世界構造
よしっ今はとりあえず魔法について知らないとだめだな。この世界の常識だし。まず、この世界のことをよく知らないんだけどね。
レイナはクソジィが歩いて行った方に向けていた視線をこちらに戻し、ふうと息を吐く。
「トモキ君、記憶喪失なのに自分の名前は覚えているのね」
「あっ」
すっかり失念してた。この世界のことも忘れ、魔法の使い方も忘れ、自分が何者かもわからないという設定なのに、名前だけは覚えているっていうのは確かに違和感あるな。
だが押し通すしかない!
「そんなこと言われてもねぇ。覚えているものは覚えてるし」
それを聞きレイナの視線はより一層強くなった。
ふぅぇぇぇ、怖いよぉ。しかし、美人は怒った顔も様になる。ちなみに俺の怒った顔は閲覧注意とされるだろう。
「まぁまぁ、そんなに睨まないで。決して怪しい者ではありませんから」
「いや、十分怪しいと思うけど」
レイナ、呆れたといわんばかりにため息をつく。
まぁ、十分すぎるくらい怪しいやつだよな俺。まず記憶喪失っていう時点怪しすぎる。
「まぁいいわ。理事長が認めたことを私があれやこれやと言っても仕方がないしね」
うんうんと頷き自分で納得するレイナ。
「ありがたき幸せ」
頭を下げてそう言う。
ここはレイナを立てておかないと魔法について聞けなくなるかもしれないしな。それにもしかしたら、この紳士的な対応が評価されて好感度が上がるかもしれない。
「あいつとは違って人間性もまともそうだし、魔法のことぐらいわ教えてあげるわ」
「よろしくお願いします。レイナ先生!」
これって少しいい感じじゃね? つい調子に乗ってレイナ先生とか言っちゃったけど大丈夫だよね?
「気持ち悪い」
自身の肩を抱き冷めた声でそう言われた。
全然大丈夫じゃなかったわ。もうオワタ。せっかく上がってきた好感度が台無しになってしまいました。
いやね、俺もちょっと調子に乗りすぎたかなって思ってたんだよ? でもね女の子との会話なんて普段は体験できないことだからテンション上がっちゃったのだよ。
心の中で弁明していると、レイナは不敵な笑みを浮かべた。
「トモキ君、あなた女の子との会話になれてないわね。いるのよ、私のクラスにもあなたみたいに無理しちゃってる子」
「な!?」
体中に衝撃が走る。
なんだと!? 全て見透かされているというのか。レイナ、恐ろしい子。くそっ、やっぱり慣れないことをやると無意識に言動が不自然になるのかもしれない。
「でもナルシストより幾分ましだと思うわ。それに私は嫌いじゃないわよ、そういう人」
レイナは優しい微笑みを俺に向けた。
まぁちょっときつい物言いもするけど、基本的に良い奴なんだろうな、レイナは。
「そりゃよかった」
「気持ち悪いことには変わりないけどね」
ぐはっ。やっぱり良くわ思われてないようだな俺。ぐすんっ。
そういういえば、さっきのイケメンとレイナってどういう関係なんだ? おそらくレイナの言っていたナルシストってのはイケメンのことだろう。あまり仲は良好ではなさそうだけど。良好だったら俺が困る。
気になるな。
「そういえば、さっきのイケメン君とはどういう関係なんだ?」
「イケメン君?」
可愛らしく首を傾げるレイナ。
「えっ、わからないの? さっき俺が攻撃した奴だよ」
「あぁ、あいつね。あいつはね、五大貴族の一つヴァーミアス家の一人息子よ」
五大貴族? それって何、美味しいの? 全然わからん。
首を傾げて考え込んでいると、それを見兼ねてレイナはため息をつく。
「そっか、まず貴族のことから説明しないといけないのね」
「すんません。説明お願いします」
ご迷惑お掛けします、ほんと。
「この大陸には階級制度があるの。下から平民、貴族、王に分かれているの。王は、まあ一番偉い人よ。次に貴族ね。そうね、貴族は皆ある程度の権力を持っているけれど、その貴族の中でも特に権力が強い家系が五大貴族と呼ばれているの。もちろん権力だけじゃなくて魔力も優れているわ」
「なるほどね。この大陸ってことは他にも大陸があるってことか?」
レイナはその言葉を聞き手をこめかみに当てる。
そりゃ、呆れるよね。今の発言は、もうこの世界そのものを忘れているって言っているようなものだからな。
「はぁ、ほんとに何も覚えてないのね。この世界にはアスラン大陸を含む5つの大陸があるの。もちろんそれぞれの大陸で生活感も違ってくるわ」
なるほどね。この世界はそういう風にできてるのか。やっぱり地球とは何もかもが違うな。しいて同じところを上げるならあれとあれだな。
さっきの熊もどきのおかげで解放された空を見上げる。そこに広がるのは青空と眩しく光る太陽。
そう、空の風景だけは地球と全く同じなのだ。太陽もある、雲もある。
そしてもう一つは言葉だ。あまりにも自然に通じてたから気にならなかったけど、異世界なのに日本語が通じるというのはかなり不自然だ。まぁ、俺からしたらありがたいことだけど。
こんなこと考えたところで意味の無いことだな。もう俺はこの世界でやっていかなくちゃいけないんだから……。
「いろいろ説明ありがとう、レイナ。ついでに魔法のこともご教授願いたいのですが」
「わかってるわよ」
魔法、この世界での常識か。魔法学園でやっていく以上使いこなせないとやばいだろうな。いろいろと。後、魔法使えないとさっきの熊もどきみたいな奴に遭遇したら対処できないしな。
そこで俺はある重大なことに気づく。
「今思ったけどここにいたら危なくね? そこに倒れてる奴とかがまた出てくるだろ」
地面にうつ伏せになって倒れている熊もどきに指を差しそう言うが、レイナは平然とした顔でいた。
「ビックベアーくらい私なら余裕だから大丈夫よ」
ビックベアーって。名前そのまますぎるだろ。もっとこだわれよ名前に。後、やっぱりレイナさんもお強いのね。
「へぇ、レイナ強いのか」
「まぁそこそこね。一応五大貴族だし」
えっ、レイナも五大貴族なのかよ!? 確かにそんな雰囲気を醸し出してるわ。だからあのイケメンといろいろあるのか。何があるのかはよく分からないけど。少なくともレイナはイケメンを心底嫌ってるみたいだしな。
「レイナもお偉い、ん?」
言葉が遮られる。空から響く爆音に。
「いっ!?」
やばい、鼓膜げ破れそう。なんだこの音は。一体何が起こってる!?
すると、音はぴたりと止んだ。
「やっと終わったか。一体なんだったんだ?」
レイナのほうを見ると、その顔は酷く青ざめていた。
「逃げるわよ」
「なんで?」
意味が分からず聞き返す。
「いいから早く!」
凄みのある怒声が耳に響いた。
一体どうしたっていうんだ。レイナは何にそんなに恐れているんだ。
すると突然空が暗くなる。
いや、空が暗くなったんじゃない。何か巨大なものに覆われている。
見上げると想像を絶するものがそこにいた。
「……。あれはなんだ」
目の前に広がるのは空に浮かぶ巨大な体。その巨体の両側に生える巨大な翼。それはドラゴンそのものだった。