表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/81

4 魔王様、街に入る

2014/11/13改稿 話のすじは変わりません。表現の追加変更と文頭の一字下げ、改行をしました。

 白みゆく空。鳥の声を乗せた涼やかな風が畑の上をなでていく。

 朝日の光で目が覚め、こわばった体を伸びをしてほぐしていると、街の中からガラーン ガラーンと2度の鐘の音が聞こえた。

 すると間もなく門の辺りから、ガシャガシャ ジャラジャラと大量の鎖を鳴らす様な音が響いてくる。

 全く心の休まらない夜を明かした僕は、横で寝そべり気持ち良さそうに目を閉じて、僕の手になでられているオオカミ君を見ながらつぶやく。


「さて、どうしたものかね」


 昨夜話を聞いたところによると、僕が予想した通りオオカミ君は群からはじき出されたいわゆる“はぐれ”らしい。

 集団で狩をするのが基本の狼なので、1匹ではエサを捕まえるにも苦労をしていたそうだ。そもそも群から追い出されるってことは弱くて狩もうまくない個体だったんだろう。つまり彼は腹ペコ狼だったわけだ。


 空腹でふらふらしながらエサを求めて草原をさまよっていたら、そこらをナワバリにしている群に見つかり追いかけられた。弱った体で多勢に無勢。ムダに抵抗せずオオカミ君は“賢い狼たちが近付かない場所”に逃げた。それは人間の領域。街道に向かったのだ。


 なんとか街道の近くまでたどり着き、ナワバリからも外れたためにその群は追うのをあきらめてくれた。たが、群の中でも若く血気盛んな3匹だけがしつこく攻撃してきた。これが僕が見たケンカだったみたいだ。

 体力も限界でケガもしている。このままでは殺されると思ったオオカミ君は、ちょうど“相手”を見つけたところで普通なら絶対にしない賭けに出た。


 その行動とは人間に近付くこと。狼はよほど空腹か、ナワバリを荒らされでもしなければ人間に襲いかかることはしない。なぜなら彼らは人間が危険な存在だと知っているから。

 つまり、僕はオオカミ君に“避難所”にされていたってことらしい。どおりで付かず離れずついてきたわけだ。

 僕としては、ケンカしてる間に気付かれずに逃げ出したつもりだったけど、野生の狼にはしっかり見つかっていたのね。


 その後、僕が置いたパンと干し肉を前にしてオオカミ君はとても悩んだらしい。人間は匂いをかいでもわからないような毒の入ったエサを使って狼を殺すことがあるからだ。しかし、あまりの空腹にこのままならどうせ飢えて死ぬと考えて食べ、道の脇の草むらでひと休みした。

 しばらくして目が覚めるとケガは治り、体に力があふれ、頭もずっと良くなったのがわかったらしい。


『さっきの人間は、弱そうに見えたが何か特別な力を持った存在で、その力でオレを助けてくれた。ならばオレはあの人間を群の長としてこれに従い、受けた恩を返そう』


 そう考えて、僕のにおいを追いかけてここまで来たという。

 僕のかわりにこっちを食べて、と身代わりのつもりでエサを置いただけなのに、勘違いのうえに律義なヤツである。


 僕は、今後もできればこのオオカミ君と一緒に行動しようと考えている。街に入ることのほうが優先順位は高いから、どうしてもムリなら仕方がないけど、こう懐かれてしまうと、ついて来ないでというのは、飼っているペットを捨てるみたいで罪悪感がある。

 それにこのガルド・デューに来て、最初に出会った会話ができる相手だったわけだし、たった1人の手下もいない魔王としては、僕を群のボスとして従う部下第1号でもある・・・・すでに狼かどうか怪しいけど。


 そう、今最大の悩みは(本狼の自己申告によれば)狼を連れて街に入れるか、ということ。

 門の兵士さんに聞けばわかるだろうけど、“街に入れるか”以前の問題として“っぽいものを連れていることが異常か”も、充分に無視できない点だ。


 地球ならペットの犬の散歩は日常風景だし、特に愛着の強い人は旅先にだって連れていく。そこには何もおかしなことはない。

 しかし、なんと言っても地球とは違う世界。ここでは犬を連れて歩くのは一般的なのだろうか。さらに言えば、犬っぽいモノを連れて歩くのはどうだろう。それがたまたま、偶然、何かの奇跡的なめぐり合わせで、“しゃべる”“大きい”“光る”の三拍子そろった“自称オオカミ”ならばどうだろう・・・・

 うん、絶対に正直に話してはいけない。僕がおかしなヤツって思われて捕まってしまいそうだ。


「はぁ。考えても答えが出るわけじゃなし、とりあえず1人で行って聞いてみるしかないかな。と言うわけで、オオカミ君はちょっとここで待っててね」


 昨日から、もう何度目か数える気にもならないため息をつくと、包まっていた毛布から出て立ち上がる。オオカミ君は顔を上げて『わかった』と返事を返し、少し門から離れる様に移動した。開けられた門はまだ誰も出入りをしてはいないけど、念のためすぐに見つからない様にしてくれた。

 よく気がつく狼だ。僕は内心で驚きながら、寝る前に解いていた髪を軽く整えてから草で結わえなおした。借りた毛布を返すために軽くはたいて埃を払い、丁寧にたたんで門に向かう。


「おはようございます。毛布ありがとうございました」


 昨夜の兵士さんはまだ交代にならないのか、もう1人別の兵士さんと門の横に立っていて、僕の挨拶に笑顔で返してくれた。


「おぉ!無事で良かった。なんか夜中に叫び声が聞こえたから、心配してたんだよ」


ぁ・・・・オオカミ君がしゃべった時に出してしまった声のことか。

 この兵士さんはここで別れた後も、1人で夜を明かす僕をずっと気にしてくれてたんだなぁってわかってしまった。ホントいい人だ。この人ならオオカミ君のことも相談しやすい。


「それで、街に入るのには手続きとかあるでしょうか」

「ヘイプトには何の用で来たんだい?」

「親戚に会いに来ました」


 背の高い兵士さんをまっすぐ見上げて、堂々と答える。考えた末の1人旅の言い訳。我ながら苦しいと思うけど、他に思いつかなかったんだもの。


「そっか。昨夜はそんな事無いかって笑っちまったけど、ひょっとしてアンカートホッドから避難して来たのかい?」


 眉を寄せ、なんだか聞きにくそうな顔をしながら兵士さんが続けた。避難とか、なんかよくわからない質問だけど、何かあったのなら緊急避難的に街に入れてもらいやすいかも。

 確かアンカートホッドって昨夜の会話に出てきた隣の街だったな。


「・・・・はい」


 とりあえず話の流れに乗ってみる。


「そうか。大変だったな。それなら入場税は要らないし、手続きも無しだ」

「良かった。あ、それと、その・・・・ぺ、ペットがいるんです。い、犬君なんですが連れて入れますか?」


 オオカミ君の誇を傷付けるかも知れないけど、背に腹は変えられない。犬君で押し通すことにした。


「犬?そうか、ここまで3日も1人旅は危ないもんな。旅のお供がいたのか。犬なら大丈夫だけど、世話はしっかりするんだぞ」

「じゃあ、連れて来ます」



「と言うわけで、街に入るためにオオカミ君には、犬君として演技してもらいます」

『長よ。オレは犬ではないと、オオカミだと言ったはずだが』


 小さく不満の唸り声と共に、オオカミ君の声が僕の頭に響く。

 昨日、最初は驚き過ぎてわからなかったけど、オオカミ君の声は直接思念を送るテレパシーの様なものだった。落ち着いてみれば、オオカミの喉で人の声が出ないのは当然のことだよね。


「この世界のオオカミスペックたけ~」って言ったら、普通のオオカミはできないと言う。僕があげたパンと干し肉を食べたからできる様になったらしい。逆に、僕が能力を与えてくれたのではないのかって言われた。


 昨夜も干し肉を食べた後に光って大きくなってたし、それ以降の会話がスムーズになってるから、頭もさらに良くなったんだろうなぁ。神様アユフレードが用意してくれたあの干し肉ってなんかヤバイ肉なのかな?

 とにかくこの件ははっきり言って意味がわからない。そもそも同じ干し肉を僕も食べたけど超能力に目覚めたりはしていない・・・・ないはず。


「とにかく、街に入れないとご飯も食べられないし、いろいろ困るんだよ。一緒に来るなら、オオカミ君はおとなしく犬のフリしててくれないとダメ。わかった?」

『むぅ。エサならその辺で狩をしてくるぞ。・・・・しかし、またナワバリを荒らしたといって襲われて、長に迷惑をかけてはマズイか。いや、むしろ今なら逆に長のために群を奪ってもいいか?』

「食事だけじゃなくて、宿もいるし、街や人の様子を見るためにここに来たんだから、サバイバル生活をするつもりはないからね!どうしてもイヤなら、残念だけど・・・・ここでお別れだよ」


 これはハッキリ言っておかないと。あったかいご飯に安心して寝られるベッド、できればお風呂にも入りたいんだよ。


『・・・・わかった』


 “苦渋”とはこれのことだ、と言わんばかりの感情が乗った思念が届く。

 僕だって少しは悪いなとは思ってるんだよ?


 オオカミ君を説得して、2人(?)で連れだって門に戻る。

 あ~、うっかりオオカミ君と呼んでしまうとマズイよな~。何か名前あるのかな。無ければ考えよう。


「こ、これは・・・・ずいぶん大きい、犬?、だね。草原狼っぽく見えるけど、大きさが全然違う。こんな大きな、その、犬?、初めて見たよ」


 兵士さんは、オオカミ君にかなりビビりながら、“犬”という単語を絞り出す様に声にする。

 もう1人の相方は、持っていた槍を落ち着きなくさすったり、握りを確かめたりしながらチラチラこちらを見ている。ちなみにこの人も背が高い。ここの兵士はみんなガタイがいいのかしら。そんなどうでもいいことが頭をよぎった。


 現実逃避してもしかたない。後ろでお座りしているオオカミ君を振り返る。

 オオカミ君は昨夜干し肉食べた後サイズアップしたから、今は顔の高さが僕と変わらないほどの大きさになっている。

 えぇ、もう、それはりっぱな怪物デスヨネ。


『長よ、何か悪口を言ったか?』


 う!?テレパシーが双方向には使えないって昨日確かめたのに、勘がいいな。とりあえずスルーしておく。


「はい。とっても頭がいい犬なんです。旅の間もこの犬がいれば安心でした」


 僕は、兵士さんにごめんなさい、と思いながらも、ニッコリ笑顔で犬と繰り返す。


「首輪も着けてないし、周りの人を怖がらせそうだなぁ。なんとかトラブルにならない様にできない?」


 言われてみれば確かに、道を歩いててこんなのが視界に入ったらパニックになるよね。昨夜の僕がまさにそうだったんだからその気持ちはよくわかる。


 兵士さんと相談して、僕の荷袋をオオカミ君の首に巻いておくことにした。中身はからっぽの水袋と香木の包みだけだから、オオカミ君は少しイヤそうに鼻の辺りにシワを寄せただけで、されるままにしていた。念のため香木の包みは袋から出して自分で持つようにした。

 荷袋の口ひもをオオカミ君の首から後ろに回し、前で袋の下の端にしばると、赤ちゃんのよだれかけみたいだったけど、心の中だけで口にはしなかった。


『長よ、また何か悪口を言ったか?』


 ・・・・ホントはこっちの思考筒抜け、とかないよな?とりあえずスルーしておく。


「ま、まぁ、これなら飼い犬?って見てもらえる・・・・かな?・・・・ぅん。・・・・大丈夫さ。きっと?」


 兵士さん、最後の疑問符で台無しだよ!いや、すっごく手伝ってもらったし、悪く言うことはできないけどさ。

 平気だよな?と話をふられたもう1人の兵士さんは、うぅ~ん、と言葉を濁していた。

 現状これ以外にできることもないし、早く宿でゆっくり寝たい。あったかいご飯も食べたい。


「兵士さん、いろいろありがとうございました」


 最後に丁寧にお礼を言って門をくぐり、僕はいよいよ街へと踏みこんだ。


「あのさ、親戚ってすぐに会えるのか?」


 初めての街にワクワクしながら通りを歩き始めたところで後ろから兵士さんが声をかけてきた。何だろう?でもどう答えようか。


「実はもう交代時間過ぎてるから、その親戚の家まで送って行くよ。すぐ支度してくるからそこで待ってな」


 言い置いて兵士さんは相方にひと声をかけてから、昨夜毛布をとってきてくれた時の建物に走っていく。


 あ~、どうしよう。親戚なんてウソついたのがばれちゃうよ。今のうちに逃げる?でも、もう1人の兵士さんが見てるし、逃げたら不審だよね。それにオオカミ君連れてたら絶対目立つし、逃げ切れないか。とすると・・・・


 慌てて作戦を練っているうちに兵士さんが戻って来た。槍と革鎧を置いて来たのだろう。布の服で小さな荷袋を肩に担いでニコニコしながら聞いてくる。


「さあ、どこに行けばいい?」

「実は、親戚がどこに住んでいるか詳しくわからないので、しばらく宿に泊まってその間に探す予定なんです。なのでせっかくですが、付き添いしていただくことはできないんです」


 短時間で考えたけどこれが精一杯でした。親戚訪ねて来たのに、どこにいるかわからないとか、自分で話してて悲しくなるほどヒドイことになってきた。自然と視線が下にいく。


「そっか・・・・。早く見つかるといいな」


 何故!?ウソでしょ!?今の話のどこに“そっか・・・・”な要素があったのさ!自分で言うのもアレだけど、こんなの誰も信じないよ!

 お人好し過ぎる兵士さんに、驚愕の表情を見られないよう、思わず上げてしまいそうになった顔を必死で抑えてそのまま伏せる。


 黙ってうつむいている僕に、兵士さんが言葉を重ねた。


「じゃ、宿とるとこまで送ってくよ。決めてないならオススメのとこがあるんだけど、案内しようか。たぶんペットも大丈夫だと思うよ」


 さらに重ねられた予想外の言葉に、なんとか心を落ち着けて返事をする。


「はい、お願いします。でもその前にどこかで香木を・・・・」



 こうして、優し過ぎてだまされやすい兵士さんのおかげで、なんとか人間の街ヘイプトに侵入することができた。

 どんな潜入ミッションよ、まったく・・・・

ご覧いただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ