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君と時雨

お題「君と時雨」 時間:2時間


 庭の景色もすっかり秋めいてきて、落ち葉の掃除をしなければと思いながら仕事に追われる日々を過ごしていると、時はあっという間に過ぎ去り、落葉樹から落ちた枯葉が庭を埋め尽くしてしまった。

 縁側に立って冷たい風に身を竦め、曇天を見上げてため息をつく。


「お洗濯する物はありますか?」


 背後から声をかけられて振り返れば、洗濯籠を抱えた少女がこちらを見上げていた。

 まだ早朝だと言うのに、いつもながら働き者のしっかりした子だ。


「いや、今日は止めておこう」

「どうしてですか?」

「時雨れると思うからね」


 少女は首を傾げた。


「しぐれる、とはなんですか?」

「時雨が降るってことだよ」

「しぐれ……雨のことですか?」


 大きな瞳を瞬いて見上げてくる少女に、つい頬が緩む。


「そう。この時期に降りやすいんだ。降ったり止んだりする雨のことだよ」

「そうなんですか」


 少女の頭を撫でると、少女は頷いた。


「明日、晴れたらお洗濯します」

「たまにはゆっくりしていてもいいんだよ?」

「早起きは得意です」


 澱みない答えについ苦笑する。

 少女の寝起きはスイッチを切り替えるようなもので、寝ぼけ眼な少女を見たことがない。

 そもそもの眠気を感じることができないのだから、当然なのかもしれないが。


「今日は仕事も休みだし、2人でゆっくりしよう」

「はい」

「さて、朝食の用意をしようか」

「はい」


 頷く少女を促して台所へ行き、朝食を作る。

 米を炊き、味噌汁を煮て、魚を焼き、卵焼きを作る。

 最近の卵焼きは専ら少女の担当だ。

 上達が早く、今では私よりもずっとうまく作ることができるようになった。

 私はどうも綺麗に卵を巻くことができずに崩れてしまうのだが、少女の作る卵焼きは店で出されても遜色のない出来である。

 独りで火を扱わせるのはまだ不安があるので、いつも隣にいて見ているのだが、随分と手慣れた様子で感心してしまう。

 そうしてできあがった朝食を食卓に並べ、向かい合って腰を下ろす。

 手を合わせ、いただきますと声を合わせて食べ始めた頃、雨がぽつぽつと降り始めた。


「本当に降ってきました」

「そうだね」


 縁側から見える庭に目をやって呟いた少女に、私は相槌を打って味噌汁を啜った。


「庭の掃除をしたかったけど、雨だから今日は無理そうだ」

「お庭の掃除ですか?」

「落ち葉が多いからね」


 集めて焚火にして焼き芋をしてもいいかと思っていたのだが、今日の雨で葉は湿気ってしまうだろう。


「雨の日はなかなか、憂鬱なものだ」

「……私は、好きです」


 そう呟いた少女を見れば、少女は庭に目を向けたままで動かない。


「雨が好きだなんて珍しいね」

「そうですか?」

「大抵の人は晴れの日が好きだと言うからね。どうして雨の日が好きなんだい?」


 何気なく尋ねると、少女は迷うように視線を彷徨わせ、俯いてしまった。

 何か言い辛いことだっただろうか、と内心で焦っていると、


「……前に」

「ん?」

「傘を忘れて、雨が降っていて、病院までお迎えに行って……」


 ぽつりぽつりと雨が落ちるように少女が呟く。

 記憶を辿り、傘を忘れた私を少女が病院へ迎えに来てくれたことを思い出した。


「一緒の傘に、入れてもらえました」

「うん」

「……嬉しかったです」


 照れたように口元を緩め、頬を微かに染めている少女に、私は納得した。

 あの時、頑なに合羽で十分だと言っていたのは、単に私の財布の心配をして遠慮しているだけだと思っていたのだが、そういうことだったのか。


「なんだか、家族みたいで――」


 そこまで言って、少女はハッとしたように口を噤んで俯いた。


「……ごめんなさい」

「えっ?」


 なぜ少女は謝っているのだろう。


「本当の家族じゃないのに……」

「謝ることなんかないんだよ」


 私は席を立ち、少女の隣に膝を折った。

 少女は俯いたままでこちらを見ようとしない。


「君が私を家族のように思ってくれているのなら、私も嬉しいよ」

「……本当、ですか?」

「それだけ信頼してくれているのだから、嬉しくないわけがないよ」


 私が笑顔で答えると、少女はやっと顔を上げてこちらを見てくれた。


「ありがとうございます……」

「うん」


 少女の頭を撫でると、少女ははにかむように微笑んだ。

 自然、こちらもますます笑顔になる。

 ふと庭を見つめ、雨に濡れていく落ち葉に目を向ける。


「そろそろ冬支度をしないといけないね」

「はい」

「今日は買い物に行こう。君の冬用の服が欲しいな」

「え、でも……」


 戸惑う様子の少女を安心させるように頭を撫でる。


「風邪を引いてしまってはいけないからね。ちょうど雨も降っているから、傘を差して行こう」

「……はいっ」


 幾分弾んだ声の返事に、私は満足して頷いた。

 少女のために傘を買わなければと思っていたのだが、その必要はなさそうだ。

 もう冬も間近だ。月をまたげば、雪も降り始めるだろう。

 少女と暮らすようになって、初めての冬がやって来る。

 寒いだけだった冬も、少女と一緒なら温かく過ごせるかもしれない。

 そう考えると、冬の訪れを告げるように降る時雨も、嬉しいもののように感じられる。


 少女には、買い物のついでに焼き芋屋の焼き芋を買うことにしよう。

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