に良い返事だ。
「じゃあ、あのお姉ちゃんに感謝しないとな」
「うん!お姉ちゃんありがとう」
「んんんん!かわいい~、どういたしまして、美雅ちゃん」
同じくらい澪も嬉しそうだった。
「本当にありがとう、助かるよ」
「いえいえ、大したことではありませんよ、……それより、お話ししましょうか?」
「すまん美雅少し一人でこの家にいてくれるか?すぐ戻るから」
「……うん、すぐ戻ってきてね!」
「ああ、もちろん」
「じゃあ、バイバイ美雅ちゃん」
「お姉ちゃんバイバイ」
俺たちは再び例の校長室に戻った。もちろん美雅に留守番を任せて。
「ありがとな」
「何がです?」
「わざわざあそこに行ったのは美雅に話を聞かれないためなんだろ」
「まあ、一応……です。年齢の割にかなりのブラコンでしたし、何かあるのかと思いまして、あ、悪いこととは思ってませんからね、仲も良く微笑ましい兄弟だと思いますよ」
「ああ……そう言われると何か照れるな」
「じゃあ、どうしましょう、あなたの秘密を先に聞いても良いですか?」
「ああ」
遂に話す時がきたのか……。今まで誰にも話したことはなかった。これを知ってるのは俺と柏崎さんだけだった。
「俺には守るべき物と守りたい者があるんだ」
「ん?どういうことです?」
「まあ、そういう反応になるよな……要するに守るべき物と守りたい人がいるんだ」
「ああなるほど物と者ってことですか、守りたい人が美雅ちゃんだというのは分かります、実際連れ去られそうになっていましたし……でも、守るべき物は分かりません」
「今から四年前の事だから俺が13歳、美雅が8歳の時の話になる。俺たちの両親は科学者だった。仕事が忙しく平日は家族全員で同じ食卓を囲むことはなかった。昼は俺たちも学校に行っていたし夜は俺たちが寝る頃までに両親は帰ってこなかった。朝も食卓にはパンが置いてあり、既に両親は仕事に出ているのが普通。そんなこの家族の唯一の休みは日曜日。この日だけは家族全員で一緒にいれた。特にどこかへ遊びに行くわけでもない、それでも普段は言葉も交わさなかっただけに日曜日だけは特別だった。
そんなある日の土曜日、両親が有休をとった。偶然その日は流星群が近くで見られるらしい。だから、家族で見に行こうということになった。俺たちは予定通り車で家を出た。まさか、家族で遊びに行くなんて夢にも思ってもいなかったから俺の胸はかなり高鳴っていた。
でも、そんな幸せは一瞬で悪夢に変わった。何が起こったのか分からなかった。ただ、大きく横に揺れて体が宙に浮いた。それ以降の記憶はなかった。
次に見えたものは見知らぬ天井、見知らぬベッド、そして見知らぬ人。でも、服装でその人が看護師だってことは分かった。それから、周りは慌ただしかった。たくさんの人が病室を出入りした。でもそこに、見知った顔は……なかった。誰も……いなかったんだ!
ふと部屋の隅にあった日めくりカレンダーが目についた。日曜日。つい先週までは家族が唯一ともにいれた日。でも、もう誰もいない。あんな日はもう二度と戻ってこない。そう思うと心の中はどす黒く最悪な気分になった。人生に絶望した。
そんな時に一人の面会者がやってきた。もしかしたら実は家族の誰かが生きていてここに来たんじゃないか?そう期待した。でも、無駄だった。全く面識のないおじさん。
俺は結局そのおじさんと話をすることになった。無論そんな気はこっちには起きなかったがおじさんがどうしても話したいことがある、そう言ったので俺も仕方なく聞くしかなかった。
「君の御両親からどれだけ仲が良かったかは聞いているよ。今回の事件は無念だね」
わざわざそんな事を言いに来たのか。その言葉が本心からなのか形式上のものなのかは分からないし知りたくもなかった。
「美雅ちゃんが生き返るかもしれない」
「は?」
おじさんの唐突な言葉に思考が停止する。意味が分からい。生き返る?いくら子供でも人間が生き返らないのは知っている。でも……もし本当に生き返るとすれば……ダメだ、考えちゃいけない。そんな事が起こるわけない。
「馬鹿にしてるんですか?」
かなり怒気のこもった声でそう答えた。
「信じてもらえないのは分かってる。でも、一つだけお願いがあるんだ。美雅ちゃんの体を少し手術しないといけない。そのためには親族の同意がいる。無論、お金はいらない。君の両親にもしもの時は頼まれていたから」
生き返る、本当に?そんなわけはない。そう……分かっている。分かってる。分かってるよ!でも……もし本当に美雅が……そんな時にふと先程のカレンダーが思い起こされた。日曜日。今日がその日なのだ。もうどれだけ時が経とうと一人なんだ。そう考えると……耐えられなかった。
「お願いします」
そう答えるしかなかった。
それ以降、そのおじさんは病院には来なかった。騙された、完全に。藁にもすがる思いの決断は藁に裏切られて終わった。
俺は1か月後退院できた。奇跡的な早さだと言われたがなにも嬉しくなかった。俺は行く当てもなく病院の自動ドアをくぐった。
「皐くん、退院おめでとう」
どこかで聞いたような声。……あの面会のおじさんだ。
俺はそちらを振り向く。
そこにはおじさんとその手をつないだ子ども、美雅がいた。
「美……雅?」
「……?」
「美雅」
俺はすぐに駆け寄る。その小さな体を抱きしめた。もう……どこにも行かないように。……どこにも手放さないように。
「美……雅。良かった。本当に……良かった。大丈夫か?無事だったか?怪我しなかったか?変なことされなかったか?」
「誰?」
「……え?」
「お兄ちゃんだあれ?」
「い、いやだからお前のお兄ちゃんだろ?覚えてるだろ?」
「んんん、分かんない」
その声がひどく心に突き刺さった。純粋で無邪気なのが余計にダメージを与えてくる。
「皐くん、少し話がしたい」
俺は促されるままどこかに連れていかされた。もはや、抵抗する気力も湧かなかった。
そこで俺は全ての説明を受けた。
まず、俺たちの乗っていた車が事故に遭ったこと。交差点で信号無視した車に激突されたらしい。それで両親は即死。俺と美雅は緊急手術を受けることになった。
俺は助かった。でも、美雅はかなり手術が難しかったらしい。何か詳細な説明をしていた記憶もあるけど俺にそんな知識がないからよく分からなかった。簡単に言うと体は何とかなったが脳死判定が出された。でも、両親が3C、簡単にゆうと人工知能を隠密に完成させていたらしい。それを美雅の脳に移植、その後生活に最低限必要な知識を人工知能に暗記させた。例えば、文字の書き方や計算の仕方。でも、唯一どうしようもないものが有った。
今までの記憶。これだけはどうしようもなかった。だから、俺のことも覚えていなかったしそれどころか両親の顔ももう二度と思い出すことがなくなったんだ」
「悪いことを聞いてしまいましたね、すみません」
「いいよ、もうこの生活にも慣れたし。それに美雅は今もこうして生きてくれている。もう、それだけで十分な気がしてるんだ」
「でも、もう一つ良いですか?」
「何?」
「どうして誰かに追われているんですか?」
「さっき言った通り、俺の両親が作った3Cは美雅の脳に移植してから必要最低限の知識を身に着けさせた。それは今からでも知識を身に着けさせることが可能ということだ」
「なるほど、最近の研究では能力は脳と何か密接な関係があるという説が一番濃厚ですからね。もし、出来るだけの能力を美雅ちゃんの脳に外部から入力することが出来たら……」
「ああ、何でもできると言っても過言じゃない。それこそ、この世界を破壊することも……。だから、俺は美雅も3Cも守らないといけないんだ、何が何でも……」
「それが守りたい者と守るべき物ということですね」
「そういうこと。ってことで今度はこっちの番だな。この場所について聞きたい」