「可愛げがない」と婚約破棄されたので、「可愛げ」を捨ててとことんやり返すことにしました
「お前との婚約を破棄する」
婚約を結んでから、月に一度開催されていたお茶会。
そのお茶会で、アディントン伯爵家令嬢、クラリスは婚約破棄を言い渡された。
相手はヒューイック公爵家の跡継ぎ、セドリックである。
「その発言は、ヒューイック公爵のご許可を得たものである、という認識でよいでしょうか?」
眉一つ動かさずにクラリスが聞き返すと、セドリックはガチャン! と音を立ててティーカップをテーブルに置いた。
「そういうところが! 可愛げがなくて嫌いなんだ」
「なるほど。セドリック様の個人的な好みが、婚約破棄の理由というわけですね」
「ああ、そうだ! お前みたいな女と結婚してたまるか!」
大声で怒鳴ると、セドリックはそのまま中庭を出ていった。そのまま、アディントン伯爵家の門へと向かう。
彼の背中が見えなくなった後、クラリスは傍で控えていたメイドを呼びつけた。
「たった今、セドリック様はアディントン伯爵家とは無縁の人間になったわ。今後は彼がきても、決して門の中へ入れないように」
「かしこまりました、お嬢様」
残っていた紅茶を飲み干し、茶菓子を食べた後、クラリスは無表情のまま屋敷へと戻った。
◆
リネットからクラリス宛てに手紙が届いたのは、その翌日のことだった。
長々と書いていたが、要約すると一行で済む。
『貴女の愛する婚約者、セドリック様はわたくしと婚約することになりましたの』
ということらしい。
「なるほど、そういうことだったのね」
リネット・ガードナー男爵令嬢。小柄で愛らしく、数多の男性達から求婚されていると噂のある令嬢だ。
どうやらクラリスの婚約者は彼女に惚れ、クラリスとの婚約を破棄することにしたらしい。
(どうだっていいけれど、お父様達には申し訳ないわ)
セドリックは名門ヒューイック公爵家の跡継ぎで、この婚約はクラリスの父が必死になって成立させてくれたもの。
それを、クラリスが『可愛げがない』という理由で一方的に破棄されてしまった。
このままでは、クラリスが馬鹿にされるだけでなく、アディントン伯爵家自体が馬鹿にされてしまう。
「……可愛げがない、とおっしゃるのなら、とことん、可愛げなくなってやるわよ」
立ち上がり、鏡の前に立つ。
婚約当初、「俺は髪が長い女が好きだ。髪を伸ばせ」とセドリックに命令され、髪を腰まで伸ばした。
しかしセドリックは、「真っ直ぐな髪が気に入らない。俺はふわふわの髪の女が好みだ」と言っていた。
クラリスの黒髪も、赤い瞳も、全てが「可愛げがない」ものなのだという。
ハサミを取り出して、クラリスは長い髪をばっさりと切った。そして、着替えを済ませて部屋を出る。
部屋を出たクラリスは、どこからどうみても平民の男だった。
◆
一週間後。クラリスは、ヒューイック公爵家主催のパーティーに招待された。
長男であるセドリックの新しい婚約者・リネットを紹介するためのパーティーなのだという。
(わたくしを呼んだのは、見世物にするためね)
婚約を破棄された、哀れな「可愛げのない女」として、セドリックはクラリスを笑い者にするつもりなのだろう。
リネットも、自分の可愛さをアピールするためにクラリスを馬鹿にするつもりに違いない。
「できるならやればいいわよ、できるならね」
◆
クラリスが会場に入ると、周囲がざわついた。
おそらく招待客は皆、クラリスが落ち込んだ顔で入ってくると思っていたのだろう。
しかし、実際のクラリスは違う。
背筋をピンと伸ばし、顔をまっすぐにあげ、そして――男物の衣服を身に纏い、この場の誰よりも『美しい貴公子』の姿をしていたのだ。
令嬢達は思わずクラリスに見惚れ、令息達はクラリスに圧倒されて一歩後ろへ下がる。
(わたくし、可愛げがないのは自覚済みよ。でも今まで、ないなりに、セドリック様を立ててあげていたのに)
クラリスは背も高く、昔から中性的な見た目をしていた。
だが、セドリックに命じられるがままに、似合わない女性らしい格好をしてきたのだ。
その結果が、『可愛げのない女』である。
だったら、可愛げなんてとことん捨ててしまえばいい。
「ごきげんよう、セドリック様」
セドリックの横に並ぶ。すると、セドリックの背の低さが目立った。
クラリスにヒールのない靴を履くことを常に命じていたセドリックは、クラリスよりも10センチも背が低いのだ。
「男のような格好をして、俺に婚約破棄されたことがよほどショックだったみたいだな!」
セドリックは虚勢を張るように怒鳴った。しかし、彼の隣に控えるリネット以外、誰もセドリックに同調しない。
(だって誰が見ても、今のわたくしと並んだセドリック様は、ちんちくりんでみっともないんですもの)
クラリスがいつものように「可愛げのない女」の見た目をしていれば、笑う者もいただろう。
しかし今のクラリスは「完璧な貴公子」である。
「いえ。今日は、お似合いの二人を祝福にまいりました」
「……なに?」
「セドリック様と、リネット嬢。お二人ほどお似合いのカップルはいません」
薄く微笑むと、クラリスは胸元にしまっていた紙の束を取り出した。
そして、会場中に紙をばらまく。
「皆様! その紙をご覧くださいませ!」
クラリスの声はよく響く。招待客のほとんどが、床に散らばった紙を手に取った。
そこに書いてあるのは、セドリック、リネット両名の素行調査結果である。
婚約破棄された直後のクラリスが、平民の男のふりをして直接調査し、記事にまとめたのだ。
「本当にお似合いですよ。夜ごとに違う女性と逢瀬を繰り返すセドリック様と、夜ごとに違う男性と逢瀬を繰り返すリネット様は」
セドリックは、毎晩のように違う平民の女の家へ通い、女達と身体を重ねていた。そして、口止め料を渡し、素行の悪さがバレないようにしていた。
一方リネットは、毎晩のように豪商の男達のもとを訪ね、金をもらう代わりに男達と寝ていた。
男爵令嬢に過ぎない彼女が高級な品で身を飾っているのは、彼らから金をもらっていたからだ。
「こんなもの、でっちあげだ! 嘘に決まっている!」
「そうでしょうか。なら、これをご覧ください」
再びクラリスは紙の束を胸元から取り出し、ばらまいた。
今度の紙には、二人の素行の悪さが証拠写真付きで記されている。
裸でいろんな女性とベッドに寝転がったセドリック。
そして、複数の男とキスをしているリネット。
「きゃあああああああああああああああああああっ!」
叫び声をあげたのはリネットだった。
慌てて全ての紙を回収しようとしても遅い。
令嬢達は顔を顰め、令息達は呆れた眼差しを彼女に向けている。
「安心してください。さすがに、決定的な写真は載せていませんよ」
「けっ、決定的な……!?」
クラリスは微笑むと、リネットの耳に口を寄せた。
「ええ。あられもない姿の写真は、さすがにばらまくのは忍びないですから」
「ひっ……!」
一瞬でリネットの顔が真っ青になる。
調べたところ、彼女の実家であるガードナー男爵家の財政状況はかなり厳しく、彼女は身の丈に合わない金銭を得るために妓女のようなことをやっていたらしい。
「リネット! どういうことなんだ?」
「ひいっ!」
セドリックに問い詰められたリネットは、頭を抱えて座り込んでしまった。
「セドリック様」
名前を呼んで、一歩近寄る。セドリックはクラリスを睨みつけた。
「こんなことをして、ただで済むと思っているのか!?」
「わたくしはただ、事実をお伝えしただけです。この顔で迫れば、皆さん素直に事情を教えてくれましたよ」
にっこりと笑うと、セドリックは派手に舌打ちした。
クラリスの貴公子然とした美貌で迫れば、セドリックの遊び相手は皆喜んで事情を教えてくれた。
また、リネットを抱いた商人に対しては、彼女の恋人であると主張したのだ。彼らは皆、リネットの恋人のつもりだったから。
「最後に一つだけ、セドリック様に忠告があります」
「……なんだ?」
「セドリック様が手を出した方の一人は人妻でした。そして彼女の夫は、ギブソン商会の会長です」
「……は?」
ギブソン商会といえば、国内でも有数の商会だ。
貴族ではないとはいえ、政界に対する影響力はかなりのもの。なにせ、国王までギブソン商会に借金があるとの噂である。
「もちろんギブソン商会長にも、事情は伝えておきましたから」
ああ……とうめき声をあげながら、セドリックは地面にくずれおちた。
「では改めまして、セドリック様、リネット嬢。婚約、おめでとうございます」
笑顔で告げ、クラリスは二人に背を向ける。
そのまま会場を後にしようとしたが、令嬢達に囲まれてしまった。
「わたくしと踊ってくださいまし!」
「いいえ私と!」
「その次でいいからわたくしと踊ってくれませんか!?」
――「可愛げ」を全力で捨てた結果、クラリスは令嬢達の憧れの的になってしまったらしい。
「ええ。皆様順番に。楽しいパーティーは、始まったばかりですから」
面白いと思ってくれた方は、下の☆マークから評価・リアクション登録などをお願いします!
→連載版の投稿を始めました!
https://ncode.syosetu.com/n3415mr/
こちらの短編をベースに新しい要素も付け加え、「可愛げのない女」クラリスが新しい幸せを掴むまでのお話を書こうと思っています!
読んでいただけたら嬉しいです!




