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裏庭にある桜の木の下で

 ――裏庭にある桜の木の下で告白すると、恋が実るんだって。


 校内に広まったのがいつからなのかわからないほどの、それは昔っからうちの高校に伝わる噂話。


 ――まぁ、その桜はソメイヨシノだし、そもそも設立から三十年そこそこしか経たないわけだから、そんなに古いもんじゃないだろうけどね。


 あたしはそんなくだらない噂話を思い出す。裏庭の古いソメイヨシノのそば、この寒空の下で。


 ――あんな噂話がなけりゃ、あたしが何度もこんな場所に呼び出されることもなかったのに。


 小さくため息。


 自分のことはさておいて。


 噂話がある都合で、このソメイヨシノはたくさんの男女の交流を見つめてきたのだろう。それはさぞかし愉快というか不愉快というか、とにかく迷惑な話に違いない。日当たりが良くて静かなこの場所は、告白スポットになっていなければ、人がほとんど寄り付かないような場所だ。このソメイヨシノが静かさを好んでいたのだとしたら、他人の恋愛沙汰など興味がないどころか邪魔でしかなかろう。


「あ、佐倉さくらさん!」


 遠くから声がして、あたしは声の主に目を向ける。できるだけ優雅に振る舞って。


 ――ってか、呼び出しの指定時間から十分以上経っているんですけど。


 腹は立っていたが、それを表情に出さないのがこのあたしである。猫をかぶっているのだが、このキャラクターに勘違いをして告白してくる男が多いのだ。


「話って何かしら?」


 冷たい風になびく長い黒髪を押さえながら、あたしは小首を傾げてみせた。


 あたしの前に立つ小柄な少年――早瀬はやせは、大事に抱えていた紙袋を差し出す。


「あのっ、好きなんです! これ、プレゼントっていうか……その、あなたに身に付けていて欲しくって」


 ――一生懸命なところはまぁ高く評価するけれど、遅刻は大幅の減点よね。


 おそらく、告白するのに緊張して約束の時間に遅れてしまったのだろう。そう想像できたとしても、可愛いとは思えても好感度は上がらない。実際に付き合うことになったとき、毎度待たされるようではストレスが溜まる。あたしは十分前行動派なのだ。


 あたしは薄く笑う。続いて困った顔を作った。


「あなたの気持ちは嬉しいのですけど、今は誰ともお付き合いをするつもりはありませんの。これも受け取れませんわ」


 やんわりとした口調で伝えると、早瀬はあたしを見つめて悲しそうな顔をした。


「な……んで?」


「ごめんなさい」


「なんでだよ。恋が実るんじゃなかったのかよ!」


 彼はあたしが受け取らなかった紙袋をソメイヨシノに向かって投げつける。そして背を向けて走り去った。


 あたしは彼を引き止めたりしない。紙袋が幹に当たる前に割り込んで、すんででキャッチした。我ながら素晴らしい反射神経だ。


 ――って、受け取らないはずだったんだけど……。


 早瀬の姿はもうない。同じクラスメートだから、明日にでも突き返してやることはできるがやめておこう。それは今のキャラではないから。


 あまりにも紙袋が軽いので気になって、中身を確認してみた。


 ――ん? この三角のアイテムは……。


 ぎょっとした。そして寒気がした。


 中身は下着だった。男性用ではなく、女性用。ブラジャーとショーツ。赤くて、布の面積が非常に狭い。


「…………」


 そっとしまって、ソメイヨシノの根元に置いた。見なかったことにしよう。


「――なんで誰とも付き合わないの?」


 ふいに声が聞こえて、あたしは振り向いた。あたししかいないと思っていたのだが、先客がいたらしい。うちの高校の制服を着た、清楚な雰囲気の少女がソメイヨシノの陰に立っていた。


「なんとなく」


 あまり見ない顔だ。学年が違うのかも知れない。


「いつもここで告白されてるよね?」


「見てたの?」


 あたしが告白されまくっまついるのはそれなりに有名だと思うのだが、ここでされているときっぱり言われると不思議だ。


「全部、ここで聴いていたから」


「……あぁ、そう」


 キャラを作るのを忘れて、素が出ていた。いつもはかなり気合いを入れているからか、猫をかぶるのを忘れないのに。


「――愛してるの数だけ嫌いになるの」


「?」


 呟かれた台詞に、あたしはあからさまに不思議そうな態度をした。


「前にあなたみたいな人に訊ねたら、そう言われたの。だから、あなたもかなって」


 真面目な顔をしてそんなことを言うものだから、あたしは笑って手を横に振った。


「残念ね。あたしは本当にそういうんじゃないのよ。同じ高校生ってのに興味がなくってね」


 あたしは先生が好きなのだ。あたしの心を照らしてくれた光。闇の中の光のように感じられた。ずっと照らしてほしくて、彼の迷惑にならないように猫をかぶる。想いを気付かれないために、猫をかぶる。


「そっか……。私はあなたの恋を応援してるから。頑張ってね」


 風が強く吹く。


 あたしは顔を押さえる。


 次に見た時には少女の姿はなくて。


「今のって……?」


 ソメイヨシノの根元に置いた紙袋が消えている。


 ――彼女は……ソメイヨシノ?


 よくわからないけれど、背中を押されたような気がした。


 あたしは卒業するまで、先生への気持ちを秘めて過ごす。その日が来たら、ここで告白をしよう。



《了》


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