5 魔王様、吐息を嘆く
2014/11/14 改稿 話のすじは変わりません。表現の追加変更と文頭の一字下げ、改行などをしました。
通貨の価値についてイメージを追加しました。
お人好しの兵士さんはクレドスという名前だった。
そのクレドスさんのおかげで香木を売ってお金を手に入れることができた。買い取ってくれた、貴族やお金持ち相手の調度品を扱うお店なんて、僕が自力で探すことはできなかったと思う。クレドスさんは、きっとそういうことは苦手な性格だろうに、僕のためにお店の人との値段交渉までしてくれた。ホントありがとう。
それから僕らはクレドスさんがオススメという宿に向かった。
道中もクレドスさんは街の紹介はしてくれるが、僕のことを詮索することはなかった。こちらとしては助かるけれど、街の門を守る兵士がそれでいいのかと心配になってしまう。
でも、彼が一緒にいてくれて良かった。街に入ってからずっと、道ゆく人がみんなオオカミ君にビビっていたのはこれはもうしょうがないけれど、街の兵士であるクレドスさんがついているから誰も何も言ってこなかった。
まったくクレドス様様である。
彼が紹介してくれた宿は“熊の巣亭”という、大衆食堂と兼ねたところだった。クレドスさんのいうことには、熊のような見た目の大将が作る料理がおいしいととても評判の宿らしい。いいね。今から食事が楽しみだよ。
「もし何か困ったことがあったら北門の詰め所まで来てくれていいからね。僕は夜勤だから、日没の鐘が鳴るころにならないといないんだけど。それじゃ大将、この子のことよろしく!」
宿に着いて、僕があらためてお礼を言うと、クレドスさんは“熊の巣亭”の奥の厨房でランチの仕込みをしている大将にまで大声で呼びかけてから帰っていった。
家ではステキな奥さんと5歳のかわいい娘さんが待っているらしい。彼のことだから、暖かい雰囲気の家庭なんだろうね。
僕はさっそく食堂より手前にある宿の受付カウンターで、オオカミ君も一緒に入れる広めの部屋を借りる手続きをした。応対してくれた女将さんは、まだ午前中だけどサービスだと言って部屋に入れてくれた。
危うく気づかないところだったけど、宿泊受付で名前を聞かれた時に、自然と答えられた。
“ミュール・プレセノルト”これが僕の名前らしい。何だか変な感じだけど、あらかじめそう決められているんだって理解させられる。神様が名付けたんだと思うから、このガルド・デューでは神の定めた真理みたいなものなのかな。名前くらいでちょっと大げさか。
「はぁ~、ようやく落ち着ける」
クレドスさんはいい人だけど、僕にはウソをついているという後ろめたさがあったし、うっかり変なことをしゃべってはいけないと緊張もした。正直、やっと解放されたという心境から、ついため息がもれる。
「オオカミ君、僕は少し寝るけど、そこで待ってられる?」
『長よ、まだ朝になったばかりだ。また寝るのか?』
「昨日の夜あんまり寝られなかったんだよ」
主に君のせいで!と心の中で付け足しておく。
『オレだけが出歩くのはマズイのだろう?ここでおとなしくしている。それと、首のこれを外してくれ』
「あっと、忘れてたよ。ごめんね~。それじゃおやすみ」
倒れ込んでいたベッドから起き上がり、オオカミ君の首にかけてあった荷袋のひもを解いてやる。首の辺りをバリバリ掻いている様子を見て、後で首輪も買わなくちゃと思いながら眠りに落ちた。
◆◆◆
ガラーンガラーンという鐘の音で目が覚めた。窓を開けて外を見るとまだ明るい。
「午後の鐘の時間かな」
1日5回の鐘の内、昼と日の入の間に鳴らされる15時ごろのイメージのものだろう。
朝、街を歩く途中で背の高い鐘楼を見ながら“刻知らせの鐘”についてクレドスさんが聞かせてくれた話を思い出す。
係りの人が日時計と砂時計を使って時刻を確認しながら鳴らしているらしい。この世界なのに魔法じゃなくてとってもアナログなやり方だ。毎日お疲れ様です。
身支度(と言ってもオオカミ君の首に荷袋を巻くだけ)を済ませると、一階の食堂に降りた。半端な時間だからか誰もいない。厨房との境にあるカウンターから声をかける。
「変な時間にすみません。何か食事を頼めますか?」
「おぅ。ランチの残りでよけりゃ出せるが、代金は宿代とは別だ。小銅貨5枚な」
奥から見上げるほどに大きな男の人が顔を出して答えてくれた。
高さも幅もある立派な体にふっとい腕、相対的に小さく感じてしまう顔には濃いこげ茶色の髪とヒゲ、つぶらな瞳。
うん、間違いない。確かにこの迫力とどことなく漂う愛嬌は熊だ。
「わかりました。お願いします。それから、あぁ、えっと、大将さんですよね?ペットの犬にも何か食べさせたいんですが、食堂じゃあペットダメですよね?」
彼はジロリとオオカミ君を見て、それから無人の店内を見回す。オオカミ君を間近にして表情を変えないなんて、熊の大将スゴイ。
「おぅ、そうだ。ここの店主のマウルだ。・・・・今ぁ、他に誰もいねぇからな。犬は肉か。生で良いのか?」
「犬はお肉で大丈夫です。ありがとうございます」
2人分で銅貨1枚渡して、来たお客さんがオオカミ君見て逃げたら申し訳ないから、入り口から離れた目立たない席に座る。
足元にオオカミ君が寝そべる。『オレは犬じゃない・・・・』とか頭に響いたけどスルーしておく。
物価がよくわからないけど宿代が銅貨4枚だった。小銅貨は10枚で銅貨1枚らしいから、地球にいた時の感覚だと宿代4,000円、ランチ500円ってところだろうか。
献立はパン、葉野菜とベーコンの炒め物、根菜のスープだった。やっと口にした、暖かくちゃんとした食事に「はふぅ~」とため息が出てしまった。昨日からさんざんため息をついたけど、初めての幸せなため息だ。
もちろん味もそれなりに満足のいくものだった。空腹や昨日から(と言うかガルド・デューに来てから)初めてのまともな食事という条件を差し引いても充分おいしかった。
でも、人気になるほどすごい味かと聞かれると、どうだろう。まだボンヤリと残る地球の時に食べていたものの味のイメージからするとどこか物足りないような気がした。そのうちこの世界のおいしいもの探してみようかな。
◆◆◆
遅い昼食を済ませると、今後のあれこれを考えて気持ちの整理するために部屋に戻った。
「まずは現状の確認ね」
声に出す方が考えがまとまりやすいけれど、独り言も寂しいので部下第1号ことオオカミ君に聞いてもらう。
「おぉ!?気付いたけど、これは第1回魔王様御前会議では!!」
『魔王様?』
「ぅ、いや、何でもないから気にしないで」
おっと、勢いで口にしてしまった。う~ん、神様であるアユフレードの決めたことだから今更しょうがないけど、まだ僕は魔王と名乗るには抵抗あるし、教えたらオオカミ君がどんなリアクションをするか読めない。頭のおかしなヤツだなんて思われたらショックだし、しばらくは内緒にしておこう。
そして第1回の御前会議がほぼ独り言って虚しいから・・・・黒歴史になりそうなのでノーカンにした。
気をとりなおして会議再開。
「まず活動資金。香木が小銀貨1枚で売れました。使ったのはここの宿とさっきの食事の代金合わせて銅貨5枚。残りが銅貨換算で95枚、これが今の所持金全てね」
現状を整理していく。
「次はこれからかかる費用。ここの宿泊は夜朝2食付きで銅貨4枚+オオカミ君のためのお肉が銅貨1枚。お昼ご飯は別料金で2人(?)分で銅貨1枚。1日で銅貨6枚必要です。早々に最低限毎日銅貨6枚は稼ぐ算段をつけないとね」
生きていくためにお金が必要なのはこの世界でも変わらない。だってお腹は空くんだから。
「その他に必要な物はオオカミ君の首輪。僕の着替え。今思いつくのはこれくらいかなぁ。オオカミ君、何かある?」
『長よ。オレは数というものがよくわからない。エサは外に出て自分で狩りをできるし、こんな寝床もいらないぞ』
「うん。君はそれでもいいかもしれない。でも人間の僕はそういうわけにいかないのさ」
物語の狼に育てられた少年みたいなワイルドな生活はイヤだ。地球にあったハローワークみたいなものが有るといいなぁ。
「それじゃ次のテーマ。この街の人たちは皆すごく背が高いことについて。僕より頭ひとつ背が高い人がゴロゴロいてちょっと怖いんだけど、ここは巨人族の国なの?」
ずっと気になっていた疑問を口にすると、オオカミ君からあきれたような意識を含んだ声が返ってきた。
『何を言っているのかわからんが、人間は成長すると皆あれくらいの大きさだろう?長よ、大丈夫か?』
「・・・・と、言うことは僕は、人間じゃ、ない?」
まさか、魔王って魔人とかで、人間とは体の大きさも違うのかい?それとも僕は小人族的な何かなのかな。
『長は人間だろう?本当に大丈夫か?病気か、さっきの食事で何か悪い物を食べたのか?』
ますますあきれの度を増したオオカミ君の声が頭に響く。
そ、そうか、僕はちゃんと人間なのか。考えてみたら、誰も僕を見て変な顔してなかったもんね。魔人とか小人なら、もう少し違う反応があっていいはずだから、正しく人間なんだろう。
まぁ、ほとんどの視線はオオカミ君に集まっていたんだけれど。
よし、整理しよう。
1、僕は人間である
2、他の人間は僕より身長が高い
3、他の人間の身長は普通の成人の高さである
これらから推測すると・・・・
「僕は平均よりかなり背が低い人間である!」
『フッ・・・・何を当たり前のことを』
ムム、オオカミ君め。僕のこの完璧な推論を鼻で笑ってくれたなぁ!
『子どもが小さいのは当然だろう』
「・・・・」
『ん、どうかしたか?』
「こ、ど・・・・も?」
『あぁ、まだ成長しきらない幼い同族をそう呼ぶだろう。人間は違うのか?』
オオカミ君に認めたくなかった現実を突きつけられた僕は、しばらくぼんやりとして、心配そうにこっちを見ているオオカミ君を焦点の定まらない目で見るとはなしにながめていた。
「子ども・・・・てことは、もうひとつもやっぱり・・・・何で・・・・。あ~、ちょっと僕、もう少し、休むね・・・・」
そして僕は頭をよぎるいろいろなものを振り切るように勢い良くベッドに倒れこんだ。
◆◆◆
「あれ?ここって・・・・ん、でも、なんで・・・・」
見覚えのある部屋だ。寝台から起き上がると赤い絨毯の上を歩いてドアへと向かう。
ドアノブに手をかけてから、ノックがいるかな?と考えたが、意味のないことだと思いなおしてそのままドアを開けた。
その部屋も赤い毛足の長い絨毯が敷かれ、木製の高級な調度品であつらえた空間。中央に配置されたテーブルで紅茶のカップを手ににこりと笑いかけてくる、腰まである美しいツヤの漆黒の髪をもつ美人さん。
「僕はまた死んじゃいましたか?」
心のどこかでやはり、と感じながらもドアの所で立ち尽くし、怖々とアユフレードに尋ねる。
「いえ。少しお話をしようかと思って、寝ている間だけここに来てもらったの。だから安心してね」
「ビックリした~。全然気付かないうちに死んじゃって、それでまたここに来たのかと思ってあせりましたよ」
「大丈夫よ。それで、ガルド・デューに行ってどうかしら。さっそく配下ができるなんて、あなたは嫌がっていたけれど、魔王としては優秀なのかしらね」
目元にいたずらっぽく小さな笑いを浮かべながらそう言うアユフレード。
「からかわないでください。そうだ!なんなんですかあのパンと干し肉!しゃべるし!光るし!」
「きちんと説明するから落ち着いて。干渉への制約があるからあまり時間を取れないの。まずはイスに座ったらいかが」
思い出して興奮してしまった僕をなだめるようにアユフレードが言う。確かに少し取り乱してしまったかな。
テーブルまで歩み寄り、以前よりテーブルもイスもサイズが大きく感じることに、ハッとなる。同じ物のはずなのに・・・・
いや、先にアユフレードの話を聞いてからにしよう。席に着くと目の前に紅茶のカップが現れた。
「実はね、あなたがひどく混乱しているようだったから、ここに来てもらったのよ」
僕は深いため息をついてからそれに答える。
「そりゃあ混乱もしますよ。子どもの体になってるなんて思わないじゃないですか。おまけに・・・・」
途中で言葉を切った僕に、アユフレードは少し困ったように眉尻を下げた。
「世界に存在を広めるには時間がかかるでしょう?あなたの希望で、事前に人間の領域も見て回ってから魔族領域に行くことになったし、準備期間を取れるように若い体にしておいたの」
「若いって言っても限度ってものがあるでしょうに」
「ガルド・デューでは12~15歳で成人とするのよ。今のあなたの体は10歳だし、ちょうどいいと思うわよ」
「あ~・・・・そっか。成人年齢も地球とは違うのかぁ。はあ~」
あきらめのため息。ため息で幸せが逃げて行くというなら、僕の体内に幸せ成分はもう残ってないんじゃないだろうか。
この世界の常識といわれて、そういうものならとあきらめたおかげで少し落ち着いてきた僕は、女神様に紅茶と一緒にクッキーを勧められながら話を続けた。
「それではさっきの話、オオカミ君が食べた物について教えてください」
「う~ん。私が用意した物だから、かしら。“神の食べ物”を摂ったわけだから、低位の存在が高位のそれへと進化したと言えばわかる?まさか狼に食べさせるなんて私も予想しなかったわ」
僕がエサをあげたせいでオオカミ君がオオカミ君じゃなくなっちゃったってこと?そう言われると、悪いことをしたような気分になって、つい謝ってしまった。
「すいません。な、なんとなくわかりました。それ、同じ物を僕も食べたんですけど」
「元々の存在が違うから、あなたの体には大きな影響はないわよ。疲れがとれたり体力が増したり、他にも少しあるけれど、約束した“健康な体”になるだけ。実は、あなたが予定の量を食べなかったから、むしろ不足分を今ここで補っているの。魂だけ来てもらってるから効果が薄くて・・・・戻るまでに濃それ全部食べてね」
あのおいしくないパンと干し肉が“神の食べ物”だって?つい、手元の皿に置かれた5枚のクッキーを見てしまう。味、大丈夫かな。そして神様の食生活がかなり心配だ。
「最後に、この体についてですが・・・・」
ここでもまた言いよどんでしまう。心がザワザワとして、空いている左手で意味もなく髪を触っている。背中の半ばまで届く髪。我ながらキレイな髪だと思う。目の前の女神と同じ漆黒の・・・・
「あちらに送る前に言ったでしょう。“私基準で人間の姿に”って」
あぁ・・・・やっぱりそうなのか・・・・
「あなた、女の子よ」
深い、幸せを含めて何もかも全てを吐き出して体が空っぽになってしまうんじゃないかってほど深いため息が出た。
ご覧いただきありがとうございました。