十五年目の、初恋。
私たちは。
物心がついた頃から、一緒だった。
「遅い」
「そっちが早すぎるの」
朝。
家の前で待っていると。
決まって、君はそう言った。
「普通の時間に来てるだけ」
「じゃあ、私が早いんじゃなくて君が遅い」
「同じことじゃん」
「違う」
「違わない」
そんな会話をしながら。
私たちは学校へ行く。
それが。
当たり前だった。
*
幼稚園の頃。
君は、よく泣いていた。
転んでは泣いて。
お母さんと離れる時も泣いて。
先生に怒られても泣いた。
「泣き虫」
「うるさい」
「また泣いてる」
「泣いてない!」
泣いていた。
どう見ても。
でも。
誰かに笑われると。
私は君の前に立った。
「笑うな」
今思えば。
どうしてあんなことをしたのか分からない。
ただ。
君が泣いているのを。
誰かに笑われるのが嫌だった。
それだけだった。
*
小学生になっても。
私たちは一緒だった。
同じクラスになれば。
先生が名簿を読み終える前から。
「また一緒だ」
と笑った。
遠足では隣を歩いた。
給食では。
嫌いなものを押し付けられた。
「食べて」
「なんで」
「嫌いだから」
「私も嫌い」
「じゃあ頑張って」
「なんで?」
「親友だから」
「便利な言葉だな」
そんな毎日。
くだらない。
でも。
楽しかった。
*
中学生になった。
周りが。
少しずつ変わっていった。
「あの先輩、かっこよくない?」
「知らない」
「興味なさすぎ」
「あるの?」
「あるよ」
友達が。
好きな人の話をする。
恋愛の話をする。
誰々が告白したとか。
誰々が付き合ったとか。
そんな話が。
少しずつ増えていった。
「そういう人、いないの?」
ある日。
友達に聞かれた。
「いない」
「絶対?」
「絶対」
「好きな人とか」
「いない」
即答だった。
だって。
本当にいなかった。
少なくとも。
私はそう思っていた。
*
君は。
私の隣にいた。
いつも。
当たり前のように。
だから。
考えたことなんてなかった。
君がいなくなるかもしれないなんて。
*
「ねぇ」
高校生になった頃。
君が言った。
「今日、一緒に帰れる?」
「いつも帰ってるじゃん」
「いや、そうだけど」
「帰れるよ」
「即答だ」
「当たり前でしょ」
私たちは。
いつもの道を歩いた。
夕方。
少しだけ。
君が黙っていた。
「どうしたの」
「いや」
「何」
「……別に」
「絶対なんかある」
「ない」
「ある」
「ない」
いつもの会話。
いつもの君。
いつもの帰り道。
そう思っていた。
*
「私」
君が言った。
「好きな人、できた」
足が。
止まった。
「……へぇ」
それだけ。
それしか。
言えなかった。
「誰?」
聞いた声は。
自分でも驚くほど。
普通だった。
「まだ秘密」
「なんで」
「言ったら、変な顔しそう」
「しない」
「する」
「しないって」
「する」
「しない」
「ほら」
君は笑った。
私は。
笑えなかった。
*
その日。
初めて。
君のことを考えながら眠れなかった。
いや。
考えること自体は。
今までだってあった。
明日。
学校に来るかな。
今日。
元気なかったな。
あのテスト。
君、大丈夫かな。
そんなこと。
何度も考えた。
でも。
今日のそれは。
違った。
君の好きな人は誰だろう。
どんな人だろう。
君は。
その人と一緒に帰るのだろうか。
その人に。
私みたいに。
くだらない話をするのだろうか。
その人に。
笑うのだろうか。
その人の隣にいるのだろうか。
「……何、それ」
胸の奥が。
痛かった。
*
それから。
君は、時々スマホを見て笑うようになった。
誰かからメッセージが来る。
君は。
嬉しそうに返信する。
私は。
それを見るたびに。
理由もなく。
苦しくなった。
「好きな人?」
聞いてしまった。
君は顔を上げる。
「……さぁ?」
「なにそれ」
「秘密」
「また?」
「また」
君は笑った。
私は。
笑えなかった。
どうして。
こんなに。
苦しいのだろう。
君は。
ただ。
好きな人ができただけなのに。
親友なら。
応援するべきなのに。
嬉しいはずなのに。
*
十五年。
私たちは。
一緒にいた。
幼稚園。
小学校。
中学校。
高校。
朝。
帰り道。
休み時間。
休日。
いつも。
当たり前のように。
君がいた。
だから。
気付かなかった。
気付く必要なんてないと。
思っていた。
君が。
私の隣にいることが。
当たり前すぎたから。
*
「今日」
君が言った。
「一緒に帰れない」
私は。
一瞬。
何も言えなかった。
「……そっか」
「ごめん」
「別に」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「絶対怒ってる」
「怒ってない」
君は。
困ったように笑った。
「好きな人と会うから」
その言葉が。
胸に刺さった。
「そっか」
「うん」
「……そっか」
君は。
何か言いたそうにしていた。
けれど。
何も言わなかった。
そして。
「じゃあね」
そう言って。
私とは反対の方向へ歩いていった。
*
一人になった。
いつもの帰り道。
なのに。
知らない場所みたいだった。
隣に。
君がいない。
それだけなのに。
何かが。
足りなかった。
私は。
立ち止まった。
そして。
やっと。
分かってしまった。
「……あ」
遅すぎる。
あまりにも。
遅すぎる。
幼稚園の頃。
君が泣けば。
誰かに笑われないように前に立った。
小学生の頃。
君が休めば。
ずっと気になっていた。
中学生の頃。
好きな人はいないと。
何の迷いもなく答えた。
だって。
君は。
そこにいたから。
友達。
親友。
幼なじみ。
そんな言葉で。
全部。
分かったつもりになっていた。
でも。
違った。
胸が痛い。
君が誰かと笑うことを。
嫌だと思ってしまう。
君が。
私の隣からいなくなることが。
怖い。
それは。
親友だからじゃない。
幼なじみだからじゃない。
「……好き」
初めて。
口にした。
誰もいない帰り道で。
初めて。
自分の気持ちを知った。
私は。
君が好きだった。
ずっと。
ずっと。
十五年間。
*
でも。
遅かった。
君には。
好きな人がいる。
私は。
それを知っている。
十五年も一緒にいて。
十五年目になって。
ようやく。
初恋をした。
遅すぎる。
本当に。
遅すぎる。
それでも。
気付いてしまった。
もう。
知らなかった頃には戻れない。
*
翌日。
君は。
いつものように。
私の家の前にいた。
「遅い」
「そっちが早すぎるの」
「普通の時間に来てるだけ」
「じゃあ、私が早いんじゃなくて君が遅い」
「同じことじゃん」
「違う」
「違わない」
昨日までと。
同じ会話。
同じ朝。
同じ君。
なのに。
何も。
同じじゃなかった。
君を見るだけで。
胸が痛い。
でも。
嬉しい。
君が。
ここにいる。
私の隣に。
それだけで。
嬉しい。
「どうしたの?」
君が聞いた。
「別に」
「絶対なんかある」
「ない」
「ある」
「ない」
「ある」
君が笑う。
私も。
少しだけ笑った。
そして。
思った。
今さら。
何を言っても。
遅いのかもしれない。
君には。
好きな人がいる。
私じゃない。
誰かが。
君の一番になるのかもしれない。
それでも。
私は。
この気持ちを。
なかったことにはできなかった。
「ねぇ」
「ん?」
君が。
こちらを見る。
私は。
少しだけ迷った。
十五年間。
気付かなかった。
十五年間。
当たり前だと思っていた。
そして。
十五年目にして。
初めて知った。
「私さ」
「うん」
心臓が。
うるさい。
「……好きな人、できた」
君が。
目を丸くした。
「え?」
「昨日」
「昨日?」
「うん」
「急だね」
「私もそう思う」
君は。
少しだけ笑った。
「誰?」
聞かれた。
私は。
君を見た。
でも。
答えられなかった。
君には。
好きな人がいる。
だから。
今は。
まだ。
「秘密」
そう言うと。
君は。
一瞬。
驚いたような顔をして。
そして。
笑った。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
君は。
少しだけ。
私に近付いた。
「私も、秘密にしとく」
その意味を。
私は。
まだ知らない。
でも。
君が笑っている。
私の隣で。
十五年目の朝。
私たちは。
いつもと同じ道を歩き始めた。
ただ。
一つだけ。
違うことがある。
十五年間。
私は。
君の隣にいた。
そして。
十五年目。
私は初めて。
君に恋をした。
これは。
遅すぎた。
私の。
初恋。
――十五年目の、初恋。




