導き
このイケメンの怒りをどう沈めるべきか思案していたところに、クソジィが割り込んできた。
「まぁまぁ許してやってはくれんかのぅ、ソルト君」
「しかし、こいつが仕掛けてきたのですよ!?」
イケメンは声を張り上げそう言う。どうやらクソジィの言葉に納得いかないようだ。まぁイケメンの言っていることはもっとだからな。だからと言ってやり返されたりしたら間違いなく死ぬよ俺。
「弱者にいちいち突っかかるなど、ヴァーミアス家の名が泣くのぅ」
「くっ」
さっきまで威勢よく突っかかってきていたイケメンは言葉に詰まる。
ヴァーミアス家って何?めちゃくちゃ中二臭い名前じゃん。まぁ、ファンタジーの設定によくある貴族様ってところだろうけど。後、俺のこといちいち弱い弱いって言わないでくれませんかね。
「儂もすぐに学園に戻るから早う帰れ。後、レイナちゃんはちと残ってくれんかのぅ」
レイナは少し首を傾げたがすぐに頷く。
「では、僕はこれで失礼します」
そう言うとイケメンはまだ俺に腹を立てているのか不服そうな顔をしながらも去って行った。今回ばかりはクソジィに感謝だな。
「で、私に何かご用意ですか、理事長」
「んー。少しばかりこやつに魔法の基礎を教えてやってほしい」
俺の肩に手を置きそう言うクソジィ。えっマジかよ。こんな美少女が俺に魔法を教えてくれるの?これきたわ、テンプレ展開きましたよ。俺得!
「どういうことです?何故私が」
怪訝な顔をするレイナ。
いや、そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃん。女性耐性のない俺にその態度は効果抜群ですよ。心が砕け散りそうです。
「いやのぅ、こやつ記憶喪失らしくてのぅ。だから魔法について教えてやってほしいのだ。この世界で魔法の知識がないのは致命的だからの」
なるほど、このクソジィよく考えてる。確かに異世界から来たなんて言っても信じてくれないだろし、仮に信じてもらえたとしても異端者扱いされる可能性があるしな。
ここは俺も話に乗るしかないな、自分のためにも。それにせっかく異世界に来たんだ。向こうの世界ではコミ障でまともに女の子と話したことなんて無かったけど、こっちでは少し積極的になってみるか。小さなことから変えていこう……。
「いやー、ほんと何にも覚えてなくて。さっきの魔法も適当にやっただけなんで。自分でもどうやったか正直理解できてないんだよ」
うん、妥当な説明だな。言葉使いも適度にフレンドリーにしたし、印象は悪くないはず。多分、見た目からして歳はあんまり離れてないだろし、タメ口でも問題ないはずだ。
レイナは俺に視線を移し、何かを見極めるかのように真剣な眼差しを向ける。
「記憶喪失になると魔法のことまで忘れてしまうの?魔法は世界の常識なのよ」
なるほどな。この世界では魔法はあって当たり前のもの。記憶喪失であろうとそんな当たり前なことを忘れるのはおかしいということか。確かに、記憶喪失になっても常識的な部分は覚えている場合が多い。
どうしたものかと考えていると、クソジィが助け船を出してくれた。
「しかし、こやつは覚えておらんからのぅ。そう言ってもどうしようもなかろう。それに身元もわからんからのぅ、儂の学園に入れようと思っておる」
「正気ですか? 10しかない魔法学園の中でもトップクラスのうちに初級魔法しか使えない記憶喪失のやつを入れるなんて考えられません」
レイナは呆れたといわんばかりにこめかみを押さえる。
身元もわからない、しかもくそ弱い俺を魔法学校に入れてくれるとかクソジィめちゃくちゃいい人だな。といってもいくら理事長でお偉いさんだからといって勝手に編入とかしてもいいのかよ。レイナの言うことももっとだしな。
「と言われても、こやつは身分証明できるものを持っておらんくてのぅ。どこかで仕事をやるにしても身分証明は必ずいるしのぅ、ギルド以外はの。そんなやつをここでほっとくのはさすがに心が痛むしの」
大きなため息をつくレイナ。
「理事長がそこまで言うなら何も言いません」
「すまんのぅ。そう言うことだから今から少し魔法について教えてやってくれ。おっ、まだお前さんの名前を聞いてなかったの」
そういえばまだしてなかったな、自己紹介。今の今までいろいろあったからすっかり忘れてわ。
「俺は坂下智樹。まぁ智樹と気軽に呼ん下さい」
うん、無難な自己紹介だったと思う。俺にしては上出来だな。
「私はレイナ・アミリアス。好きによんでくれて構わないわ」
なんだと!? 好きに呼んでもいいだと?これはとんでもなく重大な場面だぜ。ここで選択肢を間違えると俺の印象が最悪になりかねない。ここは無難に決めてやる。
「よろしくな、レイナっち」
「気持ち悪いからその呼び方はやめて」
てへ、やっちまった。しかし何故だ。リア充どもは互いにニックネームとかつけて呼び合ってるんじゃないの? ソースは全くないが。これで俺の印象はかなり悪くなったのではないだろうか。心配である。
「確かにその呼び名はないのぅ。儂は学園に戻るからの。後は任せたぞぃ、レイナちゃん。トモキの編入手続きもやらないといけないからの。ちゃんと学園に連れて来るんじゃぞ?」
「わかりました」
レイナはがっくりと肩を落としながらも頷く。その様子を見ると俺までがっかりしたくなる。そこまで嫌がらなくてもいいじゃん。
「じぁあの」
そう言い、クソジィは俺のすぐ側まで来ると耳元で囁く。
「トモキ、お前さんには素質があるのぅ。強くなれると思うぞぃ」
そしてすぐに離れ歩いて行った。
おいおい、何かの嫌がらせかよクソジィ。さっきまで弱い弱いって言われてたのにそんな言葉に騙されるかよ。ほんと、性格の悪いおじいさんだな。
しかし俺は心のどこかで期待していた。さっきの言葉は嘘ではないんじゃないか期待している自分がいるのだ。少しでも可能性があるなら、成り上がりたい。何もかも平均以下な自分を変えたい、この世界で。