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十五年目の、初恋。

作者: 夜乃氷空
掲載日:2026/09/03

 私たちは。


 物心がついた頃から、一緒だった。


「遅い」


「そっちが早すぎるの」


 朝。


 家の前で待っていると。


 決まって、君はそう言った。


「普通の時間に来てるだけ」


「じゃあ、私が早いんじゃなくて君が遅い」


「同じことじゃん」


「違う」


「違わない」


 そんな会話をしながら。


 私たちは学校へ行く。


 それが。


 当たり前だった。


 *


 幼稚園の頃。


 君は、よく泣いていた。


 転んでは泣いて。


 お母さんと離れる時も泣いて。


 先生に怒られても泣いた。


「泣き虫」


「うるさい」


「また泣いてる」


「泣いてない!」


 泣いていた。


 どう見ても。


 でも。


 誰かに笑われると。


 私は君の前に立った。


「笑うな」


 今思えば。


 どうしてあんなことをしたのか分からない。


 ただ。


 君が泣いているのを。


 誰かに笑われるのが嫌だった。


 それだけだった。


 *


 小学生になっても。


 私たちは一緒だった。


 同じクラスになれば。


 先生が名簿を読み終える前から。


「また一緒だ」


と笑った。


 遠足では隣を歩いた。


 給食では。


 嫌いなものを押し付けられた。


「食べて」


「なんで」


「嫌いだから」


「私も嫌い」


「じゃあ頑張って」


「なんで?」


「親友だから」


「便利な言葉だな」


 そんな毎日。


 くだらない。


 でも。


 楽しかった。


 *


 中学生になった。


 周りが。


 少しずつ変わっていった。


「あの先輩、かっこよくない?」


「知らない」


「興味なさすぎ」


「あるの?」


「あるよ」


 友達が。


 好きな人の話をする。


 恋愛の話をする。


 誰々が告白したとか。


 誰々が付き合ったとか。


 そんな話が。


 少しずつ増えていった。


「そういう人、いないの?」


 ある日。


 友達に聞かれた。


「いない」


「絶対?」


「絶対」


「好きな人とか」


「いない」


 即答だった。


 だって。


 本当にいなかった。


 少なくとも。


 私はそう思っていた。


 *


 君は。


 私の隣にいた。


 いつも。


 当たり前のように。


 だから。


 考えたことなんてなかった。


 君がいなくなるかもしれないなんて。


 *


「ねぇ」


 高校生になった頃。


 君が言った。


「今日、一緒に帰れる?」


「いつも帰ってるじゃん」


「いや、そうだけど」


「帰れるよ」


「即答だ」


「当たり前でしょ」


 私たちは。


 いつもの道を歩いた。


 夕方。


 少しだけ。


 君が黙っていた。


「どうしたの」


「いや」


「何」


「……別に」


「絶対なんかある」


「ない」


「ある」


「ない」


 いつもの会話。


 いつもの君。


 いつもの帰り道。


 そう思っていた。


 *


「私」


 君が言った。


「好きな人、できた」


 足が。


 止まった。


「……へぇ」


 それだけ。


 それしか。


 言えなかった。


「誰?」


 聞いた声は。


 自分でも驚くほど。


 普通だった。


「まだ秘密」


「なんで」


「言ったら、変な顔しそう」


「しない」


「する」


「しないって」


「する」


「しない」


「ほら」


 君は笑った。


 私は。


 笑えなかった。


 *


 その日。


 初めて。


 君のことを考えながら眠れなかった。


 いや。


 考えること自体は。


 今までだってあった。


 明日。


 学校に来るかな。


 今日。


 元気なかったな。


 あのテスト。


 君、大丈夫かな。


 そんなこと。


 何度も考えた。


 でも。


 今日のそれは。


 違った。


 君の好きな人は誰だろう。


 どんな人だろう。


 君は。


 その人と一緒に帰るのだろうか。


 その人に。


 私みたいに。


 くだらない話をするのだろうか。


 その人に。


 笑うのだろうか。


 その人の隣にいるのだろうか。


「……何、それ」


 胸の奥が。


 痛かった。


 *


 それから。


 君は、時々スマホを見て笑うようになった。


 誰かからメッセージが来る。


 君は。


 嬉しそうに返信する。


 私は。


 それを見るたびに。


 理由もなく。


 苦しくなった。


「好きな人?」


 聞いてしまった。


 君は顔を上げる。


「……さぁ?」


「なにそれ」


「秘密」


「また?」


「また」


 君は笑った。


 私は。


 笑えなかった。


 どうして。


 こんなに。


 苦しいのだろう。


 君は。


 ただ。


 好きな人ができただけなのに。


 親友なら。


 応援するべきなのに。


 嬉しいはずなのに。


 *


 十五年。


 私たちは。


 一緒にいた。


 幼稚園。


 小学校。


 中学校。


 高校。


 朝。


 帰り道。


 休み時間。


 休日。


 いつも。


 当たり前のように。


 君がいた。


 だから。


 気付かなかった。


 気付く必要なんてないと。


 思っていた。


 君が。


 私の隣にいることが。


 当たり前すぎたから。


 *


「今日」


 君が言った。


「一緒に帰れない」


 私は。


 一瞬。


 何も言えなかった。


「……そっか」


「ごめん」


「別に」


「怒ってる?」


「怒ってない」


「絶対怒ってる」


「怒ってない」


 君は。


 困ったように笑った。


「好きな人と会うから」


 その言葉が。


 胸に刺さった。


「そっか」


「うん」


「……そっか」


 君は。


 何か言いたそうにしていた。


 けれど。


 何も言わなかった。


 そして。


「じゃあね」


 そう言って。


 私とは反対の方向へ歩いていった。


 *


 一人になった。


 いつもの帰り道。


 なのに。


 知らない場所みたいだった。


 隣に。


 君がいない。


 それだけなのに。


 何かが。


 足りなかった。


 私は。


 立ち止まった。


 そして。


 やっと。


 分かってしまった。


「……あ」


 遅すぎる。


 あまりにも。


 遅すぎる。


 幼稚園の頃。


 君が泣けば。


 誰かに笑われないように前に立った。


 小学生の頃。


 君が休めば。


 ずっと気になっていた。


 中学生の頃。


 好きな人はいないと。


 何の迷いもなく答えた。


 だって。


 君は。


 そこにいたから。


 友達。


 親友。


 幼なじみ。


 そんな言葉で。


 全部。


 分かったつもりになっていた。


 でも。


 違った。


 胸が痛い。


 君が誰かと笑うことを。


 嫌だと思ってしまう。


 君が。


 私の隣からいなくなることが。


 怖い。


 それは。


 親友だからじゃない。


 幼なじみだからじゃない。


「……好き」


 初めて。


 口にした。


 誰もいない帰り道で。


 初めて。


 自分の気持ちを知った。


 私は。


 君が好きだった。


 ずっと。


 ずっと。


 十五年間。


 *


 でも。


 遅かった。


 君には。


 好きな人がいる。


 私は。


 それを知っている。


 十五年も一緒にいて。


 十五年目になって。


 ようやく。


 初恋をした。


 遅すぎる。


 本当に。


 遅すぎる。


 それでも。


 気付いてしまった。


 もう。


 知らなかった頃には戻れない。


 *


 翌日。


 君は。


 いつものように。


 私の家の前にいた。


「遅い」


「そっちが早すぎるの」


「普通の時間に来てるだけ」


「じゃあ、私が早いんじゃなくて君が遅い」


「同じことじゃん」


「違う」


「違わない」


 昨日までと。


 同じ会話。


 同じ朝。


 同じ君。


 なのに。


 何も。


 同じじゃなかった。


 君を見るだけで。


 胸が痛い。


 でも。


 嬉しい。


 君が。


 ここにいる。


 私の隣に。


 それだけで。


 嬉しい。


「どうしたの?」


 君が聞いた。


「別に」


「絶対なんかある」


「ない」


「ある」


「ない」


「ある」


 君が笑う。


 私も。


 少しだけ笑った。


 そして。


 思った。


 今さら。


 何を言っても。


 遅いのかもしれない。


 君には。


 好きな人がいる。


 私じゃない。


 誰かが。


 君の一番になるのかもしれない。


 それでも。


 私は。


 この気持ちを。


 なかったことにはできなかった。


「ねぇ」


「ん?」


 君が。


 こちらを見る。


 私は。


 少しだけ迷った。


 十五年間。


 気付かなかった。


 十五年間。


 当たり前だと思っていた。


 そして。


 十五年目にして。


 初めて知った。


「私さ」


「うん」


 心臓が。


 うるさい。


「……好きな人、できた」


 君が。


 目を丸くした。


「え?」


「昨日」


「昨日?」


「うん」


「急だね」


「私もそう思う」


 君は。


 少しだけ笑った。


「誰?」


 聞かれた。


 私は。


 君を見た。


 でも。


 答えられなかった。


 君には。


 好きな人がいる。


 だから。


 今は。


 まだ。


「秘密」


 そう言うと。


 君は。


 一瞬。


 驚いたような顔をして。


 そして。


 笑った。


「そっか」


「うん」


「じゃあ」


 君は。


 少しだけ。


 私に近付いた。


「私も、秘密にしとく」


 その意味を。


 私は。


 まだ知らない。


 でも。


 君が笑っている。


 私の隣で。


 十五年目の朝。


 私たちは。


 いつもと同じ道を歩き始めた。


 ただ。


 一つだけ。


 違うことがある。


 十五年間。


 私は。


 君の隣にいた。


 そして。


 十五年目。


 私は初めて。


 君に恋をした。


 これは。


 遅すぎた。


 私の。


 初恋。


 ――十五年目の、初恋。

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