6 魔王様、名前を付ける
2014/11/14 改稿 話のすじは変わりません。表現の追加変更と文頭の一字下げ、改行などをしました。
「はぁ・・・・」
ベッドで上半身を起こして自分の体を確認した僕はため息をつく。
神様がそのように作った体だから、普通に体を動かしていても特別に意識をしない限り違和感はない。
でも、股間にあったはずのモノが無いということを意識してしまうと、僕の理性は現実をうまく処理できないみたいた。
夢でアユフレードに呼ばれた後、目が覚めるともう外は薄暗い時刻になっていた。まもなく日没の鐘が鳴り、街の門が閉められるのだろう。
ノソノソと寝乱れた髪と服を直し、1階の食堂に向かう支度をする。はっきり言って食欲は無いが、オオカミ君のエサはもらってきてあげないと。
オオカミ君には部屋で待ってもらうようにして、僕1人で廊下を階段に向かって歩く。
目覚めた時間がちょうど夕飯時だったのか食堂は盛況なようだ。階下からガヤガヤ・カチャカチャといった雑多な音が耳に届く。喧騒とまでは言わないがずいぶん賑やかだ。そうか、クレドスさんが人気の食堂だと言っていたっけ。
まだ、自分の体が女の子だということにモヤモヤとした思いがある僕は、この体で人前に出ることに抵抗を感じて部屋に戻ってしまった。
すぐに戻ってきた僕を見たオオカミ君は不思議そうにしていたが、食堂が混んでそうだから少し時間をおいてからにする、と答えてごまかした。
しばらくの間、暗い部屋でベッドに腰かけてぼぅっとしていたが、足元でオオカミ君が姿勢を変える気配を感じて思い出した。
「オオカミ君は、名前ってあるの?いつまでもオオカミ君じゃちょっとあんまりかなって思ってさ」
『名前、個体の呼び方のことか・・・・オレには無いな』
「うん?他の狼には名前があるの?」
『群にいるヤツは“黒毛”とか“速足”とか、群の中での呼び方がある。・・・・オレは“はぐれ”だからな。オレを呼ぶ相手がいない」
うぅ・・・・体のことで落ち込んでいく気持ちを紛らわせようと話題をふってみたのに、予想外に重い回答をもらってしまったよ。
『呼び方が必要なら長が決めてくれ』
「えっと、オオカミ君はそれでいいの?」
『かまわない。その呼び方は長が使うんだからな』
急に名前って言われても、パッとは浮かばないものだねぇ。ベッドから立ち上がってオオカミ君の周りをグルグル歩く。何かヒントになる特徴がないかと、前から見たり横から見たり、しゃがみこんであおりで見たり、いろんな角度からオオカミ君を観察する。
「う~~ん・・・・何か希望はあるかな」
『特にない』
どうしようか。まさかここで“犬君”なんてつけたら、彼の忠誠度は0になるよね。
『長よ。何か悪いことを考えてないか』
ちょっと冗談が頭をよぎっただけじゃない。悪かったよ。それにしても鋭すぎやしませんかね。“神の食べ物”効果なのか野性の勘か、どっちだろう。
「よし、“ガレ”って名前でどう?」
『それが呼び方か?』
「気に入らない?」
『いや、そうではない。・・・・“はぐれ”だったオレが呼び方、名前というのか、がもらえるとはな』
「なになに、感動しちゃったの」
『ふん。からかうな』
口ではそう言うものの、オオカミ君、いや、ガレの尻尾はゆらゆらと左右に動いている。念話でわずかに伝わってくる感情も明るいイメージのものだ。
まぁ、喜んでくれたのなら良かったよ。
「そうだ!もうひとつあったんだ。その念話って、僕も使えないのかな」
『使えるのではないか?人間は魔法を使うのだ。この念話も魔力を使っているし、魔法のようなものだと思うぞ』
「そっかぁ。魔法も色々使ってみたいねぇ!この体は魔法を扱う可能性は持っているって、アユフレードが言ってたし」
『アユフレード?』
「あっと、えと、なんと言えばいいのかな。僕を生み出した・・・・お方?」
『長の親ということか』
「そう言えなくもない、かな?ちよっと事情が複雑だから、そのうち機会があれば話すね」
『わかった。別に詮索する気はない』
「ん。ありがと。じゃあ念話のやり方教えてよ」
魔法の訓練!ワクワクしちゃうね。
教師が狼だけど、そこも含めてファンタジーってことで。
◆◆◆
念話の練習に集中していたら、かなり時間が経っていたようだ。
慌てて食事をもらいに下階に降りると、すっかり静かになっている。すでに火が落とされて薄暗い厨房をのぞいて声をかけた。
「あの~。すみませ~ん。まだ食事大丈夫ですか~?・・・・うわ!?」
暗がりから急に出てきた熊の大将にビックリしてしまった。
「おぅ。魔獣使いの嬢ちゃんか」
うぐっ、お嬢・・・・
ガレの名前考えたり念話の練習したりで意識の外においていた体のことを思い出してしまった。
「ん?何だ、ほら、泣くことないだろ。急に出てきて悪かったよ。ビックリしたよな。ゴメンな。大丈夫か?っと、こんな時にあいつはどこ行ってんだ・・・・」
嬢ちゃんと言われた僕がうつむいて、涙目でぐぬぬ、とやっていたら、大将は僕がビックリし過ぎて泣いてしまったと勘違いしたようで、丸太のように太い腕をわたわたさせながら何とかなぐさめようと必死になっている。
この人、見た目は“熊”だけど、性格は“クマさん”な感じのアレなのかな?
「大丈夫です。・・・・ビックリ、しただけだから」
とりあえず話を合わせておこう。ホントの理由は言えないから。
「それで、食事はまだ用意できますか?あと、ガレのためのお肉があればお願いしたいです」
「おう、食事な。もう火を落としちまったから・・・・あ、いや、火を使わねぇ簡単なもんなら用意してやれるから、な?落ち着けな?肉もある。もう閉店だから、またここに連れてきてもいいからよ」
罪悪感からか、かなり気をつかってくれた大将の言葉に甘えて、ガレを呼んで一緒に夕食をいただいた。
パンの他にたっぶりの燻製肉と刻み野菜とサラダ、チーズ、野菜の酢漬け、ドライフルーツと予想外にたくさん用意してくれていた。さっき泣かした(と大将は勘違いしている)お詫びのつもりだろうか。えん罪なのでかえって申し訳ない気分だね。
閉店後に無理を言ったうえに、勘違いにつけ込んだみたいで(実際その通りだけど!)落ち着かない。かといって残すなんてもったいないので全部きれいに食べたけど。
お礼に後で食堂の掃除でも手伝おう。
「そうだ。大将さん、ペットの首輪売ってる所知りませんか」
「店の掃除は俺がやるからいいよ」と言う大将だったが、実際僕がいたせいで食堂が片付けられなかったんだから、と手伝わせてもらうことになった。ガレはカウンターのとこでお座りしてこっちを見ている。
掃除を手伝いながら、明日まず最初に買いに行く予定のガレの首輪を売っていそうなお店を聞いてみた。ガレをペットに偽装するための首輪だが、どこで売ってるものか検討がつかなかったから。
「ペット?」
ペットと言ったら驚かれた。大将は、僕とガレが魔獣使いとその使役獣だと思っていたようだ。
この世界、ガルド・デューではペットを飼うことはあまりないらしい。普通は畜産か農作業用の家畜で、貴族やよほどの物好きのところにしかペットなどいないということだ。まぁ、実際にガレだってペットというわけではないけれどね。
でも、この会話の中でいいことが聞けた。魔獣使いと、ハンター。そしてハンター協会についてだ。
ハンター協会。それは都市の周辺でモンスターを討伐するハンター達の活動を支援している組織だそうだ。
モンスターが増えると旅人や行商を襲ったり、ひどい時には町や村が襲撃されたりする。そうならないために、ハンターという職業があるんだ、と熊の大将ことマウルさんが教えてくれた。
ハンターにはモンスターと戦うための様々な特技を持った人たちがいる。剣や槍、斧などでモンスターを斬り伏せる人もいれば、弓や罠、毒や薬を扱う人もいるし、魔法の力で戦う人など、それはもういろいろと。
そして、数は少ないけれど、動物を手なずけたり魔法の力で支配したりして使役する能力を持つ“魔獣使い”と呼ばれるスタイルの人たちも、そのひとつだという。
以前、魔獣使いの人を宿に泊めたことがあるマウルさんは、ガレを連れた僕をその魔獣使いだと思っていたわけだ。
そして肝心の首輪のこと。
ハンター協会では、討伐したモンスターの引き渡しやモンスターの研究、ハンター達の武器や装備品の販売・修理もやっていて、魔獣使い用の首輪も扱っているらしい。そこに行けば買えるんじゃないか、と教えてくれた。
掃除の後、マウルさんに挨拶をして部屋に戻ると、ガレに付き合ってもらって、まだうまくいかない念話の練習を少ししてからベッドに入る。
明日さっそくハンター協会へ行ってみよう。首輪だけでなく、ついでに魔獣使いについてもっと詳しく調べておきたいな。今後もガレを連れて行動することを考えて、周囲には魔獣使いだと言えれば無用なトラブルが減らせるだろうから。
ハンターとかモンスター退治だとか、なんかRPGっぽくなってきたんじゃない?
がんばってレベル上げて、伝説の装備を手に入れて、仲間とともにラストダンジョンへ!って、あれ?でも僕は魔王だから、退治しちゃまずいというか、退治される側なのかしら・・・・
ま、まぁアレだよ。モンスターと戦うのが目的じゃなくて、ガレのためにね。思考が迷走しているのは、やっぱり気持ちが不安定なせいだね。・・・・タブン。
ダメだ、変な考えばっかり頭に浮かんでくる。こういう時はさっさと寝よう。
僕はもやもやした気持ちを振り払うように頭を左右に振って、頭まで毛布をかぶってまぶたを閉じた。
ご覧いただきありがとうございました。