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あの日も僕は聖人だった

作者: 佐和山

 眩暈がした。炎天下の屋上で、刺激的な日光と目の前の光景に、やられてしまった。

 少し褪せた上履きはきちっと揃えられ、その下には白く光る封筒。所々緑の剥げたフェンスには両の手が掛けられ、今まさによじ登ろうとしている。茶髪の青年は、ゆっくりと、こちらを振り返った。


 整った顔立ちと、黒く、しかし澄んだ瞳は、間違いなく同じクラスの敦澤(あつさわ)のものだった。

彼は確か、隣の組の伊川君をいじめていたはずだ。そう、彼は、いじめる側なのだ。何故、伊川君ではなく、彼が自殺を試みているのだろうか。

「よう、花崎。お前何してんだ。屋上に用事でもあんの」

「……それはこっちのセリフなんだけどね。……何、してるの」

 敦澤のケロッとした表情に、僕は少しだけ拍子抜けしてしまった。死を覚悟しているようには、とても見えない。

「あれ、見てわかんねぇかなあ。死のうかなって、俺」

 へぇ、なんて間の抜けた声が出る。死のうとしているとは思えないような馬鹿丸出しの表情と、フェンスを掴んで離さない手が、酷く不釣り合いで気持ちが悪い。

 遠くで鳴く蝉が一斉に死んでしまったかのような、不快な静寂が訪れた。

「あのさ、そういう冗談、良くないと思うよ。少なくとも僕は、嫌いだ」

 一歩、彼に近づく。目映い光が、僕の心を焦がしていくようだ。

「冗談……。いや、本気なんだけどなあ」

 上げられた口角は、引きつっているように見えた。歪んだ目元には、やっと死への恐怖と、何かどす黒いものが滲み始める。

「君、いじめは飽きちゃったの」

「あいつ、伊川さ、転校すんだと」

「ふうん……。もしかして、生き甲斐、だったの」

 少し揺れた瞳に、怒りの色が少量垂らされた。

「いじめられてた子が自殺しちゃうなんてことは、悲しいけれど、よくあるよ。でもさ、君の場合は、何というか、おかしくはないかな」


 僕には自殺を止める気も、勧める気もない。ただ、あのフェンスに掛けられたままの手を下ろさせたかった。

同時に、じわじわと彼を追い詰めていくのを楽しんでいる、もう一人の僕がいることに気付いてしまった。

「いじめって、そんなにクセになるの。対象に愛着が湧いちゃうくらい」

「ふざけるな」

「それって何。愛ってやつなの」

「ふざけるな」

 ふざけているのはどっちだよ。心の中で毒づく。

「で、どうして死ぬの。」

 一歩、また一歩、彼に近づいていく。彼は意地でもその手を放さないらしい。


 ジリジリと、僕は焦りを感じていた。虫眼鏡で集められた光が、黒色の画用紙を燃やしている映像が思い浮かんだ。

「なんとなく、死にたくなった。別に深い意味はないし、あったとしても花崎には関係ねえ」

 その言葉に、僕は地面を蹴っていた。敦澤との距離が一気に縮まり、鼻の頭が擦れそうだ。

「ねえ、暑いでしょ。一旦、日陰に行って話そうよ、敦澤君」

 ちらりと彼の手元を見る、手は離れるどころか、さらに強くフェンスを掴んでいる。微かに震える両手は、何かに縋っているようだ。

「近い。離れろ、気持ちわりぃな」

「死んで、どうするのさ。ああ、僕が言っておいてあげようか。今までごめんね、君のために死ぬんだよって、伊川君に」

「てめえ」

「あ、ごめん。遺書、あったんだよね」

 ちらりと足元を見やり、顎で示してやる。

 ガシャン。フェンスが大きな音を立てた。僕は思わず驚き、固まる。

 喉に引っかかるような笑い声が、僕の鼓膜を震わせた。

「お前やっぱり、下衆野郎だな」

「……は、なに」

 敦澤の言葉がよく理解できず、まるで偶蹄類のように反芻するしかなかった。言葉を消化しきれていないというのに、彼はまた重ねて言った。

「人の死を目の前にして楽しんでいやがる。伊川が俺たちにいじめられてる時も、お前は楽しそうに肩を揺らしていた」

 首を、掴まれたかと思った。彼の手はまだ動いていないというのに。

「伊川に、転校の理由を聞いてみたらどうだ。きっとこう言うさ」


「見ているだけで、誰も助けてくれなかったからだ。僕を見て笑っていただけの奴等は、いじめっ子よりもタチが悪いのさ」


 まるで伊川君本人のような口ぶりに、僕はますます混乱した。

 僕の足は、ふらりと折れた。気づくと僕も、フェンスに縋っていた。

「あれ、どうしたのかな花崎クン。俺を責めて楽しむのは終わりかよ」

 笑いながらフェンスを登っていく敦沢に、僕はどう声を掛けたら良いのだろうか。乾いた目をきつく閉じ、掠れた声をようやく絞り出した。

「おいていかないで」

 瞬間、フェンスを揺らす音が止まり、少し間を置いて一際大きく音が鳴った。


 飛び降りたのだと、わかった。ようやく手を放した彼は今、フェンスの外に飛び降りたのか、それともこちら側に降りたのだろうか。

 僕の目は、きっと永遠に現実を見ることはできないのだろう。


2000字程度の小説。学校の課題でした。

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