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六月は花嫁の季節09[Le premier episode]

こうと決まれば動きが早いのは営業課のいいところ。

布地専門店に入るとパッチワークを主体にしているため、アメリカンコットンクロスが目立つ。……が、こちとらそんなものには用はない。店の商品は位置はほぼ熟知している。

「チュールから行くか」

チュールレースとは絹、綿、ナイロンなどの縦糸を網状に絡み合わせて六角形の穴を作った張りのある薄布のことだ。多くの場合、刺繍模様が組み込まれている。ブライダル用ベールやドレスの部分使い、あるいはバレエ・コスチュームやパーティドレスに用いられ、他には帽子にも装飾としてあしらうこともある。よくハリウッド映画の葬式シーンなんかじゃ、未亡人は何のためかわからない頭に引っかかった黒い帽子に黒チュールが顔の上にかかっていて、黒いハンカチを目に当てて啜り泣く。今回はベールとパニエだ。ベールは外に出るものなので織り上がりの美しいチュールを使うが、パニエはアンダースカートなので、網戸の網ほどに張りがある方が優先だ。

よさそうな反を見つけたら、品番と商品と値段を携帯でがしがし撮る。この為に俺の携帯は写真のシャッター音を切ってある。つーか、藤原に改造された。だから俺の携帯は壊したら三泣きが入る。一、買い替えと思うだけで財布の痛みが泣かせる、二、このリサーチ業務ができなくなるのが痛くて泣ける、三、藤原に殺されるから泣く。ネガティブ思考は今はいい。撮ったら即梶のLet'sNoteに送る。多分、いや間違いなく今日は梶は学校で待ち構えていて俺からのメールが来るのを待っている筈だ。受信したらサクサクと値段入りカラーの生地一覧表を作ってデザインの段階から原価計算に入れるようにするのだ。因みに18時までに全部の資料を送りきって欲しいと梶はよく俺に言う。理由は簡単だ。18時までに送れば瞬速で梶がデータ処理し、印刷をかけてしまえる。勿論、学校のカラープリンタで印刷するためだ。

そうこうするうちに小鳥遊と蟹江ががつがつチュール、スカラップレース、サテン地、綿レース、リボン、コンシールファスナー、フック、ビスチェ用ボーン、裏地用ナイロンサテン果てはミシン糸まで選んで『撮れ』とばかりに俺に向ける。トホホ。このときばかりは上野動物園でカメラ係の世の中の父親達を笑えない。

男子二人に女子一人、それも小鳥遊のような男を手玉に取りそうにない女子が、という妙な取り合わせが手芸洋品店にいることはどうにも目を惹くらしい。確かに手芸ってのは暇のある主婦層に愛好者が多いのは事実だ。

だがそれが何だ。このおばはん共め、お前のそのシャネルのロゴの入ったバッグはなぁ……!

「トビー、よそのおばちゃんのバッグ見ていちいちカール・ラガーフェルドを想起するのやめなよ」

「小鳥遊、トビーはデザイナー志望じゃないくせにデザイナーが大好きなんだよ」

癇に障る言い方だが蟹江の表現が多分一番俺の感覚に近い。くそ、この人造自然体。感性まで自然で豊かな感受性を持つなよ。

二階の細々した材料を収集し終えると、次はアンティークビーズ屋に移動だ。ここは狭いので逆に店員の目が届きやすいのが難だ。人間の壁を作りながらのピックアップになるが、いまいちピンと来る商品がないらしい。よし、南口に移動だ。

ガード下をくぐって駅の南側に回ると、ずらりと並んだ飲み屋街の一番向こうに建設当初は駅ビルとして建てられた、今テナントとして総合手芸店の入っているビルがある。俺の携帯を小鳥遊に渡して蟹江と俺、小鳥遊の二手に分かれこのビルに入った。小鳥遊は性別女を活かして下着売り場へ行く。昨今作るより安いものなんてザラにある。下着類はその際たる物で、特に明口は決して太ってはいないが補正の必要な体形なので、必須要項なのである。そんな中に俺たちが行けないわけではないが、買う人買わせる人の手前多少遠慮してやるってのも真摯な考え方だと思うぜ。

逆に俺たちはそれを逆手にとって紳士服のセミオーダーコーナーに直行する。明口の予算の中にはモーニングコートの要請もあったからな。モーニングは極めて正式な礼服で、コート、レギュラーカラーまたはウイングカラー、フレンチカフスのシャツ、フォーインハンドタイかアスコットタイ、ウェストコート、白蝶貝か真珠のカフリンクス、裾の仕上げはモーニングカットのズボン、スリーピークのポケットチーフ、ストレートチップの靴が必須不可欠だ。本来色などの指定もあるのだが、ここは結婚式という虚仮威しの場で使うもの、そのくらいの譲歩とデザイン性は許されるだろう。靴くらいは用意してもらうとして、下着と同じ理由でシャツも買ったほうが安いかもしれない。

「六月にウールは暑いかな、トビー?」

「なら、演歌歌手みたいにサテンのキラツルテンにしちまうか?」

ちょっと質のいいサテンを使えば演歌歌手にはならないのは承知しているが、この際黙っておくことにした。このくらいの意趣返しはしたいものだ。これは小鳥遊から携帯が戻ってきてから激写するとして、チェックだけ入れたらまた生地売り場へ移動する。


問題の蟹江君は地味な動きしかしてくれません。

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